第30話 「暗殺クエスト」

 

 一級冒険者、ルークディアの暗殺。

 現在、闇冒険者狩りという闇冒険者を集中的に狙った冒険者活動が、非常に活発化している。

 その主導者として疑いを掛けられたルークディアは、今回闇ギルドの暗殺の対象になってしまった。

 そのために僕は、彼の暗殺クエストを設定されたのだが……


「暗殺かぁ……」


 これからいったいどうしたものか。

 闇ギルドを後にしてからというもの、足取りが重い。

 クロムさんにかっこいいことを言った後で大変情けない話なのだが、やはり気は進まないものだ。

 これから善良な一般冒険者を、闇ギルド側の都合だけで殺しに行くのか。

 そう考えるだけで仕事に向かう足は鈍くなり、気持ちも次第に暗くなっていく。

 そうやってうじうじと悩んでいると、不意に後方からリスカの声が聞こえてきた。


「大丈夫ですよアサトさん」


「……?」


 振り返ると、若干顔を強張らせたリスカがいた。

 彼女はぐっと握り拳を作って僕に言う。


「い、いざとなれば私が、狂人化のスキルを使って対象者を殺しますから。ですからそんなに心配しないでください。アサトさんのためなら私、見知らぬ誰かを殺すのだって躊躇しません」


「あっ、いや、そこまでしてくれなくても……」


 その気持ちだけで充分……というか、そこまで重たい気持ちはいらないんだけど。

 いやそれ以前に、リスカだって僕と同じように手が震えているではないか。

 たぶんこの様子じゃ、彼女にも殺しは無理かな。

 いくら狂戦士として狂行を繰り返してきたからといって、好きで人を傷つけたことは一度もないはずだ。殺しだってしたこともないだろう。

 ていうか女の子に殺しの肩代わりをさせるだなんて、男のプライドが許さない。同様の理由でドーラにも任せられないな。

 手を汚すのは、僕一人だけで充分だ。

 だからリスカの提案をそれとなく断りつつ、とりあえず暗殺の対象者であるルークディアを探すために、僕らは冒険者ギルドに向かうことにした。




 隠密スキルで姿を消し、冒険者ギルドに忍び込む。

 三人同時に共有するのは初めてだったが、スキルは期待通り効果を発揮してくれた。

 傍から見たら女子二人と手をつないでいるように見えてしまうが、まあ傍からは見えないので気にしないことにする。

 ギルドに潜入すると、僕らは屋内の端っこで体を小さくした。

 闇冒険者なので、冒険者には狙われる身。自然、この状況には緊張してしまう。

 しかし使命を果たすために対象者の姿を探すと、酒場の一席に見知った顔を見つけた。


「確か、あの方でしたよね?」


「うん、間違いないと思うよ」


 リスカと共に確認を取り合う。

 長い青コートを着用している、黒髪短髪の青年冒険者。

 席の傍らには、以前にも見た長剣が立てかけられていた。

 間違いない。ドーラを誘拐する時に遭遇した、冒険者集団の指揮を執っていた一級冒険者だ。

 名前は――ルークディア。


「あの人を、これから……」


 ……僕が殺す。

 ギルドの傍らで、僕は密かに歯を食いしばった。

 対象の姿を目にしたせいで、余計に躊躇いを増幅させていると、彼が腰掛ける席に二人の男性冒険者がやってきた。

 片方は小さな杖を持った魔法使いらしき冒険者。もう片方は巨大な斧を背負った戦士らしき冒険者。

 ルークディアのパーティーメンバーなのだろうか?

 おそらく依頼の報告に行ってきたのであろう二人は、席に戻ってくるやルークディアに声を掛けた。


「ルーさん、今日の討伐もお疲れ様でした」


「クエの報告行ってきたっす」


「おぉ、お疲れ」


 とても親しげに話を始めた彼らは、席についてお酒のグラスを打ち付け合った。

 早くも頬を赤くした三人は、いかにも冒険者らしい会話を繰り広げる。


「いやぁ、相変わらずすごかったっすねルーさん。Aランクの魔物をあっさりと倒しちゃうなんて」


「いやいや、そんなことねえっての。お前たちが一緒に来てくれたから倒せたんだよ。俺一人だけだったら絶対に食い殺されてたっつーの」


「またまたご謙遜を」


 あははと笑い声が飛び交う。

 闇ギルドでは到底望めない光景だった。

 続いて魔法使いらしき人が、穏やかな声でルークディアに言う。


「でもこれで、一般の人たちも安心してあの森を通れるようになりますよね」


「あぁ。そのために俺たち冒険者が頼られたんだからな。しっかりと期待に応えて、町の人たちの不安を取り除いてやらないと」


 ルークディアはそう言って、爽やかな笑みを浮かべた。

 それを受けた仲間たちは、その笑みが移ったかのように表情を輝かせる。

 対してギルドの隅からその景色を見ていた僕は、改めて暗殺クエストについて躊躇いを覚えてしまった。


「あ、あんな人、やっぱり殺せないよ」


 町の人たちのために魔物討伐を行い。

 仲間たちにも尊敬されている善良な冒険者。

 そんな暗殺対象の日常風景を見てしまったら、とても殺す覚悟なんて湧いてくるはずがない。

 何よりあれは僕が憧れていた光景であり、今でも思い焦がれていることなのだ。

 それを暗殺という形で奪うなんて、僕にできるはずがない。

 と、長々と思い悩んでいると、いつの間にか彼らは打ち上げを終え、席を立ちあがっていた。

 これからどこかに行くつもりなのだろうか?


