第12話 「隠密行動」
隠密スキルの副次効果を利用し、二人で屋敷に侵入すると決めた後。
僕らは作戦通り、手をつなぎながらヴァイス邸へと足を踏み入れた。
それ以外に具体的な作戦を決めていなかったので、堂々と正門から中に入っていくことになる。
「「……」」
門番の横を静かに通り過ぎながら、僅かに開いた隙間に潜り込んだ。
そしてそのまま中庭を横切っていき、屋敷へと辿り着く。
ここにも同じく衛兵が立っていたが、隠密スキルのおかげで気づかれることなく屋内へと侵入することができた。
隠密スキル様様である。
その後も、堂々と屋敷の廊下を歩いても気付かれることはなく、僕らは軽い散歩気分で屋敷を探索していった。
「ほ、本当に気付かれていないんでしょうか?」
その最中、隣を歩くリスカが小声で問いかけてくる。
僕はそれを受けて、その疑問は当然のものだと思った。
ただ手をつないで歩いているだけだからね。
それゆえにリスカは居心地悪い違和感を覚えたらしく、あちこちに目を泳がせている。
彼女の不安を早く解消してあげるためにも、僕は早々に口を開いた。
「全然大丈夫だよ。この人たちに僕らの姿はまったく見えてない。それに声もそこまで大きく出さなきゃ聞こえることもないから、もう少しはっきり喋っても問題ないよ」
「は、はぁ。そうですか」
”なんだか反則的なスキルですね”と呟いて、リスカはようやく気持ちを落ち着けた。
その調子で、僕らは屋敷の廊下を足早に進んでいく。
屋敷の人間たちとすれ違いながら、またリスカが尋ねてきた。
「それで、目的の宝剣はどのようにして見つけましょうか? このお屋敷、外観から想像するにとんでもない広さをしているようですし」
「あっ、うん、それなんだけどさぁ……」
廊下の十字路に差し掛かったところで、僕は足を止める。
手をつないだままのリスカも、それに伴って立ち止まった。
疑問に満ちた目を彼女に向けられる中、やがて僕は右の下り階段を指差す。
「たぶん、こっちじゃないかな?」
「えっ? なんでわかるんですか?」
「暗殺者のスキルの一つに、『感知』ってのがあるんだ。敵や罠とかを察知できる他に、”宝”の在り処なんかも感じ取ることができる。その感知スキルによれば、こっちの地下にたくさんの宝の気配を感じるから、たぶんそこに宝物庫とかがあるんじゃないかな?」
「……」
長々と説明すると、リスカの不思議そうな視線が唖然としたものに変わった。
しばしこちらを呆然と見つめたのち、彼女はどこか納得した様子で言う。
「これ、本当にアサトさんに見合った依頼なんですね」
「えっ? そうかな?」
「はい。というより、アサトさんのスキルの方が色々な闇クエストに適性があるって感じがします。みんなが期待するのも頷けますね」
色々な闇クエストに適性がある。
本来なら不名誉極まりない褒め言葉ではあるのだが、リスカに言われるとどことなく嬉しい気がしてくる。
なんてやり取りも早々に終えて、僕らは右の下り階段から地下に向かった。
そして下りた先に待っていた扉の前で、また立ち止まる。
「ここが宝物庫かな? 正門とかと違って、見張りはいないみたいだね」
「そのようですね。まあ入口にあれだけいたら、ここに置いておく意味もあまりありませんし」
まあ確かに。
そのおかげで、ずいぶん楽に宝剣を盗み出せそうだ。
なんだ楽勝じゃん、と思いかけたのだが……
「あっ、でもこの扉、鍵が掛かってますよ」
「えっ? マジ?」
「ど、どうしましょうか?」
確かに目の前の大扉には、それらしい鍵穴があった。
試しにそれを無視して押し開けてみようとするが、ビクともしない。
こいつは困ったことになったな。
そう思ったのは僕だけではないようで、リスカが若干の期待を込めた目をこちらに向けてきた。
