9 春にして君を離れ。

9 春にして君と離れ


 スタバ? 火曜日の女が椅子に座っている。水曜日の女がそばで立っている。


水曜日 姉さん。


 火曜日の女には声が届かない。


水曜日 どうして姉さんにはわたしの声が届かないんだろうって、いっつも思ってたんだけど。


 火曜日の女の髪をいじる、水曜日の女。


水曜日 わたしと姉さんは、本当に同じ世界で生きてたのかなあ。


 マルゼンがやってくる。


マルゼン どうもです。すみません、お呼び立てして。

火曜日 いえ、大丈夫です。

マルゼン シズカさん、お店もう行く時間ですよね?

火曜日 そうですね、もうちょっとしたら。

マルゼン あの、これ。


 マルゼンは包みを渡す。


火曜日 え、なんですかこれ。

マルゼン ホワイトデーのあれです。

火曜日 ヨックモック……。

マルゼン 僕、一番好きなんです。小さいとき、これで葉巻吸ってる真似とかしてたんですよ。自分が石原軍団にでもなったていで。

火曜日 ……バレンタインになにも差し上げてないですよね。

マルゼン いいんです、気持ちっていうかなんていうか。

火曜日 (下を向いて)いただけません。

マルゼン 嫌いでしたか。

火曜日 そうじゃないんです。大好きです。

マルゼン なら……。

火曜日 先週、妹が死んだんです。


 間。


水曜日 いわなくてもいいことを……。

火曜日 トキコが、大好きだったんです、これ。

マルゼン そうですか……。

水曜日 違うよ。

火曜日 もっと、生きてるうちに、あの子に食べさせてあげたらよかったなあ、って。

水曜日 わたしがヨックモックを好きなのは、姉さんがヨックモックを好きだからよ。

火曜日 すみません、変なこといって。

水曜日 わたしと姉さんの違うところは、姉さんはもういない、たった一人のお父さんをずっと探していて、わたしには全部の男がお父さんにしか見えないってところなんだよなあ。

マルゼン いえ、なんか、すみません、じゃあ、別のものを今度……。


 マルゼンが袋に手をかける。


火曜日 もらっていいですか。

マルゼン えっ、いいんですか。

火曜日 お供えしてもいいですか、これ。

マルゼン もちろんです。

火曜日 ありがとうございます。

水曜日 もう食べられないし、いいよそんなの。いや、食べられるのか? どうなんだ? 気合いとかでいける?


 水曜日の女がヨックモックに触れる。


火曜日 え。


 ヨックモックを手にし、袋を破く、水曜日の女。

 ショックで椅子ごと倒れるマルゼン。


水曜日 いけた。

火曜日 なに? マジック? え?

水曜日 わたしの希望としましては、姉さんは風早くんみたいな人と結婚してほしいなあ。お姉ちゃんにはわかんないか。だったら、『星の瞳のシルエット』の久住くんみたいな。

火曜日 どういうこと? なに? 

水曜日 お姉ちゃんは、恋愛検定5級なので、『りぼん』からやり直しなさい。


 ヨックモックを食べる水曜日の女。


水曜日 わたし、お姉ちゃんの幸せだけを願っているのに。


 火曜日の女が、泣く。


水曜日 大好きすぎて、死にそう。


 泣き声だけが聞こえる。


水曜日 もう死んでるけど。


 ヨックモックの袋を落とす。

 マルゼンが起き上がる。


マルゼン あの、大丈夫ですか。

火曜日 ……じゃない。

マルゼン え、なに?

火曜日 大丈夫じゃない……。わかんないけど、全然わかんないけど、大丈夫なんかじゃない……。

マルゼン まいったな……。

水曜日 泣いてる女を前にしてそういう態度の男は、お姉ちゃんに似つかわしくない。


 マルゼンの耳たぶを思い切り引っ張る水曜日の女。


マルゼン いってえ!

水曜日 なるほど、なにごとも気合いなのか、この世って。(マルゼンをつねる)

マルゼン あの、なんか、いてっ、いってぇえ、あの、またお店行きますんで、はい、じゃあ、いってえ。


 マルゼンは去る。

 しばらくして、火曜日の女は顔を上げる。

 目線の先に、金曜日の女がいる。別のスタバ?


