第8話『将軍ガリウスの脱出!魔族侵略開始』

 松明の灯に禍々しく照らされた一室。紅蓮の輪、紋が床に刻まれている。

 要塞戦艦の一室。魔界を統べる絶対者の、権威と力の象徴だ。

「皇帝陛下、ご入来!」

 軍官が声を上げると魔方陣が回り、いぶし銀の鎧に身を固め黒のマントを纏った壮年の男──魔界の皇帝が姿を現す。


 彼の青き肌に松明の灯が映える……ゆったりと玉座に座っていた皇帝だったが、やがて身を起こす。


「ベノム将軍、ガリウス将軍の威力偵察で我々は日本の調査を終えた。第一目標は太陽因子を宿す天皇だ──我らはこのまま日本へと向か──」

「──皇帝陛下!!」


 宰相が慌てて皇帝に駆け寄る。

「何事だ?」

 途中で邪魔されたことに苛立った様子で皇帝は訊ねた。

 冷や汗をかき、宰相は魔界の作法である供手の礼で報告する。


「……ガリウス将軍が、反乱を起こしました……!」


 皇帝が目を見開き、側近たちがざわついた。


「規模は?」

「竜母が一隻です。ガリウスに賛同する戦士たちが多数乗り込んでおります」

 竜母とは、現代文明でいう航空母艦にあたる、強大な軍艦だ。

「ただちに追撃隊を差し向けよ」

「ははっ……!」


 宰相が退室するのを見届け、皇帝は頬杖をついた。


「(……やりおるわ……)」


     *    *


 ガリウスは竜母の舵を握り、弁を振るう。

「……ベノム将軍が指揮した日本侵攻で、今の魔界の圧政が明らかとなった。今、ここに集まったのは、魔界を変えたいと願う心ある同志だ──」

 ガリウスは、改めて皆の顔を見回す……皆、熱い志を宿す仲間だ。


「──我々は戦士から海賊に鞍替えする!」

「「おおおおお!!!」」


「旗を掲げろ!」


 海賊旗がマストに掲げられる……続いて、もうひとつ旗が上がる。

 青地に金色の紋様、刺繍が施された方舟の国旗だ。


「錨を上げろ!」


 ガリウスと彼に従う戦士たち。そして飛竜を乗せ、竜母が海原に出た。



 ……後部甲板で見張りの任についていた戦士が、双眼鏡を覗き込み報告を上げる。

「要塞戦艦より、追撃艦隊、発進しました」

「飛竜を発艦させろ! 各々配置につけ!」

 ガリウスが命じる。

「発艦!」

 飛竜が雄叫びを上げ、飛びたった。


 竜母から発艦させた飛竜が、追撃艦隊に襲いかかる。甲板に着地すると火炎を吐き、軍官らをなぎ払う。


 ──と、竜母右舷側に魔方陣が回る。

 追撃艦隊旗艦が現れた。

 大砲を動かし──砲撃!

 

 ガリウスたちが舵輪にしがみつき、衝撃に耐える。

「砲撃用意! 手空きの者は武器を持て!」

 

 旗艦が次々と砲火を噴き、竜母に着弾する。


 竜母に接触、甲板と甲板に板が渡される。──接舷攻撃だ。

 冷徹な眼差しで、黒のローブを被った兵団がガリウスたちに襲いかかる!

 バスターソードで剣の一撃を防ぐガリウス。皆、剣を振るい、兵団に立ち向かう。

 ガキン! と火花が飛び散り、競り合いとなる……敵兵の腹を蹴飛ばし、ガリウスは叫んだ!


「撃てっ──!!」


 ガリウスが右舷を見据え命じた。

 同時に、竜母の艦腹より砲火が閃く──!


 殴り合うように互いを撃つ追撃艦隊と竜母。

 装甲に破口が穿たれ、炎が舐め回す。


 ……満身創痍の竜母。

 あちこちで火が燻り、黒煙が噴き出す。


 多勢に無勢、ガリウスは敵兵に押さえつけられ、甲板に伏していた……

「俺たちは弱い、愚かかもしれない……」

 彼の目がカッと開く!


