第8話 学園祭
アカデミーの学園祭は附属高、つまり基礎課程だけでなく、専門課程も含めた一大イベントだ。一週間の期間中、キャンパス内だけでなく、仮想空間上でも様々な催しが行われる。L2だけでなく、他の都市や地球から、わざわざ訪れる人も少なくない。仮想イベントには、さらに太陽系全体からVU経由で多くの参加がある。参加人数だけ見れば、リアルのイベントよりもはるかに多い。むしろ、目玉のイベントは仮想側にあることも多いのだ。だから、出す側も特に力を入れる。参加するチームは、どこも気合が入った出し物を準備して来るので、中途半端なことは出来ない。特に仮想イベントは、その人気度ランキングがリアルタイムで公開されるので、参加チームは期間中、これに一喜一憂することになるのである。俺たちも、一年生の時はクラスの出し物が中心だったが、二年生は例年、クラスよりも実習チームによる出し物が中心なるから、競争が厳しいのだ。
それから一週間は何事もなく過ぎて行った。その後、俺たちへの攻撃も、それ以外の事件もなく、例の犯人の動きは皆無だった。それはそれで不気味な気もするのだが、とりあえず、俺たちは引き続きゲストハウスでの生活を続けている。そして、またやってきた週末、チームは食堂に集まった。
「それで、みんな学園祭の出し物は考えたのか?」
「そう言うあんたはどうなのよ、ケンジ」
「一応考えたが、先にみんなの意見を聞きたい」
「リーダーのあんたが率先して考えを言うべきじゃないの?」
「もしかして、美月、何も考えてないとか?」
「うるさいわね。考えてるわよ。そう言うあんたはどうなのよ」
「あはは、考えたけど、どうもマニアックなことしか思い浮かばなくてさぁ。コスプレ・・・とか?」
「あんたは黙ってていいわ」
「さすがにコスプレはなぁ・・・。マリナはどうだ?」
「えっと、一応考えて見たのですが、どこでもやりそうな事しか思いつかなくて。演劇とか、活動発表とか・・・つまらないですよね」
「例のミッションの報告会とかはどうだい?」
「それはそれで、あれこれ許可取ったりするのが面倒そうだな。それに、なんとなく自慢っぽくなるのがなぁ」
「確かに。それは、もっとオフィシャルな場でやるべきなんだろうね」
「美月とケンジがコントやるとか?ボケ突っ込みでいい感じになりそうだよ」
「だから、あんたは黙ってなさい」
「オリジナルのVRゲームとかなら、なんとか出来そうだけど、それじゃチームでやってる意味が無いよね」
「対戦型サイバーレンジ」
「そうか、サム。その手があったね」
「サイバーレンジ?何それ?」
「模擬的なサイバー戦の舞台さ。チーム同士で、サイバー攻撃と防御を同時にこなしながら戦うシミュレーションゲームだよ。最近は下火になったけど、昔は結構流行ってたんだ。サイバー攻撃対処の訓練にもなるからね」
「で?そのサイバーレンジを作ってどうするんだ?」
「我々が防戦側に回って参加者の攻撃を防ぐ。多層防御をどこまで破れるかで点数が決まる。ランキングを掲示すれば盛り上がる」
「我々って、もしかして全員やるの?」
「そうだね。防御すべき突破口は複数用意して、そこを各自が守るってのはどうだろう」
「そうね。それなら、私たちは表層を守って、深層はジョージとサムに任せるのがいいと思うわ」
「なんか美月、乗り気じゃない?」
「ふん。でも、そういうのは嫌いじゃないわ」
「ちょっと自信はないですけど、面白そうですね」
「よし、それじゃ、その方向で、もう少し細部を考えてみようか」
「まず、舞台設定はどうする?」
「順当なところだと、宇宙船か宇宙基地ね?」
「宇宙都市ってのもあるよ」
「あんたね、それだと6人じゃ守り切れないじゃない」
「必ずしもそうではない。防御はある程度自動化して、要所を重点的に固める方法もある」
