第33話 「暗殺者の意味」

 

 こちらが短剣を抜き出すのと同時に、ルークディアも腰の長剣を抜刀する。

 互いに刃の先端を向け合いながらしばし無言で対峙していると、ふと森の中に微弱な風が吹いた。

 僕らの間に緊張が走る。

 そして先に動いたのは、意外なことに僕の方だった。

 存在感を薄めるようにして息を殺す。


「あっ?」


『暗殺者』が持つスキルの一つ『隠密』。

 それで姿を完全に消すと、眼前のルークディアは怪訝そうに眉を寄せた。

 その隙に僕は、密やかに奴に近づいていく。

 これで一気に終わらせてやる。

 そう思っていたのだが……


「……へぇ、なるほどな」


 不意にルークディアが笑った。


「『エアロブラスト』!」


 次いで奴は剣を持っていない左の方の手を上空に掲げると、そこから鋭利な風を巻き起こした。

 それは森に散在している木々の葉を、何十、何百枚と落とし、地面を木の葉だらけにした。

 その内の数枚が僕の足元にも落ち、ガサガサッと音を立てながら葉が動く。

 

「……そこか」


 またしてもルークディアの口許が緩み、掲げていた左手を今度は的確にこちらに向けてきた。


「『フレイムショット』!」


 瞬間、手の平から炎の弾が射出される。

 それを目にした僕は、隠密状態ゆえに激しい動きを避けたいところであったが、さすがにこの場面で躊躇はしてられないと大きく横に飛んだ。

 先刻よりも激しく地面の木の葉が舞う。

 いまだに隠密状態は解けていないが、今のでまたしても奴に居場所がバレてしまった。

 ニヤリとした不気味な笑顔を、正確にこちらに向けてくる。


「隠れたって無駄だぜ、”暗殺者”さんよ」


「――ッ!?」


 予想外の発言に、思わず僕は息を呑んでしまう。

 今、確かにこいつは、僕のことを『暗殺者』と呼んだ。

 密かに尾行をして、奴らの後を追っていたことから来た揶揄ではないだろう。

 間違いなく、天職についての暗殺者のことを指している。

 堪らずに僕は隠密状態を解き、姿を現して問いかけた。


「どうして僕の天職を知っているんだ?」


 額に冷や汗を滲ませながら尋ねると、ルークディアはこちらの動揺を察したように返答した。


「別に驚くことはねぇだろうがよぉ。完全に姿を消すスキルを持ってる天職なんてそうねえだろうし、何よりちょっと前に『暗殺者』のガキが冒険者試験を受けに来てたって話もあるしな。闇ギルドに勧誘されて、そっちに行ってる可能性もあるだろうなって思っただけだ」


「……」


 ……案外鋭いな。

 確かに言われてみれば、冒険者試験を受けた時に天職そのものは公開してしまった。

 そこから僕が暗殺者と導き出すことはそこまで難しいことじゃない。

『隠密』のスキルを惜しまず全面的に活用しているし、バレるのは時間の問題だったのかも。

 こちらの素性が割れてしまったのなら、もう仕方がない。

 隠れるのはやめにして、正面から叩き潰してやる。

 という意思を持って再びナイフを構えると、奴は愉快そうに笑みを深めた。


「いいねいいねぇ、そうこなくっちゃなぁ。じゃねえと痛めつけ甲斐がねえってもんだ」


 そして僕らは同時に飛び出し、刃を打ち付け合った。

 長剣と短剣による響音が森の中に広がる。

 真正面から斬り結んではこちらのナイフが折られる危険があるので、僕はなるべく敵の剣をいなすように防御していく。

 対して奴は剣のリーチを生かしながら、前のめりで攻めてくる。

 単純な戦闘能力はほぼ互角といったところだろうか。

 

 剣捌きが達者なところを見るに、おそらく奴の天職は戦闘系のもの。

 そして魔法を使っていたことから、『魔法戦士』あたりではないかと考えられる。

 さすがに一級冒険者なだけあって、天職は一級のものを所持しているみたいだ。

 僕の『暗殺者』の天職も希少性を評価対象に含めるなら、充分上級のものと言ってもいいのかもしれないが、姿を現してしまった時点でその優位性は失われてしまっている。

 容易くルークディアを倒すことはできないだろう。

 

 しばし剣戟が続き、両者とも攻めあぐねるという状況が長引く。

 するとそんな中、先に隙を見せることになったのはルークディアの方だった。

 不意に僕は眼下に広がる景色に意識が向く。

 奴が『隠密』スキルの対策として撒いた”落ち葉”たち。

 僕はその山を素早く蹴り上げ、ルークディアの視界を遮った。


「ちっ!」


 その隙に僕は奴の懐まで潜り込み、首筋に短剣を突き出す。

 完全に意表を突いた致命の一撃。

 入った! と密かに確信を得た僕だったが、ルークディアは寸前でこちらの殺気を察し、素早く首を横に倒した。

 ナイフは僅かに奴の首横を通過していく。

 我ながら完璧な一撃だと思ったのだが、凄まじい反応速度を見せられ、微かに傷を与える程度となってしまった。

 すかさず互いに後退し、奴は首の掠り傷を指でなぞりながらふっと微笑む。


「いいねぇ、その迷いのない一撃。さすがは暗殺者って言ったところか」


 額に僅かに青筋が立っているのを見ると、癪ながらも称賛してくれているのがわかる。

 だからといって別に嬉しくもなんともなく、僕は鋭い視線を向けながら黙って佇んでいた。

 すると奴は、不意に肩をすくめると、称賛に続いて疑問を飛ばしてきた。


「だが俺はてっきり、てめえみたいなガキは”人を殺す”のが怖くて何もできねえかと思ってたんだけどな。それは俺の見当違いだったか?」


 突然の問いに、つい僕は眉を寄せてしまう。

 戦闘中に唐突に投げかけられたので、一瞬質問なのかすら判断がつかなかった。

 何かの作戦なのだろうか? それともただお喋りなだけなのか?

