第34話 「殺し」

 

「てめえが俺を殺す? 無理に決まってんだろこのクソガキが。正義は必ず勝つって知らねえのかよ?」


 こちらの台詞に対して、明らかに怒りの感情を露わにするルークディア。

 舐められたことが気に食わなかったらしい。

 それでも僕は細めた目を向け続け、再び明確な言葉を紡いだ。


「もう出し惜しみは無しだ。全力でお前を殺してやる」


 暗殺クエストのため、大切な仲間のため。

 何より、自分でもいまだに感じたことのない、この怒りの感情のために。

 僕は短剣を力強く握り、鋭い視線と共に刃先をルークディアに向けた。

 それに対して奴も同じく剣を構え、いつでも迎撃できる準備を整える。

 このまま突っ込んでもいいのだが、それだと先ほど同様長い剣戟が繰り返されるだけだ。

 だから僕は一層ルークディアを睨む目つきを鋭くし、わかりやすい”殺意”を放った。

 すると……


「うっ……!」


 突如として奴は、息が詰まったかのように顔をしかめた。

 それを確認した僕は、すかさず地面を蹴ってルークディアに肉薄する。

『暗殺者』が持つスキルの一つ――『殺気』。

 強烈な殺意を視線に込めて送り、敵の動きを数瞬だけ停止させる技。

 一見使い道が限定されそうな不便なスキルかと思われるが、暗殺者にとってこのスキルはなければならないものだ。

 普通暗殺といったら敵に気付かれずに殺しを遂行することを指す。

 しかし今回みたいに敵に姿を確認された上で戦闘が開始されてしまったら、もはやそれは暗殺とは呼べなくなる。

 それでも戦い、相手を殺さなければならない状況で、このスキルは真の力を発揮する。

 

 敵を強制的に硬直させる技。

 その一瞬の隙さえ作れれば、正面からでも殺すのは容易い。

 そう思って直進したところ、ルークディアはまたしても驚くべき行動をとった。

 無造作に下げられていたはずの左手を、いつの間にかこちらに向け、なんとそこからノーモーションで火の球を放ってきた。

 僕は咄嗟に横に飛ぶ。

 直撃は免れたものの、微かにその熱気に頬を撫でられ、思わず顔をしかめてしまった。

 その間に『殺気』スキルによる硬直が解け、ルークディアは詰まっていた息を吐き出す。

 体が固まる直前、嫌な気配を察知して魔法の準備を整えていたみたいだ。

 やはり腐っても一級冒険者らしいな。


「……んだよ、今の攻撃は? てめえいったい何しやがった?」


 ルークディアはスキルによる硬直を受け、ますます怒りを露わにしている。

 そしてそれを体現するかのように、再び左手をこちらに向けてきた。


「ちっ! 『エアロブラスト』!」


 鋭利な突風が僕を切り裂くべく吹いてくる。

 おまけに地面の落ち葉も大量に巻き込んで、目の前に葉のカーテンが出来上がった。

 僕の目を見ないための細工だろうか。

 確かにそれなら先ほどの『殺気』スキルは通用しなくなるが、しかしこちらから目を逸らし、足元の木の葉もなくなった今、今度は『隠密』スキルの使用が可能になる。

 だから僕はルークディアの視線から外れたその一瞬に、『隠密』スキルで姿を消した。

 突風も難なくやり過ごすと、後に残ったのはルークディアたった一人となった。


「くそがっ! さっきから小賢しいんだよ!」


 僕を見失い、視線を彷徨わせながら怒声を上げる。

 この隙に今度こそ……

 そう思って密かに近づいていくが、不意に奴は長剣を構えた。


「こうなったら……!」


 呟いた彼は、突然その長剣で辺りの植物に斬りかかり始める。

 茂みも花も木々の枝も片っ端から斬り刻んでいき、それらを地面に撒いていった。

 これにはさすがに顔をしかめざるを得ない。

 おそらくこれは、僕を見つけるための目印だ。

 落ち葉を吹き飛ばしてしまった今、隠密状態の僕を見つけることは困難。

 となれば次の指標が必要になってくる。

 そこで奴が目を付けたのが、周囲に生えている自然の物だ。

 

