第6話 攻撃

ニュース映像には、黒煙を上げている車、そして見慣れた4人の顔写真が並んでいた。

「ゾーン1の交通システムで事故だって?まさか、マリナたちの車なのか?」

「そうよ。私も見てびっくりしたわ。まさか、あれからこんな事になってるなんて」

「で、4人はどうなったんだ」

「救出されてメディカルセンターに運ばれたけど、容態は不明だって」

「美月、センターへ行くぞ」

「そうね、急がないと」

俺たちは全力疾走で表に飛び出して、車寄せにいた車に飛び乗った。

「北地区のメディカルセンターへ、急いで」

美月が叫ぶが、車は動こうとしない。

「お客様、申し訳ありません。現在、事故のためゾーン1の中央道路は閉鎖されています。閉鎖解除の見通しは立っておりません」

「だめか。事故のせいで通行止めだ」

「代替経路はないの?」

「南連絡トンネルから、ゾーン2もしくはゾーン3を経由して北連絡トンネルに迂回するルートがありますが、50分ほどかかります」

「どうする?」

「待っていても、復旧の目途がたたないんじゃ仕方が無いわ。とりあえず、行けるルートで行くしかないわね」

「そうだな。よし、迂回ルートで出来るだけ速いルートを使って北地区メディカルセンターまで行ってくれ」

「承知しました」

車はそう答えると、ドアを閉めて走り出す。

「どういうことだ。まさか、今の交通システムで事故なんて、ありえないよな」

「そうよ。事故なんて、100年ほど前に今のシステムが導入されてから、一度も起きていないはずよ。しかも、どうしてそれが、あの4人の車なの?」

「まさか、サボタージュか?」

「あり得ない話じゃないわね。これが、交通システムへのハッキングの結果で、それが私たちに向けられた攻撃だとしたら」

「例の犯人か」

「そうよ。訓練艇の件で私たちがしたことはメディアで報道されているわ。それを見た犯人が報復に出た可能性もあるんじゃない?」

「とりあえず、先生にも連絡してみよう」

「そうね。もしかしたら何か状況を知っているかもしれないし」

俺はコミュニケーターを取り出して、フランク先生を呼び出す。だが、何度やっても繋がらない。

「おかしいな、受信反応も出ないなんて、こんな時に回線トラブルか?」

「待って、これって火星の時と同じじゃない?」

「それじゃ、犯人が通信を妨害しているのか?」

「そう考えるのが自然ね」

「まずいぞ。犯人はこっちの動きを把握しているみたいだ。なら、次に狙われるのは・・」

「私たちね」

俺は、周囲を見回す。今のところ、車のシステムに異常はなさそうだ。だが、犯人が交通システムをハッキング出来るのならば、攻撃をうけるのは時間の問題だろう。

「どうする、止めるか?」

「待って。こんなところで降りても、何も出来ないわ。それに、犯人が私たちの動きを把握しているのなら、もう攻撃されていてもいいはずよ」

「何かのタイミングを狙っているって事じゃないのか?」

「たしかにその可能性はあるわ。でも、今走っているのは一番スピードが出る区間よ。何かやるなら、ここでやるんじゃないの?」

「確かに。ここで車の制御がおかしくなったら最悪だな。ということは、犯人は、まだ俺たちの動きを把握していないということか」

「そう考えてもいいんじゃない?でも、油断は出来ないわ。しばらく通信は禁止よ。それと、何かあったら、すぐに緊急停止させられるようにしておいて」

「非常停止スイッチを押せば止まるはずだが、止めたからと言って、安全とは限らないぞ。システムがハッキングされているんだったら、他の車に突っ込まれる可能性だってある」

「それはそうだけど、他に手はあるの?止めて、さっさと外に逃げるしかないじゃない」

「宇宙艇もそうだけど、交通システムなんかの安全装置は、システム不良の際にも、事態が安全側に向かうように設計されてるはずだろ。だったら、何か使える仕掛けがあるんじゃないか?」

