第8話 「初依頼」
少女に導かれて地下水道の裏道に入った後。
特にこれといったトラブルもなく闇ギルドに到着した。
裏道はかなり入り組んでいて、入口もわかりづらかった。
他の場所のものも教えてもらったので、今後はそれらを利用してここに来るとしよう。
そう心に決めながら少女と共にギルドに踏み入ると、早々に彼女は僕から手を離し、会釈をして立ち去ろうとした。
「それではここで」
「あっ、うん。色々と教えてくれてありが……」
と、お礼を言おうとしたのだが、彼女は最後まで聞くことなく去ってしまった。
まるで何かから逃げるように。
当然それには疑問を抱いたが、特に呼び止めることもせず僕は受付に向かうことにした。
何か急ぎの用事があったのかもしれない。
もしくは、僕と接しているところを他人に見られるのが嫌だったのかも。
……なにそれめっちゃ悲しい。
自分で言ったくせにひどく落ち込み、僕は肩を落としながら受付へ辿り着く。
そして担当となってくれたクロムさんを見つけると、一も二もなく声を掛けた。
「あの、クロムさん」
「あぁ、アサト君か。こんな朝早くにどうした?」
「い、いえ、せっかく闇ギルドに入ったので、何か依頼でも受けようかなと思って。お金もあんまりありませんし。だからその、
本日からさっそくお仕事開始。
僕はそのために闇ギルドまでやってきたのだ。
だから依頼が貼り出されているだろう掲示板を探しながらクロムさんに問いかけてみると、なぜか彼女は逆に首を傾げてしまった。
「……? 何を言っているんだ君は?」
「へっ?」
「依頼ならすでに君に設定してあるぞ。ほらこれ」
そう言いながら彼女は、カウンターの裏から一枚の紙を取り出した。
それを卓上に滑らせて僕に見せてくる。
【依頼内容】ジャララの町の領主ヴァイスから宝剣を奪取しろ
【報 酬】50万ギル
【期 限】剣の月/六日まで
実に簡潔に書かれた依頼用紙。
当然僕は疑問を抱いた。
「え、えっと……なんですかねこれ?」
「だから
「……」
何を言っているのだこの受付嬢さんは?
依頼がすでに設定されている?
期限までに達成できなきゃ罰金を取る?
はっ? なにそれ? どういうこと?
僕が知っているギルドとまったく違う気がするんですが?
「い、依頼って、掲示板に貼り出されているものを自由に選んで、受けるものなんじゃないんですか?」
「それは冒険者ギルドのシステムだろ。
僕の問いかけに、クロムさんは呆れた表情を浮かべた。
次いで腕を組んで思い出したように続ける。
「そういえば詳しい話はまだしていなかったな。闇ギルドのシステムについて」
「や、闇ギルドのシステム?」
「いいか? 冒険者ギルドと同じように、闇冒険者たちが好き勝手に依頼を受けてみろ。必ず誰も受けないような非効率な依頼が残されるに決まっている。逆に待遇のいい依頼は取り合いになって争いに発展する。冒険者ギルドではこの点をどう対処しているのかさっぱりわからんが、闇ギルドではその問題を”指名制”にすることで回避しているのだ」
……し、指名制?
なんのこっちゃと思っていると、こちらの疑問を察したクロムさんがさらに続けた。
「闇冒険者の担当が、そいつに見合った依頼を設定する。そうすれば依頼失敗の可能性も低下して、回転率も上がるということだよ。懐が温まった途端、仕事をしなくなる連中へのサボり対策にもなるしな」
「で、でも、勝手に依頼を設定するなんて横暴じゃないですか!? それで期限までに達成できなきゃ罰金なんて、いくらなんでもブラックすぎます!」
卓上の依頼用紙をバンバンと叩きながら抗議すると、不意にクロムさんは視線を逸らして呟いた。
「ま、ここは闇ギルドだからな。ブラックなのも当然だろ」
「いやそういうこと言ってんじゃないんですよ! 勝手に設定しておいて罰金まであるなんて酷すぎるって言ってるんです! ていうか剣の月の六日って三日後じゃないですか!? いきなりそんなこと言われても無理ですよ! それにこの依頼……」
ちらりと手元の用紙を窺う。
そしてそこに書かれている【依頼内容】――『ジャララの町の領主ヴァイスから宝剣を奪取しろ』のところを指でなぞりながら、クロムさんに問いかけた。
「単に泥棒して来いってことですよね?」
「ふむ、その通りだが」
「これのどこが僕に見合った依頼なんですか!? 突然泥棒して来いなんて言われても困りますよ!」
「ふっ、できないとは言わないんだな。やはりこれほど君に見合った闇クエストは他にないだろう。というか、闇ギルドに登録しておいて今さら何を言っているのだ? ここはそういう違法な依頼ばかりが集まる場所だと最初から知っているだろう」
「そ、それはそうなんですけど、せめて自分で選びたかったと言いますか、できるだけ健全な依頼を見つけたかったと言いますか……」
「はぁ、仕方のない奴だな」
渋る僕の様子を見たクロムさんは、呆れたようなため息を漏らした。
そしてカウンターの裏からまた何かを取り出し始める。
もしや別の新しい依頼か? 健全なやつに変更できるのか?
