第13話 対決、そして祭りの後

「せめて、サーバへの操作を妨害できるといいのだけど」

「妨害と言っても、今、俺たちにできるのは物理的に何かをすることしかできないぞ。それにサーバをいきなり止めれば、何が起きるかわからない。ここのシステム全体が不安定化することだって考えられる」

「アカデミーとの通信を妨害できない?」

「ファイアウォールの設定を変えれば、アカデミー側からの通信だけをブロックできるかもしれないけど、それもリスクはあるんじゃないか?それこそ、あらかじめ想定されて何か仕掛けが用意されている可能性とか」

「そうね。通信が切れたらシステムを破壊するような仕掛けがあるかもしれないわね。何か、完全に切らずに通信を不安定にする方法があればいいんだけど」

「そんな都合のいい方法なんて、あるはずが・・・いや、まてよ。いい方法があるかもしれない。外部とのファイアウォールはどこにあるんだ?」

「たぶん、ケーブル引き込み口に一番近いラックよ。通信ケーブルがまとめて接続されてるからわかるわ」

「あそこだな」

そのラックの裏へまわると、配線溝から出たケーブルが数本、コネクターを介して機器に接続されている。

「外部との接続ケーブルはどれだ」

「その赤いケーブルじゃないの?標準的なカラーコードだと、リスクの高い順に暖色系から割り当てられるから。で、何するつもり?」

「通信を切らずに不安定化させればいいんだよな」

「そうだけど、そんなこと出来るの?」

「こうするんだよ」

俺は赤いケーブルを持って折り曲げる。

「ほら、見てみろ。コネクターの脇のインジケーターが点滅するだろ。通信が不安定化してるんだ。でも切れてはいない」

「そうね。切れればインジケーターが赤色になるわ。これ、どういう手品なの?教えなさいよ」

「前にジョージがやって見せてくれたんだよ。この光ファイバーケーブルは一定以上強く曲げると通信が不安定になるんだ」

「ふん、ケンジにしては出来がいいと思ったけど、やっぱりパクりなのね」

「悪かったな。それより、俺がこうしている間に、先生に連絡してくれ」

「わかったわ」

美月はコミュニケーターを取り出すとフランク先生を呼び出す。

「先生、星野です。ちょっとまずい状況になりました。ジョージが仕掛けた妨害プログラムを犯人が解除したようです。まだ我々は発見されていないようですが、それも時間の問題でしょう。今、ケンジが通信を妨害して犯人の行動を遅らせていますが、あまり時間はありません」

「わかった。こっちもテストが終わって、今、解析を始めたところだ。ユイの話だと数分で終わりそうだが、どちらが早いかの勝負になりそうだな」

「ケンジ、あと数分、なんとか持たせてちょうだい。その間にセンターコンピュータを奪還するわ」

「そう言うが、この方法だと、だんだんケーブルが劣化して、そのうち切れてしまうかもしれない。そうなるとまずいからあまり長時間は続けられないぞ」

「先生、何かそちらで犯人の気を引くようなことはできませんか?犯人は一人なので、注意を分散させれば時間が稼げると思いますが」

「そうだな。セキュリティに頼んで物理的に揺さぶりをかけてみよう。一時的にでも気を逸らせられれば、その間にセンターコンピュータを押さえられるからな」

「お願いします」


またしても、時間の勝負だ。しかし、こうなるとプレイヤーたちの状態が気になる。

「美月、プレイヤーの状態を確認できないか?DI接続を管理しているシステムがあると思うんだが」

「そうね。ちょっと調べて見るわ」

美月はそう言うと、周囲のラックを見て回る。

「あった。これね。アウトバンドでバイタルをモニターできるわ」

DIを使ったサラウンド型のゲームは、内容によってプレイヤーに精神的な緊張を与え、それが体調などにも影響することがある。こうしたゲームセンターでは、プレイヤーの同意のもとで健康状態を監視し、問題があれば警告を出すシステムが設置されているのである。

「状態は?」

「現在、ゲーム参加者は、他のゲームも入れて170人ほどね。でも、全員意識がない。いまのところバイタルは安定してるみたいだけど、このシステムも犯人に掌握されていると考えるべきね」