「確かにそうね。ちょっと調べて見るわ。ケンジも手伝いなさい。交通システム関係の情報を片っ端から検索するわよ」

「わかった。情報ソースを共有してくれ」

「それじゃ、交通局のデータベースをお願い。私はアカデミーの文献をあたるわ」

こういう時に美月の持っているインターフェイスが役に立つ。VUを使うよりも高速な専用回線や、それらからしかアクセスできない情報にもアクセスできるからだ。

「この車のシステム構成図があったけど、これを読んでいる暇はなさそうだな」

「そうね。でも、何か方法を見つけた時に役に立つわ。ざっと目を通しておいてくれる?私は、もう少し捜してみるから」

そんなことをしている間に、車は分岐を通って、ゾーン間の連絡トンネルに入る。こんな所で何かあったら逃げ道がない。最悪である。

「これを見て。自動交通システムにおける自律的群制御を使った安全機構だって。結構古い論文だけど、参照数が特に多いから、実際に応用されている可能性が高いわ」

「そうだな。これによると、各車にはメインのAI以外に、集中制御から独立したセーフティAIが搭載されているようだ。制御不良や異常な指令などで危険な状況が発生した場合、メインAIの指示を上書きして、安全な動きを強制するらしいな。それに、このシステムは自律的に周辺の車と通信して、情報を交換することで、周囲の車も制御することが出来るらしい」

「でも、そんなシステムがあるんだったら、マリナたちの車はどうして事故を起こしたの?それもハッキングされた可能性が高いわよ」

「そうだな。確かに、メインAIを経由して保守用コマンドを発行出来るようだから、外部からソフトウエアを上書きしてしまうことは出来そうだ。でも、そのルートを切ってしまえば、ハッキングは出来なくなる」

「この車はいいとして、他の車はどうなの?そっちがハッキングされてしまえば、群制御は利かなくなるわ」

「それは、大丈夫そうだ。ここに書いてあるけど、外部から非常事態を受信した場合、セーフティAIはメインAIからのすべての指示を受け付けなくなるみたいだ。この車が先に非常信号を出せば、もう犯人は手が出せなくなるんじゃないか?」

「たしかにそうね。ケンジ、この車のセーフティAIを切り離せる?」

「こっちの構成図だと、メインAIのユニットからセーフティAIのユニットとの通信は情報系ネットワークのルーターを経由しているみたいだ。物理的にケーブルを抜いてしまえればいいんだが、流石にこの車の保守用アクセスパネルを開くのは難しいだろうな。当然、不正に開けられる可能性を前提に対策してあるはずだし」

「そうね。物理的なアクセスは難しいわ。あとは、何か通信を妨げる方法があればいいんだけど」

「この通信経路の優先度は、それほど高くないから、なにか優先度の高い通信で大きな負荷をかけられればな。でも、多少の高負荷は想定済みだろうから、これも難しそうだな」

そんなことをしている間に、車はトンネルを抜け、ゾーン3に入る。ゾーン3は、ゾーン1から16時間遅れのタイムゾーンなので、まだ、未明の時間帯である。真っ暗な中、ジャンクションを通過した車は、北へ向かう。ここから約20Km走って、北側からまたゾーン1に戻るルートだ。その時、俺のコミュニケーターが着信音をたてた。

「先生だ。もしもし・・」

着信はフランク先生からである。

「はい。知ってます。それで、今メディカルセンターに向かってますが、通行止めのため、ゾーン3を迂回中です。あと20分くらいはかかると思います。はい、お願いします。それでは現地で」

「先生はなんて?」

「今、先生もメディカルセンターに向かってるそうだ。間もなく到着するらしい。状況がわかったら連絡をくれるそうだ」

「そう、4人とも無事だといいけど」

美月がそう言った瞬間だった。車がいきなり速度を上げる。

「おい、これ、おかしくないか?」

「まさか、ハッキングされてるの?」

「しまった、さっきの連絡で見つかったのか」

「ケンジ、さっきの話、もう手遅れよね」

「いや、そうとも限らないぞ。保守コマンドによるソフトウエアの上書きは時間がかかるはずだ。完了する前に止められれば、元のバージョンにロールバックされるはず」

「なんとか妨害出来ないの?」

「データ量が多い情報系のオペレーションと言ったら、サラウンドモードくらいしか思いつかない。その程度じゃ・・・、まてよ。美月、情報共有モードにしてサラウンドに切り替えろ。早く」

