第11話 反則の応酬
敵は背後から襲ってくるに違いない。俺たちはそう予測していた。それは実際に起きたが、その規模は予想の遙か上を行ったものだったのだ。
「ジョージ、こんなことってあり得るのか?」
「いや、少なくともあのゲーセンのサーバの能力では無理だね。考えられるのは、こっちと同じように、他のコンピュータの能力を借りたと考えるべきだよ」
「借りたって、いったいどこのコンピュータを乗っ取ったら、こんなことが出来るんだ?」
「少なくとも、ユイと同じくらいの演算能力が必要だろうね。そういう意味では、敵はこちらと互角の能力を有している、ということになる。そんな能力を持つコンピュータといえば、思いつくのはアカデミーのセンターコンピュータくらいしかないんだけど」
「まさか、センターコンピュータがハッキングされたのか?」
「わからない。でも、僕が侵入してから、センターコンピュータのセキュリティは大幅に強化されたはずだから、現実的に外部からハッキングするのは難しいと思うよ」
「それじゃ、他にそんなコンピュータがあるということになるんじゃない?たとえば、航路局のコンピュータだって、能力的にはセンターコンピュータに匹敵するよね」
「ケイが言うとおり、航路局のコンピュータの能力は特定の計算に関してはセンターコンピュータを上回るんだけど、あれをこういう用途に使うのは難しいね。アーキテクチャが航路計算や管制業務に最適化されているから、宇宙船のシミュレーションみたいな用途では能力が大きく低下してしまうんだ」
「待って、そんな議論してる場合じゃないわ。敵が攻撃態勢に入ってるのよ。なんとかしないとあっという間にゲームオーバーよ」
「敵の長距離ミサイル多数を確認。フェイザーキャノン、迎撃準備」
ケイが叫ぶ。
「ミサイルの背後に攻撃艇多数接近。機種はSF2A」
「おいおい、これじゃ数が多すぎる。太刀打ちできないぞ」
「ごちゃごちゃ言ってる暇があったら何かしなさい。回避行動をとるわよ」
美月はそう言うが、敵の数があまりに多すぎる。実際、こちらの回避コースをふさぐような形で、敵の一群がコースを変え始めた。
「まずいわね、逃げ道がないわ」
美月がつぶやく。しかし、その直後、美月が突然叫んだ。
「わかったわ、コース変更。ケンジ、シールドに全パワーをまわして」
「どうするつもりだ、美月・・・・わかった。シールド全開」
「ショックに備えて」
美月が叫んだ直後、惑星の表面から強烈な閃光が走る。大きな衝撃があって、艦内の照明が点滅する。
「何が起きたの?」
ケイが言う。
「敵の状況は?」
美月が叫ぶ。
「敵ミサイルはすべて消滅、攻撃艇も半数が消滅。残りの攻撃艇は離脱しはじめてる」
「地上からの支援砲撃よ。でも、ここまで強烈だとは思わなかったわ」
「長射程プラズマキャノンを拡散モードで斉射しました。これで敵は迂闊に近づけないはずです」
ユイだ。
「これって、第6惑星にあったやつ?」
「そうです。敵の設計を元に、広範囲にダメージを与えられるように強化したものです」
「流石、これで鬼に金棒だね」
「まだよ。接近戦が難しければ、長距離の砲撃戦になるわ。シールドを維持してちょうだい。すぐに砲撃が来る」
美月が言い終わらないうちに、大きな衝撃があった。
「始まったわね。被害報告を」
「被害は軽微。巡航艦の高密度プラズマキャノンみたいだが、射程ギリギリから撃ってきているから、シールドで大部分は拡散できる」
「それは、こっちの砲撃も同じだけどね。攻撃はユイに任せるしかないかな」
「ユイ、敵の巡航艦を攻撃できそうか?」
「はい。主砲の射程には入っていますが、限界に近いため大きなダメージを与えられるほどではありません。そちらの主砲やミサイルを総動員して、ひとつの艦に攻撃を集中すれば行動不能にできるかもしれません」
「それでいいわ。ターゲットを敵の1番艦に集中するのよ。ケイ、基地からの砲撃に合わせて、こっちも攻撃開始よ」
「了解。目標、敵1番艦。主砲、長距離ミサイル、光学追尾モードに設定。発射準備」
「ユイ、砲撃を開始して」
「了解しました。砲撃開始します」
ユイがそう言うと同時に、惑星上から幾筋もの閃光が走る。
「こっちも攻撃開始するよ。主砲斉射、長距離ミサイル1番から8番発射」
まばゆい光が走って、こちらの主砲からも光が走る。同時にランチャーからミサイルが飛び出していく。
「敵1番艦機関停止の模様。ミサイル着弾まであと20秒。反撃に注意しろ」
