第7話 「出会い」

 

 闇ギルドの試験に合格した翌日。

 さっそく僕は依頼を受けようと思って、朝早くから闇ギルドに向かっていた。

 少し張り切り過ぎな気もするけど、まあそれも無理はない。

 だってあそこは、僕を必要としてくれる場所だとわかったからだ。

 冒険者ギルドと違って『期待している』と言ってもらえた。

 悪いことをする場所だと知ってはいるけど、頼ってもらえたのだから俄然やる気は出てきてしまう。

 

「ふんふふ~ん♪」


 つい鼻歌なんて零しながら、僕は町の大通りをスキップしながら進んでいく。

 すでに朝から人通りも多く、町らしい活気が溢れていて時折人と肩がぶつかった。

 もう少し控えめに歩きながら闇ギルドに向かうとしよう。

 そう思いながら人波を縫うように進んでいると……


「うわっ!」


 突然横から、誰かに腕を引っ張られた。

 あまりにいきなりだったので、僕はそのまま裏路地の方まで連れ込まれてしまう。

 いったい何事かと思ってそちらを見やると、そこには……


「んっ?」


 フード付きケープを羽織った不思議な少女が立っていた。

 目深まで被られたフードから覗く、幼さの残る童顔とふわりとした茶色のロングヘア。

 同色の綺麗な瞳は汚れなく透き通っていて、こちらに真っ直ぐとした視線を送っていた。

 そんな少女に見つめられて、つい僕は首を傾げてしまう。

 どうして裏路地に連れ込まれたのだろうと疑問に思っていると、彼女はこちらの腕から手を離し、確かめるようにして問いかけてきた。


「あ、あなたは、昨日闇ギルドに新しく入った、暗殺者さんですよね?」

 

「あっ、うん、そうだけど……」


 それがどうしたのだろう?

 ていうか、なんで僕のことを知っているのだろうか?

 闇ギルドに昨日新しく入ったことももちろんだが、『暗殺者』の天職のことも知っているなんて。

 というこちらの疑念を察したのか、少女はその理由を答えてくれた。


「昨日、あなたが闇試験に合格したところは、多くの人が目撃しています。あんなに大きな声で『暗殺者』なんて言ってたら、誰でも見ちゃいますよ」


「あ、あぁ、そういうことか。そういえばみんな見てたもんなぁ。ってことは、もしかして君もあそこに?」


 そう問うと、彼女はこくりと頷きを返した。

 なるほど、この子も闇ギルドの人間というわけか。

 昨日のあの時間にギルドにいて、僕が試験に合格したところを後ろから見ていたのだろう。

 で、それを知っている子がいったい何の用なのだろう? と再び首を捻っていると、少女は僕を裏路地まで引っ張ってきた理由を教えてくれた。


「闇ギルドに所属したなら、下手に表通りを歩かない方がいいです。顔も隠した方がいいですよ」


「えっ? なんで?」


「闇ギルドに行くところを誰かに見られて、もしそれで闇ギルドの場所が割り出されてしまったら、その責任を取らされることになります」


「あぁ、なるほど。確かにそれは気を付けなくちゃね」


 全然知らなかったや。

 先輩からの助言を受けて、僕はこくこくと納得する。

 確かによくよく考えれば、闇ギルドに所属した人間は表通りを歩くわけにはいかない。

 そのせいでギルドの場所が知られて冒険者たちに押しかけられでもしたら大問題になるからだ。

 闇ギルドはあくまで隠された組織。ならばそこに所属する人間も隠れて生きていかねばなるまい。

 それを教えてくれるためにここまで連れてきてくれたってわけか。

 そうとわかった僕は、少女に対してお礼を口にした。


「親切に教えてくれてどうもありがとう。すごい助かった」


「あっ、いえ……」


「それじゃあね」


 僕はそう言って、闇ギルドに向かうために再び歩き出した。

 ”来た道”を戻るようにして進むと、不意に後方から声を掛けられる。


「えっ、ちょ、どこ行く気ですか!?」


「えっ? どこって、闇ギルドだけど?」


 きょとんと目を丸くして言うと、少女は唖然とした表情で固まってしまった。

 何かおかしなことを言っただろうか?

 そう疑問に思っていると、彼女は大層不思議そうに眉を寄せて言った。


「あ、あれっ? 私の言い方が伝わりづらかったんですかね? あなたは今、来た道を戻ろうとしていませんか?」


「あっ、うん、そうだけど」


「あ、あれあれっ? やっぱり私の言い方が悪かったんですかね? それとも今の話を聞いてなかったんですか? 表通りは危ないって言ったばっかりじゃないですか」


 それなのにどうしてまた表通りに戻ろうとしているのか。

 彼女はそう問いたいらしい。

 確かに今の話を聞いた直後でまた表通りに戻ろうとすれば奇怪に映ることだろう。

 だから僕は大丈夫なことを伝えるために説明をしようとした。


「確かに表通りは危ないと思うけど、僕なら大丈夫じゃないかなぁ。だってほら、めっちゃ影薄いし。最悪『隠密』のスキルで……」


 と、説明をしている途中だったのだが……


「と、とにかく、こちらに闇ギルドに繋がっている地下水道の入口がありますので、一緒にこっちから行きましょう。他にも隠し通路はたくさんありますので、その場所もお教えいたします」


「あっ、うん、ありがと……」


 有無を言わさぬ勢いで、再び少女に腕を引っ張られてしまった。

 人目につくのが危険というのはわかるけど、僕ならたぶん大丈夫だと思うんだけどなぁ。

 誰にも見られてないと思うし、最悪『隠密』のスキルを使えば姿を完全に消すことができる。

 表通りから行ってもなんら問題はない。

 はずなんだけど……


「今後は下手に表通りを歩かないでくださいね。それと極力明るい時間の外出は控えてください。これからは夜間に行動するよう心掛けて、闇ギルドの住人ということを深く自覚しなくてはなりませんよ」


「あっ、うん、そだね……」


 やはり何も言う隙をもらえず、僕はただ少女に腕を引かれる人形と化す。

 まあ確かに、身を隠すに越したことはないか。

 裏路地なら人と肩がぶつかることもないし、人ごみに悩まされることもないから。

 進むならこっちの方がいいのかもしれない。

 それに……


「……」


 僕は明るい茶髪が揺れる少女の背中を見つめて、人知れず思う。

 影が薄いと言っても、少なからず見つけてくれた人がここに一人だけいる。

 となれば他の人が見ている可能性も否定しきれないので、目立つ行為は控えた方がいいのかな。

 ここは大人しく忠告を聞き入れて、彼女の先導に従うことにしよう。

 僕はそう思って、少女の手引きに身を任せることにした。

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