「わ、わかったわ」

車はどんどん加速している。この状態でサラウンドにすると、目が回りそうだ。

「ちょっとした絶叫マシンよね。それで、どうするの?」

「こうするんだ・・・・」

俺は、美月との情報共有にかけているフィルタを全部外した。美月のインターフェイスから雑多な情報が一気に流れ込んでくる。そう、これが俺の狙いだ。旧式とはいえ、訓練艇のコンピュータでさえ持てあます情報量だ。この車の情報系なんかひとたまりもないはず。

サラウンドの映像にブロックノイズが入って見えなくなった。情報系のネットワークが過負荷になっている証拠だ。これで、優先度が低い保守用の通信は、ほとんど出来なくなる。それにこの状態がしばらく続けば、セーフティAIが異常と判断して、車を停止させるはずだ。当然、周囲の車も自動的に停止させてくれる。

「ケンジ、これって・・・まさか」

「そうさ、お前のお得意のやつだ。まともに食らったら宇宙艇のシステムでも持たない情報氾濫だからな」

美月はしばらく絶句する。やがて、車の情報コンソールパネルに赤いサインが表示され、緊急停止のメッセージが流れた。車はゆっくりと停止し、道路脇には非常事態を知らせる信号灯が点滅している。周囲の車も、すべて停車したようだ。

「なんとか間に合ったみたいだな」

「あ、あんたねぇ。一体何してくれるのよ。人のことを・・・」

美月は我に帰ると、顔を赤くして怒り出した。

「勘弁しろよ。非常事態だ。他に方法もなかったし」

美月は、まだちょっと不満そうな顔をしながら、ちょっと下を向き、小さな声で言った。

「分かってるわよ、それくらい。ケ、ケンジにしては考えたわね。褒めてあげるわ」


やがて、車に交通局からの通信が入る。むこうでもハッキングの兆候は検知していたようで、すぐに状況は理解してもらえた。その後数分で、システムはすべて復旧し、俺たちの車は、また走り出した。

ゾーン3の北端まで来た車は、また連絡トンネルに入り、夕方のゾーン1に戻る。やがて、高架道路を降りた車は、広いグリーンベルトに囲まれたメディカルセンターに到着した。

「よかった、無事だったか。大変だったな」

エントランスでは、フランク先生が待っていた。

「はい。ちょっと冷や汗ものでしたが、なんとか。それで、4人の様子は?」

「安心しろ。全員無事だそうだ。念のため、今検査を受けているが、それが終わったら帰れるだろう」

「よかった。何かあったらどうしようかと、気が気じゃなかったですよ」

「先生、それで事故の原因はやっぱりハッキングですか?」

「そのようだね。君たちが攻撃を受けたことから考えても間違いないだろう」

「でも、交通システムはSクラスの防御システムで守られているはずですよね。それをいったいどうやってハッキングしたんでしょう」

「わからない。だが、交通局とセキュリティが調べているから、すぐに分かるだろう。いずれにせよ、君たちが犯人に狙われていることは間違いない。今後のことについては、今、学校とセキュリティが相談しているから、以後は指示に従ってくれ」

「わかりました」


ほどなく、マリナ、ケイ、ジョージ、サムの4人がロビーに現れた。

「無事でよかったわ。大丈夫なの?」

美月が声をかける。

「はい。おかげさまで皆さん、怪我もありません。そちらも大丈夫ですか?」

「ああ、ちょっと冷や汗かいたけど、大丈夫だ」

「いやぁ、死ぬかと思ったよ。ジョージがいなかったら今頃は、ここの地下室行きだったかもね」

「あんたね。縁起でも無いこと言わないでよ」

「ジョージ、いったい何があったんだ」

「それが、いきなり車の制御が利かなくなって、どんどん加速を始めたんだ。非常停止ボタンも反応がなくて、安全装置もすべて解除されてしまっていてね」

「殺意丸出しね。恐ろしいわ」

「で、先にコーナーが見えてきて、こりゃまずいって思ったから、サムに頼んで、非常用のホールド装置のセンサーを作動させたんだ」

非常用のホールド装置というのは、シートホールドの超強力版みたいな奴だ。大昔のシートベルトの代わりに装備されているシートホールド装置は、ヒッグス場を操作して、みかけの慣性質量を増加させ、体をシートに固定する機能を持つ。この力は腰骨など、体の一部にだけ作用するのだが、非常時はポッドと呼ばれる客室全体と全身に作用して、衝突などの衝撃を吸収するのである。装置自体も、車の事故程度では壊れないように出来ているから、外はめちゃくちゃに壊れても、客室部分は無事に残るようになっている。ただ、通常は衝撃が無いと作動しないため、あまりに高速での衝突では、乗客の負傷は避けられない事がある。ジョージはそれを見越して、衝突前に作動させたのだ。

