キテレツ相談員
「なるほどね」
コオロギは他人事のように冷淡に呟くと、忌まわしい現状を話し終えて疲弊しきった私を置いてオレンジジュースの「おかわり」を取りに行った。話している途中にも、彼は何度も「ちょっとおかわり」、「ちょっとおしっこ」と言って席を立った。
幼児的無邪気さと、悪質さだった。私は内心怒り狂っていたが、どこか安らいでもいた。こんなに悪意や裏表を感じさせない人間と話すのは初めての体験であり、また、私の現状を話しても彼の私を見る目は一向に変わらず冷淡だったからだ。
「ただいま。えーっと、要するに……」
彼は戻ってすぐに、まずはお約束通りオレンジジュースをひと啜り。そして話し始めた。
「親父の借金のカタにヤクザに売られて、ピンサロで働かせ、え、働かさせられてるってことね」
「はい、そうです」
こんな時にも微妙な言い間違いを気にしながら、余裕しゃくしゃくに語るコオロギに私は苛立ちを露骨に見せびらかしながら言った。どうせこの男は、私の感情になど興味ない。好きなだけ感情をぶつけさせてくれるこの男はいいサンドバッグでもあった。
「やっぱ、大変なの? カラダ売るって」
私の怒りは頂点に達した。
「当たり前でしょッ!!」
バンッ、と机を叩きながら怒声を上げた私に、店内の誰もが肩を震わせて驚き注目を浴びせる。ただ一人、コオロギを除いて。
「んー……そうなんだ……」
コオロギは何か考えているのかいないのか、俯いて一層強くオレンジジュースを啜る。ジュルジュルと音を立てて、氷の隙間に僅かに残った液体まで残さず吸い取る。どうせおかわりをするのに、貧乏くさい奴だと思った。
「あの、おかわり行っていい?」
「ほら、やっぱりね」
「え、何が?」
「あの、お客様……」
くだらないやり取りをする私たちのテーブルに、触れてはいけない毒物に無理やり近寄らさせられているかのような、これ以上ないほどに嫌そうな、怯えきった表情で若い女性店員が歩み寄り声をかけてきた。
「あ、すいません……」
「他のお客様のご迷惑ですので……もう少しお声を……」
「はい、はい……あ、その、ほんとすいません……」
私はすっかり素に戻って平謝りに謝っているのに、元凶であるコオロギは相変わらずもう一滴も液体の残っていないコップに差し入れたストローを咥えたまま、横目にジーッと店員を見上げている。
店員はそんなコオロギを一瞥すると、再度汚物を見るような嫌悪感を顔に浮かべ、慌てて身を翻して厨房へと引き返していった。彼女らが中でかわす陰口の内容が容易に想像でき、私は大きくため息をついた。
「もう、ほんとヤダ……」
「うん、おかわりはもういいや」
「はぁ?」
コオロギは疲れ果てて背もたれに全体重を預ける私に視線を移し、コップに残った氷をゴリゴリと噛み砕きながら立ち上がった。
「解決しに行こう。お店に案内して」
「えっ……えっ!?」
困惑する私を他所に、コオロギは先に席を立って店のドアに手をかける。そして、慌てて荷物を取り跡を追おうとする私を振り返り、ことも無げに言った。
「お勘定はお願いね。俺、お金ないから」
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