第四章【鉄血篇】

第9話『国家非常事態宣言・囚われの遥』

 東京──首相官邸。


 憔悴しきった様子の大泉内閣総理大臣はじめ閣僚たちが危機管理センターに詰める。 

 閣僚席の周囲には官僚が並び、関係各機関からひっきりなしに鳴り響く電話に応対していた。 


 受話器を片手に防衛大臣が叫ぶ。

「要塞戦艦、なおも進行中とのことです! 第七艦隊は壊滅しました!」

 報告を受け、一同がどよめく。

 大泉が立ち上がった。


「──現時刻をもって、国家非常事態宣言を発令!」


 大泉の宣言に、センターの空気が瞬速で変わる。

「国家非常事態宣言だ! Jアラート発令、関係各省庁、自治体に緊急連絡」

 内閣危機管理監が部下に命じる。

 同時に、国家安全保障局長が防衛大臣と協議を始めた。

 それを見届けた東城美咲内閣府特命担当大臣兼特事対本部長が、緊張した面持ちで大泉内閣総理大臣に向き直る。


「日本国政府および関係各省庁に通達します。内閣府設置法に基づき、内閣府特定事案対策統括本部の権限における特別措置【AAA】を発動。以後指揮権は我々特事対に移行します」


 異世界専門組織の特事対とくじたいの特別措置だ。その宣言に大泉が頷く。

「わかりました。よろしくお願いいたします」


  中央スクリーンには NKH──日本公共放送や民放のキャスターがヘルメットを被り、原稿を読む様子が映し出される。


 横からキャスターに原稿が手渡される。

『──速報です! 政府は国家非常事態宣言、そしてJアラートを発令しました!!』

 同時に甲高い音でテロップが表示される──


【 国家非常事態宣言発令 】


 続いて、画面が切り替わる。

 黒地に白字の警報画面だ。


【 国民保護に関する情報 】

【 武力攻撃事態。武力攻撃事態。魔界軍による大規模攻撃の可能性があります 】

【 対象地域:関東地方  】


   *    *


 飛び交う飛竜に街は阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。

 各所で煙が立ち昇る……

 警察の誘導で群衆が避難を始めている。高齢者の背を押し、幼子の手を引く親の姿もあった。



 遥か彼方の高空を飛竜の群れが羽ばたく──



 飛竜に騎乗し下界の様子を眺める魔界の皇帝。そして彼に付き従う臣下らが乗る飛竜の編隊飛行だ。 

 皇帝が将軍にたずねる。

「皇居には近づけるか?」

「いえ陛下。方舟の飛竜と、日本側が繰り出す"鋼鉄の飛竜"のせいで近寄れません」


 彼らの言う鋼鉄の飛竜とは、航空自衛隊が誇るF35戦闘機、そして陸上自衛隊の対戦車ヘリコプターである。

 航空自衛隊を主体とした統合任務部隊だ。早蕨さわらび航空総隊司令官が指揮官を務め、空自、陸自の航空戦力が統合運用される。

 その中には日方共同開発戦闘機ジークフリード隊、アレクシスの機もあった。


 部隊は蝶舞蜂刺の軽快な機動を繰り広げ、機関砲で飛竜を血飛沫と肉塊に変えていた。


 皇帝が唸る。

 将軍は続ける……

「天皇も鋼鉄の飛竜で北へ逃げたようです。都からは重臣らが西へ逃げました。天皇は強力な護衛を引き連れており接近は困難ですが、重臣の方は現在追撃、待ち伏せさせています。重臣を殺せば日本も無力になるかと」

「うむ……」


 ──と、皇帝が眉をぴくりと動かした。


「感じるぞ……」

「陛下?」

「今までにない太陽因子だ。地上を移動している。皆ついて来い!」



 道路にぎっしりと車が並び、クラクションを鳴らし合う。状況に我慢できなくなったのか、車を乗り捨てる者もいた。その行為がますます渋滞を引き起こす。


 黒塗りのセダン。その運転手がぼやく。

「……ここもグリッドロック状態ですね」

 グリッドロックとは、要所要所で車が止まり、通行が不可能となる状態だ。

 後部座席に座るのは遥だ。もどかしい様子で唇を噛みしめる……


 ──足音が響いた。


「何?」

 外を見ると、慌てふためいた群衆が一斉に前方に逃げ惑っていた。

 何から逃げているのか。

 遥の頭上を陰が覆った。


 翼長二〇メートルはあろうか……銀色の鱗に無数の牙を生やした飛竜だった。

 魔界の皇帝の乗る飛竜だ。


 恐怖でへたりこむ遥に皇帝が迫る……へたりこむ彼女には大きな体駆の皇帝が圧倒的に思えた。

 いぶし銀の鎧に黒のマント。青き肌の異人。

 