「でも、よくセンサーを作動させられたな」

「それはサムのおかげだよ」

「コミュニケーターの送信回路をオーバーロードさせて、電磁パルスを発生させた。コミュニケーターのパワーでも、センサーを誤動作させるくらいのパルスは出せる」

「ちょっとしたECMじゃないか。とっさにそんなことを考えついたのか。驚いたな」

そう言ったのはフランク先生だ。

「ニュースで見たけど、火が出たんじゃないの?」

「ああ、あの煙はホールド装置が吸収した運動エネルギーを一時的に蓄積しているコンデンサーがオーバーヒートしたもので、煙は出ても火災にはならないよ。それにポッドは密閉された耐火構造だしね」

「本当にあの映像を見たときは寿命が縮んだわよ」

「へぇ。美月ったら、そんなに心配してくれたんだ」

「マリナとサムとジョージをね」

「いやいや、それでも有り難い事ですよ」

「ところで、そっちも攻撃されたんだろ。どうやって逃げたんだい」

「こっちはセーフティAIを動かした。そっちのハッキングは美月が防いでくれたからな」

「へぇ、美月もやるじゃん」

「そ、そうね。まぁ、あれくらいなら・・・」

美月はバツが悪そうにしている。

「さて、君たち。この後のことが決まったので話しておこう。今回の一連の事件については、現在、セキュリティが捜査中だが、まだ犯人は特定できていない。君たちが犯人の標的になったことから、アカデミーとしても君たちを保護しなくてはならない。そこでだ、君たちには、しばらくの間アカデミーのゲストハウスで過ごしてもらいたい。あそこなら、警備もしやすいし、サイバー防御も強固だ。それに、講義に出るのに、構外へ出なくていい。どうだ、了解してもらえるか」

これは、なにやら大騒ぎになってきたが、全員の安全を考えれば、悪くない話だ。

「俺は、それでいいと思いますが、皆はどうだ?」

「私はかまいません。むしろ、そうしてもらえると安心できて助かります」

「私もそれでいいわ」

「僕もかまわない」

「私も異論はない」

「おお、合宿かぁ。それじゃ決まりだね。皆でお泊まりだ」

「あんた、遊びに行くんじゃないんだから、ちょっとは緊張感持ちなさいよね」

「先生、それじゃ、お願いします」

「わかった。もうすぐ、迎えの車が来るから、しばらくここで待っていてくれ」

「わかりました」


やがて、アカデミーのVIP専用車がやってきて、俺たちをゲストハウスまで運んでくれた。なにやら、VIPになった気分だが、浮かれてはいられない。俺たちは一連の事件のまっただ中にいるのだから。


「これ、すごくない?」

ケイが、あたりを見回して言う。俺たちは、例の犯人からの攻撃を避けるため、しばらくの間、アカデミーのゲストハウスで寝泊まりすることになった。早速、アカデミーが用意した車に乗って、やってきたゲストハウスは、超高級ホテルさながらである。それもそのはず、もともとこの施設は、アカデミーがVIPの賓客をもてなすための施設である。ここはL2全体の迎賓館も兼ねているから、この都市を公式訪問する政治家や、太陽系外コロニーからの視察団などの滞在先としても利用だれている。もちろん警備は万全だ。

「ねぇねぇ、部屋にはお姫様ベッドとかあるのかなぁ」

「あんたねぇ、何浮かれてるのよ。ちょっとは立場を考えたらどうなの?」

そう言いながら、美月も、ここに着いてからずっと、きょろきょろ周囲を見回している。

「なんか、僕たちには場違いだね。ちょっと肩が凝りそうな感じだな」

「そうですね。素敵な場所ですけど、なんだか逆に肩身が狭いです」

やがて係がやってきて、俺たちが案内されたのは別館にある、こじんまりとした部屋が並ぶ一角だった。

「ここは、VIPの随行員たちが使うエリアだから、気にしないで使っていいわよ。必要な物は全部用意されてるはずだけど、何か足りない物があったら言ってね。部屋割りは、それぞれの部屋の前のパネルを見てちょうだい。それから、食堂はこの廊下の先にあるわ。夕食は30分後。飲み物は自由に飲んでいいわよ。それじゃ、何か分からないことがあったら呼んでね」