 何の罪もない花や草たちが、自分のせいで刈り取られていく様子というのは見ていて気持ちのいいものではない。

 闇冒険者が何を言っているのかと自分でも呆れてしまうが、これでもまだ新人の部類に入るのだ。

 命が掛かった殺し合いとはいえ、僕はとても黙って見守ってはいられず、つい隠密状態を解除してしまう。

 そしていまだに花たちを傷つけているルークディアに、不意に声を掛けた。


「冒険者っていうのは、無闇やたらに植物を傷つけるのも仕事の一つなのか?」


 自分でも思った以上に声が震えていることに気が付く。

 自分のせいで植物が傷つけられただけで、僕はここまで怒ることができたのか。

 いや、もしかしたら相手がルークディアだからなのかもしれない。

 すると奴はようやく姿を現した僕を見て、呆れたように口を開いた。


「皮肉のつもりか何か知らねえが、所詮闇冒険者のてめえが正論振りかざしたところで何の重みもねえっつーの。つーか何を今さら善人ぶってやがんだこの犯罪者が」


 ルークディアは吐き捨てるように罵倒してくる。

 次いで奴は改めて誰かに示すように続けた。


「繰り返し言うようだが、俺は『冒険者』でてめえは『闇冒険者』だ。この立場が変わらねえ以上、てめえが正しいことなんて一つもねえよ」


「じゃあ、今していたことは正しいことなのか? 自然の物を派手に傷つけて……」


「あぁ、正しいことに決まってんだろ。これだって仕方のねえ犠牲だ。てめえがちょろちょろ逃げ回ったりしなかったら、こんなことにはなってなかったんだよ」


 決して譲る気はないみたいだ。

 自分は冒険者だから何をしても正しい。

 そして僕は闇冒険者だから何をしても間違っている。

 その考え自体が間違いだと言い返したいけれど、きっとそれも間違っていると一方的に否定されてしまうだろう。

 だから僕は、奴自身に間違っていることを自覚させるために、この戦闘に無関係な問いかけをルークディアにした。


「……ならもし、目の前にいる犯罪者が、子供を人質にとって逃げたとしたら、お前はいったいどうするつもりだ?」


「……?」


 あまりに唐突な質問に、さすがのルークディアも疑問符を浮かべている。

 僕自身もいったい何を聞いているのかと、言葉にしてから不思議に思ってしまった。

 こんな質問に意味はあるのだろうか?

 僕はどんな答えを期待しているのだろうか?

 なんて人知れず自問を繰り返していると、意外なことにルークディアから、問いに対する答えがすぐに返ってきた。


「時と場合によるとしか答えようのねえ質問だな」


「……時と場合?」


「周りの目があったら人質を優先する。なけりゃ”見殺し”にして犯罪者をとっ捕まえる。これが一番楽な方法だろ」


「――ッ!?」


 あまりに信じ難い答えに、思わず僕は目を見開いて驚愕してしまった。

 こいつなら言いかねないことだとは思っていた。

 でもまさか、ほとんど考える時間も空けずに、その答えを返してくるなんて、予想外にもほどがある。

 僕はしばし驚愕による硬直を強いられて、それが解けるや否や、声を震わせながら再び問いかけた。


「本気で言ってるのかそれ」


「いやいや、本気も何もこれが一番確実で手っ取り早い方法だろ。他に何か答えでもあるっていうのか?」


「……」


 自分の答えにまるで疑いを持っていない様子だった。

 本気も何も、それ以外の答えが本当に存在していないように考えているらしい。

 たった一つの質問で、こいつがどんな人間なのかはっきりとわかってしまった。

 これが、一級冒険者のルークディアという男。

 僕が心の底から憧れていた――冒険者。


「……それでも冒険者なのかお前」


「悪いがこれでも冒険者だよ。てめえがなれなくて俺がなれた、死ぬほどくっだらねえ職業だよ」


 ルークディアはその頬に不気味な笑みを乗せ、僕に挑発的な目を向けてくる。

 僕はそんな奴の意思を受け、どこか裏切られたような気持ちになってしまった。

 きっと僕は、さっきの質問で今一度確かめたかったのかもしれない。

 僕が本来目指していた冒険者という存在は、みんな誰からも尊敬されるようなかけがえのないものだと。

 ルークディアのゲスな思考が、僕だけに見せている偽りの仮面なのだと。

 でも、そんなことは全然なかったみたいだ。

 正真正銘、これこそが一級冒険者のルークディアという男。

 目の前で子供が人質にとられたとしても、見殺しにするのが楽な道ならそちらを選んでしまう、非道で残忍な人間。

 奴がもし僕が信じたとおりの冒険者だったのならば、殺す以外の解決法があったかもしれないのに。

 でも、そんな気遣いは、所詮無駄なものだったのだ。


「はぁ……もういいよ、お前」


「あっ?」


 ぼそりと呟かれた低い声。

 自分でも驚くほど低く擦れたその声に、ルークディアは怪訝そうに眉を寄せた。

 瞬間、僕は目を細めて奴を睨みつける。

 すると先刻と同じく、目を合わせてしまったルークディアは石のように固まってしまった。


「うっ、くそっ!」


 敵に強烈な殺意を送ることで体を硬直させるスキル――『殺気』。

 完璧にそのスキルが決まった直後、僕は短剣を握りしめて一気に肉薄した。

 しかし、今度もまた奴は予想していたのか、僅かに左手をこちらに向けていた。

 そこから先刻よりも大きな火の玉を放ってくる。

 絶妙なタイミングの迎撃。

 だが僕は、それを左腕で弾きながら足を止めることはせず、一直線にルークディアに向かって走り続けた。

 火傷の痛みなんて関係ない。僕はこいつを、絶対に許さない。


「はあぁぁぁぁぁ!!!」


 ずぶり……と、鈍い音が静かに鳴った。

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