第9話 戦闘開始

「そろそろ時間ね。準備はいい?」

美月が言う。もちろん全員既に準備は整っている。あとは、戦域のシミュレーションを起動すればゲーム開始である。

「ジョージ、スタートよ」

「了解。戦域シミュレータを起動。状況開始。スタートポイントは、星系外縁のワープアウトゾーン」

戦域シミュレータは、全参加者に対してバトルフィールドとなる宇宙空間の環境を配信すると同時に、全参加者を、その空間にマッピングする。我々を含む参加者のシミュレータは、戦域シミュレータと同期を取りながら、それぞれの船のシミュレーションを行うのである。早い話がオンラインゲームのサーバだ。

「第10惑星の軌道を通過します。針路は第9惑星。間もなく敵の勢力圏です」

「全艦戦闘配備。長距離センサー、索敵開始」

ナビ役のマリナのレポートを受けて美月が号令をかける。なかなか艦長っぽい雰囲気だ。

「長距離センサー、自動索敵モード。現在のところ敵影なし」

「ネットワークもいまのところは静かだね。そろそろドアノックくらいはありそうだけど」

ジョージが言う。

「油断しないでよ。たぶん、いきなり来るから」

「そうだな。敵さんも手ぐすね引いてるだろうから・・・」

俺がそう言った直後だった。

「長距離センサーに反応。小型艇3機。高速接近中。相対速度はポイント03c」

「迎撃体勢よ。接触までの時間は?」

「本艦の第一防衛圏まで90秒。まもなく中距離センサーレンジ」

「迎撃準備。第一防衛圏で叩くわよ」

「了解。目標1から3に対して長距離ミサイルをロック。敵の第一防衛圏侵入20秒前に自動追尾で発射」

「了解。ジョージ、そっちはどう?」

「こっちも、そろそろだね。大量のポートスキャンを受け始めたよ。盛大にドアノック開始ってところかな。とりあえず、こっちはお手並み拝見だね」

「敵機の識別を完了。SF1Bが2機、SF2が1機。あと45秒で第一防衛圏。長距離ミサイル1番から3番発射カウントダウン開始」

「敵機の速度は?」

「相対でポイント03c変わらず。ちょっと速いかな」

「速すぎるわ。その速度じゃ、撃ち漏らしたら第一防衛圏どころか第三防衛圏まで一気に入られるわよ。」

「カウント0。長距離1番から3番、とりあえず発射」

「AIの判断は、パターンコード3Cの可能性が83%か。一度通り過ぎて背後から攻撃してくるパターンか。そうなると、前方からは後続部隊が来そうだな」

「だめね。ミサイルがロックできない。速すぎるわ。ケイ、近接迎撃用意して」

「了解。短距離ミサイル、フェイザーキャノン、自動迎撃モード。おっと、長距離センサーに反応。新手が来たよ。機影は3機。相対速度ポイント05c。第一防衛圏まで30秒」

「挟み撃ちにしようって魂胆ね。いい度胸だわ。進路変更、030,320。第一戦速」

美月は最初に突っ込んで来た3機に針路を合わせる。まずは、この3機を叩くつもりのようだ。だが、手間取れば敵は倍に増えてしまう。

「美月、ちょっといいか。さっき打ったミサイルのロックを外すんだ」

「ケンジ、それって・・・。わかったわ。ケイ、やってくれる?」

「了解。ミサイルのロック解除。ま、ロックしてても当たらないしね。それで、次はどうするの」

「ターゲットを後続の3機に切り替えろ。射程ぎりぎりだが、相手の気を引くことくらいは出来るだろう。但し、ぎりぎりまで引きつけてからな」

「了解。ミサイルのターゲットを目標4から6に変更準備、実行を待機」

「ケンジ、シールドを最大にして。来るわよ」

美月がそう言うのとほぼ同時に、短距離ミサイル数発が自動的に発射された。

「シールド最大。艦首デフレクター最大」

「敵機、ミサイル発射。計6発接近中。目標自動識別。フェイザーキャノンで迎撃」


ミサイルを撃った敵機は散開しはじめた。こちらのミサイルがそれを追尾している。敵が撃ったミサイルは、フェイザーキャノンの斉射ですべて破壊された。デフレクターが、その残骸をはじき飛ばす。