案内してくれた係の女性は、そう言うと本館の方に戻っていった。

「なぁんだ。VIP用の部屋に泊まれるかと思ったのになぁ、残念」

「当たり前でしょ。調子に乗らないでよ」

「まぁ、こっちの方が気楽で良さそうだ。何か壊したらどうしよう、とか気にしなくても良さそうだしな」

「そうですね。なんか、ここに入ってから緊張しっぱなしで、疲れました」

「とりあえず部屋に入ろうよ。身の回り品も確認しておきたいしね」

ジョージはそう言うと、自分の部屋を捜して歩き出す。

「ここはケンジの部屋みたいだ。向かい側は美月だね」

そう言いながらジョージは自分の部屋を見つけると入っていく。

「私もちょっとシャワーくらいは浴びたいわ。ケンジ、言っとくけど覗いたりしたら承知しないからね」

「しねーよ。早く行け!」


そんな感じで、とりあえず各自、自分の部屋に入って一息ついた後、食堂に集合する。食堂は広々としているが、VIPの宿泊がないためか、閑散としている。カフェテリアになっているのだが、俺たちだけなので、選択肢はあまりなさそうだ。

「君たち、好きなテーブルを使っていいわよ。今夜は君たちだけだから、あまり種類はないけど、好きな料理を食べてちょうだい。そうそう、先生から伝言ね。来週は試験だから、あまり浮かれずにきちんと勉強するようにとのことよ。それじゃ、ごゆっくり」

先ほどの女性は、そう言うと厨房の方へ入っていった。

「先生、抜け目ないなぁ」

「そりゃ、あんたみたいに浮かれるのがいるものね。先生もよくわかってるわ」

「まぁ、ここなら集中して勉強出来そうですし、試験前の環境としては悪くないんじゃないでしょうか」

「そうだな。当分外出はできないし、暇つぶしに勉強でもするしかないよな」

「ケンジ、あんたはそんな悠長なこと言ってられないはずよ。言ったわよね。明日は朝9時から一日中試験勉強だからね」

「うっ、覚えてたか」

「当たり前よ。逃がさないから、覚悟なさい」

あのドタバタで忘れてしまってくれることを少しだけ期待したのだが、そう甘くはなかったようだ。まぁ、裏技の「馬鹿力」を封じられた今となっては、頑張るしかないのが現実なのだが。

「とりあえず、食べませんか」

「そうだね。料理を取りに行こうよ」

「お腹空いたよ。さて、何食べよっかなぁ」

俺たちは、それぞれ思い思いの料理を取るとテーブルに戻って食べ始めた。

「さすがね。これ美味しいわ」

「そうですね。この食堂も、メニューは中央街区にある一流レストランのシェフが考えたものだそうですよ」

「へぇ、そうなんだ」

「アカデミーやL2政府にとっては、VIPだけじゃなく、随行員の評判も大事」

「そうだね。技術コミュニティーでも、時々話題に上がるよ。先生たちの視察に随行した研究生のゲストハウスレビューとか。随行員の中には将来のVIP候補もいるから、評判は大切だよね」

「そう言えば、事故の件は何か分かったのかな。交通システムのハッキングなんて、前例のない一大事だと思うんだけど」

「そうだね。僕も気になる。ちょっとニュースを見てみようか」

ジョージはそう言うとニュースチャンネルにアクセスして映像と音声を共有する。テーブルの前に、大きなスクリーンが開いた感じだ。もちろん、これは拡張現実で、俺たちにしか見えないし、音も俺たちにしか聞こえない。

「やってるやってる。でも、この映像、何回見てもインパクトあるよね。我ながら生きているのが不思議って言うか」

「ちょっと、静かに聞きなさいよ」

ニュースでは、ちょうど俺と美月が学生寮で見た事故のシーンが流れている。

「附属高の生徒4名が乗った交通システム車両の事故について、交通局はシステムへのハッキングによる意図的なものであるとの調査結果を発表しました。被害に遭った生徒たちは、先日の附属高実習艇に対するサイバー攻撃を防いだチームのメンバーで、セキュリティ部局では、これに対する報復の可能性が高いとして殺人未遂容疑で捜査を開始しています」