俺がそう言った直後に衝撃が来る。敵の砲撃だが、ダメージはほとんどない。
「ミサイルが来るぞ、迎撃準備を」
「了解。全フェイザーキャノン砲塔、及び短距離ミサイル、自動迎撃モードに移行」
「敵1番艦にミサイル着弾。艦体破壊を確認。敵は行動不能」
「いいわ。次、2番艦行くわよ」
「敵ミサイル、総数20。フェイザー射程。自動迎撃開始。主砲照準、敵2番艦。長距離ミサイル発射準備完了」
「攻撃開始よ」
美月の号令と同時に、また閃光が走る。その直後、激しい衝撃が襲った。
「敵ミサイル、2発着弾。前部フェイザー砲塔破損」
「ケンジ、修復作業を。敵は?」
「敵2番艦、機関停止、行動不能の模様」
「敵はあと3隻よ。引き続き攻撃するわよ」
「まて、美月。こっちの被害も小さくない。今またミサイルを食らったら迎撃しきれないぞ。基地の火力を一時的に防御に回すんだ。その間にフェイザーを修復する」
「わかったわ。ユイ、敵のミサイルを排除して。ケイ、敵の3番艦から5番艦に主砲を撃ちまくって。目くらましくらいにはなるわ」
「了解。主砲斉射」
「美月さん、先生から連絡が・・・、ちょっと外していいですか?」
「いいわ。ついでに向こうがどうなってるのか聞いてきて」
「わかりました。ちょと行って来ます」
マリナがそう言うと同時に、彼女の姿が消える。
「敵ミサイル多数接近中。総数、30」
「ユイ、迎撃して」
「了解しました」
ユイの声と同時に、また閃光が走る。
「敵ミサイル消滅・・・いや、3発残存」
「ケイ!」
「短距離ミサイル、迎撃モードで発射」
こちらの短距離ミサイルが、残った敵のミサイルに向かって飛んでいく。
「迎撃成功。敵ミサイル消滅」
「まだまだ来るわよ。油断しないで」
「敵2番艦にエネルギー反応。機関が再始動した模様」
「修復したの?ちょっと早すぎるわ」
「ジョージ、これは・・・」
「敵は、まだ演算能力に余裕があるようだね。このペースで修復出来るとしたら、まだ巡航艦クラスを構築できるだけの余力もあるかもしれないよ」
「いったい、どこからそんな・・・」
「アカデミーからの情報です。センターコンピュータの一部演算ユニットが制御不能に陥っているようです。現在、原因を調査中とのことです」
そう言ったのはユイだ。
「センターコンピュータが乗っ取られたのか。そんなこと可能なのか?」
「外部からの干渉は困難と考えられます。何らかの内部要因と推定されます」
「内部って、もしかしてアカデミーの誰かが?」
「その可能性は87%以上です」
「それじゃさぁ、例のハッカーもアカデミーの中にいるってことなのかな」
「その可能性が高いね。今、ゲーセンのサーバにアクセスできたんだけど、どうやら指令はアカデミーとの接続回線から送られているみたいだ。回線を経由して処理結果もやりとりされているみたいだから、処理の多くがアカデミー側で行われているのは間違いなさそうだね」
「接続を切れないの?」
「それをやるには権限が足りないんだ。今のアクセス方法だとシステム管理権限が得られない。何とかしようと頑張っているんだけど、ちょっと時間がかかりそうだよ。それに・・・・どうやら僕がアクセスしていることを気付かれたみたいだ。操作を妨害されてる。バックアッププロセスで作業は続けてるけど、これも時間の問題かもしれない。何か考えないと・・・」
その時、また大きな衝撃があって、一瞬、計器表示が乱れた。
「敵2番艦の砲撃。でも、これさっきより強力になってるよ」
「主砲を強化したのか?」
「ダメージは?」
「前部艦体に損傷。シールド強度85%に低下。まずいな」
「回避行動を取るわ。ケンジ、その間に何か対抗策を考えなさい」
そう言われても、対抗策なんて簡単には思いつかないぞ。だいたい、敵がセンターコンピュータの演算能力を乗っ取って、何でもありな状態になっているとしたら、こっちはどう対応すればいいんだ。
「だめだ。とうとう閉め出された」
ジョージがつぶやく。
「ジョージ、どうした」
「ちょっとした仕掛けを作っていたんだけど、それを起動したところでゲーセンのサーバとの接続を切られてしまったんだ」
「それじゃ、サーバの奪還は無理ってことなのか?」
「今のところは、そう言うことになるね。ちょっと別の手を考えるよ。ところで、サムのほうはどうだい?」
「敵の一部が中層、深層境界を越えつつある。現在対処中。明らかに敵の能力が向上している。深層に入り込まれるのは時間の問題。とりあえず最重要のシステムを隔離するために、追加のファイアウォールを構築して時間を稼ぐ」
