第二章【恐慌篇】

第3話『魔族襲撃・ジークフリード発進せよ』

 青空に紅蓮の紋が現れ、リングが回転する。その数は二十を越え……なおも増え続ける。

 輪の中心の暗闇から、何かが飛び出す──


 赤いラインの入った黒い鱗に、緑色の目、針のような瞳孔。

 口を開き、牙を見せるその異形。

 咆哮が大気を揺らす。

 ──飛竜だ!

 飛竜は炎を吐き、観客が悲鳴を上げて逃げ惑う。

 灼熱の火炎がコンクリートの路面を炙り、飛竜は雄叫びを上げた。


 アレクシスが避難誘導を始める。パイロットとして交戦することも考えたが、今は避難が優先と判断した。

 彼と方舟軍人、自衛官らの誘導で、観客が港湾部から離れ走り出す。


 ……逃げ惑う観衆の中、遥は取り残されていた。

 恐怖でへたりこみ、一歩も動けないようだ。

 飛竜がじりじりと迫る……!

 その姿を見つけたアレクシスは叫ぶ。

「遥さん!」

 彼女のもとへ走る。

 遥を、右手で肩回り、左手で足を抱え、いわゆるお姫様抱っこの形になる。


 アレクシスは駐機していた戦闘機、ジークフリードのもとへ走り出した。


 遥を抱えながらコックピットに飛び込む!

 柔らかい彼女の身体……遥はぎゅうっとアレクシスの服をつまみ震えている。

 その感触が伝わりアレクシスの頬が染まる。

 だが邪念を振り払い、機を起動させる。

 次々にスイッチを切り替え、待機状態とする。

 キャノピーが閉まる。

【 STANDBY 】

「──アレクシスだ。ロック解除せよ」

【 LADY 】

 操縦捍を握り、スロットルを若干押し込み、アイドリング状態にする。

 続いて、呪文を短く唱える。

 機体下方に青色の魔方陣が回転し、機体がふわりと浮遊する。

 これが、魔法とテクノロジーが融合した日方共同開発戦闘機『ジークフリード』の力だ。


 機体が数十メートルの高度に浮かび上がる……

 それに気づいた飛竜が襲いかかる──が、機体を旋回させ、主翼付け根の二〇ミリ機関砲が発砲! 