「短距離1番、2番、5番命中。目標1、3を撃墜。目標2は残存。機種はSF2。続いて目標4から6第一防衛圏に接近。相対速度ポイント02cから減速中。あと10秒で境界に到達」

「ミサイルを再ロックよ」

「了解。長距離1番から3番、目標4から6に再設定。追尾を開始」

目標を失って迷走していたように見えたミサイルが、敵機をめがけてコースを変える。

「目標4から6、散開します」

「よし、追加でもう一発ずつお見舞いするわよ」

「了解。長距離4番から6番、目標4から6にロック。発射」

「生き残りに注意。向かってくるぞ」


さっき撃ち漏らしたSF2だ。こいつは現在、スペースガードの主力戦闘艇である。最新型のSF2Aには及ばないが、旧式のSF1Bに比べると格段に運動性能がいい。接近戦になると厄介だ。だが、こうしたパターンも想定済み。迎撃のパターンはプログラムされている。フェイザーキャノンが目くらましの弾幕を張る中、高密度プラズマキャノンでとどめを刺す作戦だ。ちなみにフェイザーは特殊なエネルギー波で、物質を構成する素粒子のさらに根源にあるストリングの振動に干渉して破壊する。裸の相手には威力絶大だが、シールドでかなりの部分を反射出来るため、強力なシールドを持つ戦闘艇への効果は限定的だ。一方、高密度プラズマキャノンは、艦隊戦で使用される高エネルギー兵器で、近距離なら巡航艦のシールドですら破ることができる。まともに食らえば、小型の宇宙艇など、木っ端微塵である。案の定、フェイザーの集中攻撃を避けようと針路を変えた瞬間に、プラズマキャノンの直撃を食らった敵は、一瞬で蒸発した。

「これで先発隊は全部仕留めたわね。あとは・・・」

美月がそう言う脇で、スクリーン上では、敵の後続隊をミサイルが挟み撃ちにしている。

「目標4及び5を撃墜。目標6は逃走」

「緒戦はとりあえず勝利だな」

「案外ちょろいなぁ。もうちょっと骨がある敵はいないの」

「何言ってるの。まだ始まったばかりじゃない。本番はこれからよ」

「そうだな。ところで、ジョージとサムのほうはどうだ?」

「うん、今の所、攻撃は全部表層で食い止めているよ。こっちも、ちょっと退屈だね」

「まぁ、ジョージとサムの二人が作った防御システムは簡単には破れないだろうけど、一応、穴は開けてるんだよな」

「うん、少しだけヒネってあるんだけど、中層への抜け道は3箇所ほど作ってあるよ。まだ、発見されていないけどね」

「そのヒネリってのが、一般人には難しすぎるんじゃ?」

「うーん、それほどでもないんだけどね」

「C&I専攻なら、簡単に抜けられるレベル。アマチュアでも少しスキルがあれば攻略できるはず」

ジョージとサムはそう言うのだが、この二人が言うと、簡単には信じられない。なにせ、難攻不落のセンターコンピュータをハッキングした奴と、時々その上前をはねている娘のコンビである。彼らが言う「簡単」がどの程度のレベルを意味するのか、俺には見当がつかないのだ。

「針路を戻すわ。目標は第9惑星よ」

「了解だ。まだ序の口だしな、気をつけていこうぜ」


結局、第9惑星で敵と遭遇することはなかった。敵は、その多くを最初の戦闘で失い、僅かに残った残党は撤退してしまったらしい。おそらく、次の第8惑星か、第6惑星あたりで、合流するつもりだろう。

「逃げちゃったみたいだねぇ。つまんないなぁ」

「心配しなくても、最後は派手なことになるわよ。それまで弾薬を無駄遣いするんじゃ無いわよ」

美月の言うとおりである。緒戦で、小規模な部隊では太刀打ち出来ないことが明白になった今、敵は戦力の集結を狙っているはずだ。だが、敵がどこで決戦を挑んでくるか、それが問題だろう。