「こっちも厳しい状態か。どうすればいいんだ」
「ユイです。皆さんのDIユニットに外部からの攻撃を検知しました。アカデミーの専用回線経由ですが、今のところファイアウォールで防御しています」
「どうやら、さっきからのアクセスで僕らの所在をトレースされたみたいだね」
「大丈夫なのか?」
「そう信じたいね。少なくとも、一般のDIユニットにはないような防御機構を組み込んでいるから、簡単には攻略できないと思うよ。それに、ダミーのトラップも複数用意してあるから、時間は稼げる。ただ、相手の能力を考えると、完全に防ぎきるのは難しいかもしれない」
「つまり、こっちも時間の問題ということか」
「そうだね。このルートが一番クリティカルだから、ユイにも対応を手伝ってもらいたいんだけど」
「了解しました。常時状況をモニターして対応します」
そんな話をしている間に、また大きな衝撃が発生する。
「回避パターンが敵に読まれつつあるのよ。攻撃を全部避けきるのが難しくなってきたわ」
美月が叫ぶ。
「修復中の前部砲塔が再度破損。長距離ミサイルランチャー一基破損」
「なんだか、真綿で首を絞められている感じがするよね、これ」
「敵は楽しんでるのよ。じわじわと締め上げるつもりだわ」
「敵の攻撃パターンを解析して回避パターンを調整します。但し、敵の演算速度がこちらを上回っている可能性が高いので、時間稼ぎにしかなりませんが」
「それでも助かるわ、ユイ」
「しかし、だんだんユイの仕事が増えて行く分、能力差が大きくなっていきそうだな。ジョージ、センターコンピュータとユイの演算能力の差はどれくらいあるんだ?」
「アーキテクチャが違うから単純比較はできないけれど、使われている新型の量子演算ユニットをフル稼働させても、半分弱といったところかな。相手はまだセンターコンピュータの一部しか占領していないようだけど、このままだと全部占領される可能性も高いから、そうなれば能力差は決定的だね」
「なんとか、これ以上の乗っ取りを阻止できないのか?」
「出来るとすれば、残ったユニットを物理的に切り離すか停止させるしかないんだけど、制御機能を乗っ取られているとすれば、個別に手動で対応するしかないから簡単にはいかないよ」
「それが出来るとしたら、乗っ取りに気付いた段階で、アカデミー側が動くはずよね。まだ、そういう動きがないとすれば、何か別の問題があるのかもしれないわ」
「たしかに、その可能性は高いな」
その時、マリナが戻ってきた。
「皆さん、先生から伝言です。センターコンピュータに対して不正アクセスが行われていて、ネットワーク経由はもちろん、施設のセキュリティシステムが乗っ取られたために、物理的なアクセスも出来なくなっているようです」
「やっぱり、そう言うことか。それなら、たとえば外部からのパワー供給を止めるみたいなことは出来ないのか?」
「それも検討されたらしいのですが、センターコンピュータには複数の補助パワーユニットがあって、一定時間は機能を維持できるそうです。その間に犯人が人質に危害を加える可能性を考慮して、実行は見合わせるという判断なのだそうです。ネットワークについても、同様に施設内で多重化されているため、全経路を同時に遮断することができず、同じ理由で不可能とのことでした」
「それじゃ、手詰まりってことなのかなぁ」
「いえ、先生によれば、センターコンピュータとユイの間には特殊なリンクがあるそうで、もしかしたら、それを使ってセンターコンピュータの制御システムにアクセスできるんじゃないか、ということでした」
「そうか、そのルートが残ってたね。ユイ、リンクは使えそうかな」
「残念ながら、センターコンピュータとの間のリンクについては、数時間前からアクセスを拒否されています。アクセス認証に使用している電子証明書を変更されたものと思われます」
「ダメか。そっちも犯人はお見通しだったということだな」
「それって破れないの?」
「無理だろうね。電子証明書に使われている暗号アルゴリズムは、高性能の量子演算ユニットを使った計算能力にも耐えられるように設計されているんだ。たとえ、センターコンピュータをフル稼働したとしても、解読には数十年かかる計算になるから、現実的な時間でのクラッキングは難しいよ」
「実はその件で、もうひとつ先生から伝言があるんです」
「伝言?」
