第三章【回生篇】

第6話『新内閣発足・国際連合安全保障理事会』

 西暦二〇四五年、十一月三日──


 この日、大泉第一次改造内閣が発足した。


 直前に皇居での天皇による認証式を経たため、閣僚全員が正装のモーニングやドレスに身を固める。

 彼らは首相官邸大広間の赤絨毯が敷かれた階段に集合し、マスコミの撮影に応じていた。


 NKHニュースがこれを報じる。

 女性キャスターが話す。

『──大泉首相は本日、内閣改造を断行しました。目玉人事として副総理兼外務大臣に荒垣元首相が入閣。官房長官、財務大臣、防衛大臣、ほか東城異世界担当大臣兼特事対本部長ら主要閣僚は留任となります。……政治部の佐藤デスクに伺います。今回の閣僚人事の狙いは何でしょうか?』

 佐藤が答える。

『やはり先月の魔界軍の侵攻が関係しています。この未曾有の危機に対処するため、二〇一一年の東京湾巨大生物上陸災害で首相臨時代理を、二〇二二年のカグツチとの戦いで防衛大臣兼特事対本部長を務めた荒垣氏を副総理に抜擢。同時に外務大臣を兼任させたのがポイントです』

 アシスタントディレクターから新たな原稿が渡され、キャスターが読み上げる。

『間もなく、大泉内閣総理大臣による記者会見が開かれる模様です。──中継です』


【 中継:首相官邸 】

【 大泉首相記者会見 】

 

 舞台袖の席に座っていた内閣官房長官、政務担当の官房副長官ふたりと事務担当の官房副長官ひとりが立ち上がり、首相を迎える。

 SPも舞台袖に待機。

 記者らがノートパソコンを叩く音がうるさく響く。


 大泉が壇上に上がり、国旗に一礼。進行係を見る。


『ただいまより、大泉内閣総理大臣の記者会見を始めます。それでは総理、お願いいたします』


 大泉が口を開く──

『──先月、東京湾に侵攻した軍により、被害に遭われた皆様にお見舞いを申し上げます。……この攻撃は、政府、特事対、そして方舟当局の調査により、魔界軍の侵攻のものであると結論が出されました。これに対し、国連安保理の緊急会合をアメリカ合衆国に要請。現状の戦力では、護衛艦やまとに装備されている火炎系魔法の魔導砲が有効だと判明しています。これを踏まえ、現在方舟当局と共に、魔界軍に対抗できる防衛戦力を開発中です』


 原稿をめくり、大泉は続ける──


『この危機に、私は内閣改造を決断しました。もちろん、事態の最中に行うことに批判があったのは承知の上です。荒垣健元首相には、副総理兼外務大臣として急変する国際情勢に対処していただきます。東城美咲異世界担当大臣兼特事対本部長には荒垣大臣と協力して、方舟当局との連携を加速してもらいたいと考えています──』


     *    *


 アメリカ合衆国──ニューヨーク、国際連合本部。


 日本国の魔族襲撃を受け、国連安保理緊急会合が開かれている。

 アメリカ合衆国、グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国、フランス第五共和国、ロシア連邦共和国、中華人民共和国の五つの常任理事国。それに日本国をはじめとする非常任理事国……その中には方舟もあった。

 それらの国々の外相が巨大な円卓を囲み、会合に臨んでいた。方舟から参加するのは大公バシスである。


 議長国である日本国、その副総理兼外務大臣の荒垣が弁を振るう。

「……以上が、魔界軍による日本侵攻の顛末てんまつです。日本国、方舟のみならず各国が一致して対処しなければなりません」

 荒垣の発言が終わると、米国国務長官が挙手する。

「荒垣大臣、バシス大公。わが合衆国は協力を惜しまないつもりだ。すでに原子力空母『ロナルド・J・ジョーカー』はじめ第七艦隊、B52戦略爆撃機を待機状態にさせている」


