第2話

  一週間後、諜報部隊の情報通りにB29とP51の部隊は帝都を空襲しに訪れる。


 正彦達はある程度予測をしており、心の準備はできていたのだが、一抹の不安がある。


 (本当にオクタン価200の燃料が入っているのだろうか?)


 滑走路に今すぐ飛び立たんどばかりに並べられている夜間戦闘機月光や迎撃戦闘機の雷電、最新の52型の零戦や紫電、紫電改を見て正彦はある種の疑問に襲われる。


(ここにいる戦闘機ではP51には太刀打ちできない、エンジンを生かす燃料が自動車用のもので、航空機用のものではない、オクタン価も其れ相応のものではない、司令の言うことは大半が出鱈目だ、だが、やるしかない……! お国や晴美の為だ……!)


 正彦は底知れない不安を胸の奥底にしまい込み、紫電改に乗り操縦桿を握る。


(ん? 何だこりゃあ、確かに、上昇力が違うぞ!)


 今まで乗り慣れている紫電改とは違う性能に、正彦は驚きを隠せないでいる。


 ☆


「ヘイこの作戦楽勝だな!」


 あるP51の操縦士は、僚機に笑いながら無線で言う。


「向こうさんの戦闘機は最高で600キロしか出ない、こっちの方が断然上だ!」


 僚機は日本軍機に気がついたのか、翼をバンクさせる。


 彼等の目の前には、紫電改と零戦の混成部隊が20機ほど飛んでいる。


「ん!?」


 彼等は思わず目を疑う、其れもその筈、P51よりも速度は劣るはずの日本軍機は、自分達よりも高速なのか、ジグザグで飛んでいるのだ。


(俺達の方が性能は上だ!)


 P51部隊の先頭にいる、主翼に黄色のラインが入った指揮官機は一機の紫電改に狙いを定める。


 ☆


(凄い、凄いぞこれは……!)


 正彦は驚いた顔で紫電改を見つめる。


(速い……!)


 正彦達の正面にいるP51部隊は、楽勝だと言いたげに彼等に攻撃を仕掛けていく。


 正彦は13ミリ機銃の洗礼を受けながらもかわしていき、黄色のラインが主翼に入ったP51に狙いを定める。


 そのP51は最高速度を出して引き離そうとするのだが、正彦の乗る紫電改はピッタリと、いや少し早く後ろに付いている。


 其れもその筈、紫電改の今の最高速度は時速720キロ以上に達している。


これも、誉エンジンの性能をオクタン価200の燃料で充分に活かしきっている証拠である。


(ここだ)


 正彦は電光照準器に映るP51に向けて弾丸発射ボタンを放つ。


 20ミリ機銃の威力は凄まじく、そいつは主翼から火を吹いて地面に墜ちていった。


(よし、次だ……!)


 正彦は次の獲物を探そうと、目を血走らせて空を見つめる。


 ☆


 正彦達が基地に戻ると、整備兵達が満面の笑みを浮かべて正彦の元へと歩み寄ってくる。


「やりましたね!」


「あぁ、P51を5機撃ち落とした! この燃料は量産できないのか!? 凄まじいんだ、これが大量にあれば日本は負けない!」


「それは……できません」


 年配の整備兵は、複雑な表情を浮かべて、正彦にそう伝える。


「何故だ? これは、特殊な製法なのか?」


「……いえ、これだけは、量産してはならないのです。絶対に……!」


その整備兵は、悲しい顔で正彦にそう話して、溜息をつき空を見上げる。


「飛田中尉殿、司令がお呼びです」


 分厚い眼鏡をかけた若い整備兵は正彦にそう告げて去っていく。


 他の整備兵もまた、複雑な表情を浮かべて下を向いている。


(何だ? 決して量産してはいけないとは……? まぁ、圧勝だったから良いが……何だ、この胸騒ぎは……?)


 胸の不気味な高鳴りを抑えながら、正彦は司令部の建物へと足を進める。


 ☆


 司令部の中へと入ると、一週間前はあれだけ不機嫌そうな顔をしていた司令官達は満足げな表情を浮かべて正彦を出迎えてくれる。


「全機撃墜したそうだな、でかした」


「はっ。……司令、お聞きしたいことがありますが宜しいでしょうか?」


「何だ?」


「この燃料の製法は、どのようにして作ったのですか? 量産は……」


「この燃料は、松根重油に、乙女の血が入っている」


「……え?」


「重油に勤労動員で来た女学生や婦人の血を入れて混ぜる、それだけで、オクタン価200の燃料を作ることができる」


「……!?」


(何て事を……!? では、晴美は……!?)


「飛田、貴様の婚約者の鯖島晴美は遺書を書いてこの作戦に志願して亡くなった、つい先日の事だ、遺骨は……え? いやおい?」


 正彦は司令達が言い終える前に、拳銃を突きつける。


「な? おい? 何をする気だ? 貴様、それでも軍人なのか?」


「私は軍人である前に一人の人間だ! 晴美とは心の底から愛し合っていた、晴美のいない世界には生きるつもりはない!貴様等も道連れだ! ……どっちが外道なんだ!」


 パパン、パンという乾いた音が部屋の中に鳴り響いた。


 ☆


 首都K町軍事工場跡地には、ある慰霊碑がある。


 終戦後に建てられたというこの慰霊碑が何故ここに建てられたのかは誰も知らない。


 終戦記念日近くなると、ここら辺に綺麗な川がないのに、無数の蛍がこの慰霊碑の周りに集まってくるという。


 その慰霊碑には、他の女性の名前と共に鯖島晴美、と名前が記されていた。


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血弾 @zero52

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