「はい。これはアカデミーでも一部の人しか知らない極秘事項なのですが、こうした緊急事態に備えて、外部リンクに使用される認証用証明書には、その生成段階で特殊なバックドアが組み込まれているらしいのです。直接的な裏口ではないのですが、特定のデータ列を組み込んだ形で解読計算を行うと、大幅に少ない計算量で解読が可能になっているそうです。もちろん、それでも一般のコンピュータでは数ヶ月かかってしまいますが、ユイなら数分で解読できるだろうとのことでした。これが、そのデータ列と計算方法です」
マリナが言うと、小さなパネルが表示されて、そこにデータ列と解読方法が表示された。
「いわゆるショートカットの脆弱性を条件付きで組み込んであるということ」
サムが脇からそれを見て言う。
「そうか、先生がマリナを直接呼び出したのは、これを渡したかったからだな」
「確かに、これを通信回線で送るのはリスクが高いね」
「ユイ、これを使って計算は可能か?」
「はい。原理的には可能です。ですが、この計算のためには、私の演算能力をすべて、こちらに回す必要が生じます。それでは、防御も含め、他の作業がすべて止まってしまいます」
「それは、ちょっと困るわね。今の状況でも限界なのに、ユイの支援がなくなると、あっという間に撃破されてしまうわ」
「ある程度、今の作業を残して計算するとしたら、どれくらいかかる?」
「防御に割り当てている能力を75%まで減らすとして、敵の動きが今のレベルだと仮定すれば、52時間プラスマイナス5時間と推定されます」
「4日ちょっとか、かかりすぎだな。この状態では1日持たすだけでも、かなり難しそうだ。それに敵がいまのままとは考えにくい。さらに強化してくる前提だと、まず無理だな」
「ねぇ、ジョージ。他に使えそうなコンピュータはないの?」
「少なくとも、ここから手が届く所にはないね。アカデミーの研究センターに行けば、試作品の新型量子演算ユニットがたくさんあるから、それを使って組み立ては出来そうだけど」
「それって、ユイに使われているのと同じ奴よね。それを、この前のミッションの時みたいに、ユイに接続できないの?」
「確かに、もともとその目的で作られた物だから出来ないことはないよ。でも、それを誰がやるかが問題なんだ。まだ試作品だから、組み上げたあとの調整がちょっと微妙で、僕も上手くやれるかどうか自身がない。デイブさんがいてくれると出来るんだけど」
「今、ヘラクレス3は、どの辺りにいるの?」
「数日前にプロキシマ・ケンタウリ星系を出て、地球に向かっています。予定では、そろそろ太陽系に入るころです」
「そうか、ユイは向こうの兄弟分と繋がっているんだったな」
「はい。まだ通信には1秒前後の遅延がありますが、連絡は可能です」
「デイブさんに連絡を取って、相談してみようか。ユイ、向こうに状況を説明してくれないか」
「了解しました。コンタクトしてみます。しばらくお待ちください」
「急いでくれ。時間が無い」
俺がそう言った直後、また大きな衝撃があって、計器表示の一部が消えた。
「被害は?」
「短距離センサー破損。これじゃ、ミサイル迎撃が難しくなるな」
「惑星との距離をもう少し詰めるわ。その分、惑星上からの砲撃が届きやすくなる」
「あまり詰めすぎるなよ。基地が敵の射程圏内に入るとまずいぞ」
「わかってるわ」
「敵ミサイルを検知、総数30」
「ユイ、迎撃を」
「了解しました」
また地上から閃光が走ってミサイルを一掃する。ほっとしたのもつかの間、また大きな衝撃。
「敵砲撃。前部シールド65%に低下。これ以上は危険だぞ」
「ケイ、可能な限りのミサイルを敵に撃ち込んで。迎撃されるだろうけど、時間を稼ぐわ」
「了解。長距離全ランチャー、ミサイル発射」
「弾切れは気にしなくていい。どんどん撃って」
「おい、美月。弾切れは困るだろう」
「大丈夫よ。ジョージ、補給は出来るわよね」
「しょうがないね。本来のシミュレーションなら反則技と言われるだろうけど、そんなこと言ってる場合じゃないからね。制限を解除するよ。これで弾切れはしない」
「相手だって同じ事をしてるだろうから、問題ないわ。どんんどん撃ちなさい」
「なんか楽しいなぁ。巡航艦のミサイル撃ち放題なんてさ。攻撃続行するよ」
「あんまり浮かれるなよ。総火力は相手の方が上なんだから」
「ミサイル第1群、まもなく着弾。まぁ、迎撃されるんだろうけどさ」
「余計なこと言ってないで、どんどん撃ちなさい。ケンジ、敵の反撃に注意して」