「──だが、それがどうした!? 俺たちは……奴隷じゃない!!!」


 壮烈な決意であった。

 声量と気迫に敵兵がおののく一瞬の隙をとらえ、ガリウスは自身を羽交い締めにする彼らを引き剥がし、海に投げ込んだ。


「俺は方舟で人間として生きる喜びを知った。これは俺たち人間の、尊厳を守るための戦いなんだ!!!」


     *    *


「魔界軍の中に離反艦が!!?」

 宰相ローデウスの報告に、ミュラとバシスが目を白黒させる。

「洋上に突如として艦隊が現れました。方舟の旗と、海賊旗を掲げています──」

「仲間割れか……」

 バシスが唸る。

「ガリウスだわ」

 ミュラは確信する。

「今の状況は?」

「現在魔界軍が追撃しています」


 ミュラが立ち上がった。


「どこへ行くんだ?」

「決まってるじゃない。ガリウスを助けるの」

 戸惑うバシスに、ミュラは答えた。

「正気か!? 敵の謀略かも知れないんだぞ」

「いいえ。私には分かる。ガリウスは今、生きようと戦っているのよ!」


 ミュラ、と呟きバシスは部屋を出る彼女を見届けた……

 


 海中から鉄鎖が引き抜かれる。

 魔導戦艦スマーケンが錨を上げた。


 方舟の王族座乗艦だ。

 鋼鉄の艦体は、グラマラスな曲線を描き、各所に黄金の装飾が施されている。


 甲板に青色の魔方陣が回転し、ミュラがマントをひるがえし出現する。


 彼女は甲板に仁王立ちになり、叫ぶ──

「もう誰も死なせない! アリスの二の舞にはさせない!」

 親友だった先王アリスに思いを馳せる。

 誰も失うまいとする、ミュラの固い決意だった。

「スマーケン、沖合の戦線へ!」



 ──巨大な青色の魔方陣が回り、神々しい光と共に沖合にスマーケンが出現する。


「目標は追撃艦隊! ガリウスの竜母には当てるな!」


 ミュラが命じると同時に、赤色の魔方陣が舳先に展開。──火炎を吹いた!

 全長数百メートルにおよぶ火炎が、追撃艦隊を炙り、焼き尽くす……


 火系の魔力を宿す魔導士による、火炎攻撃魔法だ。


「女王陛下……」

「ガリウス将軍、共に戦うわ。生きるために」


 ガリウスは供手し、一礼した。


     *    *


 海原に白波を立て、大艦隊が布陣する。


 星条旗を掲げた軍艦の群れ。

 イージス巡洋艦、駆逐艦や補給艦に囲まれ、原子力航空母艦が中央に構える。

 さらに海中には原子力潜水艦が睨みを効かせており、鉄壁の布陣だ。


『──こちら、アメリカ合衆国海軍第七艦隊、第七〇戦闘部隊。航空母艦『ロナルド・J・ジョーカー』。我が艦隊の目的は魔界軍警戒監視任務にある』

『現在、魔界反乱勢力ならびに方舟軍と、魔界追撃艦隊が交戦中。介入は控える』


 魔界軍の動向に警戒し、米海軍は当該海域に空母艦隊を差し向けたのだ。


『艦隊マルチ体形。『カーティス・ウィルバー』および『シャイロー』は前方へ展開。『ベンフォルド』、『ステザム』右翼に展開。『マッキャンベル』、『マスティン』は左翼に展開』


 巡洋艦が前方で空母の直衛にあたり、両翼で駆逐艦が展開する。


『出撃準備──』


 空母甲板で整備員が動き出し、偵察機の発進準備にかかる。

 搭載ミサイルの安全装置を解除する。

 ──ふと、整備員が海を見やった時だった。

 彼の持っていたスパナが甲高い音を鳴らし落ちる。


「なんだ、あれは…………!」


 異形だった。

 直径数キロメートルに渡る、禍々しい赤色の魔方陣がゆっくりと回転し、海が高波を立て吸い上げられる。

 暗雲が立ち込め、稲妻が光る!

 魔方陣の中心から黒い戦艦が出現した。

 全長は十キロメートルあろうか……

 幾多もの多面体で構成され、スリットからは紫と赤の光が灯る。


 海にそびえたつ要塞……これこそまさに、魔界の皇帝の強大な魔力の象徴たる要塞戦艦だ。


 その頂に皇帝はいた。

 海風にマントを揺らし、いぶし銀の鎧に風雨が叩きつける。



「思い知れ。我らの力を──!」



 ──閃光が要塞戦艦から光った!




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