カウンセラー
大家一元
こころのダイヤル
真っ暗な部屋の中、iPhoneのブルーライトだけが、私と枕元とを照らしている。
ワンコール、ツーコール、胸が高鳴る。どうせ繋がらないと諦める気持ちと、繋がったところで何を話そう、という不安に。
プツッ、と音が鳴った。胸の高鳴りが最高潮に達する。繋がった……繋がってしまった!
「はい」
やけに無愛想な、若い男の声だった。
「もしもし?」
変わらぬ調子で男は続ける。え、いいのかこれで? こんなものなのか?
『こころのダイヤル』って自殺防止のための試みで、奇特な人がボランティアでやってるんじゃなかったのか?
「あの……す、すいません急に」
私はついいつもの調子で、如何にも悩み事など無さそうな、ザ・その辺の人といった調子で謝罪を口にした。こうすると、電話相手は己の立場を思い出して、悩みを聞いてくるなり何なり、ともかくそれらしいことを言ってくるんじゃないかと少し期待したのだ。
「ハァ」
彼の口調は変わらない。切ろうかと思った。
だがこのダイヤル、繋がることの方が珍しいほど混雑しているらしいので、そんな中繋がったこの男に、せめて話せるだけのことは話しておこうと思い直した。そして私は語り出した。
「え、えっと……その、嫌な夢を見て……それで、辛くなって……ついかけちゃったんですけど」
「あっ、なるほど。これが……」
「え?」
また不安がよぎった。まさかこの人、何の電話だか把握していない?そんなことがあり得るのか?
「あ、あの、間違ってませんよね?」
「……えぇ、間違ってませんよ」
口にした不安に、少し間を置いた返答。そこを迷う意味が分からない。不安は益々強まった。
「……ホントに合ってます? なんか、余りにも他人行儀というか……」
「や、合ってますよ。ちょっと色々ありましてね。把握しきれてませんでした。それで? 嫌な夢見たんでしたっけ」
「あ、あぁ、はい……」
「それで辛いと」
「は、はい」
「どのくらい辛いんです?」
半信半疑ながらも、一応は始まったやり取りに私は賭けてみることにした。
「それはもう、死にたいぐらい」
「へぇ、死にたい……」
「それで電話したんですけども……」
「死にたいぐらい悩むってのは、なんか原因があったりします? 家のこととか、会社のこととか」
「……はい。家にも、会社にも」
「じゃあこんな電話したって、そこ解決しないと何にもならないですよね」
私は激昂した。少しでも期待した自分が馬鹿だった!
「そんなことは分かってますよッ!」
「えぇ? 分かってんなら……」
「分かってても、自殺するぐらいなら話せって書いてあんだもんッ! どうにもならないのは分かってても、こんなもんあったら何となくかけるでしょッ! そんで繋がったから話してやったのよッ!!」
自分が何を言っているのか分からなくなってきた。とにかくこの男には、私の怒りを受け止める義務があると思ったのだ。
「それなのに何よその態度ッ……」
「あのね」
「……は?」
怒り狂っている筈の、自分の言葉。それはこの男の無機質な「あのね」で簡単に打ち切られた。何だか言いようのない威圧を発する声だった。
「これ以上話してると有料になっちゃうんですよ」
「は、はぁ……」
「まだ話します?」
「……い、いや、もう……」
「いい」、と言いかけてやめた。何となく、この男に惹きつけられるものを感じてならなかった。
「直接話してみます?」
「は?」
「別にいいですよ俺は。いくらでも聞きますよ」
「い、いやでもそれは……」
「嫌ならまぁ、いいんですけど……」
明らかにおかしい。こんなこと、してはいけない筈だ。規約など知らないがきっと駄目だ。しかし……
「直接会って話せたら……そうですね。悩み自体、解決してあげられるかも知れませんよ。直接的に」
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