第28話 「休息」
「ドーラの闇試験終わりましたぁ……」
気だるげな声を漏らしながら闇ギルドの中に入る。
とりあえずは無事に闇試験終了。
さすがに連続の闇クエストの後に試験の手伝いまですると、体がとても重く感じるな。
最後に魔物と戦うことになるとは思わなかったし、今日はもう泥のように眠ることにしよう。
そう思いながら早々に試験の報告を済ませようとすると……
「んっ?」
受付の様子がいつもと違うように見えた。
なんか、受付嬢さんたちが妙に慌ただしい。
おまけに闇ギルド内もいつも以上にピリピリしており、空気が張り詰めていた。
何かあったのだろうか?
疑問に思った僕は、見知った受付さんを見つけて駆け寄っていく。
「あ、あの、クロムさん?」
「えっ? あぁ、アサト君か、おかえり」
何かに追われているらしいクロムさんは、いつもより遅い反応を示した。
忙しそうで悪いのだが、声を掛けてしまったので思い切って聞いてみる。
「えっと、何かあったんですか?」
「ま、まあ、少しな。立て込んでいて申し訳ないのだが」
「い、いえ、それはいいんですけど……」
ちらりと受付内を見渡すと、他の受付さんたちもバタバタとしていた。
その疑問の視線を見て、クロムさんは慌ただしさの訳を話してくれる。
「『闇冒険者狩り』……というのを知っているか?」
「闇冒険者狩り? い、いえ、知りません」
まったくもって初耳だ。
あまり穏やかな響きではなさそうだが、それがいったいどうしたというのだろう?
「闇冒険者を狙った冒険者活動の一つで、最近特に顕著になっている。ここひと月でうちの連中が五十人近くもやられ、ちょうど今日も一人が捕まったところだ」
「そ、そんなにですか」
あまりのことに思わず目を見開いてしまう。
ひと月で闇冒険者が五十人近くも。
だから『闇冒険者狩り』というわけか。
そして今日も同様のことが発生し、闇ギルド内はその対応でバタバタしているわけか。
密かに納得していると、クロムさんは念を押すように続けてくれた。
「だから君たちも充分に気を付けたまえ。顔を隠すのを忘れるなよ」
「は、はい。わかりました」
これを聞いた後で、下手に顔を出して外をうろつけるはずもない。
いくら影が薄いからといって、絶対に見つからない保証はどこにもないのだ。
人知れず気持ちを新たにしていると、クロムさんが改まった様子で言った。
「それで、魔女ドーラの闇試験についてだったな。ただちに確認しよう」
「あっ、はい。お願いします」
闇ギルドの慌ただしさに話が逸れてしまったが、本来の目的は闇試験の報告だ。
というわけで取ってきた薬草をクロムさんに見てもらうことにする。
「うむ、確かに受け取った。これで魔女ドーラは闇試験に合格だよ。晴れて本日から闇冒険者というわけだ」
その合格発表を受けて、ドーラは嬉しさを感じさせない無表情で答えた。
「うん、わかった」
年相応にもう少し喜んだらどうなのだろうか。とも思うが、まあこいつはそういう奴なので気にしないでおく。
するとクロムさんは、合格を言い渡した直後で、何やら不安そうに眉を寄せてドーラに続けた。
「と同時に、闇冒険者狩りで狙われる一人となってしまったわけだが、せっかく合格した後で気分を落とすようなことを言ってしまい申し訳なかったな」
「いいよ別に」
「君も充分に注意してくれよ。なんだったら闇冒険者の先輩に守ってもらうのも手だからな」
クロムさんの真っ黒な瞳が、ちらりと僕を見る。
まあ、一緒に闇試験まで受けて合格させてやったのだから、すぐに捕まるようでは僕の苦労も水の泡となってしまう。
少しくらいなら守ってやってもいいかもしれないな。
なんて言い訳がましく思っていると、不意にクロムさんの意味深な視線を感じた。
それを気恥ずかしく思った僕は、早々にこの場を後にしようとする。
「そ、それでは、僕たちはこれで」
「あぁ、バタバタしていて悪かったな。今日はもうゆっくりと休むがいい。それと繰り返しになるが、くれぐれも気を付けるようにな」
そう言い交わし、僕らは闇ギルドから退出したのだった。
――――――――――
「さてと、それじゃあここで解散としますか。みんなお疲れ様」
「はい、お疲れ様です」
ギルドを出た直後。
リスカとドーラと共に裏路地で顔を見合わせ、解散を宣言する。
長かったパーティー行動も、ここでいったん一区切りだ。
久々に一人の時間が訪れる。
そう思って仲間たちと別れようとすると、不意に誰かに服の裾を掴まれた。
振り返るとそこには、とんがり帽子に紫のローブを着た、幼い少女が立っていた。
「んっ? なんだよドーラ?」
「私もアサトと同じところに泊まる」
「「えっ!?」」
これには思わず、背中を向けていたリスカも驚愕して振り返った。
僕と同じところに泊まる? なぜ?