「殺人未遂かぁ。生きててよかったよ」

「怖いですよね。まさか、自分たちが狙われるなんて」

しかし、実際、あの攻撃の様子を考えれば、殺意があったと考えざるを得ない。俺はニュースを聞きながら、ちょっと背筋に寒さを覚えた。

「また、この事故の30分ほど後に、ゾーン3の中央道路を走行中の車両が制御不能となる事故が発生しました。幸い、安全システムにより緊急停止したため被害はありませんでしたが、乗っていたのは先の事故に遭った生徒と同じチームのメンバー二人で、こちらも同一犯による犯行と見られています」

こっちのニュースも俺たちの顔写真入りだ。2年に進級してから、このチームがニュースになるのは、これで4回目だが、これは最悪のニュースだろう。

「次のニュースです・・・」

「それにしても、私たちって、すっかり有名になっちゃったねぇ」

「L2だけじゃなく、太陽系全体で面が割れてるよな。流石にちょっとやりにくい」

「でも、今回みたいなニュースには、なりたくないですね」

マリナがそう言ったときだ。

「ちょっと、静かにして。このニュース・・・」

美月が叫んだ。見ると、アカデミーの学生らしい制服を着た男性の映像が流れている。

「・・・は、アカデミー専門課程の3年に在籍する学生で、先日、レストランのシステムに対する不正なアクセスと業務妨害の容疑で逮捕、拘留されていましたが、一昨日、嫌疑不十分で釈放されていました。メディカルセンターによれば、容態は安定しており、意識を失った原因はDIユニットの不具合と見られていますが、セキュリティが詳しい原因を調査中です」

「これって、あの学生?」

「そうみたいね。なんでも、中央公園で倒れているところを発見されて、メディカルセンターに搬送されたらしいわ」

「DIユニットの不具合って、故障なのか?」

「何かで神経系に大きな負荷がかかったんでしょうか。障害が残らないといいのですが」

「あの時と同じね。でも、容態は安定しているって話だし、処置が早ければ大丈夫なんじゃない」

あの時と言うのは、1年半前のシャトル事故のことだ。知り合ったばかりの美月と俺が、騒動に巻き込まれたことは前に話したが、その時も、磁気嵐の影響でDIユニットが誤動作し、パイロット2名を含めて意識不明者が大量に出た。実際、美月もそれを食らっている。うちの親父ご謹製のDIユニットに防護機能がなかったら、イチコロになっているほどのショックだったはずだ。

「あの時って、例のシャトル事故?」

「そうよ。あんまり思い出したくないわね。一瞬、目の前が真っ白になった気がしたから」

「インターフェイスの神経系は脳に直結してますから、ショックが大きいんです。生体的にできる防護は限られているので、多くはDIユニットだのみなんですよ」

流石にメディカルであるマリナは詳しい。

「でも、これって単なる故障・・・じゃないわよね。たぶん・・」

「確かにタイミングが良すぎるね。一連の事件と関係している気もするけど。考えすぎかな」

「いや、関連を疑ってみたほうがいいんじゃないか。たとえばDIユニットをハッキングされたとか」

「それって、可能なの?」

「不可能ではない。DIユニットにもファイアウォールが装備されているけれど、理屈の上では、DIユニットを経由するメッセージを使って脆弱性を攻撃するとか、マルウエアを送り込むようなことはできる。もちろん、防御機構を回避するだけのスキルが必要になるけれど」

「C&Iクラスのスキル、ってわけか」

「専門課程のC&Iでも、DIのハッキングはかなり難しいと思う。ソフトウエアの改ざんでもしない限りは」

「ソフトウエアの改ざんか。アップデートの際に改ざんされたソフトウエアを送り込むとか」

「ただ、これも簡単ではない。DIユニットのハードウエアには、メーカー以外のソフトウエアを拒否する仕組みが組み込まれている。これを破るには、メーカーがソフトウエアに行う電子署名のための暗号鍵を入手しなければならない」

