置き去りにしたくないことばかり
先週の土曜日、高野寛さんの三十周年記念ライブを見に行った。
土曜日だ、大阪だ、行ける!(昨年も同じ時期、同じ会場であったのを転職直後だったから、という理由で見送ってしまっていたりする)と、決意を固めていたところ、なんと記念すべきツアーの初日だった。
ビル街の中にぽつんと現れた教会のステージ、ギター一本で現れた高野さんが三十年の軌跡を駆け足で辿りながら歌い、奏でる曲たちはどれも力強く伸びやかで、少しも色褪せたりしないなまま『いま』の高野さんだから鳴らせる音、歌えるうたになっていた。
心からの喜びときらきらした笑顔、繰り広げられていく喜びに満ちた音をみなが受け止め合う空間はまばゆい光に溢れていて、わたしはただ夢中で、その喜びの中にいた。
三十曲目、いちばん最後に演奏されたデビュー曲の「See you again」がいちばん胸に迫ってきたような気がする。
三十年前の初々しい青い歌声ももちろん素敵なのだけれど、いまの高野さんが届けてくれる歌はなによりも特別に輝いて聞こえた。
ほんとうに胸いっぱいの気持ちになりながら迎えた終演後のサイン会の折、しどろもどろになって、思わず涙ぐみながら(ちゃんと泣かなかったのでわたしは偉い)「高野さんの音楽がずっと好きで、いつでもずっといちばん新しい『いま』の高野さんが鳴らしてくれる音が大好きです。いちばん素敵な『いま』を見せてくれてありがとうございます」の気持ちを一生懸命ありのままお伝えしたそののち、あたたかな気持ちを携えたまま、会場を後にした。
三十年のうち、わたしが知っているのは十五年ほどだ。(BIKKEの新しいバンドなのか、とナタリーワイズを手にとってみたところ、高野さんの歌声がたちまちに大好きになってしまった)(余談ですがわたしはソウルセットが好きなのでよかったらわたしとソウルセットの話をしてほしい)
十五年ずっと好きでいられること、いつだっていちばん新しい『いま』に夢中でいられたこと、その気持ちを伝えさせてもらえるチャンスがあったこと、それを届けられる言葉がわたしの中にあったこと、受け止めてもらえたこと、そのすべてがどれひとつとったってあたりまえなことではない。
思えば思うほど、改めて胸がいっぱいになった。
形にすることを恐れて飲み込むばかりだった「伝えられなかった言葉」がきっとわたしの中にはたくさんあって、そのほんの一部は小説や、こんなふうに物語にすらならない言葉の連なりの中で『口にすることができなかった、幽霊のような言葉』として息づいている。
音楽も小説もみな、自分の中に眠っていた言葉を、心を連れてきてくれるものとして大切に思っていることには変わりはない。
『言葉』はいつも、生き延びるために封じてしまうほかないとそう信じるしかなかったやりきれない感情を掬い上げてくれた。
書き記した『言葉』の中でならわたしは少しだけ自由になれる。大切なことを口にする勇気が持てる。
それはとても心強いことで、それでいていつもすこしだけ悲しい。
物語や、物語にすらなれない言葉たちの向こう側で、『ほんとうに大切なこと』を話せないまま飲み込んでばかりいた気持ちに置き去りにされたような気持ちにならずにいられないからだ。
大切なことを話す機会をもらえたその時、わたしはいつもたくさんの勇気を分けてもらった。
『ほんとうに大切で、だからこそ心と心でしか渡せないと思っていたこと』を伝えられたその時、ばらばらのまま、置き去りにするしかなかった気持ちに手を伸ばせたような心地になる。
それもすべて、拙い感情の発露でしかないわたしの気持ちを受け止めて応えてくれたその人の、途方もない優しさがあったからだ。
大切なことを届けてくれた人に返すことが出来る、とっておきの言葉を手にすることができればいいのに。
それを心の中に置き去りにせずに、身体を通して、嘘のない、『ほんとうのこと』として手渡すことが出来たらいいのに。
誰のことも傷つけず、脅かさずに『心を照らすことが出来るとっておきの言葉』として伝えられたらいいのに。
自身の身勝手さに呆れながら、そんなことをよく考える。
結局いつも最後に辿りつくのは、大切なものを届けてくれた人に報いることが出来るように、もっとすこしでもいいから優しくなりたい。ただそれだけだのぶざまな願望だ。
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