「私、まだここに来たばかりで、宿の場所とかも知らないし。それに闇冒険者になったばかりだから、お金もないし」
「ま、まあ、そりゃそうか」
試験に合格したのはついさっき。
まだ依頼を一つも達成していないのである。
おまけに魔女誘拐クエストの報酬も、宣言通り彼女には渡していないし、森暮らしをしていて小遣いもないはずだ。
だから僕と一緒のところに泊まると。
「……じゃ、じゃあ、しょうがないから一緒に」
「ちょ、ちょっとストップです!」
「……?」
妥協してドーラの提案を了承しようとすると、なぜかリスカに激しく止められた。
よくよく見ると、彼女の頬が僅かに赤らんでいる。
「ど、どうしたのリスカ?」
「いや、どうしたもこうしたもありませんよ! 何を簡単に了承しようとしているんですか!? というかドーラさん!」
「……? なに?」
「いや、何って、その……」
どういうわけか、急にしおらしくなったリスカは、しばしもじもじと身をよじる。
やがて意を決したように顔を引き締めると、いまだに頬が染まったままドーラに問いただした。
「お、男の人と女の人が同じ宿部屋に泊まるというのが、どういう意味かわかっていますか?」
「……?」
「いやリスカ、子供にそんなこと言っても……」
確かにそれは懸念すべき問題ではある。
しかし相手はまだ子供なのだ。
そんなことを気にする歳ではないし、何よりドーラだって気には留めていないように見える。
だから別に大丈夫なんじゃ……と思っていると、大丈夫じゃない要素がまさかの提案者の方から言い渡された。
「私はもう子供じゃない。立派な大人」
「へぇ、じゃあ歳いくつ? 僕はもう十五歳だけど、ドーラは十二歳くらい?」
「十五」
「……」
……まさかの同い年。
かなり衝撃的な事実だ。
てっきりニ、三歳ほど年下……下手したら五歳も下の少女かと思っていたのだが、まさかこのなりで成人として認められる十五歳だとは。
世の中は広いな。
なんて益体もないことを思っていると、ドーラの歳を知ったリスカがさらに激昂した。
「ほ、ほら見たことですか! 成人として認められる男女が、”好きでもない”のに同じ宿部屋なんて言語道断です! 私が泊まっている宿なら闇冒険者にも理解があるので問題はありませんし、そちらに行きま……」
と、新しくリスカが提案しようとしたのだが……
これまたドーラが表情を一切変えずに、びっくりな発言をした。
「私はアサトのこと好きだよ」
「…………はいっ?」
十五と聞いた時と同じく耳を疑ってしまう。
好き? 好きとはこれいかに?
その言葉の意味も当然わからなかったのだが、それよりもどうしてこいつは、リスカが至って健全な意見を掲げた直後で、波風が立つようなことを平気で口にしてしまうのか。
その突風と大波が誰に直撃するのかわかってないのか。
心中で呆れた声を零しながら、僕はドーラに問いかけた。
「いや、好きってお前、それどういう意味で言ってるの?」
「どういう意味って、そんなのもわからないなんてアサトは脳みそがないんじゃないの。今どき赤ちゃんでも好き嫌いははっきりしてるよ」
「……お前なぁ」
会った時から変わらぬ毒舌が僕の心をえぐってくる。
ドーラの奴、本当に食った毒がそのまま悪態となって口から出てるんじゃないのか?
なんてくだらないことを思っていると、不意に彼女は僅かに目を細め、好きの意味を明確にした。
「好きっていうのは、ずっと一緒にいたいとかそういうことだよ。アサトと喋るの楽しいし、私のこと色々と助けてくれるし。最初はキモイロリコン変質者だと思ってたけど……」
「おい」
「一緒にいるうちに、なんかちょっとずつ変わってきて。私のこと誘拐しなくちゃいけないのに、優しく話しかけてくれたり、闇冒険者なのに冒険者のこと助けるし。それに、私はほら……」
言いかけ、真剣な眼差しで僕を見上げて続きを述べた。
「”毒物”が好きだから」
「……それは遠回しに僕を毒物だと揶揄しているのか?」
好きってそういうことじゃないでしょ。
ていうか誰が毒物だ。むしろよく回る毒舌を持っているドーラの方が毒だろ。
そう思いながら僕は、改めてこいつとなら別に何かが起こるわけもないと確信して密かに安堵する。
どうせ同じ宿部屋になったところで、こうして悪態をつき合いながら喧嘩して終わりなんだから。
だから別に同じところに泊まっても……と気楽に考えていると、またしても横からリスカが割り込んできた。
「と、とにかく、ダメなものはダメなのです! クロムさんが言っていた『闇冒険者狩り』の件もありますし、今夜は三人で身を守り合いながら、一緒の宿部屋に泊まることにしましょう!」
「……」
……まあ、それもそうかもしれない。
いやむしろ、現状ではもっともな意見だと言える。
そういえばクロムさんからそんな話を聞いていたんだった。
闇冒険者を狙った冒険者活動の一つ――『闇冒険者狩り』。
当然それには僕らも標的として数えられていて、いつ強襲を受けるか定かではない。
となるとこの三人で固まって身を守り合うのが利口な選択と言える。
リスカのごもっともな意見を聞いて、僕とドーラも深く納得した。
そうして理由を与えられた僕は、女子二人と共に同じ宿屋に向かうことになった。
まあもちろん、特に何かがあるわけでもなく、僕らは健全的に男女で寝床を分けて、一夜を過ごすことになった。
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