「とりあえず、次は第8惑星ね。ちょっと速度を上げるわよ」

「了解しました。コースを表示します。この速度での第8惑星防衛圏到達は20分後です」

「ジョージ、そっちはどう?」

「そうだね。現在、表層の最下部まで入り込んだ敵が若干。中層にたどり着くのは時間の問題だろうね。まぁ、そこからがお手並み拝見だけど」

「なんだか余裕だな」

「まだまだ、先は長いよ。思うに、敵さんが主力をつぎ込んでくるあたりで、こっちも忙しくなると思うよ」

「結局、最後は総力戦ね。いいわ。それも面白いじゃない」

美月はなにやら楽しそうだ。まぁ、こいつの性格はかなりのS系だから、敵を叩き潰すことで快感を得ていたとしても不思議はないのだが、ちょっと不気味ではある。

「楽しんでるな、美月」

「悪い?ゲームでも巡航艦で戦うなんて、そうそうないわ。楽しまなくてどうするのよ」

「まぁ、そうだな。俺も・・・」

俺が言葉を続けようとしたその時、甲高いアラーム音が響いた。


「いったい何?」

美月が叫ぶ。

「前方に反応。機雷多数を確認。種類は不明」

「ケイ、全部破壊して」

「おっけー、任せなさい」

まぁ、この船の火力なら、少々の機雷原は突破できそうだが・・・、まてよ。

「ちょっと待て、美月。一旦速度を落として回避しろ」

「どうしてよ。破壊しちゃえば・・・あ、そうね。一旦回避するわ」

「ケンジ、いい判断だよ。EMP機雷だと厄介だからね」

ジョージが言う。破壊的な電磁パルスを発生させるEMP機雷の場合、すべて同時に破壊出来なければ、誘爆した機雷によって、こちらに障害が出る可能性があるのだ。

「EMPの影響を避けるには、フェイザーの射程範囲外に出ないといけないわね。ミサイルの無駄遣いはしたくないし、迂回するしかなさそうね」

「他にもトラップが仕掛けられている可能性がありますね。注意しないといけません」

「ケンジ、広範囲にスキャンして機雷がないか探してちょうだい」

「了解。中距離、長距離センサーでスキャン開始。結果をチャートに投影」

スキャンが進むにつれ、チャート上に赤い点が増えていく。

「これ、全部機雷?」

「そうみたいだな。これを避けるとすると、かなり迂回しないといけない。長距離センサーの精度を考えると、速度もあまり上げられないな」

「これって、時間稼ぎよね」

「たぶんな。第8惑星の勢力がどれくらいかは不明だけど、体勢を整えて待ち受けるつもりだろう」

「ねぇ、あそこって、機雷の間隔が広くない?通れないかな」

「確かに。ぎりぎり通れそうな感じだ」

「そうね。でも、何か匂わない?」

「待ち伏せ・・・か?」

「あそこだけってのが引っかかるわ。あからさまに怪しいじゃない」

「どうする。迂回するか?」

「そうね。でも待って。いい考えがあるわ」

「考えって、何をするつもりだ?」

「まぁ、見てなさい。コース変更、速度、ポイント03」

「突っ込むのか?そりゃ、ちょっと無茶だぞ」

「大丈夫よ。任せなさい。ケイ、長距離ミサイルを、一番奥の機雷にロックして。合図したら撃つのよ」

「了解。長距離ミサイル、ターゲットにロック。発射準備完了」

「まだよ。ぎりぎりまで待って」

美月は何をするつもりだろう。無謀なことをしなければいいのだが・・。まてよ、そうか。そういう手があったな。これは、お手並み拝見といこう。

「カウント5で撃って!5、4、3、2、1撃って!」

「長距離7番、発射」

「全速で抜けるわよ」

美月はミサイルを追うように船を加速させる。彼女のシナリオはこうだ。ミサイルが機雷に当たると、その衝撃で周囲の機雷が誘爆する。距離は十分にあるから、直接的な被害は受けないが、しばらくの間は、センサー類が使えなくなる。もし、敵が待ち伏せしているなら、これは目くらましになる。こちらのセンサーも使えないが、あらかじめ障害のないコースを取っていれば、センサーが回復するまでに、機雷原を抜け、第8惑星に接近できるわけだ。

