誰かのすきな人

 ふだんから買い物の際、仲の良い友達の好きそうなちょっとしたものを見つけると買ってしまう習慣がある。

 キャラクターグッズ、かわいいパッケージのお菓子、綺麗な絵のポストカード。

 どこか遠くに行ったわけではなくても、クリスマスや誕生日やなにか特別なきっかけがあったわけではなくても、その場にいない誰かを思いながらプレゼントを選ぶのはいつだってとびきり楽しい。

 直近で友達に会う予定のあった時には、創作イベントでお土産を探すこともある。常日頃からの会話の端々やSNSの断片の中から友達の好きそうなものを探すのは、自分ひとりのアンテナに引っかかるものだけを見つけるのとはまったく違う楽しさがあり、会場を回るわくわくは何倍にも大きく膨らむ。

 これが好きじゃないだろうか、いやこっちも捨てがたい、とはいえやっぱりさっきのお店にまた戻ったほうがいいだろうか、よしやっぱりこれにしよう!

 選ぶ時間、袋に詰めて渡すまでの時間、渡した後……自分ひとりのための買い物では到底味わえない楽しい時間はいつまでも続く。



 このところいろいろなお店がアニメのタイアップキャンペーンをやっているため、フードストレージへの寄付のためにコンビニでカップ麺を買って友達の好きなキャラクターが表紙になったノートをもらったり、ちょっと豪勢なお昼ご飯を食べに行ったファミレスで友達の好きなアニメシリーズのクリアファイルをもらったりした。

 アニメやゲームにはあまり詳しくないため、画面の中を飛び出して店頭に現れた綺麗な絵のかっこいい男の子たちはみんな『友達の好きな男の子たち』と認識してはいても、ぼんやりとしかわからないことが多い。

『○○くんのメニューを頼んだよ』『××くんが出たよ』『▲▲くんのポップがあったよ』

 かっこよくてかわいい『友達の好きな男の子』の名前を呼んでいるうちに、なんだか中学生や高校生に戻ったようなすこしやわらかくて甘酸っぱい、不思議な気持ちになっていることに気づいた。


『推し』だなんて言葉がこんなにも定着するようになるよりもずうっと前、中学のクラスメイトの女の子たちにはみいんな、『好きな男の子』がいた。

 アイドルだったり、若手俳優だったり、バンドマンだったり、はたまた、世界中でヒットする大作映画で主役を張る海外の俳優だったり。

 みんながみんな、それぞれに到底手の届かない場所できらきらと眩い光を放つすてきな男の子たちに夢中で、彼らを取り巻くありとあらゆる噂に一喜一憂していた。

 不安定な思春期の心の拠り所になってくれる、安全で幸福な、永遠の片想い。御多分に洩れず、自分もまた、似た経験の中で日々を過ごしていた。

 私の好きな男の子はこんなにも素敵で、こんなところがチャーミングで、こんなにもかっこいい。

 とびきりかっこよく写った写真を見せ合いながら、飽きもせずに恋の話に夢中になったのはいつのことだろう。

 あの頃に親しかった友達の大半とはあれ以来ずっと会えないままで、思い出の中でぼんやりと霞む女の子たちはみな、制服姿のままだ。

 彼女たちの『好きな男の子』たちはそれぞれにいまも活躍していたり、芸能界から違う世界に飛び立ったりしている。

 彼女たちはいま、彼らのことをどんなふうに思っているのだろう。たとえ気持ちのありかたがどんな風に形を変えていても構わない、あまくてにがくて、時にもどかしかったであろうあの時間が、彼女たちの中で穏やかな優しい思い出として息づいているようにと祈ることくらいしかいまはできない。

『誰かがあの時、夢中で恋をしていた。』

 かすかなその記憶は、いまでも心の片隅でそっと佇んでいる。



『あの頃の女の子』はそれぞれに皆大人になり、いまのわたしは『あの頃に別の場所で生きていた女の子』たちと、学年の枠が取り払われた状態で友達になることができた。

 みなの中にそれぞれ、『あの頃』とはすこし違う気持ちで大好きで大切な男の子たちがいて、大切な人たちの喜ぶ顔を見たい一心で、わたしは友達の好きな男の子たちの影を拾い集める。

『あなたの好きな男の子、とってもキラキラしてかっこよくて素敵だね』

 よろこんでくれる友達の顔を思い浮かべながら素敵な男の子たちの名前を心の中で呼ぶその時、心の片隅にはいつしか、『あの頃の女の子』が顔を覗かせていることにわたしは気づく。

 自分ひとりではきっと辿れない、すこしもどかしくてあまく息苦しい、快い時間がそこにはあった。


 君の名を震える指でなぞる時、灯る光に愛と名付ける

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