「と、とりあえず追いかけなくちゃ」


 僕は急いでリスカとドーラの手を引いて後を追いかけ始める。

 後をつけたところで殺せるかどうかはわからないが、今はとにかく見失うわけにはいかない。

 そもそもこんな場所で殺しなんてできないし、最初から場所を移す必要はあったのだ。

 なんて言い訳がましい思いを抱きながら、僕らはルークディアの後を追って冒険者ギルドを後にした。




 ルークディアたちは、依頼の報告と打ち上げを終えた後、武具のメンテナンスと買い物をしていた。

 クエスト帰りの冒険者にとっては一連の流れになっているのだろう。

 対して僕は、そんな彼らの姿を遠くから眺めるだけで、いまだに踏ん切りがつけずにいた。

 ただ、時間だけが悪戯に過ぎていく。

 そして、いよいよルークディアたちが町の外に出て、茂みの中に入っていくのを追いかけていると、リスカが心配そうな表情で僕に聞いてきた。


「まだ、殺す覚悟は決まりませんか?」


 隣を向きつつ、僕は冷や汗を滲ませて答える。


「ご、ごめん、もうちょっと……」


 いまだに決心はつかずにいた。

 するとリスカは、僕のことを責めることはなく、安心させてくれるように微笑んだ。


「気にしないでください。アサトさんのタイミングで大丈夫ですからね」


「……」


 そう言ってもらえるのは、確かにすごく助かる。

 けれど、そう言わせてしまっているのがなんだか申し訳ない。

 ついて来てくれている二人のためにも、早めに覚悟を決めないと。

 改めてそうは思うものの、やはりこればかりは易々と行かない。

 そうして躊躇いを続けているうちに、茂みの中も薄暗くなってきて、リスカが空を見上げながら提案してきた。


「アサトさんの気持ちが決まるまで、私たちはいつまでも待つつもりですが、しかしそろそろ日も傾いてきましたし、ここはいったん闇ギルドに戻ってクロムさんに相談した方がいいかもしれませんね」


 ……確かにそうした方が良さそうだ。

 今日はもう暗殺することができない気がする。

 どうやらルークディアたちは、茂みの中に自前の馬車を留めているそうで、現在はその場所に向かっている最中と思われる。

 暗殺をするには絶好の場所となりつつあるが、依然として心の問題が解決していない。

 このまま無為にあの人たちを追いかけ回して、時間を潰すよりかは一度クロムさんに相談した方が良さそうだ。

 僕はリスカからの提案を受けて、申し訳ないが頷きを返した。


「そ、そうだね。リスカの言うとおり、一度闇ギルドに戻ることにしよう。二人にはここまで付き合ってもらって、本当に申し訳ないんだけど……」


「いえいえ、全然気にしないでください」


「そうそう」


 リスカとドーラは励ましの受け答えをしてくれる。

 そんな二人のためにも絶対に依頼を成功させなきゃいけないんだけど……


「……僕には、まだ少しだけ早かった。それに、殺す前にその人の日常風景を見ちゃったから、余計に躊躇いが大きくなっちゃって。おまけに、『闇冒険者狩り』を主導してるって話だったけど、そんな様子もなさそうだし」


 ちらりと前方のルークディアを一瞥する。

 今回の暗殺クエストが発行されたのは、彼が闇冒険者狩りを主導している疑いがあったからだ。

 でも、全然そんな気配もないし、これではますます殺すことができなくなるじゃないか。

 理由もなくなってしまえば、暗殺のための心構えをするのはもはや不可能と言える。

 僕にあの人は殺せない。殺す理由が見つからない。

 だから僕は一度暗殺を諦めて、彼らに背中を向けようとした。

 ――その時。


「あっ、ちょっと待った」


「……?」


 不意にドーラが僕の手を引っ張った。

 僕は首を傾げながら彼女に視線を移す。

 するとドーラは前方を指差し、そちらを見るように指示を送ってきた。

 見るとそこには、ルークディアたちのものと思われる馬車が留まっていた。

 どうやら彼らの目的地に到着したらしい。

 でも、それがいったいどうしたのだろう? と疑問に思いながらルークディアたちを窺っていると……


「えっ? なんだ……あれ?」


 どういうわけだろうか。

 彼らの持つ馬車の中から、手足を拘束された女性が出てきた。

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