第16話 「今度こそ」
仲直り、というわけではないけど。
リスカと正式にパーティーを組んだ後。
僕らは改めて設定されている窃盗クエストに挑むことにした。
再び隠密スキルを使って姿を隠し、屋敷内へと侵入する。
相変わらずこのスキルが看破されることはなく、僕とリスカは難なく二度目の侵入に成功した。
この調子で宝物庫の方まで直行する。
しかし、ここでようやく僕らの足は止まった。
さすがに狙われたばかりの宝物庫には、多数の衛兵たちが待ち構えていた。
再び僕らが盗みに来ると予想して、というより、なんだか見失った僕たちのことをいまだに探している様子だった。
隠密スキルで逃げたことはバレていないらしい。
だが、それが逆に仇となり、衛兵たちから衝撃的な事実を聞くことになった。
「おい、ヴァイス様が大切になさっている宝剣はどうした? 宝物庫に見当たらないようだが」
「あぁ、それなら、ヴァイス様が直々にここに取りに来たぞ。宝物庫に置いておくのは不安だからと言ってな」
リスカと共に呆然としてしまう。
まさか目標の宝剣がこの場から持ち出されていたとは。
こちらの目的がバレたわけではなく、たぶん他の宝よりも大切にしている物なので、自身で保管することに決めたらしい。
それが今回の依頼とどう結びつくのか、あるいは結びつかないのかは定かではないが、とりあえず僕たちは目的地を変更することにした。
すでに用済みとなった宝物庫を離れ、屋敷の主ヴァイスを探すことにする。
「先ほど食事を運んでいる方々とすれ違いました。おそらく晩ご飯を食べているのでは?」
というリスカの予想を聞き、ひとまず食堂に向かうことにした。
すると彼女の考えは正しかったようで、今まさにそこには食事が運び込まれていた。
給仕さんたちの慎重な様子を見るに、これから食事をとるのは身分の高い人なのだろう。
ということは間違いなく領主のヴァイスだ。
そう確信を得た僕たちは、食事を運び入れる給仕さんたちに紛れて食堂へと侵入した。
だだっ広い空間に特大のテーブルが置かれている。
それをなんとも惜しいことにたった一人で使い、食事を進める人物がいた。
短い金髪に細い目つき。二十前後の青年と思われる彼は、ジャラジャラと宝石を付けた服を着て、全体的に金色に光っているように見えた。
見るからにお金持ちといった感じだ。
そんな領主様を横目に僕とリスカは、食堂の端に二階に続く階段を見つけて、そちらを上っていく。
食堂全体を見渡すことができるそこに身を潜めると、リスカが眼下を見下ろしながら口を開いた。
「あれが、領主のヴァイスさんですか?」
「うん、たぶんね」
カチャカチャと青年が食事を進める中、僕らはそう確認を取り合う。
あれが領主のヴァイスで間違いないだろう。
その証拠に彼の周りには、静かに佇む護衛と思しき兵たちがいて、何人たりとも近づけさせない雰囲気が出ているからだ。
おまけに青年の目の前には、食事の皿の他に一本の短剣が置かれている。
柄と鞘に宝石があしらわれた、見るからに高そうな品。
おそらくあれが宝剣だろう。
改めてその品を見て、僕はふと気掛かりに思ったことを口にした。
「そんなに大事な物なのかな?」
今回の僕らの目的は、あの宝剣を盗み出すこと。
でも手元に置くくらい大事そうにされたら、さすがにこちらだって躊躇いを思い出してしまう。
せっかく窃盗クエストへのやる気が出てきたというのに、これでは絶対に盗むことができない。
というかよくよく考えたら、僕は今から泥棒をしようとしているわけだ。
冒険者になることを夢に見てきた僕が、人様の”大切”な私物を盗む。
やばい、本当に盗める気がしなくなってきた。
人知れず青ざめていると、不意に隣からリスカの声が聞こえた。
「まあ、アサトさん優しいですもんね。仕方ありませんよ」
「い、いや、これは優しいとかじゃなくて、たぶん気が弱いだけだと思う。泥棒するのも嫌だし、それでクエスト失敗になって罰金を払うことになるのも怖いんだから」
そう、これはただ気が小さいだけ。