「やっぱり、全員人質ってことか」

「そうね。うちのメンバー同様にDI経由で攻撃を受けたのよ。これを何度もやられたら、脳神経に障害が残る可能性が高いわ。最悪、命に関わることもありうるわね」

「そのサーバを停めたらどうなる?」

「普通なら、プレイヤーのDIユニットはオフラインになるわ。彼らを手っ取り早く解放できるかもしれない。ただ、こういう重要なサーバは二重化されていて、全部同時に停めないと、待機しているサーバが取って代わってしまうのよ。それに、そんな誰でも考えつく方法に犯人が何も手を打っていないとは考えにくいわ」

「たとえば?」

「そうね。私ならプレイヤーのDIユニットにマルウエアを仕掛けるわ。接続がオフラインになった時に、破壊活動をするようなものをね。今回、犯人は標準モデルのユニットにある脆弱性を見つけて攻撃したのよ。それを応用すれば、DIユニットのソフトウエアを改ざんすることも可能だわ」

「なるほどな。それじゃ迂闊に手が出せないな。何か、DIユニットのソフトウエアを更新してしまう方法があればいいんだけど。もう、脆弱性の修正版はリリースされてるだろうから」

「そのためには、結局、このサーバにアクセスしなければいけないわ。当然、犯人に気付かれてしまうから無理ね」

「何か方法はないのかな。こんな時に、サムかジョージがいれば・・」

俺がそう言った時、コミュニケーターに呼び出しがあった。サムである。

「サム、大丈夫なのか?」

「問題ない。まだ経過観察中だけれど、神経系に障害はないという診断。他の2人も同様」

「よかった。それに、いいタイミングだ。ちょっと相談に乗って欲しい件がある」

「先生から話は聞いた。そちらの状況を教えてほしい」

まさにナイスタイミングである。先生はこうした状況を想定していたのだろうか。俺は、手短にここまでの状況をサムに話した。

「ソフトウエアの更新版は入手してある。問題はそれを送り込む方法。DI接続管理サーバの予備機は起動状態で待機しているはず。そちらからなら、気付かれずに何かできるかもしれない」

「予備機か。美月、どれかわかるか?」

「分かるわ。たぶん、そっちのラックね。他のも含めて一式、予備機みたい」

「サム、どうすればいい?」

「予備機はネットワークから切り離されているので、こちらからのアクセスはできない。コミュニケーターの回線経由でやる。サーバの裏のメンテナンス用のデータポートにコミュニケーターを接続してほしい」