金曜日 そうなのよ、聞きわけない娘で。(といって椅子に座る)

火曜日 結婚って憧れちゃう。

金曜日 わたしお勤めしたことないから、逆に憧れる。

火曜日 なんだか仕事に没頭してると、自分がおっさんになったみたいな感じで、ヒゲ濃くなるんじゃないかなって不安になっちゃって。

金曜日 やだあ。あ、もしよかったら来週の日曜日、お花見しない?

火曜日 来週は……どうかなあ。あとで確認しますね。

金曜日 ヒロくん……あ、シマさんのお家でお花見するのに呼ばれてるんだけど、もしよかったら一緒に行きましょうよ。


 間。


水曜日 やめなよ。

火曜日 おじゃましていいんですか。

金曜日 もちろん。びっくりすると思うわ、ヒロくん。

火曜日 いつも職場で会っているのに、休日まで顔合わせたくないんじゃないかしら。

金曜日 あの人も一応管理職でしょ。いいんじゃない、そういうもんなんじゃないの、会社って。同じ釜の飯を食う、みたいな、ねえ。

火曜日 課長補佐のプライベート、興味あります。

金曜日 奥さん、わたしの友達なんだけど、いい娘よ。きっと気があうと思うわ。

火曜日 どんな方なんですか。

金曜日 なんていうか、影のない女。

火曜日 影。

金曜日 うん、なんていうんだろ、すきがない。すきがなさすぎて、なんていうか……。

火曜日 なんていうか?

金曜日 わかんない。


 背後で、ビニールシートを敷く月曜日の女。そして、座る。そばにマルゼンジュンクロー。

 いやな間。

 月曜日の女はマルゼンが気になる。マルゼンはというと、微動だにしない。


月曜日 あの……。

マルゼン はい。

月曜日 いいお天気ですね。

マルゼン そうですね。


 間。

 沈黙に絶えられない月曜日の女。


月曜日 あのっ。

マルゼン はい。

月曜日 ……晴れてよかったですね。

マルゼン そうですね。

月曜日 ああ……。

マルゼン どうかしましたか。

月曜日 いえ、あのう、なんか、もう……。

マルゼン お加減悪いんですか。

月曜日 いえ、そんなことはないんですけど……。

マルゼン 救心、飲みますか。

月曜日 いや、そういうことではないんですけどね……。

マルゼン どうぞ。

月曜日 どうも。


 間。


マルゼン 遅いですね。

月曜日 えっ。

マルゼン なんですか。

月曜日 三十分経過してやっとそちらから話してくれたもんだから、なんかびっくりして。

マルゼン そんなに経ちましたか。

月曜日 はい。

マルゼン 失礼しました。

月曜日 シマさんの息子さんの、

マルゼン 同僚です。

月曜日 そうなんですか。

マルゼン 僕のほうが年上なんですけど中途採用なので。

月曜日 やっぱり。

マルゼン やっぱり、といいますと。

月曜日 いえあの、お年が……。

マルゼン シマ課長補佐にはいつもお世話になっています。

月曜日 そうなんですね。

マルゼン そちらは……。

月曜日 お母様の、

マルゼン お知り合いで。

月曜日 ええ、まあ。

マルゼン どういったお知り合いなんですか。

月曜日 最近知り合って、お母様にはよくしてもらっています。

マルゼン そうですか。


 間。


月曜日 いいんでしょうか。

マルゼン なにがですか。

月曜日 お花見にお呼ばれして。

マルゼン いいんじゃないですかね、お知り合いなんだし。

月曜日 だってわたし……。

マルゼン どうしました。

月曜日 わたし、ものすごくテンパってて、お花見に呼ばれたの生まれて初めてなんです。

マルゼン はい。

月曜日 ていうかなにもってきたらいいのかとか、そもそも料理しないし、わたしができることってなんなんだろうって。(背後にあったビニール袋を前に置き)チキン、好きですか?

マルゼン わりと。

月曜日 よかった……もしみんなが残したり、手をつけなかったりしたら、食べてもらえますか。

マルゼン え。あ、はい。

月曜日 お店で、あのわたしコンビニで働いてるんですけど、チキン揚げてきたんで。ちゃんと買いましたから。

マルゼン コンビニで、はい。

月曜日 で、チキンだけじゃなんだなって、肉ばっかり持ってくるとか、空気読めてないですよね。

マルゼン そんなことはないと思いますけど。

月曜日 くる途中にコージーコーナーあったんで甘いものでもって思ったんですけど、人数何人来るかわからないし、余って持ち帰るのとかやで……。

マルゼン はい。

月曜日 ホールで買ってきたんですけど……。これなら人数で切り分けられるし……。でもお店でお誕生日と勘違いされて、ろうそくとかもらっちゃった……。

マルゼン 年の数って……誰の?