「何か都合のいいスキルとかって……」
「残念ながら、そこまで都合のいい天職じゃないよ。『盗賊』とかなら『解錠』スキルっていうのもあるんだろうけど……」
暗殺者の僕では、せいぜいこの宝物庫の前まで気付かれずに来ることしかできない。
ここから先は盗みの専門家ではないと突破は難しいだろう。
一応、感知スキルで宝の察知はできるが、さすがに宝物庫の”鍵”まで感じ取ることはできないし。
いったいどうしたら……
「……わ、わかりました。なら私が扉を”破壊”します」
「えっ? 破壊? そんなことできるの?」
「じ、自信はありませんけど、他に方法がないと思いますので。それに先ほどからアサトさんに頼ってばかりですし、そろそろ私もお役に立ちたいなと」
リスカは意気込んだ様子でそう言う。
確かに鍵が掛かって開かないのなら、もう壊す他あるまい。
鍵を探すという手ももちろん残されてはいるが、あまり現実的ではないと思う。
だからリスカは一番手っ取り早く確実性も高い、”扉の破壊”を選択したわけだ。
それが可能ならば、僕もそれには賛成だ。というかそれしかないからな。
でも無理に破壊しようとすれば騒音が立つことだろう。
屋敷の人間に気付かれたらすぐに逃げよう。そう心に決めて頷きを返すと、さっそくリスカは腰から剣を抜いた。
改めて見ると、とても特徴的な直剣だった。
黒い柄に、人の血でも吸ったかのような真紅の刀身。
同じものをもう一本携えているようだが、彼女は一本だけを両手で握りしめた。
そして扉の前で構え、全力でそれを振るう。
「せ……やぁ!」
刃と扉が衝突し、甲高い音が地下の廊下に響き渡った。
結構大きな音が響いて、一瞬ドキッとしたが、まだ誰にも気付かれてはいない。
同様に、宝物庫の扉もいまだ健在。
それを見て、リスカは悔しそうに歯を食いしばる。
扉はかなり頑丈なようで、リスカはそれに負けじと猛攻に打って出た。
「はあっ! せやっ! ていっ!」
ガンッガンッガンッ!
立て続けに扉を叩く音が響く。
しかしいくら斬りつけても、扉には傷一つ付かない。
宝を保管しているだけあって、扉は尋常ではないくらい強固なようだ。
リスカは『戦士』の天職を持っているので、破壊も容易いかと思っていたのだが。
この分では難しそうかな。
仕方がないと思った僕は、必死に剣を振るリスカの背中に声を掛けた。
「い、いいよリスカ。そんなに無理しなくても。それよりも、そろそろ誰かに気付かれそうだから、ここはいったん退いて改めて作戦を……」
「……」
不意にリスカは剣を止める。
かなり大きな音が響いていたので、てっきり聞こえないかとも思ったのだが、その心配は無用だったようだ。
では、また隠密スキルを共有して屋敷から抜け出そう。
そう考えてリスカに歩み寄っていくと……ふと、顔を伏せたリスカが何かを呟いたような気がした。
「私じゃ、壊せない。役に、立てない。このままじゃ、また……」
「……?」
……どうしたんだろうリスカ?
なんだか気を落としているように見える。
扉が壊せなくてショックなのはわかるが、そこまで落ち込むことだろうか?
不思議に思って首を傾げていると、不意に彼女は右手の剣をぎゅっと握り直した。
次いで真紅の刃を、なぜか”左手首”に添え始める。
いったい何をしているんだろう? とさらに疑問符を増やしかけた、次の瞬間――
「はっ?」
リスカが躊躇いもなく、いきなり右手の剣を薙いだ。
そして刃を当てられていた手首は、当然のごとくスパッと切れる。
呆然とする僕の目の前で、生々しい鮮血が散った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます