第5話『魔族の脅威・元内閣総理大臣荒垣健』
東京、首相官邸──
官邸地下、内閣情報集約センターには大泉内閣総理大臣ら主要閣僚、異世界担当大臣の美咲が揃い、方舟政府関係者の到着を待っていた。
いずれも武力攻撃事態対策本部の中枢をなすメンバーである。今回の会合も、魔界軍襲撃に対し、方舟当局と連携して対処するためのものだ。
床から青色の魔方陣が発現し回りながら、人物が召喚される。
ふわふわとした獣耳の生えた少年。蝶ネクタイをつけ、品のよいジャケットを羽織っていた。
方舟諜報尚書、イナバだ。
諜報尚書は閣僚に相当する役職で、王立図書館の管理やあらゆる情報収集を担う。
「間もなく女王陛下、宰相がお見えになります」
「わかりました」
大泉が返事をし、皆が立ち上がり方舟からの訪問者を待つ。
直後、同様に魔方陣が回り、ふたつの人影が出現する……
ひとりは若い女だ。
笹のような長い耳。長い金髪にエメラルドグリーンの瞳を宿し、赤色の軍服を身につけている。黒のマントが揺れる……
武闘派で知られる方舟女王、ミュラだ。
彼女は、異世界が日本国に転移した際カグツチとの戦いで、親友である先王アリスを失った。アリスの生まれ変わりである人間界の少女アリサに特別な感情を抱いていたが、戦いを経て、その思いを絶ち切り今を生きる決意をした女王だ。以来、積極的に執務に励んでいる。
もうひとりは老人。
紺色の軍服に黒のローブを纏う、白髭を生やす男。
方舟宰相、ローデウスである。
海軍高官、侍従長を歴任。王族のバシスからの信頼も厚い老練な政治家だ。
異世界方舟が日本国に転移して二十余年経つが、こうして方舟関係者の容姿を見ると全く加齢を感じさせない。
ひとえに異世界の魔力ゆえか。
「ようこそお越しくださいました。こちらへ」
大泉が異世界首脳に対し、平手で上座を勧める。
日本国・方舟両国首脳が対面するように着席した。
「……魔族について説明していただけるとのことでしたが」
大泉が切り出す。
「こちらを」
イナバが言うと、彼の机上に光の粒子が現れ、一冊の書物が造成される。
秘書官がノートパソコンを開きメモを取り始めた。
……魔界は、太古から方舟と緊張状態にあった。
魔王が支配する世界。だが弱肉強食の世界であり、度々王位簒奪、反乱、政変が繰り返されてきた。
異なる文明を侵略、併合し、自らの版図を広げてきたのだ。
魔界軍に侵略されたとある文明の精霊は、魔族の脅威を憂い、精霊魔法の楽園『箱庭』を創造した。まさに今の方舟王族の先祖にあたる精霊王である。
精霊王は魔界軍に攻めこまれたあまたの文明の民を救い、箱庭にかくまった。
後、幾度か魔界軍の侵攻にあったものの、退けることに成功してきた……
……イナバが語る方舟の創世記に、日本国政府一同は圧倒されながらも、秘書官が一通り記録を終える。
「しかし、今回の魔族は違う。大幅に戦力を増大させている」
軍務卿を兼ねるローデウスが髭を撫でながら言う。
「敵は我々の文明、すなわち太陽因子を狙うものと思われます」
書物を閉じ、イナバが告げた。
ミュラが頷き、口を開く──
「日本国と方舟、双方が力を合わせなければ、この危機を乗り越えられないわ」
腕を組み、大泉は彼らの話を聞いていた。
「場合によっては国連安保理の議題になるやもしれません。……やはり、あの人に復帰してもらうしかないようですね」
日本国政府関係者、方舟当局関係者が一斉に大泉を見やる。
「──私は、内閣改造を行います」
* *
「お父さん。お母さん。会ってほしい人がいるの」
東城家のリビングで遥が切り出した。
「「!?」」
その台詞に、目玉をむいて驚く洋祐と美咲。同時に洋祐がブッと緑茶を吹く。
「ちょっと洋祐……」