「わかった。美月、俺は手が離せないから、お前がやってくれ」

「わかったわ」

美月がそう言って俺のコミュニケーターを取ろうとした時だった。サーバルームにアラームが響いた。


「ケンジ、プレイヤーの一部の状態が悪化している。何か攻撃を受けているみたいよ」

「気付かれたのか?」

「わからない。でも、急ぐしかないわね」

美月はそう言うとラックの裏にまわる。

「接続したわ。サム、時間が無い。急いで」

「了解した。作業を始める」

そこへ先生からの呼び出しが入る。

「中井、星野、ちょっとまずい状況だ。セキュリティの陽動が裏目に出た。干渉をやめないとプレイヤーを順次攻撃すると犯人からの宣言だ」

「先生、こちらでも攻撃を確認しています。現在、攻撃を止めるために、サムの協力を得て対処中です」

「こちらもバックドアを開く準備は完了している。ただ、今やると犯人を刺激しかねない。なんとか攻撃を止めてくれ」

「わかりました。と言っても、こっちはサムだのみですが、うまく行ったら連絡します」

「頼むぞ」


頼むぞと言われても、俺が何か出来るわけじゃない。とりあえず、通信の妨害が多少なりとも時間稼ぎになってくれるといいのだが。

「ケンジ、ちょっとまずいわ。誰かがセキュリティ管理システムにアクセスしている」

美月が叫ぶ。

「犯人か?」

「たぶんそうよ。こっちで何かしていることに気付いたのかもしれないわ。アカデミー側の陽動が藪蛇になったみたいね」

「まずいな。ここのセンサーがオンラインにされてしまうと何をしているかバレてしまうぞ」

「ケンジ、この部屋の映像センサーはどこ?」

「たぶん天井の、ほら、あれだ。でも、どうするつもりだ?」

「こうするのよ」

美月は近くにあった棒を持つと天井のセンサーを勢いよく突いた。センサーは見事に粉々だ。

「他にはないわよね」

「お前、めちゃくちゃだな」

「今となったらこうするしかないじゃない。DI接続管理サーバに細工しているのがバレたら先に手を打たれかねないわ。少なくともこれで何をしているのかは分からなくなるはずよね」

まったく、度胸がいいというか、こういうときの美月は迷いがない。

「確かにそうだが、少なくともサーバルームで何かしていることは、これで確実にバレたわけだ。いよいよ時間が無くなったな。サムの方はどうだ?」

「もう少し。美月は今動いているサーバの裏へ行って、こちらから合図をしたら、ネットワークのケーブルを抜いて欲しい」

「わかったわ。今準備するからちょっと待って」


そうか。サムが何をしようとしているか、おぼろげに読めた。おそらくは、予備機側に何か仕掛けをしておき、オンラインになった時にそれを起動するつもりだ。通常動いているサーバが応答しなくなると、処理は自動的に予備機に切り替わる。ネットワークケーブルを抜くのはそのためなのだ。

「サム、いつでもいいわ」

「了解。今、予備機を再起動中。起動完了まであと10秒」

その時、またアラームが鳴る。

「ケンジ、まずいわ。犯人が全員に攻撃を始めた。さっきから攻撃を受けていたうちの何人かは、かなりまずい状態よ」

「あと5秒、なんとか間に合ってくれ」

僅か数秒が無限にも思える。まさに土壇場だ。

「再起動完了。ケーブルを抜いて」

美月は引きちぎるようにケーブルを抜く。短いアラームが鳴って、切り替えが実行される。

「どうだ」

「現在、各プレイヤーのDIユニットにソフトウエアを配信中。すべて配信、再設定完了まで、あと20秒」

「美月、先生に連絡を」

「わかったわ」

美月がコミュニケーターでフランク先生を呼び出す。

「先生、DI管理サーバを押さえました。現在、各プレイヤーのソフトウエアを更新しています」

「了解した。こちらも行動開始する」

あとは、作業が完了するまでに何も起きなければ・・・

「ケンジ、それ抜いて、早く」

美月が叫ぶ。そうだ、もうアカデミーとの通信を維持する必要は無い。むしろ、早く切ってしまわないと犯人に対処の余裕を与えてしまう。

「わかった」

俺はケーブルをコネクターから引き抜いた。今度は違う種類のアラーム音が響くが、そんなものは気にしていられない。

「更新はすべて完了。各DIユニットをオフラインにする」

「プレイヤーたちの状態は?」

「徐々に安定してきているみたいね。このテナントのセキュリティを解除して救急隊に連絡するわ」

「たのむ」

まさに、ギリギリセーフである。これで犯人はプレイヤーに手出しができなくなる。あとは、アカデミー側で対処してくれるだろう。


やがて、救急隊やらセキュリティやらが大挙して突入してきて、内部は大騒ぎになった。俺たちは、プレイヤーの救護を手伝った後、セキュリティから簡単な聴取を受けることになる。実際のところ、俺たちがやったことは通常ならば違法行為である。店舗施設への不法な物理的変更、複数のシステムへの許可されていないアクセス、施設内の管理区域への不法侵入、設備の損壊を含めて、数えれば両手にあまる罪状だ。だが、アカデミー側からのサポートもあって、これらは緊急避難ということに落ち着きそうである。聴取の後、俺たちは、とりあえず車を拾ってアカデミーに戻ることにした。結局、途中で終わってしまったイベントの後始末もしないといけないし、他のメンバーの見舞いにもいかなくてはいけない。