優しいとかじゃない気がする。
むしろ優しいのはリスカの方だ。
いまだに躊躇いを振り切れない僕に、優しく声を掛け続けてくれるのだから。
「まあ、私はいつまでも待つつもりですのでご安心ください。アサトさんのタイミングで構いませんよ」
「う、うん。ありがとうリスカ」
お礼を言い、決心がつくまでしばし待つ。
その間に食堂の様子を見下ろしていると、兵の一人が扉を開けて入ってきた。
「ヴァイス様」
顔を見せるや、領主のヴァイスに声を掛ける。
すると青年はちらりと目を上げ、なんだという視線を返した。
それを受けて、兵は続ける。
「侵入者の件ですが、消息が途絶えてから一時間、いまだに発見には至っておりません。やはり安全を考慮して、食堂でのお食事は控えた方がよろしいかと」
領主の身を案じて忠告をしに来たようだ。
見るとその兵は、他の者たちよりも一回りガタイがいい気がする。
身につけている装備も少し上等なもののように見えるので、おそらく衛兵たちの隊長ではなかろうか。
それはいいとして、突然侵入者の話が出て僕らはドキッとしてしまう。
一層息を殺しながら様子を窺っていると、食事中ずっと口を閉ざしていたヴァイスが、ようやく重いそれを開いた。
「問題はない。万が一このタイミングを狙われたとしても、食事の席で無礼を働く礼儀知らずは、私がこの場で直々に成敗してくれる。それに、コソドロごときに時間を奪われるという事実そのものがたまらなく腹立たしいのだ。私はいつも通りに食事を進める」
まだまだ若々しい声だった。
その返答を受けた兵は、しばし何かを思うように口を閉ざし、やがて開いた。
「……そう仰られるのであれば、私共は死力を尽くしてヴァイス様をお守りする所存であります。しかし、しかしですね……」
「……なんだ?」
「お食事をすることに反対はいたしませんが、やはり食事の席に似つかわしくない品をこの場にお持ちになるのはいかがかと思います。そのせいでヴァイス様にもしものことがあったら……」
兵は卓上の宝剣に目を向けながらそう言った。
その視線は何か”含み”のあるもののように感じたが、すぐに視線は外れてしまったので追及することはできない。
ヴァイスは兵からのその言葉を受けて、ふむと顎に手をやった。
初めて食事の手が止まる。
やがて彼は食事を再開させつつ、兵に返答した。
「賊の狙いがなんであるかは定かではない。そうだったな?」
「は、はい」
「もし賊の狙いがこの宝剣ならば、今この場を襲撃しに来てもおかしくはない。貴様はそう言いたいのであろう? 確かにその危険があるのは認めるが、他の宝ならまだしも、この宝剣だけは絶対に盗られるわけにはいかぬのだ。それは貴様……いや、屋敷にいる者ならば誰もが知っていることであろう」
「そ、それはそうなのですが……」
「仮に賊の狙いが他の宝だった場合は、そんなものはくれて気前よく逃がしてやる。これの価値や意味もわからずに持ち去られてはたまったものではないからな。私が持っておくのは念のためだよ」
二階からその様子を見ている僕とリスカは、何のことだかさっぱりだった。
互いに顔を見合わせて首を傾げてしまう。
しかしまあ、宝剣が大事な物だというのは嫌というほど伝わってきた。
そのせいでさらに盗みづらくなってしまったのも事実で、躊躇いだけが加速する一方だ。
本当にこのままでは盗みの依頼を成功させることができない。
と、自分の優柔不断な性格に、密かに頭を抱えていると……
不意に領主のヴァイスから、冷たい何かを感じた。
「それに……」
「……?」
「あの阿呆……いや、”兄上”が賊に盗んでくるよう依頼した可能性も否定はできんであろう? 私を領主の座から降ろすために、奴がそのようなやり方に出ても不思議ではない。だからこれだけは確実に手元に置いておかなくてはならないのだよ」
テーブルナプキンで拭った頬を不気味に歪め、ヴァイスは低い笑い声を零した。
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