第7話『紡がれる愛』
東京、首相官邸──
官邸閣議室において、今年最後となる閣議が終了、閣僚懇談会が開かれていた。
「日本近海には、米海軍第七艦隊、航空母艦『ロナルド・J・ジョーカー』含む艦隊が布陣しています」
荒垣副総理兼外務大臣が告げる。
会も佳境となり、大泉内閣総理大臣が総括する。
「──防衛省自衛隊では対抗手段の開発が進みつつありますね。年末ですが、関係各所魔族襲来の備えを怠らぬように。本日はこれにて散会とします」
閣僚らが頭を下げ、席を立つ。
皆が退室する……
美咲が閣議室から出る様子を見届けた荒垣は、スマートフォンの画面を見、メールを打っていた。
【 To 峯坂優衣 】
【 本文:年末年始は休み取れそうだ。クリスマスに食事にでも行こう 】
送信し、返信を待つ荒垣……
【 From 峯坂優衣 】
【 わかったです(*´ω`*) 】
妻、
峯坂は国土交通省OGで大手ゼネコン役員の立場であるので、籍は入れず事実婚の関係にある。
二〇一一年の巨大生物上陸災害で彼らは知り合った。優衣はスキャンダルとならぬように寿退職した。
荒垣はいとおしそうに画面を見、笑みを浮かべた。
* *
濃紺の夜空のもと、店舗や家には赤、青、黄、緑、白とカラフルなイルミネーションが灯り、クリスマスソングが流れる。
アレクシスと遥が手を繋ぎ、歩いていた。
首元にマフラーを巻いた遥は、頬を紅潮させながら宵闇に白い息を吐く。
ぎゅうっ、と緊張からか繋いだ手に少し力がこもる。
「ここだよ」
直方体を組み合わせたような形状の、白く洗練された家だった。
これこそ東城家の邸宅である。
落ち着いた木目調ながらも、どこか明るい雰囲気の玄関がアレクシスを出迎える。
洋祐と美咲が玄関に立ち、ふたりを迎えた。
「ようこそ」
「はじめまして。お義父さん。お義母さん」
洋祐と美咲は和やかな笑みでアレクシスに応じた。
「上がって、どうぞ」
遥に促され、靴を脱ぐアレクシス……
洋祐の先導で、廊下を奥へと進むアレクシスたち。
リビングのソファーには、老人が座っていた。
刈り上げられた白髪……顔には深い皺が刻まれているものの、その身は引き締まり、かくしゃくとしている。年は七〇代半ばか。
老人はアレクシスに握手を求める。
「話は孫娘から聞いてるよ。よろしくアレクシス君」
「はい。……あなたは?」
「失礼、東城宏一だ」
「……な……!!!」
アレクシスは恐れおののいた。
護衛艦やまと初代艦長を務め、自衛艦隊司令官、そして海上幕僚長にまで登り詰めた男だ。
そして、方舟派遣統合任務部隊指揮官として、方舟に放たれた弾道ミサイルを迎撃した男でもある。
方舟当局に彼を知らぬ者はいないだろう。
アレクシスもまた、そのひとりであった。
方舟魔導士──いや、それ以外にも何かの因果で、アレクシスは宏一に畏敬の念を抱いた。
「……失礼しました、閣下」
しゃっちょこばって敬礼するアレクシスに、宏一は微笑みながら見事な答礼を返した。
と、美咲が鍋つかみをはめ、料理を運んでくる。
「できたわよ」
シャンパンが泡を立て、最高の食卓が演出される。
ハムとレタス、半熟卵のサンドイッチ。ニンジンとキュウリの彩りが目にも鮮やかなポテトサラダ。芳香ただようビーフシチュー。
褐色に輝く鶏肉から湯気が昇る。
幸せの形がそこにあった……
皆手を合わせ、豪勢な料理を楽しむ。
「アレクシス君の親御さんにも挨拶しないとな」
サラダを取り分けつつ洋祐が言うと、アレクシスが表情を曇らせる。
「あ……いえ、私の両親は……」
二〇二二年のカグツチとの戦いで、アレクシスの親族は多くが命を落としていた……
彼らは太陽因子を持つ精霊族だからだ。
アレクシスがその因子を宿す精霊族の象徴、青の瞳に金色の睫毛をふせ、うつむく……
「……それは……すまない、そんなことを聞いて」
洋祐がフォークを置き、詫びた。
「い、いえ! お義父さんお気になさらず! さ、食べましょう」
……食事を終え、くつろぐ一同。
アレクシスと遥が美咲を手伝い、皿をキッチンへ片付ける。
皿を受け渡しつつ、互いを見つめ頬を赤らめ微笑むふたり。シャンパンのアルコールが回ってきたのだろうか。
それを見、美咲は口角を上げる。
「──あ、正月料理の買い出しに行かないと」
「えっ。こんな夜に??」
美咲が思いついたようだが、どこかわざとらしい。
当然アレクシスは疑問に思うが、美咲は洋祐の背中をポンと叩き、彼に耳打ち。
それを聞いた洋祐もにやりと笑い、リビングを出る。
一連の様子を眺めていた宏一も納得した様子で膝を叩き、ニヤァと口を開け玄関に向かう。
「「「じゃあ、あとは若い人どうしで!」」」
三人の声が重なり、彼らは玄関を後にした。
顔をピンクにする遥と、呆然とするアレクシス。
三人は気を利かせて、家を空けたようだ……
* *
遥の部屋。
布団に入り、パジャマ姿の遥を優しく抱き寄せるアレクシス。
アレクシスの腕に頭を乗せ、遥は甘える。
寝具の用意をしていないので、彼は下着のままだ。
寒くないの、と問う彼女に、彼は大丈夫と応える。
「……さすが精霊族だね」
笹穂のような彼の耳を撫でる遥。
アレクシスはより一層強く、彼女を抱きしめる。
「──俺には、家族がいない」
目を見張り、遥はアレクシスを見つめる。
彼は続ける……
アレクシスは、太陽因子を持つ先王アリスの一族だという。
この事実に遥は驚く。
彼はアリスの従兄弟にあたる。
親族が皆、方舟の主要閣僚や高級官吏、軍官であったため、カグツチとの戦いでその多くを失った。
アレクシスのストーリーを聞いた遥は、自分まで切なくなり、彼の肩に手を回し抱きしめる。
アレクシスは微笑み、彼女の頭をポンポンと触った。
「でも、この日本で遥さんと出会えた」
「アレクシス君……」
月の淡い光が、寝そべるふたりを照らす……
……宏一と別れ、洋祐と美咲は街を散策していた。
イルミネーションが優しくふたりを照らす。
「なかなかの好青年じゃないか。さすが遥の選んだ男だ」
洋祐がポケットに手を突っ込みながら話す。
「思い出すね。あの時のこと」
美咲が応える。
「カグツチとの戦いでプロポーズか」
洋祐が応え、夜空を見上げる──
「今回も、魔族との戦い、うまくいくといいが──」
ベテルギウス。シリウス。プロキオン……
各々が見上げる濃紺の夜空は、冬の第三角が妖しく輝いていた。
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