「でも、問題はそこまで準備が出来るかだね。規模にもよるけど、宇宙都市の設定だと、想定される攻撃パターンが多すぎるよ。中途半端な実装じゃつまらないしね。僕は巡航艦くらいのレベルの方がいいんじゃないかと思うけど」
「巡航艦か、それはそれで面白そうだな。どうせなら、物理攻撃もありにするとか?もちろん、相手は小型艇だけど」
「あはは、なんだか痛快なことになりそうだね。でも、巡航艦一隻で相手に出来る小型機の数はそれほど多くないから、大人数で一斉攻撃されると辛いんじゃないかな」
「最大参加機数を制限すればいい。それはそれで、順番待ちの行列ができるだろうし、人気の出し物を演出できる」
「なるほど。参加者同士でクルーを組ませるっていうのも面白そうね。実習チームで参加してくる連中も多そうだけど、たまには日頃とは違うチームでやるのもいいかもしれないし」
「なんだか本格的な宇宙戦ゲームになってきたな。でも、本当に準備は間に合うのか?」
「巡航艦や攻撃艇の基本的なシミュレーションフレームワークはアカデミーのライブラリーにある。それに手を加えるのであれば、一週間もあれば骨格は出来てしまう」
「そうだね。並行して防御シナリオと戦術プログラムを作っていけば、学園祭の一週間前くらいには、プロトタイプを使って練習ができると思うよ」
「それじゃ、システムの準備はジョージとサムに願いするとして、我々は、分担とシナリオ作りをやろうか」
「分担は、いつもの役割がベースでいいですか?」
「それが無難だけど、ちょっとつまらないわね。いっそ、役割を変えてみない?」
「でも、出来るでしょうか。私はメディカル以外の役割をこなす自信がないのですが」
「大丈夫よ。それぞれ本業が指導すればいいわ」
「そうだな。じゃ、分担はどうする?まず、艦長はだれにするかだが」
「はいはい、こういう場合、伝説の鬼艦長的な設定がいいので、美月艦長を推薦しまーす」
「あんたね、それどういう意味よ」
「いいんじゃないか?火星の時の指揮っぷりも良かったし、俺も美月でいいと思う」
「ケンジ、あんたまで。あとで後悔しても知らないからね」
「でもさぁ、砲術士官のほうがいいって話もあるんだよね。半端じゃない弾幕張りそうだし」
「それは、あんたがやったら?しっかりこき使ってあげるわよ」
「おお怖っ。でも、キャノンやミサイル撃ちまくるのもストレス発散になりそうだし、ちょっと面白そう。そうだ、ナビはマリナがやりなよ。私が指導するからさ」
「そうですね。教えてください。やってみます」
「まぁ、メディカルは今回不要だし、操船は艦長の指揮で自動制御がいいだろうな。通信と索敵、防御系システムとダメージコントロールは俺がやろう。サイバー攻撃に関しては、ジョージとサムで防御にまわってくれ」
「うん、それでいいと思う。巡航艦なら守備ポイントは限られているから、二人で分担すればなんとかなるね。でも、鉄壁じゃつまらないから、ちょっといくつか穴を明けて、中層くらいまでは入れるようにしておこうか」
「中層に、いくつかトラップを仕掛ければ面白い」
「僕は、余裕があればケンジの仕事を手伝うよ」
「そうしてくれると助かる。でも、大丈夫か?」
「とりあえず、出来るだけ対処は自動化するから、中層で暴れる奴が出てこない限りは大丈夫だと思う」
「中層までの防御は一人でも大丈夫。ただ、トラップを回避して深層に向かってくる相手が出てきた時は応援が必要」
「わかった。それじゃ防御系を中心に見てくれ」
「了解した」
「私は想定される攻撃パターンを整理して、対抗戦術を考えるわ。マリナも手伝ってくれる?」
「もちろんです。頑張りましょう」
「私も協力するよー」
「あんたの最大の協力は、邪魔にならない事かしらね」
「まぁまぁ。ケイには、ナビの基本も教えて頂かないといけませんから」
「そっちは任せてよ」
「お願いしますね」
