第4話『蛮族突進!将軍ガリウスの迷い』

【 NKHニュース速報:武力攻撃事態発生 】

【 東京湾への攻撃は異世界・魔界によるものと断定 官房長官会見より 】


 甲高い通知音と共に白字のテロップが表示される。

 数えきれないほど多くの人々が行き交う渋谷のランドマーク、その巨大テレビモニターにNKH──日本公共放送の速報が投影されたのだった。

 老若男女が画面を見上げ、我を忘れ見いる者、隣人と話し合う者もいた。


『──政府筋によりますと、大泉総理大臣は方舟ローデウス宰相と日方首脳電話会談。魔界軍からの武力攻撃事態に対し、日方共同での対処を行うことを確認した模様です──』

『──先程、総理大臣、官房長官、外務大臣、防衛大臣、そして異世界担当大臣が参加しての、NSC──国家安全保障会議、緊急事態大臣会合が開かれました──』

『──これを踏まえ、大泉内閣総理大臣は、武力攻撃事態対処法に基づき、武力攻撃事態を宣言。政府は首相を本部長とする対策本部を設置しました。官邸地下にある内閣情報集約センター……いわゆる内閣危機管理センターで事態対処にあたると思われます──』


 ……ニュース速報は相模湾を航行中の護衛艦『かが』にも届いていた。

 幹部自衛官が会合、事務、食事などを行うための士官室。そのテレビに映し出される。


 画面を見つめるふたりの若人の姿があった。


「武力攻撃事態か」

「攻めてくるってことだよね?」

 つなぎの飛行服姿のアレクシス。デジタル模様の迷彩服を着た遥の姿があった……艦内の予備のものを借りたようだ。

『──今入った情報です。現在、護衛艦やまとが魔界軍を阻止すべく戦闘に入ったとのことです──』

「お父さん……」

 キャスターが告げた情報に、遥が目を見開く。手を膝の上で握りしめた。

「遥さんのお父さん? やまとにいるのかい?」

「そう。艦長なの」


 不安そうな遥の肩を、アレクシスがさすった。


     *    *


 東京湾海上──魔界艦隊。


 旗艦の甲板上は喧騒に満ちていた。 

「飛竜がやられただと!?」

「三十五騎、全てか!?」

 軍官、戦士らがざわめき、言葉を交わす。

 ベノムが眉間に青筋を立て、拳を強く握りしめる。

「これはどういうことだっ!!?」

 怒鳴り散らし、卓上の肉料理を剣でなぎ払う。

 甲高い音を立てて食器が割れ、料理が飛び散る。

 ……剣を握ったまま荒々しく呼吸するベノム。


 このようなはずではなかった。

 ベノムは功を焦るあまり、あろうことか皇帝に直談判して、自分に侵攻の勅令がくだるよう図ったのだ。

 だがこの惨状。出撃した飛竜は全て殲滅された。太陽因子を持つ者も散り散りに逃げ、追跡が困難だ。


 このまま本国に帰れば死が待っている。


 ベノムは眉間に汗を垂らす。

 剣を握った手に力を込め、叫ぶ。

「……あやつめ許さん!」

 足元に真紅の魔方陣が回転し、吹き上がる青い炎と共にベノムは姿を消した。



 ……魔方陣が回転し、炎と共にベノムが現れた。

 そこは前衛艦隊。ガリウスが指揮する竜母、その甲板上だ。

 手にはバスターソードが握られていた。

「ベノム将軍!?」

「ガリウス! 何をしているのだ!? 飛竜をむざむざと死なせおって!」

 唾を撒き散らしながら怒鳴り散らすベノム。

「申し訳ありません。ベノム将軍」

 ガリウスが頭を下げる。

「……ベノム将軍、これはひとえに私の──」

 割って入る者がいた。周囲の戦士たちとは少し違い、知的な風貌だ。

「何だ貴様」

「飛竜の、調教師であります……」

「ほう……貴様のせいで我が軍は惨敗だ! どう償うというのだ?」

「お、お許しを……!」

「よかろう──」


 調教師が安堵した、次の瞬間──

 バスターソードで調教師が斬られた!