「了解。今のところ反撃はない」
「おかしいわね。敵の能力を考えれば、これくらいの攻撃、防御しながら反撃するのは余裕のはずだけど」
「美月、反撃どころか、ミサイルの一部が敵に命中してるぞ。敵2番艦、航行不能」
「どういうこと?」
「どうやら、仕掛けがうまく行ったみたいだね」
ジョージが言う。
「仕掛けって、さっき言ってた奴か?」
「そうだよ。実は、向こうのサーバに一種のマルウエアを感染させたんだ。こいつは、自分の存在を隠しつつ、サーバの演算能力やコンピュータのリソースを浪費するように出来ているから、たぶん、攻撃どころか、迎撃に必要な演算能力も足りなくなっているんじゃないかな」
「でも、相手はセンターコンピュータを乗っ取ってるんだし、それで十分補完できるんじゃないのか」
「確かに演算能力だけなら補完できるんだけど、最終的にこの宇宙戦シミュレーションとリンクしているのは、ゲーセンのサーバだからね。そこがボトルネックになってしまえば、センターコンピュータの演算能力を十分に活かせなくなってしまうんだ」
「さすがジョージね。でも、それはいつまで有効なの?」
「いい質問だね。当然、敵はシステム管理権限を持っているし、マルウエアの駆除を試みるはずだ。ただ、このマルウエアはシステムの深部に食い込んでいて、動作中のプロセスリストには表示されないから、管理者と言えども発見には時間がかかるはずさ。それに、リソースの欠乏で操作全般が重くなっているはずだから、作業には時間がかかるだろうね」
「それじゃ、当面はセンターコンピュータの奪還に集中出来るな」
「そう、そっちが問題だね。センターコンピュータの機能を使えば、マルウエア駆除の作業も効率的な方法を見つけ出せる可能性がある。早くなんとかしないと、また体勢を立て直されてしまう。それよりも、サーバに繋がっているプレイヤーに危害が及ぶことは避けないといけない」
「今の状態でプレイヤーに危険はないのか?」
「100%安全とは言えないけれど、サーバの操作ができなければ、プレイヤーに対して危害を加えることも難しくなるから、犯人は、まずサーバを復旧させようとするはずだよ」
「それじゃ、まずはユイだな。でも、こちらの支援が不要になれば、ユイの能力を全部クラッキングにまわしてもよくないか?」
「それはちょっと危険だね。万一のことを考えると、こっちが無防備になってしまうのは避けた方がいい」
「ユイもジョージさんの意見に同意します。予定通り、演算ユニットの増設を進めた方がいいでしょう。ヘラクレス3と連絡が取れました。演算ユニットの調整は、デイブさんがオンラインでサポートしてくれるそうです」
「それはよかった。それじゃ、僕はちょっと研究センターまで行ってくるよ。サム、こっちは任せて大丈夫?」
「問題ない。敵の攻撃も大幅に減っているから、今のところ対処は十分可能」
「そっちは任せるわ。何かあったら連絡してちょうだい」
「了解。それじゃ行ってくるよ」
そう言うと、ジョージの姿が消える。もちろん、ジョージは俺たちの視界から消えただけで、まだ近くにはいる。今頃は、このシステムを置いた部屋から出て、研究センターに向かっているはずだ。俺たちがいるゲストハウスから研究センターまでは歩いて10分くらいだ。走ればもっと早く着くだろう。この先、事態を収拾できるかどうかは、ジョージにかかっているのである。
その頃、ジョージはアカデミーの中心にある大通りを研究センターに向かって走っていた。
「急がないと・・・」
ジョージも、自分の肩に全員の命運が掛かっていることは十分承知している。走りながら、頭の中でこの後の段取りを考えつつ、少し不安も感じていた。
「そうだ、今のうちにデイブさんと連絡をつけておこう」
ジョージは走りながらコミュニケーターにアクセスする。
「貨物船ヘラクレス3、登録番号SEC21023、副長、デイビッド・ムラカミを呼び出し」
ジョージがそう言うとコミュニケーターが柔らかい声で返事をする。
「当該船舶は現在航行中のため、航路局回線を経由して呼び出します。しばらくお待ちください」
ジョージが角を曲がると正面に研究センターの建物が見えてくる。もう少しだ・・、そう思った直後だった。いきなり、ジョージの目の前が真っ白になった。彼は意識を失い、そのまま、道に倒れ込んだ。
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