 飛竜は血飛沫と肉塊に変えられ、地に堕ちた……


 アレクシスが航空総隊司令部に回線を繋ぐ。

「司令部! こちらジークフリード2」

『無事だったか!』

 航空総隊司令官早蕨空将が歓喜の声を上げた。

「現在内閣官房参与、東城遥氏を保護し、発進しました!」

 通信越しに司令部がどよめくのが聞こえた。

『よく保護してくれた。……航空総隊司令部よりジークフリード2へ。交戦は避け、東城氏を乗せただちに離脱せよ! ……緊急避難として護衛艦『かが』に向かえ!』

 ……旧ヘリコプター搭載型護衛艦かがは改修され、固定翼機が運用可能な事実上の空母となっていた……

「了解!」


 バーニアが青い火を噴き、ジークフリードは天空を駆ける──


「……もう大丈夫ですよ、遥さん」

 震えていた彼女が顔をあげる……

 アレクシスの青い瞳、金色の髪を見つめ紅潮する彼女の頬……

「た、助けてくれてあ、ありがとう……ございます。……パイロットさんだったんですね」

「詳しくは機密で言えないけど、そんな感じかな」

「えっと……あの──」

「……アレクシス、と呼んでください」

「よろしくね、アレクシス君」

 頬を赤らめつつ遥は言った。


     *    *


 ……東京湾、洋上に展開する大艦隊。


 黒煙が吐き出され、空を汚す。

 艦体には、飛竜と同じく漆黒に真紅の紋が刻まれている……

 ──魔界の軍船だ。

 魔界軍では「竜母」と呼ばれるものだった。全長は一〇〇メートル近くあろうか。平たい甲板には飛竜が並び、いつでも飛べるよう待機していた。

 いぶし銀の甲冑に身を固めた軍官、戦士らが報告を上げる。

「飛竜が一番槍をつけた!」

「緑の狼煙を上げろ!」

 戦士の報告を受け、前衛艦隊を率いる軍団長たる将軍、ガリウスが命じる。


 成功を示す緑色の狼煙が上がる。


 沖合に陣取る主力艦隊がこれを確認した。

「前衛艦隊から緑の狼煙を確認! 飛竜、敵陣に突入しました!」

 副官が拳を胸に当て報告した。

「ハハハハハハ!」

 のけぞりながら笑う大男──将軍ベノム。

 妖艶な魅力ただよう女官に囲まれ、彼女らに酒を注がせながら骨付き肉を喰らう。

 杯の酒を飲み干し、ベノムは叫ぶ。

「太陽因子を宿す者をひとり残らずかっさらえ! 邪魔する者は叩き潰せ!」

「「ウラアアア! ウラアアア!」」

 戦士たちは拳を天に突き上げ、野蛮な叫び声を上げた。



 ……飛竜の襲撃を受け、護衛艦やまとは観客の一部を乗せたまま緊急出港した。


 CIC──戦闘指揮所では、接近する飛竜を捉えていた。

「接近する飛竜二十騎、以後目標群アルファと呼称。続いて接近する十五騎、以後目標群ブラボーと呼称」

 船務士オペレーターが報告を上げる。

「補給長、観客の様子は」

 ヘッドセットのマイク部分を押さえながら、洋祐が補給科を統括する補給長にたずねた。

『……指示通り食堂に収容しましたが、皆、怯えています』

「わかった……」

 洋祐は無線マイクを取る──


「──『オペレーション・イェーガー』用意!」


「何!?」「あれか!」

 乗員が色めきたつ。

「CDを流せ」

 船務士が顎を引いて了承し、トレイにCDをはめ、スイッチを入れる……


 音楽だった。

 悲壮感の中にも強さを感じる女声と男声のコーラスが繰り返され、打楽器が脈打つ鼓動を刻む。

 コーラスが極みに達し、ドイツ語で歌手が叫ぶ!

 ……三〇年程前に流行った、人類の反撃を歌うアニメーションの、日本語とドイツ語が織り混ぜられた主題歌であった。


「食堂に映像と音楽繋げ」

「了解」

 船務士がスイッチを切り替えると同時に、食堂にその音楽が鳴り響き、飛竜の映像が映し出された。

 おお、と観客がどよめく。

 タイミングを見計らい、洋祐のアナウンスが入る。

『民間人の皆様。どうぞご安心ください。我々は狩人です。必ず飛竜を駆逐し、皆様を守り抜いてみせます』

 観客らは握りこぶしをつくり、声援を送る者までいた。

「よし」

 洋祐が不敵にも口角を上げてみせる。

 ……ユーモアを理解せぬ者には海軍士官は務まらぬとの言葉は有名だ。

「対空戦闘部署を発動します」

 攻撃指揮官たる砲雷長が進言し、洋祐が頷く。


『──対空戦闘用意!』


 艦内にブザーが響き、救命胴衣を着けた乗員が通路を駆け、配置に着く。

 民間人までも一体となり、隊員の士気は高まっていた。もはや気分は狩人だ。


「目標群アルファのうち、五騎が接近!」

「この目標は本艦への攻撃を意図しているものと思われる。攻撃に備える」

 まだ撃たない……洋祐はある瞬間を待っていた。

『艦橋より報告! 飛竜が火炎を吹いた!』

 洋祐の眼が鋭く光り、素早く艦内マイクを取る──


「──総員に達する! 本艦護衛艦やまとは、民間人を保護し緊急出港のところ、飛竜より攻撃を受ける。以後目標飛竜を「敵」と呼称、加えてこれらを発艦させた洋上に展開中の艦隊も敵と断定する。国民を守るため、本艦は正当防衛行動を開始する!」


 マイクを置き、洋祐が艦長席につく。

「砲雷長、遠慮はいらん。やってくれ」

「了解!」

 洋祐の指示を受け、砲雷長がディスプレイに向き直る。

「対空戦闘、近づく飛竜! CIWS攻撃始め!」

「CIWS撃ち方始め──」


 CIWS──艦体各所に設置されているガトリング砲ユニットのうち、前方のふたつが起動し、接近した飛竜に照準する。追尾、照準、発砲の一連のプロセスを独立してやってのける高性能二〇ミリ機関砲だ。


『──発砲!』


 機関砲弾で飛竜が木っ端微塵に粉砕される。海に落下し、辺りには血飛沫の霧が残るだけだ。

 その光景に怖じ気づいた飛竜が、やまとから逃げようとする。


「逃がすな! 副砲攻撃始め!」

 砲雷長が鋭く命じる。

「第一副砲は目標群アルファを狙え! 第二副砲は目標群ブラボーに照準」

「副砲撃ち方始め──」


 百二十七ミリ速射砲が起き上がり、素早い動きで旋回し、目標に照準する。

 ──発砲!

 逃げ惑う数十騎の飛竜に次々と砲弾が命中し、海に落とされる……


「対空目標排除。近づく目標なし」

「よくやった。……船務士! 沖合いの艦隊に注意しろ」

「了解……!」


 東京湾に侵入する艦隊の影を、護衛艦やまとのレーダーが捉えていた………

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