episode2【斜めの思考回路】

 僕の眼前に立つ、性別の分からない黒いローブを被った人物は、一言だけ告げてそれきり何も言わなかった。何を伝えたいのか、僕達に何をさせようとしているのか、全く分からなかった。そして、ローブを被った人物の事でさえ。

 笑った表情のまま、ローブの人物は居た。その姿に僕は目を奪われていた。僕の体には夜宵がまだ、抱き付いているというのに。一方の夜宵は、僕の顔とローブの人物の顔を何度も振り返っていた。状況が読めないのは、僕も同じだった。

 見た事も無い人を目の当たりにすると、こんな行動を取ってしまうという事だろう。しかし、相手の体を舐め回すように見る訳でも無ければ、ぼーっとしている訳でも無い。僕は相手が認識出来ないまま、数分を無駄にした。

 やがて、ローブの人物が顔から笑みを消し、口を開いた。

「カードの秘密を知りたければ、こちらに来るといいでしょう。異世界の者が、未知を探すあなたを待っています。さぁ」

 ローブを被った人物が言葉を切ると同時に、黒い渦を巻いた扉のような物が出現する。まるで、ゲームの中に居るような衝動に駆られたが、気をしっかりと持つ。

 僕は、あくまで正気で一歩、謎の人物に近付いた。それに伴い、夜宵の手が僕の体から離れる。

「待ってよ、燈嘉! 私を置いて行かないで!」

 そう言って夜宵は、後ろから僕の手を握って来る。先程まであんなに温かかった手が、今は冷え切っていた。ここに居た方が絶対安全なのに、彼女は僕に付いて行くと言った。それには深い意思があり、強い覚悟があるのだろう。そう信じて、僕は夜宵を止めずに手を引いた。

 ローブの人物に招かれるように、僕達は渦を巻く扉へと進む。ローブの人物の隣を通る時、囁かれるように言葉が聞こえた。

「ご自分にご注意ください」

 聞こえた途端、はっとして後ろを振り向いたがその人物は、再びにやりとだけ笑っていた。そして、すぐに僕の視界は真っ暗な闇で染まった。


     ★☆★☆★


 ローブの人物の笑った顔を見てから数秒後、ぎゅっと瞑っていた瞼を上げると、そこは夜の星座が輝く銀世界だった。しかし、体感温度はそれ程、冷えてはいなかった。

 辺りを見回して居ると、不安になったのか夜宵が僕の手を強く握り直す。それに気付いて、僕は握り返す。心の中では、心配ない、と呟いても、自分の口から出すには相当の勇気が必要だった。

 ここに居られるのは、今でも手を繋ぎ続けている夜宵が一緒だからなのだ、と実感出来た。だんだんと、夜宵の手が温かくなって来る。僕が手を繋いでいることによって、彼女が安心できるのなら、いつまでも繋いでいられる。

 しかし、それも地震のような大きな揺れで、台無しになってしまう。

 ゴォォォォ! という、音と共に何かが迫って来るような気がした。そして、それが真実になるのは、そう遅い事では無かった。

 僕と夜宵の視線の先には、雪崩が起きたかのように舞い上がる雪と、何だか分からない大きな動物らしき物があった。

 僕の後ろでは、夜宵が息を呑むのが分かった。僕でも怖がる物を、女子が怖がらない筈が無い。後退りをしたいが、恐怖で脚が竦んでしまって動かない。夜宵の手が震えている。

 守らなければ。自分を犠牲にしても、彼女だけは守らなければ。

 武器すらも無いこの状況で、僕は咄嗟にそこまでを考えた。しかし、夜宵を逃がす場所など見当たらない。逃がせたとしても、僕はあの得体の知れない物と戦えるのか。自分が倒れて、夜宵を悲しませるだけなのではないか。

 僕が選択肢に迷っている間にも、舞い上がる雪と迫って来る物は距離を縮めている。どうすれば、と考えを焦るばかりで良い案は浮かばない。

 と、ふとローブの人物の言葉が脳内に蘇った。その人物によると、ここには僕を待っている人が居るらしい。なら、それを僕が待てばいいのではないか。そう思い、僕は一人で肯く。

