作って、遊んで
ハマらないでいよう、と思っていたことにまんまとハマっている。ビーズアクセサリー作りだ。
もとより手芸が好きで、過去にはドール服を作っていたこともある。
とはいえ、長年付き合っている『OSわたし』の機能をわたしは嫌と言うほど熟知している。
なにせよ中途半端に不器用、かつ飽きっぽい性分なのだ。
資材を集めることが楽しくて、作ることには追いつかなくなってしまうのでやめておきましょう。
やろうと思っても途中で力尽きて放置してしまうのでやめておいた方が賢明です。
自身の腕のなさにがっくりしてしまうのは目に見えているのでやめておきましょう。
迂闊に手を出さないでおこう、見ているだけで楽しんでおけばそれで大丈夫、作るのは器用な人に任せよう。
自らに念入りにそう言い聞かせ、意識的に距離を置いていた、そのはずだったのだ。
引き金になったのは、お正月休みにお友だちと手芸店を覗いた時のことだった。
デパートの手芸専門店の片隅、色とりどりの豪華なボタンがびっしりと並ぶ一角には、売り場に出されているボタンを加工したアクセサリーが多数並んでいた。
このきらきらした宝石のような豪華なボタンの足を削ってボンドで貼り付けるだけで、どうやらここに並ぶようなすてきなイヤリングが作れるらしい。
ボタンそのものが豪華だし、貼るだけならレジンなどと違ってそこまで技術も手間もかからない。このままでも素敵だけれど、ここにビーズショップなどで買えるタッセルを下げてみたらきっとかわいい。そのくらいのちょっとした工作ならきっと自分にも出来るはずだ。
ピンを曲げてビーズを通すのは難しそうだけれど、ネットでやり方を調べて練習すればやれば出来る気がする。
その場ではひとまずやる気だけを持ち帰り、後日作り方などを調べてから仕事帰りに閉店間際のビーズショップに駆け込み、組み合わせを入念に考えた上でビーズと金具を購入。その翌日には同じ手芸店でパールとビジューのきらめくとっておきのきらきらのボタンを購入し、同時期に開催していた雑貨フェアでヴィンテージボタンを手に入れた。
これが、すべてのはじまりだった。
ハンドメイド一大ブームの現代は、手軽になにかを作ってみたいというわたしのような人間にはありがたい時代だ。
取り急ぎ必要な工具は百均で揃えられるし、道具を使いこなすためのノウハウや初心者のためのアイデアは手元のスマートフォンで検索すればインターネットがいくらでも教えてくれる。
不器用なりの試行錯誤の末にあっという間に完成した『わたしだけのイヤリング』に、わたしはにっこりと満足げに微笑む。
まあなんてかわいい、次はなにを作ろうか。
足繁く通うお店を覗けば、高い技術力とセンスで完成されたアクセサリーをいくらでも購入出来る。
わたしにも作れる、とは即ち『その気になりさえすれば誰にでも作れる』と同意議だ。
それでも手を動かしてみなければ、『わたしにも作れる』という喜びに出会うことは出来なかった。
『わたしにも作れる』という驚きと喜びはたちまちに『自らの手で胸をときめかせるものを生み出すことがわたしにも出来るのだ』という自信へと繋がる。
こうして得た大きな自信は、次なる創造をわたしの元へと連れてきてくれる。
自分にも作れる、作ってみたい。そう思った途端、目に映る景色はたちまちに移り変わる。
あの町にはヴィンテージのビーズショップがあるらしいから行ってみよう。あそこのお店にはすてきなボタンやビーズがたくさん売っていた。あそこの古い手芸屋さんに行けばレトロなデザインのボタンがありそうだ。
目移りするほどのお宝の山の中から気に入ったものを持ち帰り、ワクワクしながら組み立てる。ひとつ出来上がるたび、大きな喜びと自信がそこからみるみるうちに溢れだす。
こんなに楽しいことがあっていいのだろうか。わかっていたからこそ、ハマらないようにと気をつけていたそのはずなのに。
胸がときめくものを探し出し、自分なりに完成形を目指して形作っていく、という意味では、手芸も本作りも良い意味で大差はないように思える。
自らの手で生み出した『好きなものがたくさん詰まった完成品』が手に取れる形になる、という一連のこの行為はそこでしか受け取れない安堵感と喜びをわたしに与えてくれる。
それに加えての手芸の良いところは、小説を書くことと違ってそれほど頭を使わず、無心で手を動かせば完成させられるところだ。
わたしの作るものは比較的かんたんなものばかりなので、テレビを見ながら、仕事から帰って寝るまでの数時間でもすぐに完成形に辿り着ける。
神経をすり減らすため、向き合うことにそれなりの覚悟がいる小説よりもずっと気軽な楽しい趣味であることは、作りたい気持ちをますます加速させていく。
いまのところはイヤリングと指輪くらいしか作ったことがないけれど、そのうちにもっと慣れたらブレスレットやネックレスも作りたい。
夢はますます広がっていくばかりだ。
なんにせよ、『好き』を形にしていくのは楽しい。
これからも細く長く、新しく出会ったこの趣味と楽しくて付き合っていければと、そう思うばかりだ。
ところでここで問題がひとつ。
あんまり作るのが楽しくて無限に作り続けてしまうのだけれど、わたしの耳はふたつしかなければ、イヤリングを付けられる日は多くて週に一日あればいいほうなのだ。
……そんなわけで、ハンドメイド初心者は自作の本屋さんの片隅でイヤリング屋さんを開くことを鋭意検討している。
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