片山署の一幕
度重なる暴力団員の殺害に、
警察署に不似合いな白衣をなびかせ廊下を歩く美女の名は
捜査協力を依頼されてここへ赴き、捜査本部室に並み居る捜査員たちの前で堂々と演説するかの如く自身の見解を述べると、本部長からの食事の誘いを跳ね除けてピシャリと本部室を後にし、出口へと向かって署の廊下を行く。
と、その前に一服しようと喫煙所に立ち寄った。引き戸に手をかけガラリと引き切ると、そこには先客がいた。
「ホント、解せねぇな」
先客の男・花田警部は彼女がここに来るのを見越していたかのように、余裕綽々の態度でタバコを燻らせていた。
三木は不愉快そうにフン、と鼻を鳴らすとツカツカと花田と距離を取って、部屋の隅にある灰皿に陣取って懐からキャスターを取り出した。
「なんだ、ククク……えらく嫌われてんな」
「ご高察頂いたようで助かるわ、悪徳刑事の花田さん。もう捜査は一課に委ねられてるの。あなたたち
かねてより神田川組との癒着が噂される片山署四課でも特に悪評の多い花田を前にして三木は当然のごとく、徹底的に冷淡に接したながらも、入室直後に投げかけられた言葉にどうも引っかかったのか会話を打ち切ることはしなかった。
「解せないって、何が?」
「ククッ、流石プロだな。そこまで露骨に嫌っといて、知識欲を掻き立てられたか」
「さっきの説明会で、私の話をまともに理解した刑事がどうにもいなさそうで辟易してたのよ……もうこの際だから、少なくともさっきの連中よりは察しの良さそうな貴方を頼っちゃおうかしら、なんて思ってね」
「ほう? 見返りは?」
「笑えない冗談はよして」
「ククッ、悪い悪い、じゃあ、話すとしよう……」
花田は身を持たせかけていたテーブルタイプの灰皿から身を離し、丁度三木の対極に位置するイスに腰掛け、傍の灰皿に手にしていたゴールデンバットの灰を落とした。
そして短くなったそれをまた咥え込んで吸い込み、吐き出すと、ゆっくりと語り始めた。
「俺ぁここの四課じゃ古株だ。ご存知の通り、神田川組との付き合いも俺が一番深い。て言うより、俺がウチと神田川組とのパイプ役みてーなもんだ」
三木は、まずは身の上話をする花田を冷然と見つめ続ける。如何にも興味なさげに。
「ククッ、まぁそんな目で見るな。重要なのはここからだ……だから俺ぁ、今回のホシについても、神田川組に飼われ出した頃からよく知ってる。っつっても直接会ったわけじゃねぇがな。進藤のオッサンやツルッパゲの若頭からよく聞いてたんだ……『あいつはよく働く』、『まるで殺人マシーンだ』……ってな。
俺の知ってる限りじゃあいつぁ、血も涙もねぇ天性の殺し屋だよ。金の為なら女も殺す、ガキでも老人でも、どんな聖人君子でも何の躊躇いもなく殺す……そういう男だ」
花田は時折身震いしながら、進藤たちから口伝てに聞いた彼について語った。
が、話し終えて顔を上げた花田は、そんな自分を心底馬鹿にし切ったような冷たい表情で、甘ったるい煙を吐き出す三木を見て、凍りついた。そして苛立ちを露わにしながら問い詰める。
「なんだ? そのツラァ……」
「分かってないわね」
三木は貧乏くさい花田と違い、少し短くなったキャスターを再び咥えはせず、そのまま灰皿に放り込んだ。
「警察もヤクザも昔から、人を見る目がないのが多いのよ。特に最近のコの価値観が分からない。彼はアンタみたいな、金の為ならどんな汚いことでもやってのけて、そのまま居直って生きてけるような素直な動物じゃないの」
花田は怒りの鉾を収める代わりに、極めて怪訝な顔で三木を見た。既に火種が尽きて床に落ちたゴールデンバットをいつまでも摘んだまま。
対する三木は新たなキャスターを取り出し、火をつけた。そしてまた甘ったるい煙に身を包み、自身の言葉に陶酔し切った表情では語り続ける。
「
そのお目こぼしを捨ててまで、組を裏切って遂に若頭を含む組員三人にお仲間の殺し屋二人を殺し……未だ逃走中。一緒に逃げてる女の子……
「何が言いてぇ?」
花田は嘲弄された悔しさを覆い隠すようにせせら笑いながら言葉を返す。
「まさかピンサロ嬢に惚れて、そいつの為に暴れ散らかしてるとでも思ってんのか?」
「当たらずも遠からずね」
「何……?」
「彼が殺し屋として最後に殺したのは……裏社会最後のフィクサー・
三木は不意に、傍に置いたカバンから封筒を取り出して立ち上がり、ツカツカと花田に歩み寄り、手渡した。
「どうぞ」
「なんだ、こりゃあ……?」
花田は三木を睨みつけたまま、受け取った封筒に乱雑に手を突っ込み、中から黒く四角い機械を引っ張り出した。
それは受信機。言い換えれば、警察のみに許された盗聴受信機。
花田は相変わらず訝しみながらも、取り付けられた二本のイヤホンを両耳に差し込んだ。
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