 それを見て、夜宵は余裕が出たのか、手の震えが治まった。そして、僕が彼女の顔を見ると――。

「何、一人で肯いちゃってんの? ついに、頭がおかしくなった? あ、ごめん、頭がおかしいのは元々だっけね」

 悪魔のようだった。一つ一つの言葉が僕の胸に刺さる。最後の一言は、余計ではないですか……? 心がズタズタに切り刻まれるような気がした。それは、こちらに向かってくる大きな物よりも怖かった。

 僕は泣きそうになりながらも、夜宵の手を離さなかった。一度でも離してしまったら、もう夜宵と逢えないのではないか、と思ったから。

 より一層強く握ると、気付いた彼女は再び顔をしかめた。彼女に、僕の本気だという気持ちが伝わったからだろう。

「絶対守るから。手、離さないで」

 僕は夜宵に向き直って、目を見詰めた。そして夜宵は、僕の言葉に笑顔で肯いてくれた。そこには恐怖がありながらも、僕を信じるのだという信念があるように感じられた。

 再び僕が舞い上がる雪の方角に顔を向けると、そこにはもう大群が迫っていた。一瞬だけ怯んだが、軽く深呼吸をして覚悟を決めた。しかし、覚悟をしたところで僕が夜宵の為に何が出来る訳でも無く、ズボンやジャケットのポケットの中身を探り始めた。

 きっと入れたままになっている筈。昨日はここに入れたままにしたから――。

 僕のポケットからは、父から受け継いだカードが出て来た。そして、僕は手の中にあるカードに向けて念を送ってみる。普通は何も起こらない筈だ。起こってしまったら、僕は魔法使いになってしまった事になるだろう。

 やはり何も起こらないと思い、諦めかけたその時。カードが、青白い光を眩しく発光し始めたのだ。あまりの眩しさに、僕と夜宵は目を瞑ってしまう。

 数秒後、うっすらと目を開けてみると、もう青白い光は治まっていた。そして、その代わりに僕の手には、刃渡りが八十センチ程の剣が握られていた。これがカードから出現した物なのだとしたら、僕が送った念は本物になる。そして、僕は魔法使いになってしまったという証明にもなる。

 言葉など出る筈も無かった。

 恐る恐る、後ろを振り返ってみると、相変わらず美しい顔の夜宵が居た。しかし、僕が知っている夜宵では無かった。

 夜宵ではない〝夜宵〟が居た。

 力が今にも抜けてしまいそうな手で、必死に剣を持っていた。力が入っていない手が、カチャカチャと剣の音を立てている。僕の手は、恐怖に怯え痙攣を始めていた。その恐怖とは、迫って来る大群では無く、僕の眼前に立っている人物へ向けた物。

 夜宵のようにも見えるが、夜宵ではない。それだけは分かっていたが、それ以外は何も分からなかった。

 髪色は漆黒で、肌の色は透き通っている。目の色は茶色。豊満な胸に、すらっと伸びた脚。全てが夜宵の物のように見えた。しかし、あからさまに違う物があった。――服だ。

 僕の体にしがみ付いていた本物の夜宵は、ピンクのコートを着ていた。靴も茶色のブーツを履いていた。なのに眼前に立つ人物は、黒いスーツのような服を着て、ヒールを履いている。

 そして、咄嗟に僕は本物の夜宵が近くに居ないか、探し始めた。辺りは舞い上がる雪で、視界が悪くなっていた。これでは夜宵を探すどころか、その先に何があるのかも分からない。一生懸命、目を凝らすが全く分からない。

 頭を悩ませていると、夜宵とそっくりな声で、偽物の〝夜宵〟が僕に声を掛けた。

「燈嘉、私を守ってくれるんでしょ? 怖いよ、助けて」

 そう言いながらも、彼女の表情は笑みだった。今までの僕達のやり取りを聞いていたかのような、そんな口調。しかし、〝夜宵〟の言葉に惑わされる事などある筈も無く、僕はその言葉を無視した。まるで聞こえていないかのように、そこに〝夜宵〟が居ないかのように。