「長距離7番、まもなく着弾」

「いくわよ」

次の瞬間、ミサイルが爆発し、センサーにノイズが入る。同時に美月は船を一気に加速する。

「機雷原を抜けるまで10秒。敵が待ち伏せしているとすれば、その後5秒で背後に回れるわ。ケイ、センサーが回復したらすぐに索敵して攻撃よ」

「了解です。艦長殿。短距離及び長距離ミサイル、スタンバイ」

「抜けるわよ。5秒後に減速するわ。準備して」

敵がいるならば、今頃は、こちらを見失って慌てているに違いない。EMPの影響が収まったあと、先に相手を見つけた方が勝ちだ。

「速度を1000Kまで減速。後方注意よ」

「センサーはまだ利用不能。ノイズレベルは次第に低下している。まもなく短距離が使えそうだ」

「ケンジ、たのむわよ。見逃さないで」

「おう、任せろ」

とは言ったものの、こればかりは、コンピュータに頼るしかない。問題は探索パターンの善し悪しで決まる。もし俺が敵なら、こちらの動きを推定して攻撃位置につける作戦をとるだろう。だとしたら、意外と近い位置にいる可能性がある。そうなると小回りが利く小型艇のほうが有利だ。ここは、いちかばちか・・・

「美月、ケイ、後方のフェイザーキャノンを斉射してみてくれ。敵は意外と近くにいるかもしれない。少なくとも目くらましの弾幕にはなるだろう」

「そうね。ケイ、フェイザーを斉射して」

「了解。派手に弾幕を張るよ。砲塔11番から20番後方に拡散斉射」

大型艦における攻撃艇への対処は、火力を持って圧倒するのが基本だ。うまくいけば、ダメージを与えられるかもしれない。

「ノイズが減ってきたぞ。短距離センサーは50%復旧」

そして、アラーム音。

「敵影を検知、方位320、270、距離

2000、移動中」

「短距離ミサイルをロック。8番、9番発射」

「動きが鈍いわね。もしかしてフェイザーのダメージかしら」

「そうみたいだな。あれじゃミサイルは避けられないだろう」

実際、俺たちがそう言う話をしている間に、ミサイルが命中し、敵の機影はマップから消えた。


「やったわね。ケンジ、他に機影は?」

「今のところ、短距離センサーの範囲にはいない。もうすぐ長距離が使えるようになるから、それまでは警戒を続けてくれ」

「それじゃ、一気に第8惑星まで飛ぶわ。ここからは時間の勝負よ」

美月はそう言うと、一気に船を加速させる。大型艦だが、それ以上にパワーもあるから、小回りは利かなくてもスピード勝負には負けない。やがて、第8惑星がセンサーレンジに入ってくる。

「惑星周辺をスキャン。おかしいな、機影がまったくないぞ」

「こっちに恐れをなして逃げちゃったかな」

「第6惑星に合流するつもりね。機雷で時間を稼いで、その間に撤収したのよ」

「なんか、拍子抜けしちゃうね。派手に打ちまくれると思ってたのに」

ケイがちょっと不満そうに言う。だが、敵が一カ所に戦力を集めてくるとしたら厄介だ。次の第6惑星は決戦になるかもしれない。

「いずれにせよ、行くしか無いわね。マリナ、第6惑星への航路を出してくれる?」

「了解です。チャートに出しますね。現在の座標から第6惑星までは15・7光分。第7惑星軌道の先、12光分から12.5光分の範囲に小惑星帯があります。巡航速度をポイント1cとして、約2時間で小惑星帯に突入します。本艦が通過するコース上には、比較的大きな小惑星が密集した領域があるため、安全をみてポイント05c以下に減速することを推奨します。その場合、小惑星帯の通過に約10分を要し、その速度を維持した場合、第6惑星空域への到着は、約3時間後となります」

