振り回す男

 コオロギに続いてエリスを出た後、これからどうすれば良いのか、漠然とした不安は拭えなかったが、それでも私は黙ってその後を付いていった。

 あれだけの凶行を為した後ですら、一切変わらぬ調子でたらたらと街を行くこの男がこの先、私をどこへ連れていってくれるのか。そんな期待に胸を躍らせてもいた。


 三分ほど歩いた後、コオロギが不意に足を止めて振り向いた。私はその顔を見下ろしつつ周囲に気を配った。

 それらしい非日常は見当たらない。いつもの街道。見覚えのある、何度も通ったことのある道。そしてコオロギは言った。


「で、これからどうする?」


 私の期待はあっさり打ち破られた。頭の中をまた不安が支配する。

 と同時に、目の前で、子供のように無垢な表情をして私を見上げているコオロギに対してどうしようもない怒りが湧いた。


 よく考えたらこいつ、事態を悪化させただけだ!


「何、どうしたの?」


 コオロギはそんな私の心中など御構い無しに、いや寧ろ苛立った調子で眉間にしわを寄せ、頭をかいている。


「とりあえず、どっか入ろっか」


 脱力しきった私はコオロギに手を引かれるままに、通りを裏へ裏へと引き込まれていく。あぁ、私、どうなっちゃうの……



 ♦︎



「馬鹿野郎ぉーーーーーーッ!! おめぇそいつは、そいつは……! クソッ、なんてこった……!」

「す、すいやせん頭! まさかそんなにヤバい相手だとは思わなくて……」


 エリスの待機所で、中曽根は山内と羽毛田が後ろで見ているのも御構い無しに、電話相手に向かって情けない謝罪を続けた。

 白髪混じりの髪はぐしゃぐしゃに掻きむしられ、高級そうな黒スーツもはだけて、無様に取り乱し切った姿をこれでもかと晒していた。


「やってること見りゃ分かんだろうが! 言い訳すんなッ! ……チッ、しかしあれだな……完全にトチ狂ってんなあいつぁ……どうなってんだおい……」

「は、はい……何が目的なのかも、結局何にも話さず仕舞いで……まさかあの女、別の組に頼ったとか……?」

「だとすりゃ、あの野郎もそっちへ鞍替えしたことになる……んん、辻褄の合わねぇ話じゃねぇが……」


 電話相手の男は暫く沈黙する。中曽根はその間もグルグルと部屋中を歩き回り、後の言葉への不安を募らせる。


「ともかく、お前は一旦本部へ戻って来い」

「へ、へいっ。しかし頭、ゆ、指は……」

「ンなもんは来てから考えりゃいいんだよッ! さっさと支度して戻って来やがれッ!!」

「は、はいぃ……」


 中曽根は電話を切ると、既に山内がささげ出していた鞄を引ったくり、早足で待機所から出ようとした。山内が声をかける。


「あ、兄貴っ」

「あぁっ!?」

「い、いいんですかい? ンなカッコで……もうちょい整えてから」

「うるせぇっ! お気楽なモンだなお前はよー! ちっくしょぉー!」


 中曽根はそのまま、残された二人の黒服の死体を踏みつけながら、扉を乱暴に開け放って猛然と待機所から駆け去っていった。


 残された山内と羽毛田が顔を見合わせ、やがて二人仲良くソファに腰掛けた。向かいのソファの先に、横たわった二つの遺体の血の海が見える。


「……羽毛田」

「あぁ?」

「とりあえず、通報した方がいいんじゃねぇか、これ……」

「……あー、そうだな」


 彼らとて、少なからず世間の道理を外れたアウトロー。しかし既に彼らはすっかり、動き始めた事態の蚊帳の外に置かれていた。


 余談だが、もうこの二人は登場しない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る