 真紅の鮮血が胸、腹にかけて斬られた裂傷から噴き出し、甲板にも血飛沫が飛び散る。

 どす黒い血を吐き、調教師は倒れた。


「なっ……!!?」

「使えぬゴミめ」

 ベノムが吐き捨てたその台詞に戦慄するガリウス。

「ガリウス! これより俺が指揮を執る! 貴様は引っ込んでおれ」

 足元で魔方陣が回転し、ベノムは消えた。



 ベノムは再び主力艦隊旗艦、甲板上に姿を現す。

 いまだに生温かい血が滴るバスターソードを掲げ、彼は言い放つ。

「全軍進撃! 功名を上げよ──!」

「「ウラアアアアアア!」」


 狼煙が噴き上がり、波飛沫をたてながら魔界艦隊が一斉に突撃を開始した!


     *    *


 護衛艦やまとCIC──


「FCSレーダーで目標を捉えた。沖合の主力艦隊、一斉に進撃を開始!」

 レーダー画面を注視していた船務士が報告する。

「勢いに任せての中央突破……単細胞な指揮官のようだな」

 地味にどぎつい感想をもらす洋祐。

「砲雷長、対水上戦闘用意。敵に艦の横っ腹を向け、迎撃しろ」

「了解。対水上戦闘用意」


『──対水上戦闘用意!』


 艦内に号令とブザーが鳴る。

『艦橋、第三戦速──面舵おもかじ! 三〇度』

『第三戦速──面舵、三〇度ようそろ』

『第三戦速。面舵三〇』

 CICの砲雷長が、艦橋の航海長に命令。操舵手そうだしゅにより操艦される。

 

 洋祐は「敵に横っ腹を向けろ」と指示した。

 日露戦争の日本海海戦。有名なT字戦法の再現だ。

 複数の砲を装備する戦艦は、最大の火力を叩き込むことができる方向が横向きだからだ。


「前衛艦隊を追い越す主力艦隊、以後これを目標群アルファと呼称。なおも接近、間もなく主砲射程に入る」

「射程に入り次第、主砲レールガンにて中型、小型艦を撃破。魔導砲は敵旗艦にとっておけ」

「了解!」

 洋祐が命じ、砲雷長が威勢よく応えた。

「敵艦隊、射程圏内に入った!」

「主砲攻撃始め! クラスター弾装填」

「撃ち方始め──!」

 砲雷長が命じた。


 円盤状の火器管制レーダーが目標を捉える。

 前甲板に二基、後甲板に一基が搭載された主砲が、旋回し、敵中型、小型艦艇を捕捉する……

 ──発砲!

 爆炎。 ──海原を轟かす発射音が鳴り、レールガンが発射された。


 重量一トンを越える砲弾が超音速で飛び、天空を駆ける……信管が作動し、砲弾から小型弾が弾ける。

 無数の散弾のシャワーだ。


 遠くから鳴り響く空気を突っ切る音を認め、軍官らが空を見上げる……

 次の瞬間、軍艦ごと散弾に貫かれ、彼らの命は絶えた。

 

「目標群アルファ、十二隻撃沈!」

「中央の旗艦、なおも接近!」

「旗艦を引きつけ、魔導砲を直撃させる!」

 洋祐が力強く宣言した。

「魔導砲発射用意!」

 異世界方舟出身のクルーが砲雷長の指示に了承し、呪文を唱える。

 

 主砲砲口に赤色の魔方陣が展開し、甲高い作動音を上げる──


 閃光が走り、赤の光条が閃いた!


 バリアを張っていた旗艦が光に包まれる。

 ベノムの目がくらむ。

「ぬああああああああ────」

 断末魔の叫びを上げ、着衣が発火。ベノムの肉体は蒸発し、存在をこの世から完全に抹消された。


     *    *


 ベノムに惨殺された調教師が甲板に横たわる。

 彼の目を瞑らせ、胸の上で手を組ませるガリウス……目を閉じ、冥福を祈る。


 ガリウスは起き上がる。

 軍官たちが彼を見つめる。皆、怒り、憤懣をこらえていた。

「生き残った軍船は?」

「われら前衛艦隊だけです。将軍」

「ただちに転移。現海域を離脱するぞ」

「……了解」


 軍官、戦士たちが帰還準備に走る中、ガリウスが周囲の幹部らに述懐する。

「いつからこのようになってしまったのだ。われら魔界は……」

 幹部らは黙って聞いていた。頷く者もいた。


 斬られ命を落とした調教師を見つめ、ガリウスは思う。

 このような、有能で前途ある若者たちの命が奪われる、今の魔界の体制が疑問だった。


「──本当に、どうなってしまったのだ……!?」


 ガリウスは慟哭した。

 

 

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