「小惑星帯か。ここに機雷なんかを敷設されると厄介だな」

「待ち伏せの可能性もありますね」

「そうね。小惑星帯で小回りが利く戦闘艇を相手にするのは避けたいわ。少々大回りでも迂回した方が得策ね」

「迂回するとすれば、敵のセンサーレンジの外側ですね。敵が最短ルート上に展開しているとすれば、考えられるルートは、この曲面上にあるルートのいずれかです」

マリナがそう言うと同時に、チャート上に迂回経路が通る曲面が表示される。

「小惑星帯を避けて、速度を上げるならば、惑星軌道面を一旦離れるコースがいいでしょうね」

「確かに、それなら迂回に使う時間を速度で帳消しにできそうね。でも・・・」

「それも敵の想定内って話だな」

「そうよ。誰も、わざわざ罠に飛び込んではいかないわ。当然、迂回してくることは想定済みと考えるべきね。それに、障害が少ないと言うことは、敵も戦力を動かしやすいということよ」

「つまり?」

「我々のコースは、これよ」

美月が出したコースは小惑星帯の中を迂回するコースだ。しかも、小惑星帯の出口で本来のコースに戻ることになる。

「ECMは使えるわよね」

「ああ、結構強力な奴をな」

ECMとは、敵のセンサー等を攪乱する電子妨害、いわゆるジャミングのことだ。巡航艦の必須装備である。

「最大出力でのジャミング可能レンジは」

「たしか、フルパワーだと半径2光分くらいの範囲は余裕でジャミングできるはずだ。コースにマップしてみると、こんな感じになる」

「敵の予想される展開位置は?」

「もし、我々が軌道面の外を迂回する前提で展開しているとすれば、こんな感じだろうな」

我々のコースを中心にしたジャミング範囲に、敵の展開位置の確率分布パターンが重なって表示される。

「ケンジ、最適コースのシミュレーションをしてみたら?」

ケイが言う。そのあたりは彼女が本職である。

「それは私の仕事ですね。チャートに最適コースを出してみます」

今回のナビゲーター役であるマリナが言うと、表示されているコースが変化する。

「このコースなら、ぎりぎりまでこちらの位置は特定されないわね。これで行くわ。敵のセンサーレンジぎりぎり手前でジャミングをかけるわよ」

「了解です。」小惑星帯に突入するまであと105分です。まだ少し時間があるので、ちょっと休憩しませんか」

「そうね。いい考えだわ。ケンジ、周辺監視を自動に設定して。いまのうちに一息入れるわよ」

「了解。航路監視及び防御システムを自律モードに設定。これで、不明な機影や攻撃を検知した場合に、自動的にシールドが強化されるから」

「よーし、お茶だ」

「ジョージとサムも、大丈夫そうならちょっと休憩しないか」

「うん。ちょっとこっちもそろそろ油断できない状況になってきてるから、サムと交代で休憩することにするよ。サム、先に休憩してくれていいから」

「了解。現在、中層に侵入しつつある敵には複数のトラップを仕掛けてある。監視は自動にしてあるから、当面は放置していい」

「了解。それじゃ、僕は中層から深層に入る境界を固めておくよ」

「それじゃ、お茶を入れますね」

「あ、私も手伝うよ」

「それじゃ、お願いします。ちょっと外に出てきますね」

マリナがそう言うと、彼女の姿が消えた。続いてケイも消える。この仮想現実から外に出たからなのだが、なんとも不思議な感じだ。ケイはすぐに戻ってきた。戻ってくる時も、突然である。