 どちらにしろ返答を渋るのはなんだか負けた気持ちになると思い、僕は質問に対する答えを述べた。


「いいや、僕も少し前まではそのつもりだったよ。『暗殺者』なんて天職を持ってるけど、人殺しなんてしたことないし、すると考えただけで足が竦んでいた。理由がなければ悪さすらしたくないって、今でも思っている」


 次いで僕はかぶりを振りながら続けた。


「でも、今だけはそんな躊躇いもまるで感じない。お前みたいな悪党を相手にするのに、理由なんて特にいらないみたいだからな」


 そう、僕にとってこいつは悪党そのもの。

 そして悪党を相手にすることは、別段抵抗のあるものではないのだ。

 まるでそれは、宝剣奪取の際に領主の事情について知ってしまったみたいに。

 いまだに殺しそのものに苦手意識はあるものの、こいつの本性を見たことでその気持ちは少しずつ薄くなってる気がする。

 僕は自分でも思っていた以上に冷たい奴だったのかもしれないな。

 なんて人知れず思っていると、不意にルークディアの顔に憤怒がチラついた。


「はっ? 悪党? まさかそれって俺のこと言ってんのか?」


「……?」


「さっきも言ったみたいに、俺が闇冒険者を痛めつけてんのは間違いなく“正当”なことなんだよ。なぜなら俺は『冒険者』で、お前らは『闇冒険者』なんだからな。この立場が変わらねえ以上、誰がどう見ても正しいのは俺の方だ」


 悪党呼ばわりされたことが気に食わなかったらしい。

 余裕の表情を僅かに崩した奴は、続けて僕を罵倒した。


「それなのに闇冒険者ごときお前が、冒険者であるこの俺のことを悪党呼ばわりだと? 寝ぼけてんじゃねえぞこのクソ犯罪者が。悪党は間違いなくお前らの方だろうが」


 次いで指を立てて数えるように続ける。


「領主の館から宝剣を盗み出したり、力の暴走によって無差別に人を傷つけたり、立ち入り禁止区域の森を占領したり。こういうことをする連中、てめえや狂戦士リスカや魔女ドーラのことを、世間一般では悪党って呼ぶんだよ」


 今度はこちらが眉をビクつかせる番だった。

 僕らの悪事が思った以上に明るみになっていることにももちろん驚きはしたが、それ以上に大切な仲間を悪党呼ばわりされたことに、僕は静かな怒りを抱いてしまった。

 確かに世間一般で見れば、僕たちは立派な悪党なのだろう。

 闇冒険者として違法な依頼を受けているのだから、それは当然認めざるを得ない。

 だが……


「そんな連中に罰を与えて何が悪い? どこが悪党なのか教えてくれよ真の悪党さんよぉ? 俺はこれからもこの活動を続けていく。闇冒険者を狩って、捕まえて、そして等しく罰を与えていってやるよ」


 闇冒険者の人たちにも、それぞれ事情というものがあるのだ。

 天職のせいで他の仕事に就けない人がいたり、闇ギルド以外に居場所がない人がいたり。

 それらの事情も知らずに、ただ一方的に悪だと決めつけられるのはとても不愉快だ。

 僕の仲間たちはみんな良い子で、ただ自分に真っ直ぐで……


「もちろんてめえも狂戦士も魔女も同じ”練習台”にしてやるからよ。せいぜい楽しみにしておけよこの悪党」


 それなのに正当側である冒険者に悪党であることを強要されている。

 彼女たちのことを何も知らないくせに、自分勝手に悪を押し付けるな。

 自分の欲望のためだけに、彼女たちにそのゲスな目を向けるな。

 彼女たちは故意に誰かを傷つけたことは一度もない。

 ただ天職が不遇だっただけで、それ以外は本当に普通の優しい女の子たち。


「いったいあいつらはどんな声で叫ぶんだろうな。どんな泣きっ面を見せてくれるんだろうな。仲間としててめえも楽しみじゃねえか? おい?」


 こいつのしていること、考えていることはすべて間違っている。

 故意に誰かを傷つけているこいつの方が、よっぽど悪党だ。

 その悪党が大切な仲間たちに下劣な行いをしようとしているのが、どうしても許せない。


「……だまれよ」


「あっ?」


「お前がムカつく奴だってことは充分にわかったから、もうだまれ」


 細めた目をルークディアに向ける。

 先刻よりも一層手に力を入れながら、安物の短剣をぎゅっと握りしめて、僕は怒りに打ち震えた。

 ルークディア、やはりこいつは野放しにしてはいけない人間だ。

 闇冒険者さんを魔法の練習台にしていた時から感じていたことだが、先ほどからの言動を見てさらにその気持ちが強くなった。

 そして何より、僕の大切な仲間にも牙を剥こうとしている。

 

 これはとても許されることではない。

 だから僕がここで、奴を倒さなければならないのだ。

 いいや、倒すとか終わらせるとか、そんな曖昧な言葉で誤魔化すのはもうやめにしよう。

 明言するんだ。自分では無理だと思っていた、これ以上ないほど悪党な台詞を。


「僕はお前を”殺す”。殺されない程度に痛めつけられて終わりなんて甘ったるい考えは、今すぐに捨てておけ」


 今、わかった。

 僕が『暗殺者』の天職を授かった理由。

 女神様が僕に『暗殺者』の天職を授けた本当の意味。

 それは……


 ――クソムカつく奴が目の前に現れたら、何がなんでもぶっ殺したくなるみたいだ。

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