episode2
僕―――『フィロナンテ』の私は、リリアンヌの婚約者であるこの国の王太子、セルヴェス=ベルモニーの「ご学友」だ。昔からの付き合いで、お互い私的な場所では砕けた言い回しを使う程に仲は良い。「ご学友」と言っても、従者兼護衛騎士であるが。
そうなればセルヴェスの思いも当然分かるわけで。
最初にリリアンヌの事を言われたのは、王城の彼の執務室にて2人で勉強をしている時だった。
『………お前の妹はお前とは違うな』
良くも悪くも正直なセルヴェス。
顔を歪め、あからさまに「嫌だ」という表情をしている。私はそれに苦笑いを返すしかなかった。
私の前では物凄くいい子なのである。素直で元気な純粋な令嬢、それがリリアンヌだ。だが、意中の前や他人の前では違うようである。しかし、私にとってはリリアンヌは保護対象で、普通の妹だった。
外と内とでは違うと認識はしていたが、それを妹に言って直させようとも思わなかった。リリアンヌに言えば必ずあの父が出てくるので、私はどうしてもそれを避けたかったのだ。私は父が怖い。逆らいたくない。
身勝手だが、敵に回せば私は父に確実に殺られる。
こうするしかない。
元々セルヴェスとリリアンヌの婚約は、半ばヴァルトリア家のゴリ押しで決められたものである。何とも、婚約者候補達の顔合わせの時にリリアンヌがセルヴェスに恋に落ちたようだ。
父はリリアンヌを目に入れても痛くない程盲目的に愛している。相手が王家だろうが、ヴァルトリア家の危機を察しない限り意志を貫き通す、良く言えば勇敢、悪く言えば頑固で傲慢な性格の父。
そんなこんなで適当に理由でも付けてこじつけたのだろう。ヴァルトリアは侯爵家で、古い歴史を持つかなり大きな家なので、王家も強くは出られない。
つまりセルヴェスは、穏便に事を済ませる為に国王らに売られたのだ。
リリアンヌとお茶会をしては、私が愚痴に付き合わされ、またある時にはリリアンヌと遭わない為に私が餌にされたり。
そんな彼を一番近くで見てきた私は、どうすれば良いか分からなかった。
ここで彼に絡まなければ、リリアンヌが変わったと噂され、私の扮装がバレるリスクが上がるし、かと言って絡めば、またリリアンヌは王子に絡んでると言われ、益々王子に彼女が嫌われる。
私の身の可愛さと妹への情で葛藤する私は、取り敢えずいつも通りに絡む事にした。出来るだけ簡単に済ませるようにして。
「セルヴェス様、おはようございます!」
「…………」
「わたくしと今日お茶会をして下さいませんこと?」
「…………」
安定の無視である。目もくれない徹底ぶり。
セルヴェスは元々そんなに令嬢に社交的ではない。普通のご令嬢達が話し掛けても「あぁ」とか「うむ」とかしか返さない。そんなセルヴェスが冷たく当たればどうなるか。ブリザードが吹くしかないだろう。
私は早々に諦め、隣の自分の席に付き、溜息と共に暇潰しの為に持ってきた本を取り出した。栞を挟んだ所をくいと指で広げて読み進める。今は哲学的な書物を読んでいるため、小説とは違って中々読み進めることに難航している。
視線を感じて横を向けば、怪訝そうな顔でこちらを見ていたセルヴェスと目が合った。にっこり笑って問えば、無言で何事も無かったかのように目を逸らされた。
フィロナンテへの対応と、リリアンヌへの対応の違いが何だか新鮮で、私は密かにクスリと笑みを零し、再び本に視線を戻した。
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