「流石に疲れたわね」

「ああ。でも、なんとか人質を解放できてよかった。一時はどうなることかと思ったけどな。今回は美月のおかげだ」

「ま、まぁ、当然よね。あんたも結構頑張ったじゃない。褒めてあげるわよ」

美月がちょっと赤面しながら言う。しかし、実際こいつが侵入経路を見つけなかったら、今回の作戦は成り立たなかったわけだ。最後まで主導権をこいつに取られっぱなしだったのは、ちょっと癪に障るのだが、こういう緊急事態での度胸の良さを考えれば、今回は俺がサポート役で良かったのかもしれない。残念ながら俺には、こいつほどの度胸はない。正直に言えば、リーダーとしての判断を任されるプレッシャーには、いつも押しつぶされそうになる。今回は、そのプレッシャーをこいつが背負ってくれたおかげで、逆にあれこれ自由に考えられたような気がする。


「今回、あんたには色々助けられたわ。これでも感謝はしてるのよ」

「そっか、それじゃ今度何か奢ってくれ」

流石に美月も疲れを隠さない。美月らしからぬ素直な発言も、こいつが心底疲れているからなのだろう。車がアカデミーの敷地に入るころには、美月は俺の肩に寄りかかって寝息をたてていた。


幸いにも、被害にあったプレイヤーたちに大きな障害もなく、皆、数日で回復したようだ。うちのメンバーも翌日には全員復帰して、残る学園祭を満喫したのである。中断してしまったイベントもできれば再開したかったのだが、事件の調査のため、システムがセキュリティに接収されてしまったので、残念ながら諦めざるを得なかった。


あの後、アカデミー側ではセンターコンピュータの奪還に成功。犯人は逮捕された。事件を引き起こしたのは、アカデミーの研究員だった。センターコンピュータや周辺のシステムに精通した人物だったらしい。当人が黙秘を続けているため、動機や背後関係は不明。現在L2のセキュリティ部局が捜査中である。


さておき、学園祭そのものは盛況のうちに終了。後夜祭が盛大に開かれ、俺たちも空を彩る仮想の花火を満喫した。後夜祭が終わり、徐々に人が減り始めると、祭りの後の寂しさのようなものが押し寄せてくる。


「あーあ、終わっちゃったね、学園祭」

「そうですね、ちょっと寂しい感じがします」

「あれ、マリナ、生徒会に行かなくて良かったの?」

「あ、今回は色々あったので、チームの皆と一緒がいいだろうと生徒会長が・・・」

「へぇ、あの生徒会長も気が利くじゃない」

「気が利きすぎて、なにか裏がありそうね」

「おいおい美月、そりゃちょっと失礼だろう」

「そう?そのうちまた表彰式とか言ってくるんじゃないの?」

「あ、それはあり得るよ。マリナがいない間に相談まとめてるんじゃない?」

「おいおい、お前らなぁ」

「そう言えば、美月。そのワンピース、どうしたの?」

「あ、それ、私も気になってました」

ケイとマリナが言う。これはちょっとまずい。

「ああ、これね。うちの下僕が日頃の感謝を込めて買ってくれたのよ」

「お、おい美月」

「えー、もしかしてケンジのプレゼント?」

「いや、プレゼントというか、これは・・・・」

そう言いかけて、美月が怖い顔をしているのに気がついた。下手なことを言わない方が得策かもしれない。

「ずるい、美月。ねぇ、ケンジ。今度私にも買ってよ。できれば、ちょっと大胆な感じのをさ」

「あんたね。こいつは私の下僕なの。どうしてあんたに買わなきゃいけないのよ」


・・とまぁ、いつもどおりの会話である。俺は、ひたすら火の粉をかぶらないように、気配を消す。


「でも、明日からまた日常だね。早速明日は実習だし、早起きして訓練艇のチェックをしないといけない」

「寝坊禁止」

「そうだよ、ジョージ。今夜はゲーム禁止だよ」

「わかってるって」


そんな感じで学園祭は幕を閉じ、一連の騒ぎも終息した。いくつか謎は残るが、いずれ解明されるだろう。俺たちの学園生活は、まだまだ続く。これからも、この仲間たちと様々な経験をするだろう。そんな話もまた、近いうちに出来ればいいなと思っている。


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俺と美月のサイバー日記 風見鶏 @kzmdri

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