第10話 「距離感」

 

 リスカと手を組み、依頼を受けることになった後。

 僕らは目的地であるジャララの町に足を急いでいた。

 何と言っても期限はたったの三日。

 これを過ぎてしまえば高額な罰金が科せられることになる。

 ゆえに急ぎ足(馬車)で町に向かいながら、僕はリスカに依頼内容についての説明をした。


「てなわけで、僕らは今ジャララの町に向かってるんだよ」


「はぁ、なるほど。設定された依頼は窃盗クエストですか」


 互いに用紙に目を落として、小声で確認を取り合う。

 ジャララの町行きの馬車は、このまま行けば今夜には到着するそうだ。

 泥棒をするならベストな時間帯なので、おそらく着いた早々屋敷に忍び込むことになるだろう。

 それを考えると楽しいはずの馬車の旅も胃が痛くなってしまう。

 いっそ到着しないでほしいなぁ、なんて考えていると、依頼について了解したリスカが気楽そうに言った。


「まあ、暗殺者のアサトさんなら簡単なんじゃないんですか。盗みに適したスキルとかたくさん持ってそうですし。私の手を借りる必要もなかったと思うんですけど」


「うぅ~ん、いや、そういうわけでもないんだよなぁ……」


 鈍い反応を返してしまう。

 するとそんな様子を見たリスカが、僕の顔を覗き込んで聞いてきた。


「あまり気が進まないように見えますね」


「いやいや、そりゃそうでしょ。だって人様の私物を勝手に盗むんだよ。そんなのただの泥棒じゃんか」


 僕はそんなことをするために故郷の村から飛び出してきたわけじゃない。

 依頼を設定されたから仕方なく受けているだけなのだ。

 あとは生活のためのお金が必要とか色々あるけど。

 という返答を受けて、リスカは疑問符を浮かべた。


「アサトさんは闇冒険者になりたくて、闇ギルドに入ったんじゃないんですか?」


「あっ……」

 

 ……どう答えたものだろうか。

 普通に考えれば、闇ギルドに入る動機は悪さをしたいからに決まってるよな。

 だから盗みの依頼に躊躇するのはおかしく見えるはず。

 でも僕は、何も悪さをしたくて闇ギルドに入ったわけじゃない。

 ここしか居場所がないと思って、思い切って加入しただけだ。

 泥棒するのも抵抗があるし、何なら道端のお金を拾うのだって躊躇いを覚えてしまう。

 僕はそんな常識的な思考を持ち合わせているのだ。


 だからだろう。

 人様の私物を盗みたがらない僕を見て、リスカは疑問を感じている。

 誰かに聞かせるような話でもないんだけど、このままずっと違和感を抱かれるよりは正直に話した方がいいのかな。

 そう思って、僕は闇ギルドに入った理由を打ち明けることにした。


「僕は闇冒険者になりたくて、闇ギルドに入ったわけじゃない。本当になりたかったのは普通の冒険者なんだ」


「へぇ、普通の冒険者ですか」


「うん。一級冒険者たちの仲間入りをして、みんなのために戦いたかった。それで冒険者試験を受けに行ってみたんだけど、暗殺者の天職が原因で書類選考の段階で落とされちった」


「あらら、それはお気の毒です」


「でさ、それだけじゃなくて、『暗殺者なんかが冒険者になれるわけがない。そういう危ない天職を持っている人間を雇ってくれるところなんてあるわけない』って完全に拒絶されてさ。そりゃもう落ち込んだもんだよ。んで、そんな時に勧誘してくれたのが闇ギルドだったんだ。今にして思えば完全に傷心につけこまれた感じだけど」