 皇帝は不気味に笑った。


   *    *


 回転翼のブレードが空気を切り裂く。

 エンジンが唸り、ヘリコプターの機内にまで響く。


「総理、立川には先行して荒垣副総理と東城大臣が到着しました!」

「わかりました。出してください!」

 大泉が応え、扉が閉められる。

『官邸離陸。時刻一三五八。総理ほか七名を伴いこれより立川に向かう』


 要人輸送ヘリコプターは官邸屋上を離陸した。


 魔界軍の侵攻による、立川広域防災基地への政府機能の移転が決定された。

 先行して荒垣たちが現地入りした。ヤマタノオロチ討伐作戦やカグツチとの戦いで事態対処の場数を踏んでいるためだ。 

 ヘリには内閣総理大臣、内閣官房長官ほか主要閣僚が乗り込む。


 大泉が何気なく外を見やる。

 ふと、ヘリの上を黒い陰がかすめた気がした。


『──しまった!』


 パイロットが叫ぶ。

 窓には映るは、大気を切り裂く翼。黒光りする鱗に覆われた駆体。縦に割れた凶暴な瞳が妖しく光る!

 ──飛竜だ!

『回避だ! 回避しろ!』

 飛竜が顎を開く……

「総理!」


 紅蓮の業火が大泉の瞳に映った。

 


 ……立川広域防災基地──政府臨時拠点。


 危機管理センターにおいて、慌ただしくパソコン、プリンターが設営され、政府機能の移転に向けて準備が始まる。

「まだ総理は着かないのか?」

 荒垣が腕を組み、目頭を押さえる。


 と、官僚が荒垣に歩み寄り、顔に陰りを浮かべながら告げる。

「先ほど専用ヘリコプターが撃墜。あなた以外の内閣総理大臣継承権を持つ全員が死亡しました」

「──!!?」

 荒垣の目がカッと見開かれた。美咲が驚愕の眼差しで彼を見つめる。

「言うまでもなく、内閣総理大臣は国会の指名により国会議員から指名されることと規定されていますが、この非常事態では不可能です。超法規的措置により、荒垣大臣、あなたが内閣総理大臣です」


     *    *


 女性キャスターが告げる。

『中継です。荒垣総理臨時代理は政府機能の回復、魔界軍への対処、都心機能の復旧に向けて新内閣を組閣しました。間もなく立花官房長官による会見が開かれます──』


 内閣官房長官が黒ファイルを携え登壇。手話通訳士が登場した。

 官房長官は眼鏡をかけ老練な雰囲気だ。深く刻まれた皺から永田町の修羅場をくぐってきたのだと一目でわかる。


『……今般、臨時政府は、新内閣を組閣しました。内閣官房長官につきましては私こと立花康平たちばなこうへいが担うこととなりました。あわせて復興担当大臣を兼任いたします。よろしくお願いいたします。……それでは閣僚名簿を発表いたします──』


 官房長官がファイルをめくり、読み上げると同時に映像がフェードアウトし、画面下に閣僚の名、役職、年齢が映る。


【 内閣総理大臣 荒垣健 (76) 】

 ~~~~

【 外務大臣 兼 内閣府特命担当大臣(異世界・特定事案対策統括)  東城美咲 (46) 】

 ~~~~

【 防衛大臣 東城宏一 (78) 】

 ~~~~

【 内閣官房長官 兼 復興担当大臣 立花康平 (78) 】

 ~~~~


 閣僚は各省庁の建制順に発表される。続いて内閣官房長官。そして内閣府特命担当大臣が発表された。

 

 立花は二〇一一年のヤマタノオロチ討伐作戦時にも荒垣を官房長官として補佐していた。現在は日本改新党代表。今回もまた荒垣と立花のタンデム体制だ。

 外務大臣は美咲。異世界に長く関わっていた閣僚としては妥当な人事と言えよう。

 防衛大臣として美咲の義父である宏一が入閣したことに記者はざわめく。防衛大臣時代の荒垣の盟友でもある。海上幕僚長、元自衛艦隊司令官としての経歴を買われた大抜擢だ。



 二〇四六年二月十日──日本史上最大の国難に際し、荒垣政権が発足した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る