第15話 「パーティー」

 

「見捨てるって、僕がリスカのことを?」


「は、はい」


 聞き間違いではないか確認を取るように問うと、リスカはこくりと頷いた。

 見捨てる。なんだか穏やかならぬ響きだ。

 ていうか『また』って。

 前に一度見捨てられたことがあるみたいな言い方だな。

 と思っていると、リスカはそれが正しいと言うように続けた。


「私は昔から周りの人間と馴染めず、いつも一人で過ごしていました。天職のせいでひどい扱いを受けたこともあります。それに耐えかねて故郷の村を飛び出し、自分の居場所を探しました。そんな時にサーチナスさんからスカウトを受けて、闇ギルドに……」


「……」


 なんか、まるで誰かさんの話を聞いているみたいだった。

 不吉な天職を宿した人間は、みんな同じような道を辿ることになるのだろうか?

 たぶんリスカも、初めて誰かに期待されて、嬉しく思ってしまったに違いない。

 だからつい闇試験を受けて、今の僕と同じようになし崩し的に闇冒険者になってしまった。

 心優しいリスカがどうして闇ギルドに来たのか、その理由に改めて納得していると、さらに彼女は続けた。


「闇冒険者になった初めは、周りの方々にとても期待していただけました。どうやら狂戦士の天職はかなり珍しいらしく、たくさんのパーティーからも勧誘してもらえました」


「へぇ、それはいいことじゃんか。ちゃんと自分の居場所を見つけられたってことでしょ?」


「ま、まあ、そうなんですけど。でもその期待が逆にプレッシャーになり、『役に立とう、役に立とう』と思っていつも自傷が行き過ぎてしまうんです。そして先ほどのような暴走ばかりを繰り返し、そのせいで私は……」


 言いかけたリスカに代わり、僕は闇ギルドの隅っこでポツンと座る彼女を思い出しながら、代弁してあげることにした。


「闇ギルドでさえも、孤立する存在になっちゃったってこと?」


「……は、はい」


 力のない返事だった。

 見捨てられるってのはこういうことだったのか。

 おそらく、どこぞのパーティーに加わって一緒に行動をしているうちに、先ほどのような暴走を起こしてしまったんだと思われる。

 そのせいでメンバーたちから非難を受けて、パーティーを追い出されたと。

 だからもう見捨てられたくないと思って、またさらに行き過ぎた自傷を繰り返してきた。

 そんな悪循環に陥っているというわけだ。

 

 確かに狂戦士の能力は強い。

 しかしそれは逆に、大きな制約にもなっている。

 傷つかなければ力を発揮することもできず、傷つきすぎれば理性がふっ飛んでしまうのだから。

 と、そこで僕は、一つの疑問に納得がいった。


「もしかして、『戦士』の天職って嘘を吐いて、『狂戦士』のことを隠したのは、僕を怖がらせたくなかったから?」


「は、はい。せっかく声を掛けていただいて、逃げられてしまったら嫌だなって思って。でも結局、こうしてご迷惑をお掛けしてしまいましたし、正直に話して嫌われてしまった方がまだよかったです」


「……」


 なんて寂しいことを口にするんだろうと思った。

 迷惑を掛けるくらいなら、嫌われてしまった方がよかったなんて、そんな寂しいことは言わないでほしい。


「やっぱり私なんて、誰かとパーティーを組む資格がなかったんですよ」


「……」


「ご、ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした。私はこのまま表に出て、屋敷の衛兵たちを陽動します。その隙にアサトさんは、この場から逃げてください。闇ギルドに帰れば、もっと頼りになる仲間と出会えるはずですよ。今度はその方と協力して、闇クエストを……」


 涙声ながらも捲し立てるリスカ。

 そんな彼女の声を聞いて、僕は密かに歯を食いしばった。

 迷惑だとか資格がないとか、そういう勝手な決めつけに憤りを感じる。

 こちらの本音も聞かずにそんなこと、もう言わせたくない。

 そう思った僕は、リスカの捲し立てに割り込むように、制止の声を掛けた。


「僕は見捨てたりなんかしないよ」


「えっ?」


「初めてできたパーティーメンバーを、たった一度の失敗で見捨てることなんてしない。失敗しちゃったならその分、一緒にその理由を考えて直してあげるのがパーティーメンバーだと思うから。だから僕は、リスカとパーティーを解散したりしないよ」


「……」


 リスカは潤んだ瞳を丸くして、固まってしまう。

 対して僕は真剣みを帯びた視線を彼女に返した。

 僕はリスカとパーティーを解散するつもりはない。

 向こうが自発的に抜けようとするなら、それだってなんとしても阻止してやる。

 その固い意志を示すように、じっとリスカの目を見返していると、やがて彼女はぽっと頬を紅潮させて目を逸らした。


「そ、そう言っていただけるのは大変嬉しいのですが、でもやっぱり私とはパーティーを組まない方がいいです。またご迷惑をお掛けすることになると思いますし、アサトさんにとって邪魔者にしかなりません。ですので他の方とパーティーを……」


