第14話 「狂戦士」

 

 狂戦士。

 衛兵は確かに、リスカのことをそう呼んだ。

 狂っている戦士。

 この現場を見て咄嗟に思いついた俗称ではないだろう。

 おそらくリスカは、広い範囲で『狂戦士』として顔が知られている。

 田舎者の僕は残念ながら知らないけど、たぶん何かよからぬことをして名が広まってしまったに違いない。

 だからリスカは、初めて会ったその時に、顔を隠すように僕に勧めてくれたんだ。


「賊は狂戦士リスカ! 天職は名の通り『狂戦士』! ギルドでも手配されている凶悪犯だ! ただちに捕らえて拘束しろ!」


 駈けつけてきた衛兵たちが各々の武器を構える。

 それを前にして超然とした態度を崩さないリスカ。

 そんな景色の傍らで、僕は場違いとも思える疑問を頭の中で膨らませていた。


 どうしてリスカは、あのとき僕に嘘を吐いたのだろうか? 

 天職を尋ねた時のことだ。

 彼女はありふれた戦闘職の『戦士』と答えてくれた。

 しかし実際は、こうして周りから恐れられる『狂戦士』。

 どうしてリスカは、その狂戦士の天職を僕に隠したのだろうか?


 いや、薄々だけど、その理由は察せる。

 そしてそれがわかるからこそ、さらにリスカのことを見捨てられなくなってしまった。

 なんとしてもこの状況から、一緒に抜け出してやる!

 そう決意を新たにすると、体勢を整えた衛兵たちがリスカに飛びかかろうとした。


「目標、狂戦士リスカ! 総兵、とつげ――!」


 僕は鋭く目を細める。

 片足に力を込めて地を蹴り、最速でリスカの懐に潜り込んだ。

 すかさず剣を持つ彼女の両手を掴み取る。

 そして拘束するように手を後ろまで回すと、例に漏れず隠密の効果が共有された。


「き、消えた!?」


 当然彼らからはそういう風に映るだろう。

 僕はそのまま拘束したリスカを壁際まで押しやり、息を殺し続ける。

 さすがの彼女も、こちらの姿が一切見えずに手を取られたので、一瞬だけ驚いた表情を見せてくれた。

 しかしすぐに拘束を解こうと暴れ始める。

 スキルの効果なのか、やはりとんでもなく力が強い。

 後ろ手に動きを封じているというのに、恐ろしい腕力だ。


 けど、ここで負けるわけにはいかない。

 ここで拘束を解かれたら、隠密スキルの効果が切れてしまう。

 僕は決して力の強い天職ではないけれど、そんな才能とかに関係なく、今だけは絶対に負けるわけにはいかないんだ。

 そうやって、しばらくリスカと力比べをしていると、完全に僕らの姿を見失った衛兵たちが、おろおろと動揺し始めた。


「ど、どこに行ったんだ!?」


「何らかの魔法による細工かもしれん!」


「周囲への警戒を怠るな!」


 彼らは固まって辺りを警戒する。

 この状況なら、横の隙間から抜けられるかもしれない。

 そう思ったのと同時に、なぜかリスカの力が次第に弱まっていった。

 チャンスは今しかない!

 

 リスカを後ろ手に拘束しながら、僕は徐々に彼らの横を通り抜けていく。

 せっかく開けた宝物庫が遠ざかっていき、惜しい気持ちが心中で膨らんだが、その感情を飲み下してその場を後にした。

 階段を上がって一階の廊下へと戻る。

 屋敷は半ばパニック状態にあり、あちこちで人間たちが走り回っていた。

 これほどの混乱が生じているなら、多少大胆に動いても気付かれることはないだろう。

 リスカもスキルによる反動のせいか、力なく項垂れているだけなので、拘束を解いて手を引くことにした。


 彼女を連れて廊下を走る。

 やがて中庭へと躍り出ると、すかさず横の茂みに身を潜めた。

 ようやくのことで心を落ち着けることができる。


「ふぅ~、危なかったぁ。もう少しで捕まるところだったぁ」


「……」


 一息つく僕の隣では、リスカが変わらず顔を伏せている。

 もう理性は戻ったのか、なんだか悪びれた様子を横顔から感じ取れた。

 ずっと気になっていた手首の傷も、不思議なことにすっかり塞がっているので、そちらの心配もない。

 はぁ、一時はどうなることかと思ったぁ……と再び安堵の息を零していると、不意に隣からリスカの声が聞こえた。


「申し訳……ありませんでした」


「……なんでリスカが謝るんだよ。リスカはちゃんと扉を破壊してくれたじゃないか」


「い、いえ、壊しはしましたけど、それでアサトさんにご迷惑をお掛けして、結局宝剣は盗み出せませんでしたし。ですから、その、申し訳ありませんでした」


「……僕としては謝ってもらうより、事情の説明をしてほしいんだけどなぁ」


 ちらりと隣を窺う。

 するとリスカは先刻と変わらず、終始申し訳なさそうに視線を落としていた。

 別に悪びれる必要はない。

 それよりも僕は、もろもろの事情を打ち明けてもらいたかった。

 それを聞くまでは責めることもなだめることもできないから。

 という意思が伝わったのか、リスカはぽつりぽつりと零すように話を始めた。


「もう、お察しがついていると思いますが、私の天職は『戦士』ではありません。屋敷の人たちが言っていたように、『狂戦士』なんです」


「狂戦士、ね。聞いたことない天職だけど、それがさっきの力の正体ってこと?」


「は、はい。狂戦士には『狂人化』というスキルがあって、傷つけば傷つくほど力が上昇する効果があります。まさに狂った技です」


 自虐的に言う彼女に対し、僕は慰めるようにして問いかける。


「それで、扉の破壊のために力を上昇させようとして、自分を傷つけたってこと?」


「はい、その通りです。『狂人化』のスキルには段階があって、程よく傷つけば力が上昇するだけで済みます。ですけど、”ある段階”を超えると理性が保てなくなり、あんな風に……」


「はぁ、なるほどなぁ」


 宝物庫の前で自傷行為をするリスカを思い出しながら、僕は納得した。

 あれは力を上昇させるための行ないだったのだ。

 元の力では扉を破壊できないと思い、『狂人化』に打って出たと。

 それで、つい張り切りすぎて、深く傷をつけすぎたってことか。

 まあ、真面目な性格のリスカなら、そんな失敗をしてもおかしくはない。

 だけど……


「なんでそこまでして扉を破壊しようとしたんだよ。言ってくれればもっと別の方法を探したのに」


「だ、だって……」


 僕の問いかけに、リスカは震えた声を漏らす。

 次いでぐすっと鼻をすすると、涙声になりながら無茶をした理由を明かした。


「また、見捨てられちゃうと思って……」


「見捨てる?」


 僕は大きく首を傾げた。

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