 気が緩みかけたのを、必死で僕は引き締める。まずは本当の夜宵を見つけ出し、大群を避けなければならない。その術はもうあるのだが、行動にいざ移そうと思うと、脳内で拒絶反応が出てしまう。夜宵の事は助けたい。もう一度、温かい手を握りたい。しかし、その代わりになるように剣が僕の右手を塞いでいる。

 心の中では究極の選択を迫られていた。僕が今、選ぶべき物は、夜宵か〝夜宵〟か。

 それを考えていると、ふと新たな考えが浮かんだ。もし……。もし、この場に夜宵が居ないのだとしたら、夜宵は〝夜宵〟の中に居るのでは、と。その考えが事実であったのであれば、僕は眼前に立つ〝夜宵〟を斬る事が出来ない。誤って中にいるかもしれない夜宵を、斬ってしまう可能性だってある。その可能性は見放す事が出来なかった。

 数分間、僕は考え続け、〝夜宵〟の事を忘れそうになってしまった。改めてその表情を見ると、不満げな感情を露わにしていた。しかし、そんな事は僕には関係の無い事だった。本物の夜宵であれば話は別になるが、偽物の〝夜宵〟ならば無視が出来る。

 美しさも頭脳も夜宵そのままに見えるが、心が違うと僕は気付いていた。きっと、この〝夜宵〟は僕の心を読む事が出来ない筈。普段の夜宵ならば、すぐに表情から心を読み取って、怒ったり嬉しそうな顔をしたりする。しかし、眼前の人物はそんな事はしない。それをしたら、僕は腰を抜かして驚くだろう。

 一人で鼻笑いをすると、〝夜宵〟の手が動くのが見えた。その手に釣られるように、僕の目線は、そのまま彼女の顔に向かって行った。すると、その表情は、不適な笑みを浮かべていた。何に笑っているのだろう、と疑問に思ったが、その答えはすぐに見つかった。

 僕は彼女に体を向けているので、背後から大群が迫って来る。しかし、考え事に熱中しすぎて、僕は後ろからの音に気が付かなかったのだ。

 さっと、後ろを振り返ると、もう目の前と言っても過言ではない距離に大群が来ていた。驚きのあまり、喉が詰まったかのように言葉が出なかった。声すらも、出なくなった。今の僕に出来る事は、ただ剣を振るって追い払うだけだろう。奇声のような声を出して叫びたい気持ちだが、生憎、その声は失ってしまった。

 大きく息を吸い、また吐く。その簡単な事のように思えていた事すらも、今は難しいと感じられた。僕の全てが潰れてしまうのではないか、という程の圧迫感。これはどこから来ているのだろうか。心の底から熱くなるのを感じながら、僕は自分自身に問い質してみた。しかし、当然のように答えは出ない。ただただ、不安だけが心中に募って行く。

 夜宵はどこに? 僕が眼前の大群と戦う? 夜宵ではない〝夜宵〟と戦う? 最終的に僕はここから現実に戻れる?

 次々に自問自答が繰り返されるが、何一つとして解決はしない。正しい答えなんて出ない。分かってたが、止まらなかった。

 ギッと剣をより一層強く握ると、それに気が付いたかのように〝夜宵〟が言葉を発した。そして、それを振り向く事無く僕は受け止めた。

「――あぁあ、もっと強い人だと思ってたのに、がっかりだよ、燈嘉。私すら助けてくれないなんて。あんたからの気持ちって、そんなちっぽけな物だったんだね」

 言葉の途中で真面目な表情になった彼女は、急に感情を表に出して来た。思わず僕は、口をあんぐりと開けたまま、体を固めてしまった。

 僕からの気持ち、という事はもう気付かれていたのか。僕が夜宵を好きだという事に。しかし、この感情は誰にも伝えていない。ましてや、夜宵になんて。だから、〝夜宵〟が知る筈は無いのだ。この世に、僕が夜宵に好意を寄せている事を知る人物は、居ない筈なのだ。

