第五章【創世篇】
第12話『世界恒久平和条約・復興への道』
……護衛艦かがの上空を、青色の魔方陣にて空中浮遊するジークフリード二番機が接近し、アプローチを試みる。
『かが、着艦許可を要請する』
『ジークフリード2、着艦を許可する。ジークフリードリーダーに続けて着艦せよ。 ……歌姫が無事で何よりだ』
無線ごしに管制室が沸き立つのが聞こえた。
遥はすっかりアレクシスに甘えきった様子で、首、肩に腕をまわし、抱かれている。アレクシスは柔らかい彼女の身に頬を紅潮させる。
──着艦。タイヤから若干の衝撃が響くが、ランディングギアのシャフトがそれを吸収する。
甲板には、大勢の隊員が待ち構えていた。
その中央には、東城洋祐一等海佐の姿もあった。ヘリコプターで護衛艦やまとからかがに移乗したのであろうか。
ヘルメットを外し、遥の手を取りながらはしごを降りる。
「遥、気をつけて」
「うん」
「……ほう」
遥──いつの間にか呼び捨てするようになったふたりの仲を見て、洋祐はにやける。
アレクシスは洋祐と正対し、敬礼を交わす。
「アレクシス三等空尉、魔界皇帝を撃滅。東城遥内閣官房参与を救出しました」
「娘を救出してくれて、感謝する」
洋祐は口角を上げてみせる。そして腕を後ろで組み背中を向ける。
「では後はふたりで、ごゆっくり」
見れば、クルーが皆にやけ、冷やかす野次も飛ぶ。
アレクシスと遥はひどく赤面した。
* *
NKH──日本公共放送の特番が、全国各地、津々浦々にまで放映される。
【 魔界軍攻撃に関する情報 】と白字テロップが打たれた。
画面に、青色の防災服を着た荒垣が映る。
立川広域防災基地──政府臨時拠点での記者会見だ。進行官の声にアナウンサーの台詞が被る。
『──荒垣総理大臣は会見に臨み、陸海空自衛隊統合任務部隊によるヤタガラス作戦の成功と魔界軍の一掃を宣言しました』
画面がズームし、荒垣健内閣総理大臣に焦点をあてる。
荒垣が口を開く──
『今般、魔界軍侵攻の被害に遭われた国民の皆様に心からお見舞い申し上げます。……死者行方不明者の数は五〇〇〇人を越え、都心機能は麻痺、大泉内閣総理大臣はじめ国務大臣八名が死亡。自衛隊、警察、消防、海上保安庁職員。そして方舟軍、在日米軍にも少なくない殉職者を出しました。ヤタガラス作戦が成功したとはいえ、ひとえにこれは私の責任であります』
荒垣が立ち上がり、深々と頭を下げると、カメラのフラッシュが焚かれた。
……席につく荒垣。
『しかしながら私はまだ辞めるわけにはいきません。日本の復興はまだまだこれからなのです。復興担当大臣を兼務する立花官房長官と共に、被災地の復旧、被災者の支援に全力を挙げ、私の内閣でそれを成し遂げる決意であります』
荒垣がファイルをめくる……
『この度、天皇陛下とミュラ女王陛下が、被災した国民に対しお見舞いの気持ちを表明されました。魔界新皇帝に即位した魔界軍のガリウス将軍も、終戦協定が発効したのち直ちに支援を開始するとのことです』
天皇が避難所を訪問することが宮内庁より発表された。
伊勢湾台風、雲仙普賢岳噴火、阪神淡路大震災。東京湾巨大生物上陸災害やカグツチとの戦い──そして魔界軍の首都侵攻はここの日本に未曾有の脅威をもたらした。
だが日本人は挫けずに立ち上がってきた。
人々を奮い立たせ、明日へと立ち向かう希望を与えてきたのは、天皇の臣民を想う大御心だ。
ガリウスは魔界軍を離反後、方舟にて戦の傷を癒したのち、魔界皇帝、重臣、諸将の死亡を受け新皇帝に即位。『ガリウス一世』を名乗る。
ガリウス一世は即座に全軍に対し侵略行為の中止を命令。彼は一日も早い平和を望んだ。
魔界軍は筋骨隆々な種族特性を生かし、力仕事で日本の復興を支えるという。
国際連合、日本国、アメリカ合衆国、朝鮮民主主義人民共和国、そして方舟、魔界による終戦協定調印式が始まる──
* *
古代ローマの闘技場を思い起こさせる大建築……
調印式には方舟の元老院議事堂が会場となった。
議事堂中央に荘厳な木製の机が持ち込まれる。
国家元首の格を定める外交儀礼に基づき、君主である魔界皇帝ガリウス一世と方舟女王ミュラが上座に着席する。
続いて国際連合事務総長が着席。アメリカ合衆国大統領エドワード・サウスマウンテン、日本国内閣総理大臣荒垣健。さらには朝鮮民主主義人民共和国最高指導者金序運が続く。
調印証書の収められた濃紺のハードカバーを皆が交換しあう。異世界勢は羽根ペンで、地球勢は万年筆で署名する。
──すなわち、この瞬間に終戦協定が締結。
平和への道が開かれたのだ。
歴史的瞬間である……世界中から集結した報道陣のフラッシュが焚かれた。
……順次署名を終え、各国首脳が言葉を交わす。
荒垣健内閣総理大臣と金序運委員長が握手する。
「
「できることをやったまでだ。……荒垣首相、あなたは引退すると聞いたが」
「ええ。二度も総理大臣を務めれば充分です。後任の首相は
「いずれ酒でも酌み交わしたかったが」
金がうつむく。
「日本の復興は、これからですよ」
* *
調印式閉式の際、アメリカ合衆国大統領エドワード・サウスマウンテンが、人類史に刻まれるであろう演説をふるった──
「魔界軍との戦い……自衛隊、異世界『方舟』、米軍、国連軍──のみならず、あの北朝鮮までもが一丸となり、未来を切り開く戦いのために団結した。もはや人間どうしが戦う時代は終わったのだ。……私はアメリカ合衆国大統領として──かつて『世界の警察』を自認していた国家として【
聴衆がどよめく。
驚愕の波は地球上すべて──全世界に伝播した。
フランスの牧草地帯で羊の群れを飼う老人、カフェテリアのテラスでラジオに耳を傾ける者。
ニューヨークの摩天楼を見上げる黒人少年。
吹きつける風、流れゆく雲に思いを致し、祈るチベット僧侶。
──そして、日本に君臨する至尊の血筋の当主。
各々が迎える新たな時代、創世記に思いを馳せ、アメリカ合衆国大統領の演説を聞き入っていた……
「……その第一歩として、全世界の国家と地域による【
──今、地球に生きとし生ける人々すべてが、当事者となり、この宣言に熱狂していた。
国家、民族、宗教を超えた大転換点だ!
七〇〇万年に渡り紡がれてきた人類の歴史において誰も為しえなかった、地球統一政府の樹立。外的要因がなければ人類はまとまらない、ということは多くのフィクション作品で提唱されてきたが、人類は魔界軍との世界統一戦線を経て、その外的要因を得た。
世界が、変わる────
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