 ロナルド・J・ジョーカーとは、二〇二二年のカグツチとの戦いにおいて、アメリカ合衆国大統領の座に君臨していた政治家の名前である。

 歴代大統領の名を冠した原子力空母のように、米軍の軍艦には人名がつけられることが多い。


 イギリス、フランスも支援の意思を示した。

 特筆すべきは中国とロシアだった。いつもは拒否権を行使するものだが、今回は違った。

 カグツチとの戦いでは、人民解放軍の一部勢力はカグツチに掌握された。そのリベンジを図るようだ。


 全世界の戦力が結集。

 第二次世界大戦から一〇〇年を経て、全世界がひとつにまとまろうとしている。


 荒垣は結論に入る。

「──それでは、国連多国籍軍の組織に賛成する国は挙手を」


 常任理事国、非常任理事国の全員の手が上がった。


 ……ここに、魔界軍の脅威に対し、全世界が一致して対処することが決定された。


     *    *


 太平洋海上──


 護衛艦『かが』は数十年前に改装され、事実上の航空母艦と変貌していた。

 全長二百五十メートルに迫るその巨体、その甲板上にはジークフリード隊の戦闘機が搭載されている。

 魔界軍、飛竜が襲撃して以来、機動運用ができるよう、かがに搭載されているいるのだ。


「アレクシス三等空尉」

 コックピットに収まるアレクシスが、コントロールパネルを操作していると、整備隊長に呼ばれる。

 便宜上、魔導士にも自衛隊式の階級が与えられている。

 はしごを降りるアレクシス。


 整備員たちが台車を引いてジークフリードに横付けする。その荷台には長さ一メートルを超えるミサイルのような物体が載せられていた。

 黒地に紅蓮の紋様が刻まれたミサイルだ。


「ついに来ましたか! 魔導弾」

 アレクシスが目を輝かせる。

「はい、方舟魔導士によれば、自衛隊の対艦誘導弾を改造、火系の魔法に対応させたものです」

「ありがとうございます」

「現状、これを装備するのは護衛艦やまととジークフリード隊ですからね……頼みますよ三尉」

「はっ!」

 アレクシスは敬礼した。


 

 ……作業が終わり、ジークフリード隊隊長より自由時間を告げられ、アレクシスは甲板を散策する。


 と、着信音が鳴る。


 彼は懐のスマートフォンを取り出す。

【 発信者:東城遥 】

 冷や汗が彼の額に流れる。なぜなら──

「──遥さん。どうだった?」

「やったよ!会ってくれるって」

「…………!!!」

 拳を握りしめ、ガッツポーズをするアレクシス。


 遥との交際について東城家に挨拶をすべく、遥に頼んでいたのだ。


「……クリスマスに来て、だって」

「わかった!伺うよ」

 アレクシスは嬉々として通話を切った。


     *    *


 弾道ミサイルの乗る発射台を搭載したトレーラーが、土煙を上げながら山間部を走行する。

 やがて開けた場所に出ると、トレーラーは停車。

 寝かせてあった発射台が起き上がり、ミサイルが天を向く。


 その様子を、人民服を着込んだ太った初老の男が双眼鏡で見ている。

「最高司令官同志、全部隊配置完了しました!」

「よし」


 彼こそ、北朝鮮の、国家、軍、党の要職を掌握する最高指導者──金序運キムジョウン委員長だ。


 金は指揮棒を振り上げ、激を飛ばす。

「日本と異世界人、そして米帝に恩を着せてやるのだ!」


 その宣言に、皆の士気が最高潮となる。


「さすが偉大なる金序運同志! われらが朝鮮人民軍を領導される百戦百勝の守護神金序運同志の卓越した戦術により誇りある朝鮮民主主義人民共和国の威光は世界に輝くことでしょう」

 参謀が金を讃える。

「特別作戦の布告に接してみると、胸がすっとする。魔界軍を五〇〇〇万光年彼方に葬り去り、必ずや最高司令官同志に勝利を献上する!」

 将官が胸を撫で下ろす。

「人間の皮をかぶった悪魔には銃弾ももったいない、切り捨てる! いったん戦闘が開始されれば、私ひとりでもいくらでも魔族どもを水葬に付すことができる!」

 下戦士が拳を握りしめ、決意を示す。

「われわれが住む地球に土足で踏み込んだ魔族の所業は、人類の言語を全て集めても糾弾することのできない最大の悪行だ! われらが金序運同志が領導する朝鮮人民軍の、古今類を見ない圧倒的かつ無慈悲な攻撃火力で、魔族傀儡一味を粉砕するであろう!」

 軍官が高らかに謳う。


 皆が自動小銃を掲げ、叫ぶ。

「「攻撃コンギョ!」」「「攻撃コンギョ!」」「「攻撃コンギョ!」」


 ……金序運の高笑いが、夕陽の照らす野山に響き渡った。



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