第2話 「暗殺者」
「くそぉ、なんでこんなことに……」
ギルドから飛び出した直後。
僕は町の裏路地に入って、トボトボと当てもなく彷徨っていた。
冒険者試験に落ちたせいで、落ち込み具合が半端ではない。
冒険者は昔からの夢だったのだ。
小さい頃に見た、仲睦まじく旅をする冒険者パーティー。
いつか僕も、あんな素敵な仲間たちと出会って旅をしたい。
そしていずれは一級冒険者たちの仲間入りを果たして、お金をがっぽがっぽ稼ぎたいと思っていたのだ。
ここだけの話、冒険者はかなり儲かる。
とある孤児だった少年がたまたま『勇者』の天職を持っていて、冒険者になったのを機に瞬く間に英雄として大成したというのはそこそこ有名な話だ。
だから僕も、十五になったのを機に田舎村を飛び出して、冒険者試験を受けることにした。
それなのに『暗殺者』の天職のせいで落とされるだなんて思ってもみなかったな。
自分でも不謹慎な天職だと思ったことはある。だけど冒険者ギルドはそこら辺は寛容だと思っていた。
あの様子じゃ、他の冒険者ギルドでも同じように落とされちゃうな。
僕の天職が暗殺者と見ただけで、みんなあんな風に邪険にしてくると思う。
僕は昔からの夢だった冒険者には決してなれないのだ。
「ホント、僕が何したっていうんだよ」
いまだに不合格に納得がいかず、僕は愚痴りながら裏路地を歩く。
この先どうしようと思いながら、しばし薄暗い小道を彷徨っていると……
「んっ?」
前方にガラの悪そうな二人の男が見えた。
その傍らにはもう一人、怯えた様子で座り込んでいる細身の男性がいて、二人組はその彼に暴言や蹴りを加えている。
「おら、さっさと有り金出しやがれ!」
「これ以上痛い目に遭いたくなかったら早くした方がいいぜぇ」
細身の男性はそれを受けて、震えながら財布を取り出す。
すると二人組の片方が、半ば強引に奪うようにしてそれを受け取った。
そして彼らは不気味な笑みを浮かべると、足早にこちらに歩いてくる。
「へへっ、これで今日の酒代が浮いたな」
「あぁ、冒険者が来る前にさっさと行こうぜ」
そんな彼らを見て、僕は密かにため息を吐く。
こちとら冒険者試験に落ちたばかりで傷心中だというのに、その上ここまで胸糞悪いものを見せられることになるとは。
何という厄日か。
心底気分を悪くした僕は、気が付けば財布を奪い取った方の男と肩をぶつけていた。
「ってえな! どこ見て歩いてやがんだ!」
おそらく、僕の影が薄いせいで衝突するまで気が付かなかったのだろう。
チンピラは一瞬驚いたように目を見張ったが、僕を見るやすぐに怒声を張り上げた。
対して僕は明らかな作り笑いを浮かべると、少しおどけた感じで口を開く。
「いやぁ、ごめんなさい。昔から影が薄くて、よく人とぶつかったりするんですよぉ」
「あぁ!?」
男は怒りを覚えるようにして額に青筋を立てた。
なかなかに怖い。
次いで掴みかかるようにして手を伸ばしてくるが、寸前でもう片方の男が制止の声を掛けた。
「おい、もう行くぞ。冒険者ギルドが近いんだから、いちいち構ってんじゃねえ」
「あ、あぁ、わかってるよ」
人様の財布を取った後で、彼らは早々にこの場から立ち去りたいらしい。
ついさっきまで僕が試験を受けていた冒険者ギルドが近くにあるので、それはまあ当然だ。
すると男は僕に背中を向け、最後に唾と一緒に捨て台詞まで吐いていった。
「ちっ、気ぃ付けろよなクソガキが」
「……」
そんな彼らを見送った後、僕は再び歩き出す。
そして財布を取られてしまった男性の前まで行くと、僕は左手に隠し持っていた”ある物”を、いまだに座り込んでいる彼に放り投げた。
「はいこれ」
「えっ?」
「もうこんなところに入ってきちゃダメですよ」
男性の手元に落ちたのは、先ほど二人組に取られたはずの”財布”。
それが目の前に戻ってきて、彼は驚いた様子で固まってしまった。
暗殺者が持つスキルの一つ――『強奪』。
触れた相手の持ち物を奪うというスキルだ。
似たようなものとして『盗賊』の『窃盗』スキルが存在するが、あちらは相手の持ち物をランダムに奪うので、狙った物を確実に盗ることはできない。
盗みたい物を的確に盗れる『強奪』スキルを使って、僕は二人組から財布を取り返した。
ああいう輩が相手なら、暗殺者のスキルも遠慮なく使うことができる。
すると細身の男性は、放心した状態からはっと我に返り、ぺこりと頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
そんな彼からのお礼に会釈だけして応えると、僕は再び裏路地を進み始めた。
いいことをしたのでちょっとだけ気分がいい。
先ほどまでの憂鬱な気持ちが少しだけ晴れた。
しかし冒険者試験に落ちた現実は変わらず、今もなお僕は途方に暮れている。
「ホントにこれからどうしよ……」
僕は誰に言うでもなくそう呟く。
いったいこの先どうすればいいんだろう?
とりあえずもう冒険者になるのは不可能だとして、ならば他の仕事で生計を立てていく他あるまい。
けれどギルドの受付嬢さんが言っていた通り、こんな手癖の悪いような暗殺者を雇ってくれるところなんてあるわけないだろうし。
やっぱりここは暗殺者の天職を隠して、密やかに生きていくしかないのだろうか?
なんだか惨めだ。
せっかく女神様からもらった才能を棒に振るのももったいない気がするし。
けれども僕に残された道はそれしかない。
僕みたいに危ない天職を授かってしまった人たちは、自分の才能を押し殺して隠れるように生きていくしかないのである。
人知れず小さな決意を抱き、気持ちを入れ替えようとした、その時……
「ちょいと、そこの兄ちゃん」
「……?」
重い足を引きずる僕の後方から、不意に幼い女の子の声が聞こえてきた。
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