 半ば意固地になったように言うリスカに対し、なおも僕はその意見を否定した。


「他に頼れる人なんていないよ。それに僕は、リスカに見ていてほしいんだ」


「見る? って、何を……?」


「ちゃんと盗みができるところを。闇クエストをクリアできるところを。他の誰でもないリスカに」


「……」


 リスカは再び硬直する。

 今にして思えば、僕がリスカを闇クエストに誘った理由はそれだったのかもしれない。

 最初はもう少しだけ話していたかったからという、ナンパまがいの理由をでっち上げてしまったが、実際は少しだけ違う。

 初めての依頼が不安だったから。

 仲間を集めればいいってクロムさんにおすすめされたから。

 少しでも依頼成功の確率を上げたかったから。

 など色々な理由があるけど、一番は彼女に闇クエストをクリアできるところを見てほしかったんだ。

 

「僕、本当は悪さなんてしたくないんだよ。元は冒険者を目指していて、誰かのために戦いたいって思ってたから。でも僕にはその資格がなかった。本当の居場所は闇ギルドにあった。だから自分の『暗殺者』の天職を受け入れるためにも、このクエストは絶対に乗り越えなくちゃならないんだ。それを近くで見届けてくれる人が、僕はほしかった」


「……」


「リスカ、僕がちゃんと盗めるかどうか、近くで見守っててくれないかな? それで、もし手が必要になったら貸してほしい。それじゃダメかな?」


 いまだに不安そうにするリスカの顔を覗きながら、静かに問いかける。

 対して彼女は動揺したように目を泳がせて、口を噤んでしまった。

 難しいことなんて何もない。

 リスカの正体が狂戦士とわかってなお、僕はこうして協力をお願いしている。

 だから僕と離れるかどうかは彼女が決めることだ。

 そうして判断を委ねると、リスカはしばし困惑したように黙り込んだ。

 やがて、ふっと顔を伏せると、翳りが落ちた口をおもむろに開く。


「しょ、正直、また暴走してアサトさんに襲い掛からないか、あまつさえ傷つけてしまわないか、とても怖いんですけど……」


 言いかけ、意を決した顔を上げて続きを口にした。


「私ももう少しだけ、アサトさんとお話していたいです。ですのでこちらからもお願いします。私とパーティーを組んでください」


 ようやく本音を聞けた気がした。

 嬉しく思った僕は、笑顔で返す。


「うん。これから”も”よろしくね、リスカ」


「は、はい!」


 僕はこのとき初めて、終始不安そうにしていたリスカの、可愛らしい笑顔を見た気がした。

 彼女の言うとおり、まだまだ色んな不安は残るけれど。

 僕たちならきっと大丈夫だ。


 こうして僕たちは、改めて正式にパーティーを組んだのだった。

 

 




 と、無事に仲直りを終えた後で、ふと気掛かりだったことを思い出す。


「ところで、傷の方は大丈夫なの? なんかもう塞がってるみたいだけど……」


「あっ、はい」


 恐る恐る尋ねると、リスカは何でもないように答えてくれた。


「狂戦士には『狂人化』の他に、『超回復』という自己再生スキルがあって、しばらくしたら傷が塞がるんですよ。ですので自傷してもそこまで問題はありません」


「ふぅ~ん、そうなんだぁ」


 どうりであっという間に傷が塞がってしまったわけだ。

 傷つかなければ力が発揮できないのと同様、傷を癒やす力も備わっているらしい。

 そうとわかった僕は、興味半分でさらに尋ねてみた。


「ちょっと、傷口のところ見せてもらってもいいかな?」


「えっ? は、はい。こんなのでよければお好きに……」


 これまた何でもないように袖をめくって、左手首を晒してくれる。

 僕はこれといった心構えもせず、傷口はどうなっているのだろうと純粋な目をそちらに向けてみた。

 のだが……


「ひっ!」


 思わず変な声を漏らしてしまった。

 確かに、『超回復』というスキルのおかげで、傷は完全に塞がっている。

 だが、その跡は残ってしまうのか、左手首にはみみずばれのような赤い線が幾百も重ねられていた。

 ……ナニコレ? なんでこんなことになってんの?

 狂人化のために自傷を繰り返しているのはわかっていたけど、まさかこれほどまでとは。

 興味半分で見るものではなかった。大変申し訳ない。

 遅まきながら後悔していると、リスカが左手首に目を落としながら笑って言った。


「ふふっ。実は、狂人化に関係なく、昔から心が不安定になったら”よく”やってたんですよ。自傷が癖になっていると言いますか。ちょっと切るだけなら狂人化もしませんし。おかげで手首は傷だらけで、長袖しか着られないんですよ。……ところでアサトさん、今『ひっ!』って言いませんでしたか?」


「……い、言ってないよ」


「なんで目ぇ逸らすんですか?」


 ずいっと顔を近づけられる。

 その光のない目はやめていただきたい。

 心優しい彼女が『狂戦士』なんて、やはり女神様アルテーナ様はいい加減な性格をしているのだろうと思ったのだが。

 あながちその選択は間違っていないのではないかと、僕は密かに得心した。

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