「すまん美咲……で、どんな人なんだ」
妻に詫びつつ、洋祐は布巾でテーブルを拭きながら問いかける。
「……方舟の魔導士で、戦闘機のパイロットやってる『アレクシス』って人」
頬を赤らめ、もじもじと足を動かしながら遥が答える。
「!!? ……もしかしてその戦闘機、『ジークフリード』って言ったりしないか?」
洋祐が遥に迫る。
「近い。……まあ、そうだけど。知ってるの?」
「北朝鮮を偵察して、弾道ミサイル発射情報をリークした精鋭。まさにトップガンだ」
洋祐が解説する。
「そんな男性を射止めるなんて。やるわね」
美咲が笑う。
「射止めるって言うか……観艦式で助けられたの」
「えっ……あの時のパイロットが!?」
先程から東城家は驚きの連続だ。
「……お父さんとお母さんはどうだったの?」
遥はこの機に聞いてみることとした。
美咲がこの質問に答えた。
「プロポーズはね──」
次の瞬間──
大音量の奇声が上がった。
同時に顔を真っ赤にした洋祐が美咲の口をふさいだ。
「────!!!」
「お父さん?」
「忘れろ遥。いいな?」
「まだ何も聞いてないんだけど……」
* *
東京、赤坂──
赤紫、若草色の格調高い草花が茂り、鹿おどしを囲む。鹿おどしに清水が注がれ──高い音を立てて鳴った。
ここは赤坂の高級料亭である。
広々とした室内、壁面には深い色の木製の格子がはめこまれている。和紙に包まれた箱形の照明が、人影を照らしていた。
その人物は座椅子に座り、大木から切り出した卓の上で手を組んでいた。白髪と刻まれた皺から年は七十代半ばとわかる。それでも引き締まり端正な顔だ。
向こうから足音が近づいてくる……
ふすまが開き、入ってきたのは大泉進太郎内閣総理大臣であった。東城美咲内閣府特命担当大臣兼特事対本部長が続く。
部屋で待っていたその人物は顔を上げた。
「こんばんは。荒垣先生」
──そう。元内閣総理大臣、
……二〇一一年に発生した東京湾巨大生物上陸災害にて、当時の民衆党政権が逃亡。国民が絶望する中、救世主として現れたのが荒垣だった。
内閣総理大臣臨時代理に指名、後に第九十五代内閣総理大臣に正式に任命され、巨大生物迎撃作戦【ヤマタノオロチ討伐作戦】を発動。見事巨大生物を撃退。
戦後処理を終えたのちは、潔く首相の座を退いた。
その姿は、第二次世界大戦の戦後処理に尽力した鈴木貫太郎内閣のようだった。
現在は日本改新党最高顧問として名前を貸すのみで、政界を引退……
──そのはずだったが。
女将が料理を運んでくると、大泉は「あとは適当にやる」と言った。要するに人払いだ。
荒垣の杯に日本酒を注ぐ大泉。
それを飲み、荒垣が切り出す。
「こんな隠居老人を呼び出すとは、どういうつもりですかな? 大泉先生」
荒垣は不敵にも笑ってみせる。
彼は美咲に向き直る……
「美咲さん、洋祐君は元気にやっていますか?」
「魔界の軍と交戦した時はヒヤリとしましたが……無事に帰ってきて、ほっとしています」
大泉は微笑んでいたが、やがて料理をついていた箸を止める。
その姿を見て、荒垣と美咲が姿勢を正す。
「荒垣先生には、副総理兼外務大臣として入閣していただきたい」
荒垣は頬杖をつき、考え込んでいたが、やがて口を開く──
「私のような老人にはこたえますな」
大泉の表情が曇り、うつむく。だが──
「──それでも、今は国を揺るがす一大事。慎んで引き受けましょう」
大泉が顔を上げる。
「ありがとうございます……!」
……時に、西暦二〇四五年十月。
国際連合安全保障理事会の審議と、内閣改造の時が迫っていた──
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