「お待たせぇ。今日はミルクティーにしてみたよ。クッキーもあるからね」

「あれ、マリナは?」

「あ、なんかフランク先生から急ぎの連絡があって、ちょっとお話し中。とりあえず、時間もないから、先にこれだけ持って来たんだよね」

「なんだろうな。急ぎの連絡って」

「学園祭中だし、生徒会の関係じゃないの?」

「そうだな。マリナも本来は生徒会の仕事をしなきゃいけないのを、無理言ってこっちに来てるみたいだから、ちょっと申し訳ないな」

「とりあえず、マリナのは残して先にはじめようよ。あんまり時間もないしさ」

「そうだな」

「このクッキーも、マリナの手作りらしいよ。持つべきものは器用な友達だよね」

「そうね、あんたもちょっとは見習ったら?」

「あはは、美月もたまにはケンジに美味しいもの食べさせないと、そのうち逃げられちゃうよ」

「うるさいわね。下僕に贅沢は敵よ」

「ケンジ、美月に飽きたら、いつでも声をかけてね。私は大歓迎だから」

ケイは俺の腕を取って自分に引き寄せる。腕が胸に当たるんだが、これはこれで・・

「こら、ケンジ、なに鼻の下伸ばしてるのよ。そんな姑息な誘惑に負けたら承知しないんだからね」

「あはは、美月には無理よね、これは」

「う、うるさいわね。ケンジから離れなさいよ。そいつは私の下僕なんだから」

確かに、美月だと肋骨が当たるかもしれない。だが、そんな事は口が裂けても言えないのである。

「でもさぁ、最近、ケンジってマリナと仲いいよね」

「え、何だよ唐突に」

「ほら、慌てるところが怪しいよ。マリナもまんざらじゃなさそうだし。さすがにケイさんも、悔しいけどマリナが相手だとちょっときついかな」

「それ、どういう意味よ。私は敵じゃないとでも?」

「いやいや、そんなことは言ってないよ。でも、うかうかしてるとマリナに持って行かれちゃうかもよ」

「おい、何の話だ。勝手にそんな話をでっち上げるなよな」

「え、それじゃケンジはマリナのこと嫌い?」

「んなわけないだろ。あ、そういう意味じゃなくて、好きとか嫌いとか言う話じゃなくてだな・・」

「どういう話なのかしらね」

「そうだよ。私もそこのとこ聞きたいな」

い、いかん、なにやら俺の方に嫌な風が吹いている。この二人を同時に敵に回すのは避けたいのだが、ここには助けてくれそうな奴はいない。ジョージはサイバー戦への対応中だし、サムは平然とお茶を飲んでいるわけで・・・。

「なんだか賑やかですね」

突然にマリナが戻ってきた。消えたときと同様、現れるのも突然だから、声がなければ気がつかなかっただろう。しかし、さっきからの話を聞かれてしまったのだろうか。

「あ、マリナおかえり。今ね、マリナの話で盛り上がっていたんだよ」

「私の話・・ですか?盛り上がってたって、ちょっと気になります」

「あ、気にしなくていいから。この二人が勝手に盛り上がってるだけだ。ところで、先生からの連絡って?」

「そうそう、それなんですが、ちょっと不穏な動きがあるみたいなんですよ」

「不穏な動き?」

「はい、このイベントに協力してくれているゲームセンターの前で大勢の学生が騒いでいて、風紀委員が状況を確認しに向かったみたいなんです」

「このイベントに関連する話なのか?」

「いえ、まだ詳しいことは分からないみたいです。念のため、こちらでも異常な動きがないか注意しておいて欲しいとのことでした」

「なんだろうな。ゲームに参加できなかった連中が騒いでるのか?」

「わかりません。たしかに、あのゲームセンターからの参加はかなりの高倍率でしたから、抽選に漏れた人がたくさんいるのは間違いないですが、それが騒ぎになるとは・・・」

「そうね。そんな単純な話じゃないかもしれない。でも、ここであれこれ考えても仕方が無いわ。いずれにせよ、こっちと何か関係がある話なら、こちら側にも異常が出るはずよ。今はとりあえず、このイベントに集中すべきじゃないの?」

「そうだな。俺も美月に賛成だ。先生が言うとおり、こっち側で何か起きないか用心しておこう」

「そうですね。外のことは風紀委員にまかせて、私たちはこちらに集中しましょう」


なにやらちょっと不穏な感じだ。これも例のハッカーと何か関係がありそうな気がしないでもないが、サイバー空間ならともかく、リアルでの人の行動にまで影響を与えられるものだろうか。いや、美月が言うとおり、もしそうなら、こちらにもいずれ何らかの動きがあるはずだ。注意するに越したことはない。

「ねぇ、とりあえず、マリナもお茶しようよ。まだ時間はあるんだしさ」

脇からケイが言う。

「ほんと、あんたは気楽よね」

「何かあるんだったら、その前にリフレッシュしといたほうがいいとおもうんだけどな ぁ」

「ああ、ケイの言うとおりだ。ちょっとリラックスして対応を考えようぜ」

俺たちは、とりあえずケイとマリナが用意してくれたお茶とクッキーで一息入れることにしたのである。

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