と、一瞬だけ期待したのだが、卓上に置かれたのは依頼用紙ではなかった。
先日、僕が闇試験で使用した中くらいの袋だ。
中には取ってきた白い薬草も入ったままで、それをこちらに見せながら彼女は言う。
「これ、なんだか覚えているか?」
「えっと、昨日僕が持ち帰ってきた薬草ですよね? それがどうかしたんですか?」
「これはただの薬草ではない。薬は薬でも”違法薬物”の一種だよ」
「はっ……?」
いほう、やくぶつ?
今度こそ何を言っているのだろうと問い詰めたくなった。
違法薬物に指定されている薬草は、採取と使用が禁じられている。
もしそれを犯して罪が明るみになった場合、冒険者ギルドに指名手配されてしまうのだ。
そして捕まれば、少なくとも十年近く地下牢に幽閉されることになる。
僕、そんなもの持って帰ってきちゃったの?
確かに不思議な薬草だとは思っていたけど、まさか違法な薬物だったなんて。
たぶん僕がやったことはバレていないだろうけど、その事実は出来上がってしまった。
闇ギルド側が情報を開示したら、僕はすぐにでも指名手配犯として名が広まってしまう。
ていうか、どうしてそんなものを取ってくるように指示を出したのか?
疑問に満ちた目を向けると、クロムさんは肩をすくめて答えた。
「闇試験の本当の目的は、試験参加者に悪事に慣れてもらうことだ。一度闇側に踏み入れさせておけば、その後の依頼も躊躇なくこなすことができるだろう? まあいわば”儀式”みたいなものだな。君はすでに一つ悪さをしてしまった。もう二つも三つも同じこと。今さら盗みの依頼に躊躇しても無駄な心配というわけさ」
「うっ……」
白い薬草を見せたのはそれが理由か。
お前はもう悪者なんだから、躊躇ってないでさっさとこの闇クエストをクリアして来いと。
やっぱり横暴だろこれ。
脅迫まがいの行為を受けて涙目になっていると、クロムさんはダメ押しとばかりに続けた。
「まあ、そんなに心配することもないさ。君に”見合った依頼”を設定したと言っただろう? 行けばわかるはずだよ。それに、君は絶対に依頼を断れない。もし放棄したらどうなるか、わかっているな?」
「ぐ、ぬぬっ……」
わからないので帰りますとはさすがに言えなかった。
しらばっくれたところで逃げられるはずもない。
もし僕がこの盗みの依頼を放棄し、闇ギルドから逃げ出したとすれば、まず間違いなくここでお尋ね者にされてしまう。
そして懸賞金でも掛けられて、闇冒険者たちが殺しに来るに決まっている。
ここならそれくらいはやりかねない。
同様に、違法薬物を持ち帰ってきた事実があるので、表社会に戻ることも不可能だ。
僕に逃げ場所はない。
僕はもう、闇ギルドで生き抜いていくしかないのである。
きっとこのための闇試験と指名制なのだろう。
闇ギルドから逃がさず、かつ強制的に仕事をさせる悪魔のシステム。
もう諦めてこの盗みの依頼を受けるしかないのか。
でもせめて、もう少し健全な依頼の方がよかったなぁ。
初めての仕事が泥棒なんて、なんかそんなの嫌だ。
そういうことをなるべくしたくなかったから、自分で依頼を選ぼうと思っていたのに、まさかの指名制。
闇ギルドにこれ以上の健全を求めても無駄かもしれないと思ったが、僕は僅かな希望を抱いて抵抗を試みた。
「で、でもやっぱり、登録したばっかりで泥棒の依頼なんて、めっちゃ不安だなぁ……なんて」
ちらりとクロム受付嬢を窺うと、彼女はなるほどといった様子で頷いた。
これはもしや依頼変更の作戦成功か?
と、期待したのだが……
「ほう、そうか。ならばその辺にいる闇冒険者でも捕まえて、一緒に行って来たらどうだ?」
「えっ?」
「確かに私も、君に期待しすぎている感が否めない。初依頼にしては少し難しいものを設定してしまった。これは君にとっても大切な依頼になると思うので、是非とも成功させてほしいと願っている。そこでだ……」
クロムさんは闇ギルド内を一望しながら続けた。
「誰かと一緒にパーティーを組んで、今回の依頼に臨むがいい。闇試験の時にも言ったが、他の者と協力することを禁止しているわけではないからな。成功率を上げるためにも仲間を集うことをおすすめする」
僕はこのとき初めて、『手段なんか選んでいられない』というクロムさんの言葉の意味を深く理解したのだった。
無理そうなら手伝ってもらえというわけだ。
そうすれば依頼が失敗して
逆に仲間を集められずに失敗が続けば、罰金が積み重なって破綻してしまう。
きっとそうなった闇冒険者も多いのではないだろうか。
だから手段なんか選んでいられない。
でも、僕が言いたいのはそういうことじゃない。
別に依頼の難易度にケチをつけているわけではなく、依頼内容そのものに不満があると言っているのだ。
だから改めてそれを伝えるために、僕は再び口を開くことにした。
「い、いや、そういうことを言ってるんじゃなく、できればもう少し簡単で健全な依頼を……」
「では、期待しているぞ。暗殺者のアサト君」
「……は、はは」
見目麗しい笑みを向けられて、僕はこの依頼を受けざるを得なかった。
期待していると言われて断りづらかったのもそうだが。
何より彼女の笑顔の奥に、何かひやりとするものを感じたからだ。
罰金よりもクロムさんの方が怖いっす。
というわけで僕は、初めての闇クエストに挑むことになった。
僕、泥棒になってきます。
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