なんだかんだ言って、結局全員乗り気になって、俺たちは宇宙戦ゲームを学園祭に出すことになった。もし実現すれば、チームレベルの出し物としては前代未聞だろう。問題は、すべてが学園祭までに完成するかどうかだ。これから一ヶ月は睡眠時間も少なくなりそうだが、なんとなくエキサイティングなことになりそうで、俺たちは、ちょっとワクワクしていた。
バタバタしていると、一ヶ月くらいはあっという間に過ぎる。しかも、楽しい時間は特に過ぎて行くのが早い気がするから皮肉だ。学園祭の準備は、ジョージとサムの願狩りもあって、ほぼ予定通りに進み、いよいよ学園祭の前日を迎えたのである。
「ケンジ、そっちは大丈夫?」
美月が廊下の向こうで叫ぶ。
「ああ、大丈夫だ。パワーを入れてかまわないぞ」
「じゃ、入れるわよ」
美月がそう言うと、部屋に引き込まれたパワーラインのケーブルに高密度のレーザーが送られ始めた。
「ジョージ、そっちは?」
「ああ、パワーは安定しているね。それじゃ、システムを起動して自己診断モードにするよ」
部屋の中ではジョージが大きなボックスの前でなにやら操作している。これが、今回の仕掛けだ。大がかりになっているのは、力場の発生装置を持ち込んだからだ。ジョージが知り合いのゲーセン店長に無理を言って借りてきたものだ。サラウンドモードの仮想現実は視覚や聴覚、触感などは出せるが、たとえばイスやテーブルのような家具とか、人がそれに座ったり、体を預けたり、モノを上に置いたりするような事は基本的にできない。一方、体感型のゲームでは、サラウンドに加え、こうした力場の発生装置を使って、反作用を生み出し、実際の物理的な作用も含めて再現できるようにしている。今回、俺たちは、この部屋の中に、巡航艦のブリッジを忠実に再現しようとしているのである。さすがに俺の部屋では狭いので、ゲストハウスにある大きな会議室を借りることにした。学園祭のイベントということで、許可はすぐに下りたが、設営はなかなか大変だった。6人中、男子は俺とジョージの二人だけなので、力仕事は全部二人でやることになる。あの装置を設置するだけでも大変だった。でも、とりあえずは、これで最後のセッティングも完了だ。あとは、この装置が、仮想現実とうまくシンクロしてくれれば、この部屋は巡航艦のブリッジに早変わりする。
「よし、自己診断はOKだね。それじゃ、テストしよう。設定は最新型のアンタレス級巡航艦にしたよ。武装もそれに合わせてある」
「アンタレス級なんて、まだゲームとしてはリリースされていないはずだけど、よく手に入ったな」
「あはは、ちょっとコネがあってね。本物のシミュレータのデータを借りることができたんだ。なかなかすごいよ」
「おいおい、まさかヤバいことはしてないよな」
「大丈夫だよ。例のプロジェクトにスペースガードの関係者がいてね。話をしたら、かけあって許可を取ってくれたんだ」
「すごいな、ジョージの人脈も」
「まぁ、僕のっていうよりは、技術コミュニティーの繋がりなんだけどね。さて、準備はいいかな」
「それじゃ、全員集まってくれ。ちょっとテストしてみよう」
「おっけー、いつでもいいよ」
「私も大丈夫です」
「準備は出来ている」
そして、美月が部屋に戻ってきて、全員が揃った。
「それじゃ、ジョージ、頼むよ」
「了解、VRシステムを起動するよ」
ジョージがそう言った瞬間、周囲の様子が一変する。本物と見分けがつかない巡航艦のブリッジである。そこにある機器類に触れることもできるし、操作もできる。機能は本物と同じだ。椅子に座ったりもできる。目隠しをして連れて来られたら、それが仮想現実だと見破るのは難しいだろう。
「やっぱりすごいなぁ、巡航艦は。こっちがナビコンソール?訓練艇とは大違いだよ」
中央にあるのは艦長席だが、美月は早速そこに座って足を組んでいる。
「早くも艦長気分か、美月」