「それじゃ、まず無理だな。DIを作っているようなメーカーのセキュリティはSクラスだし」

「内部のかなり深くまで入り込めれば不可能ではないが、最低4つくらいは防壁を抜ける必要がある」

「たしか、10年ほど前に一度あったよね。メーカーが不正なアクセスを受けて暗号鍵が盗まれた事件。あの時の手口は僕も研究したけど、盗んだことが発覚すれば短時間に鍵の更新が行われるから、使うタイミングがほとんどないんだ。あの時も、すぐに発覚して被害はなかったしね」

「でも、気づかれなければいいのよね」

「たしかにそうだけど、Sクラスのセキュリティを破って、一切気づかれないというのは考えにくいよ。どこかに痕跡が残るから、監視しているAIに発見されてしまうんだ」

「でもさぁ、交通局のシステムもセキュリティはSクラスだよね。犯人は、そこに入り込んで、車の制御を奪ったわけでしょ」

「確かにな。交通局のシステムに入り込んで気づかれないとしたら、メーカーのシステムにだって入れるかもしれない」

「それほど単純な話では無いが、確かに否定はできないと思う」

「でも、どうして彼が狙われたのでしょうね。もちろん、まだ原因がハッキングだと決まったわけでは無いですが」

「僕もそこが不思議だよ。彼が犯人でないとすれば、彼が疑われていることは犯人にとっては好都合のはずだからね。それを敢えて攻撃して、真犯人の存在を明らかにする必要なんて無いんじゃないかな」

「そいつが何かを知ってしまったから口封じとかね」

「まったく、あんたは、どうしてもそういう方向に持って行きたいみたいね。例えば、そいつがやってたことが、犯人の邪魔になったとか。もし身に覚えのない話なら、それを証明しようとしても不思議じゃないわ。その過程で、犯人の尻尾を踏んだんじゃないの?」

「あはは、美月だって、そっちの方向に向いてるじゃん」

「あんたと一緒にしないでよね」

「確かに、その可能性はある。C&Iなら、そうした技術もあるから、真犯人を挙げて自分の潔白を証明しようとしても不思議ではない」

「なにやら混沌としてきましたね。皆さんの話を総合してみると、ちょっと恐ろしい犯人像が浮かんできますけど」

「少なくとも、ハッカーとしての腕前はSクラス以上だね。スペースガードのサイバー部隊か同等のレベルじゃないかな」

「犯人が一人とは限らないわ。組織的な犯罪の可能性だって考えられる。たとえば、Sクラスの技術が無かったとしても、交通局やメーカーに内通者を作れれば、目的は達成できるかもしれない。どこかのテロリストグループって可能性もあるわね」

「確かに、容赦のなさや執拗さはテロリスト説を後押ししそうだな」

なにやら大きな話になってきたな。もしかして俺たちは、結構とんでもない事件に巻き込まれているのかもしれない。しばらくは、ここで大人しくしているのが良さそうだ。

「いずれにせよ、今は下手に動かない方がいいわね」

「そうだな。そんな相手なら、ここだって必ずしも安全じゃないかもしれないから」

「まぁ、ここも今は厳戒態勢で、セキュリティやアカデミーのサイバーオペレーションセンターが目を光らせているだろうから、滅多なことはないと思うよ」

「内部に協力者がいないと言う前提は、つけておくべき」

「なんだか疑心暗鬼で辛いですね」

たしかに、こういうピリピリした状況はマリナには辛いだろう。もちろん、他のメンバーにとっても、かなりストレスがたまる状況だ。

「そうだね。ちょっと自己防衛策でも考えて見ようか」

「おお、さすがジョージ。よろしくっ」

「私も協力する」

「たのむよサム、ちょっと考えがあるんだ」

「ジョージ君、サムも無理はしないでくださいね」

「分かってると思うけど、犯人を刺激するなよ」

「大丈夫。ここの外から見えるようなことはしないから。詳しいことは明日話すよ」

「さて、そろそろ部屋に戻ろうか。今日は皆疲れただろうから、ゆっくり休んでくれ」

「ケンジ、分かってると思うけど、寝る前に今日の復習しておきなさいよ。明日テストするからね」

「はいはい」

「返事は一回!」


なにやら不安な状況ではあるのだが、情報が少ないから、これ以上考えても疑問が増えるだけだ。しばらくは、来週の試験のことに集中していた方がいいかもしれない。俺は、そんなことを思いながら部屋に戻ったのである。

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