「はぁ、なるほど。それで闇冒険者に」


 少し愚痴っぽくなってしまったけど、リスカは納得してくれたようだ。

 改めて口にしてみると、なんだか騙されて闇ギルドに入った感が否めない。

『冒険者ギルドでは認めてくれなかったけど、闇ギルドなら君のこと大歓迎だよ!』

 っていう勧誘が嬉しくて、つい闇試験を受けに行ってしまったが。

 やっぱりこれは早計だったかな。

 しかし今となっては後の祭り。闇ギルドに登録して、罰金付きの依頼まで設定されてしまったら、僕に逃げる術は皆無と言い切れる。

 僕は少しの後悔を抱くと、不意にある疑問が降って沸いてきた。


「ところで、リスカはどうして闇ギルドに入ったの?」


「えっ!? わ、私ですか!?」


「うん。そっちこそ悪さしないように見えるからさ。あっ、ていうかリスカの天職ってなに?」


「……」


 尋ねると、リスカはどこか気まずそうに目を逸らしてしまった。

 そういえば聞くのをすっかり忘れていたのだ。

 もしかしたら闇ギルドに入ったのはその天職が原因なのかもしれない。

 それにこれから戦いが起きる可能性も否定できないので、手を組んだ身として互いの力を知っておいた方がいいと思った。

 だから遅まきながら問いかけてみたのだけれど、彼女の微妙な反応を見て即座に付け足す。


「あっ、いや、言いたくなかったら別にいいよ。一緒に依頼を受けてるからって、正式にパーティーを組んだわけじゃないし。リスカに答える義務はないんだから」


「い、いえ。協力する以上はお互いの力は知っておいた方がいいでしょう。それに、私だけ知っているというのもなんですし……」


 そうは言ってくれるが、依然として表情は浮かない。

 無理して言わなくてもいいと思ったんだけど、それでもリスカは意を決した感じで口を開いた。


「わ、私の天職は……」


 一瞬の間を置き、打ち明けてくれる。


「……せ、『戦士』です」


「へぇ、戦士かぁ。なんかちょっと意外だなぁ。あっ、でも、別にそこまでおかしい感じはしないね。リスカって何にでも勇敢に立ち向かっていきそうだし。それに……」


 ちらりとリスカの腰辺りに目を向けて、僕は続ける。


「ずっと疑問だったんだけど、”剣を二本”も持ってるし、『戦士』って言われてむしろ納得しちゃったよ。うん、かっこよくていい感じだね」


「そ、そうですか。どうもです」


 リスカはあははと苦笑して、なぜかまた目を逸らした。

 別に隠すことでもないと思うんだけど。

 どうして『戦士』の天職を答えるのを躊躇ったのだろうか?

 それにずっとマントを羽織っていて、剣を持っているのも隠していたみたいだし。

 確かに意外だとは思った。でも決して変というわけではない。

 むしろ『暗殺者』の僕から見てみればかっこよくて羨ましく思ってしまう。

 まあでも、女の子が『戦士』っていうのは少し恥ずかしいのかもしれないな。

 かっこよくはあるけど可愛くはないからね。

 だからマントで剣を隠して、天職を答えるのも躊躇したわけだ。

 とまあ天職の話はここら辺にしておいて、いよいよ僕はリスカが闇ギルドに入った理由を聞くことにした。


「それで、戦士リスカさんはどうして闇ギルドに入ろうと……」


 なんておどけた感じで問いかけようとしたのだが……


「ふ、ふわぁぁ。なんだか私、ちょっとだけ眠くなってきちゃいましたぁ。申し訳ないんですけど、町に着くまで少し仮眠を取らせていただいても構いませんか?」


「えっ? あっ、うん、別にいいけど」


「ど、どうもです。それではおやすみなさい」


 唐突に話題を打ち切られ、それ以上尋ねることができなかった。

 そしてリスカは言葉の通り、馬車の席で横になってしまう。

 幸いにも僕たち以外にまだお客さんはいないので、席を広々と使ってもいいだろうが。

 せめてもうちょっとだけお話にお付き合いしていただきたかった。聞きたいこともまだ山ほどあったし。

 結局その後、町に着くまで話らしい話はあまりできませんでした。

 リスカ、謎の多い少女である。

 

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