「この椅子、なかなかいいじゃない。さぁ、下々のもの、働くがよい」
「おいおい、なんか勘違いしてないか?女王様じゃないんだから」
「マリナはこっちね。ナビゲーションシステムの使い方は、この前教えた通りだから」
「わかりました。えっと、航路図を出すのは、これですね。航法シミュレーションは、こっちのコンソールで・・・」
「おお、さすがマリナ。もう結構使いこなしてるじゃん。こりゃ、なんだか仕事を奪われそうな予感が・・」
「そうね、あんたよりマリナのほうが役に立つんじゃない?」
「ありゃ、ケイさん失業ですか。困りましたね。それじゃ、鬱憤晴らしに撃ちまくりますかね」
ケイは、そう言いながら火器管制システムのコンソールに座る。
「おお、フェイザーキャノン20基、高密度プラズマキャノン4基、長距離ミサイルランチャー8基、短距離ミサイルランチャー16基かぁ、さすが巡航艦だね」
「ケイ、左にある索敵システムは、中距離、長距離センサーと連動して、同時に500の目標を補足できるんだ。各攻撃目標に対して、脅威度に応じて自動的に優先順位が付けられて、最も効果が高い攻撃方法を自動的に選択する。フルオートでも問題ないと思うけど、攻撃優先順位を変更したり、特定の相手に攻撃を集中するようなことも出来るから、試してみるといいよ」
「さすが、ジョージはゲームで慣らしてるだけあって詳しいね」
「この艦種は、まだゲームには無いんだけどね。あ、ケンジは、そっちの席だね。とりあえず、その周囲に必要なコンソールを全部集めておいた。一部は、僕の所にも同じ物があるから、適当に分担してやろう」
「了解」
「さて、問題はサイバー防御の方だけど、サムの方はどうだい?」
「ネットワークやシステムのセキュリティ区画と状況は、こっちのパネルで可視化してある。問題が発生している場所を拡大すれば、対処用のパネルが開くから、分担して対処できる。表層にある2層の自動防御の状況は、このパネルに反映される。こっちのパネルは、攻撃元の識別用。攻撃を分析して、スキルが高い順に優先順位付けされる」
「さすがだね。状況が一目で把握できるのがいいよ。僕の方は、中層から下の対処のために、いくつかツールを作っておいたよ。対処用のパネルにプラグインしておこう」
「そっちの方も大丈夫そうだな。それじゃ美月、想定シナリオを戦闘シミュレータにインプットして、ちょっと腕試しをして見るか?」
「そうね。いつでもいいわ」
「よし、それじゃやってみよう。全員配置についてくれ」
「ケンジ、艦長は私よ。指示は私が出すわ」
「おっと、いつものクセでつい。それでは艦長殿、お願いします」
「いいわ。全員配置につきなさい。ケンジ、シミュレーション開始よ」
このシミュレーションは、美月たちが考えた攻撃パターンに従って俺が作ったものだ。巡航艦といえども弱点はある。そこを様々な手段で攻撃する作戦を想定することで、それらに対応する戦術を研究するのである。今回、アカデミーの学生だけでなく、教員やOBなどの乱入も想定すれば、極めてハイレベルの戦術が必要になる。そこで美月たちは、戦術シミュレータのAIを使って、過去の戦術データから、考えられる攻撃パターンを洗い出した。そして、それをシナリオ化し、対応する防御も複数のパターンを用意したのだ。実際の攻撃では、AIが相手の攻撃パターンを判断して適切な防御のための選択肢を示してくれる。もちろん相手も同様の戦術シミュレータを使ってくることが想定されるため、最終的には互いに人の判断や選択が勝敗をわけることになるのである。シミュレーションには、そうした人の判断とAIやシステムの連携を確認する意味もある。もちろん、学園祭の出し物として見れば、これは手の込んだバトルゲームだが、VRを駆使したそれは、実戦の体験に近いのである。
それに、今回は単なるバトルゲームではない。サイバー戦のシミュレーションも含んだ、総合的な対戦である。参加者は戦闘艇による物理攻撃とネットワークなどを経由した電子的な攻撃のいずれか、または両方を選択できる。戦闘艇での参加はチーム、もしくはチームを模したサポートシステムが必要になるが、サイバー攻撃は一人でも十分可能だ。もちろん、チームで役割分担して攻撃することも出来る。C&I専攻の学生がチームを組めば、それは非常に手強い相手となるだろう。
このシミュレーションが学園祭に出店されることは、もう一週間以上前に告知されている。実行委員会によれば、参加申し込みは既に募集枠の90チームと個人300人を越えていてキャンセル待ちが出ている状況らしい。これを、学園祭の5日間、一日三戦にわけて対応する。一戦あたり、平均6チームと20人を相手にすることになる。なにやら、前評判で盛り上がりすぎている感じで、ちょっと不安だが、メンバーたちはやる気満々。ここは期待外れだったと言われないように頑張るしかあるまい。
さて、シミュレーションの結果は上々で、あとは明日からの本番を待つだけとなった。
「そうそう、言っておくことがあったんだ」
システムの調整をしながらジョージが言う。
「なんだ、ジョージ」
「実は、この装置を借りたゲーセンの店長が、このイベントのために、VRゲーム用のブースを開放してくれるらしいんだ。俺たちもやった宇宙艇のシミュレーションゲームを、こちらのシミュレーションに接続して、対戦できるようにしたいと言ってたよ。技術的には問題ないけど、いいかな」
「それ、本当か?すごいな。もちろん俺は大歓迎だが、いいよな、みんな」
「面白いじゃない。問題ないわ」
「盛り上がりそうですね」
「なんか、めちゃくちゃ手強いチームが出てきそうじゃない?楽しそう」
「システムの処理能力は十分だから、問題ない」
「よし、それじゃ店長さんにはOKと伝えてくれ。アナウンスはどうする?」
「実行委員会に頼んで、希望者は店に申し込んでもらうように伝えてもらおう」
「あのゲーセンで、っていうことは、もしかしてSF2Aもあり?」
「うん、そうなるね。ちょっと強敵だけど、幸いにも、まだあれを使いこなせるチームは多くないんじゃないかな。専門課程でも、ようやく訓練機で実習が始まったところだし」
SF2A、通称ペガサスⅡは、スペースガードの最新鋭戦闘宇宙艇だ。実は、この機種のシミュレーションゲームを最初にやったのは俺たちのチームである。その時は、ジョージがシステムをハッキングして組み込んだ「裏技」もあって、なんとラスボスを含めてすべてのイベントをクリアしたのだが、帰還途中に何者かが仕掛けた小惑星と衝突してゲームオーバーになってしまったのである。実は、この機種のシミュレーションは、アカデミーが戦術データを収集するため密かにゲーセンに貸し出していたもので、それをクリアしてしまいかけた俺たちは、以降、担任のフランク先生と一緒に、時々プロトタイプの訓練艇ST2Aの試験飛行にかり出されている。この機体はSF2Aの訓練用に作られたもので、教官席や訓練用のシステムが装備され、武装はない。しかし、その他の性能はSF2Aと同じなので、通常、俺たちが訓練に使っている旧式のST1B訓練艇とは、まったく別物だ。
「まぁ、こっちはあの機体の特性がわかっているわけだし、ジョージが使った裏技みたいなのさえなければ、勝てるんじゃないか?」
「そうだね。今回、ああいう裏技は使えないような対策も入れてあるから、大丈夫だと思うよ」
「よし、それじゃ今日はここまでにしよう。明日から一週間はちょっと大変だから、今夜はゆっくり休んでくれ」
その夜、俺はちょっと興奮気味でなかなか眠れなかった。後で聞いた話しだが、他のメンバーも同じだったようだ。
そして、いよいよ学園祭当日。俺たちは、朝早くから準備に追われた。しかし、このときはまだ、あんな大騒ぎになるなんて夢にも思っていなかったのである。
「よし、急ごう」
俺たちは附属高の講堂から大急ぎでゲストハウスへ戻る。しかし、朝の8時から大げさな開会式というのも面倒くさい話だ。マリナが言うには、こういうところで生徒会がプレゼンスを発揮しなければいけないのだとか。そう言う意味で気合いが入った生徒会長の退屈な演説と、その向こうを張るような実行委員長の挨拶が終わるのを待ちかねたように、生徒たちは講堂を飛び出す。スタートまであと1時間。早朝のうちにシステムの準備は完了しているが、最後にもう一度確認はしておきたい。
「よし、それじゃシステムを起動するよ」
ゲストハウスの会議室は、さながら何かの実験室みたいな雰囲気だ。いくつかの機器が取り囲む広いステージは、もう少しすれば、巡航艦のブリッジに変貌する。
「みんな準備はいいか。それじゃ、ここから先は、美月艦長にお願いするとしよう」
「なんだか嫌みな言い方だけど、まぁいいわ。それじゃ、ジョージ、準備が出来たら言ってちょうだい」
「了解、艦長殿。現在、システム起動シーケンスは65%完了。起動後、自己診断をして、おおむね3分で準備完了の予定」
「よろしい。準備でき次第、VRとフォースフィールドジェネレーターを起動して」
「アイアイサー」
ジョージもなんとなくノリノリだ。感覚的には宇宙戦RPGみたいなもんだから、楽しくなるのもわかる。
「VUへのアクセスも良好。帯域優先度、ミディアム・ハイでリクエスト中」
回線系はサムの持ち場だ。優先度ミディアム・ハイは、最優先となる緊急通信の一段下のレベルで、通常は最重要通信にしか割り当てられない。学園祭期間中の特例としてのリクエストなのだが、許可されれば、VUの超人気サービス並みの通信量でも余裕でこなせるレベルである。
「システム起動完了。自己診断も異常なしだね。それじゃ、VRを起動するよ」
「了解したわ。それじゃ、全員ステージに上がって、サラウンドモードに切り替えよ」
「よし、いよいよだな」
「うん、楽しみ楽しみ」
「皆さん、頑張りましょうね」
全員が何もないステージに上がって、サラウンドモードに切り替えた瞬間、周囲の景色が一変する。まるで、瞬間移動でもしたみたいに、俺たちは最新鋭巡航艦のブリッジに立っていた。
「やっぱ、これすごいよねぇ」
ケイがそう言いながら火器管制コンソールの前に座る。マリナはナビゲーター、俺とジョージはエンジニアリングブース、サムは情報通信コンソール、そして美月はもう艦長席で足を組んでいる。今回、操舵席は空席だ。針路は美月の指示で自動制御される。
「それじゃ、各自システムチェックをしてちょうだい」
美月が艦長席にふんぞり返って言う。本物の船だと、始動時チェックは非常に複雑なプロセスだが、このシミュレーションでは、ごく単純化されていて、ボタンひとつで完了してしまう。敢えて指示するまでもないのだが、美月にしてみれば、そうして気分を出したいのだろう。
「ナビゲーションシステム、異常ありません」
「火器管制システム異状なし。ミサイル、砲弾ともに満タンでーす」
「シールド装置その他防御系システム、機関系システム、通信システム異状なしだ」
「ネットワーク監視、防御系システムも異常ないね。いつでも来いって感じだよ」
「VU回線、優先度リクエスト承認。システムを学園祭ポータルサイトにリンクします」
「よろしい。準備完了ね。各自の奮闘努力に期待するわ」
「頑張るしかないな。これだけ派手に仕立てたんだ。期待外れだったなんて言われたくないからな」
「そうですね。頑張りましょう」
「よーし、どこからでも来い。全部打ち落としてやる」
「あんたね。あんまり調子に乗って弾薬無駄遣いするんじゃないわよ。弾切れで袋だたきなんて冗談はやめてよね」