 僕の頭の中はもう真っ白という比喩が合い過ぎる程、何も無かった。戦うという義務の事も、〝夜宵〟の存在の事も、考えなくなった。しかし、とりあえずは夜宵を助けたい、という気持ちが心の奥底に芽生えていた。そして、その芽が開花した時こそ、僕は全人類と戦えるのだと、分かっていた。

「はあぁっ!」

 呆けた口を噤んで、僕は勢いよく振り返った。そして、長い考えの末、僕は握った事も無い剣を〝夜宵〟に向けて振り翳した。すると、それに抵抗する事も無く、彼女は微笑んだ。

 そして、〝夜宵〟の胸に剣先が刺さる。

 胸からは血という物が出て来なかった。やはり眼前に立ち続ける女性は、人間ではないのか。

 〝夜宵〟の顔と剣が突き刺さった胸を、目線で何往復もした。その間、彼女はずっと微笑んでいた。まるで、僕に倒される事を誇りに思っているかのように。

「挑発されたから、剣を振り翳したの? でも、今のは格好いいと、思ったよ……。ありがと」

 最後の一言を残し、〝夜宵〟の姿は背後で舞い上がる雪のように小さくなり、空へと消えて行った。それと同時に、僕が愛する本物の夜宵が目を閉じたまま、姿を現した。〝夜宵〟の行く末を見ていたので、気付くのに数秒の遅れを要した。が、夜宵を見た途端、僕の目頭が熱くなり、一滴の涙が溢れた。

 もっと早く〝夜宵〟を斬れば良かった、と一瞬だけ後悔を顔に浮かべ、眼前で横たわっている夜宵に抱き付いた。現実で彼女に抱かれた時よりも、強く優しく愛でるように。

 僕が夜宵を抱いていると、前から黒いローブを身に纏った人物が歩み寄って来た。心臓が跳ねたような気がしたが、睨んでその人物を迎えた。

「カードについて、何か知る事は出来ましたか?」

 深い笑みを絶やす事無く、ローブの人物は囁くように言った。その声は、嫌な響きを脳内に残した。我慢しながら、僕は返答をした。

「あぁ、知る事は出来た。けど、秘密までは分からない。――それと、お前の秘密を教えてくれ」

 一度だけ落とした視線を、ローブの人物に向ける。その間も、夜宵は目を覚まさない。そして、ローブの人物は笑みを消し、口を閉じたままになった。

 そこまで危険な質問を、僕はしてしまったのだろうか。心にもやもやとした気持ちだけが、取り残される。

 真摯、というべきなのか、僕はそのままローブの人物を見詰め続けた。

 そして、長い沈黙が破られる。

「それは、カードに関係の無い事ですね。なので、お教え出来ません。申し訳ございません」

 そう言い、舞い上がる雪の中に姿を消した。最後に声を掛けようとも思ったが、素早い動きで行ってしまったので、出来なかった。

 数秒間だけ、雪の中に姿を消した人物のことを考えていると、夜宵がゆっくりと瞼を重そうに上げた。しっかり目が開くのを僕は、笑顔で待った。彼女が目覚める時、僕が居るんだと知ってもらう為に。君を愛しているのは、僕だけなんだと思い込ませる為に。

 視界に僕の顔を捉とらえた夜宵は、頭の上にクエスチョンマークを浮かべているようだった。しかし、夜宵独自の美しさは健在していた。彼女はどんな表情をしても天使のようで、美しい。何者にも代え難い。そこまで言っても過言ではないのが、夜宵のすごいところだ。

