きっとかわいい女の子だから
小学生の頃、りぼんで連載していた「姫ちゃんのリボン」を毎月楽しみに読んでいた。
姫子、という女の子らしい名前とは裏腹に男の子に負けないおてんばなショートカットの主人公が自分と瓜二つの顔をした魔法の国のお姫さま(姫子とは正反対のロングヘアにふわふわのドレス姿のおしとやかなザ・お姫様だったりする)から『他人に変身する事ができる魔法のリボン』を譲り受け、さまざまなトラブルを起こしていくことで物語は進む。
明るく天真爛漫、みんなの人気者でありながら自分とは正反対のおしとやかで女の子らしい姉にコンプレックスを募らせる姫子が変身の能力を手にする、という物語は『女の子らしい女の子』への憧れやコンプレックスと、『違う自分になりたい』という変身願望、その両方を満たしてくれる、ローティーンの共感を得やすいキャラクター造形だったのだと思う。
なぜ、いままであまり思い出すこともなかったうんと昔に読んだ少女漫画のことをいまになって思い返しているのかと言えば、とうの昔に大人になったわたしがいま、『魔法のリボン』を手に入れたからだ。
この一年ほど、イベントなどでお話をしてくださる方が増えたことと好きなものが一気にたくさん増えたことが相まってか、洋服のことを褒めてくれる人がずいぶん増えた。
イレギュラーな体型で造作も整っていない、『美人』とはほど遠くても、だからこそ、自分なりにめいっぱいに楽しんでいることを褒めてもらえるのはほんとうに嬉しくて自信にも繋がった。
それでも、だからこそ思い出さずにいられない苦しいことがたくさんあったのもまた事実だ。
小学生の頃、醜くて要領が悪いわたしは常に男の子たちから囃し立てられ、いじめられていた。
地元の中学校にはとても行けない、という親の計らいにより逃げるように進学した女の子しかいない私立の中学校は楽園なんかではすこしもなくて、そこでも、自分の魅力を知っていて、それをより一層磨く努力をしている『かわいい女の子』たちから見たわたしは蔑んでいい下等の存在だった。
いつでも勝手に値段をつけられ、蔑まれる側にされた『醜い女の子』は、人一倍『かわいい女の子』に憧れるようになり、とっくに大人になってからも長い間ずっと、男の人を怖いと思うようになった。
高校を卒業したあと、髪の色を明るくしてパーマをかけても、世の中で流行している『普通の服』が似合わない自分なりにおしゃれをおぼえて自分に自信を持てるようになっても、『醜い女の子』であると蔑まれたことは呪いのように自分に絡みついて離れることはないままだった。
それでも、そんな自分だからこそ、心がときめく、わくわくさせてくれるものを身につけた時、鏡の中にいるいつもよりもすこしだけ『かわいい』自分にいつだってとびっきりの勇気をもらった。
去年の秋のことだ。
少し前に知ったばかりの憧れていたすてきなお洋服屋さんでため息が出るようなすてきなアイテムひとつひとつを手にとって眺めていた時、絵本の挿絵でアリスがつけているような大きな黒いリボンのついた上品なカチューシャが目に留まった。
とびっきりおしゃれですてきなかわいい女の子のためのものだとわかっていても、うんとすてきな大きな黒いリボンはわたしの視線を捉えて離さなかった。
笑っちゃうくらい似合わなくてもいいや、憧れるのは自由なんだから。
おそるおそる試着をさせてもらい、鏡を覗き込んだ時の気持ちは、たぶんずっと忘れない。
おしゃれなお店に行っても恥ずかしくないようにとお気に入りの洋服で自分なりにめいっぱいおしゃれをしていったわたしには、大きなリボンのカチューシャはちゃんと似合っていた。
わたしは自分を『不合格』だなんて思わなくていい。
憧れていたかわいいお洋服やリボンの中から、自分に似合うものを見つけることができる。
ずっと憧れ続けていた『かわいい女の子』にすこしだけ近づくことがちゃんとできる。
『まったく違う誰か』に成り代る力はなくても、まんがに出てくる女の子がつけていたような大きな黒いリボンは、わたしに『かわいい』の魔法をかけてくれるとびっきりの宝物になった。
まつ毛パーマとホットビューラーでカールさせた下向きに生えているまつ毛も、不器用なりに丁寧にブローをしてコテで内巻きにした髪も、ワンピースの下から覗かせたレースのペチパンツも重ねづけした指輪も、頭に乗せた大きなリボンも。
どれもみんな、誰かのためなんかではひとつもなくって、ただ自分のために胸に抱き続ける『かわいい』の魔法だ。
鏡の中にいるいつもよりもすこしだけ『かわいい』自分に出会えるたび、めいっぱいおしゃれをして出かけた先で出会った人たちが『素敵だね』の言葉をくれるたび、わたしはいつだって何よりもの勇気をもらえた。
それでも、だからこそ過去に受けた悲しい出来事を思い出さずにいられないのはきっと、仕方のないことなのだと思う。
人の人生を壊すことはこんなにも簡単で、それでも、理不尽に壊されたものを自分自身で取り返すことはできるのだ。
それを知ることが出来たのだから、傷ついたことも、忘れられずにいまでも悲しくなってしまうこともきっと、無駄ではないのだ。
幾重にもかけられた呪いを跳ね返すために、休日のわたしはとびっきりかわいい大きなリボンを頭にのせて、ふわふわのワンピースを着て街に出る。
大丈夫、わたしだってリボンがあれば、『かわいい女の子』になれるのだ。
大きなリボンがくれた魔法の力に、わたしはきょうもまたこうして励まされている。
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