「でも、これってシミュレーションじゃない。ジョージがちょちょいとやれば、弾薬なんて無限に供給出来るよね」
「あはは、確かにそうなんだけど、それじゃゲームにならないからね。一応、実際の最大装備数に合わせてるから、弾切れはありうるよ」
「当然よ。あんただって、ズルしたとか言われたくないでしょ。私は絶対ごめんだわ」
「固いなぁ、みんな。まぁ、私もズルとか言われたくないけどさ」
「無駄話はそこまで。ブリーフィング、やるわよ。マリナ、今回のミッションの詳細をお願い」
「わかりました。それでは、航路チャートを出しますね」
マリナがそう言うと、前方のスクリーンに航路図が表示される。もちろん、これは今回のシミュレーションで想定している仮想的な宙域のチャートだ。
「今回、我々はX星系第4惑星にある前進基地の防衛支援任務にあたります。まず、我々は星系外縁部でワープアウトし、そこから外惑星周辺に存在する敵基地を撃破しながら、第4惑星に向かいます。現在判明している敵の拠点は3箇所。第9惑星、第8惑星、そして第6惑星です。これらの敵拠点を破壊した後に、第4惑星周辺に展開している敵部隊を殲滅して終了となります」
「ケンジ、想定される敵戦力は?」
「各拠点で完全装備の戦闘艇が6機、小型の戦闘機が10機前後といったところだな。チーム参加は6チーム限定だが、個人で自動化システムを作り上げて戦闘艇を飛ばすような奴がいると、ちょっと厄介だ。最大10機くらいを相手にするつもりでいたほうがいいな。あと、最終戦は、前3戦の生き残りを相手にすることになるから、撃ち漏らすと後が大変だ」
「戦闘艇は、この艦の火力ならば、あまり問題にならないわね。サイバー攻撃の方はどうなの?」
「今のところ、個人参加の半数はそちらにまわるだろうと踏んでいる。相手がC&I専攻のようなエキスパートだと、むしろそっちのほうが厄介かもしれない」
「そうね。もしかしたら最終戦は全面的にサイバー戦になるかもしれないわ。ジョージとサムのほうは大丈夫なの?」
「とりあえず、表層で中途半端な攻撃者を排除して、中層には複数のトラップと自動防御機能を入れてあるから、そこから下に入ってくるとしたら、かなりのスキルの持ち主だろうね。100%の自信はないけど、複数のシナリオでシミュレーションしたから、なんとか対処はできると思うよ」
「わかった。そっちは任せるわ。ミッション開始まであと20分あるわね。各自、もう一度シナリオを確認しておいて。攻撃と防御パターンのプログラムもね」
本来、このクラスの船で戦闘を行うには少なくとも数十名の要員が必要だ。それを6人でこなすためには、多くの作業を自動化しなくてはならない。このため、あらかじめ想定される攻撃パターンに対する防御や反撃のパターンを複数用意し、自動的に対処が出来るようにしてある。実際の攻撃がどのパターンに該当するかの判断は、AIがサポートしてくれるが、用意されたパターンに完全に合致するとは限らない。場合によっては、複数のシナリオから対処パターンを組み合わせて実行する必要も生じる。その判断は俺たちの仕事だ。つまりは、ブリッジから指示を出す指揮官の役割である。もちろん、そんな判断も含めてAIに委ねてしまうことは可能だろう。前にも話したユイのようなAIなら、俺たち以上にうまく仕事をこなすだろう。もし、これが実戦だったら、指揮はAIに委ね、人間はAIが苦手な例外処理に関するアドバイザーに徹するという判断もありだ。でも、これはゲームだから、それではおもしろみに欠ける。対戦相手がAIを持ち出す可能性は少なくない。だが、それだからこそ、こちらは人がメインとなって、AIが苦手な意外性を演出したいのである。さぁ、戦闘開始まであと数分。エキサイティングな時間の始まりだ。
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