 これを夜宵に伝えても怒られるだけで終わってしまうのが、どこと無く悔しい。まず、僕がそんな事を彼女に伝えられる筈も無いのだが。

「夜宵、大丈夫? すぐに帰ろう。疲れたでしょ」

 僕は優しく言葉を掛けながら、腕を解とこうとした。が、それは夜宵の行動によって、妨げられた。離れかけた体を、夜宵がもう一度近付けたのだ。

 それに驚いた僕は、再び夜宵を包む事が出来ず、ただ目を泳がせているのみだった。

「もう少しだけ、こうしててもいい? 何だか、燈嘉が離れちゃう気がして、怖いよ……」

 か細く発せられた夜宵の言葉は、気が遠くなるような、甘い響きを纏っていた。やっぱり敵わないな、と思いながら僕は小さく『うん』とだけ答えた。

 しかし、それが続いたのは、たったの数分足らずだった。

 夜宵が突然、喉の奥で唸るような声を上げ始めたのだ。僕の体から腕を離し、胸の辺りを押さえている。呼吸が困難になっているのか、と予想をしたが、そうでは無かったようだ。

 今の夜宵を蝕んでいるのはきっと、異世界の空気。彼女を別の物に、仕立て上げようとしているのだ。

 僕が予想を続けている間にも、夜宵の唸り声は止まらない。ましてや、どんどん音量を上げている。現実に戻ろうと思っても、その術が無い。

 入って来る時は、ローブの人物が開いた、黒い渦を巻いた扉のような物に入った。が、戻る時はもう居ない。性別さえ分からない人を呼ぶなど、困難でしかない。『ローブの人物!』と言って、呼ぶ訳にもいかない。

 他に現実に戻る術は無いのか。夜宵を助ける術は無いのか。

 考え続けていると、眼前に一本の足が現れた。その説明に比喩は無く、案山子かかしのような足だった。見上げると、まるで人間かのような体と顔があった。当たり前なのかもしれないが、眼前に立つ物はどう見ても案山子だと思う。

 頭には季節に会わない麦藁帽子を乗せ、首にはタオルを巻き、手には軍手がめられていた。そして、腕や足と思しきそれは、木がそのまま使われていた。しかし、案山子が着ている服の下には、きっと人間と同じ心臓が入っているのだろう。その証拠に、案山子の口が動く。

「あらあら、お困りですか? 差し支えなければ、私がお助けいたしましょう」

 夜宵の現状とは裏腹に、赤子をあやすような声を掛けて来た。一瞬は驚いたが、助けてくれるのであれば、文句無しに頼みたい。

「ここから出してください、お願いします。現実に、戻してください!」

 懇願するように、僕は夜宵を地面に優しく置いてから、案山子に縋り付いた。

 その時にはもう、僕の中では覚悟が出来ていた。夜宵の命が助かるのであれば、自分を犠牲にしてもいい、と。ちっぽけな覚悟と夜宵に笑われるのかもしれないが、これ位しか今の僕には出来ない。自分を上回れるようにならなければ、と思うのだがまだそれは、叶いそうに無い。

 一本の足に縋っている僕を見た案山子は、どうする事も出来なかっただろう。たった一本の足では、僕を振り払う事すら出来ない。その筈だ。

 しかし、僕の予想は外れた。

 懸命に縋っているつもりだったが、いとも簡単に振り払われてしまった。僕は数メートルの距離を転がり、夜宵にぶつかってから動きが止まった。それを案山子は、罪人を蔑むような目付きで、僕を睨んで来た。先程、出会ったばかりの表情とはうって変わった物だった。

「そんなに現実がいいか。そぉか、そぉか。お前は差別をする人間なのか。よぉし、よく分かった。ここより現実を好む者には、異世界のルールを知らせてやる」

 そう言って、案山子は口笛を吹いた。まるで、何かの合図のように。そして、それは事実となった。

 突然、僕の脳内はぐるぐると迷路を彷徨うように、回り出した。平衡感覚をも無くしてしまう程、激しい目眩めまいだった。この目眩が僕だけであって欲しいと、瞬間的に思った。胸を押さえ唸り声を上げる夜宵にとって、こんな目眩は耐え切れないだろう。

 次に僕を襲ったのは、酷い眠気だった。瞼が重くて仕方が無い。我慢しようとする程、逆らえない。

 そして、僕の視界は暗闇に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る