月曜日 取り乱して、わたしの年の数だけ……。だって店員さん、おいくつおつけしますかって、いうから、つい……。

マルゼン 誕生日近いんですか。

月曜日 先月です……。

マルゼン だったら、いいんじゃないですか。誕生会も兼ねて。

月曜日 そんなおこがましい……。


 うなだれる月曜日の女。


マルゼン 大丈夫ですか。

月曜日 大丈夫じゃ、ないです……。

マルゼン ええ……。

月曜日 わたし、どんな顔してたらいいんだろ……。

マルゼン いや、普通でいいと思いますけど。

月曜日 そうでしょうか。

マルゼン そうですよ。あなたお誕生日なんでしょ。

月曜日 先月ですけど。

マルゼン いいんですよ。誕生パーティーでいいじゃないですか。あの、もしよかったら、これ……(カバンからなにか取り出す)。

月曜日 なんですか。

マルゼン どうぞ。


 ヨックモックをあげる。


マルゼン ホワイトデーのお返しにたくさん買ったんですけど、余っちゃって……。


 泣き崩れる月曜日の女。


マルゼン ええっ。なんで!

月曜日 わたしっ、わたし……誕生日になにかもらえたの、なん年ぶりだろうって……。

マルゼン これあげるとなんで女の人はいつも泣くの……。


 ビニール袋を提げた日曜日の女と木曜日の女がやってくる。


日曜日 なにこの惨事。

マルゼン いや……よくわかんないです。

日曜日 フユミちゃんいじめないでよねえ、マルゼンくん。ほら、ハンカチ、ね。

木曜日 あたし、どっかいったほうがいい?

日曜日 そんなのいいわよお、この子基本いつも泣いてるから。

木曜日 そうなんだ。

マルゼン この方、お誕生日だったみたいです。

日曜日 えっ、そうなの?

月曜日 せんげちゅですけど……。

日曜日 せんげちゅ。でもお誕生日だったのね。

月曜日 はひ。

日曜日 はひって……。じゃあ、お誕生会しましょ。


 嗚咽する月曜日の女。


木曜日 大丈夫、この人……。

日曜日 いいの、好きなだけ泣かせてあげて。じゃあ、もっと泣かせるためにみんなでハッピーバースデーの歌うたいましょう! せーのっ、


 朗らかに歌う日曜日、なんとなく消極的に歌い出す木曜日とマルゼン。


三人 ♫ハッピバースデートゥーユー


 拍手。

 むくりと顔をあげる月曜日の女。


日曜日 あら、泣かないんだ。

木曜日 おばちゃん……。

月曜日 この日を大切な思い出にして、生きていきたいと思います。(礼)

日曜日 キヨちゃんは?

木曜日 友達と待ち合わせて連れてくるっていってた。

日曜日 今年のお花見はにぎやかね。

木曜日 そうなの?

日曜日 そうよ。昔はね、ヒロムと二人きりってときもあったのよ。でもハナエさんがきて、ハナエさんのお友達、キヨちゃんが小さいアキちゃんを連れてきてくれて、それにフユミちゃんと、えーと……。

マルゼン マルゼンです。

日曜日 あなた、どっかで見たことあるわ。

マルゼン よくいわれます、友達の友達に似たやつがいる、とか。

日曜日 あー、印象がね、そんな感じね。マルなんとかさんとかがきて、こうやって人が増えていって、嬉しい。

マルゼン とか……。

日曜日 あの子たち待ってたら、日が暮れちゃうかもね。乾杯しましょうか。

木曜日 いいの? ヒロくんたち待たないで。

日曜日 アキちゃんは優しいわね。

木曜日 そんなことないよ、普通だよ。

日曜日 ねえ、うちの子にならない?


 間。


日曜日 わたしのじゃなくて、ヒロムとハナエさんの子になんない?

木曜日 それは、無理……。

日曜日 そりゃそうだ、ごめんごめん。なんか変なこといっちゃった。ねえマルなんとかさん。

マルゼン マルゼンです。

日曜日 ビール飲む?

マルゼン 課長補佐がきてから。

日曜日 えーっ。あのこたちなにやってんだろ。


 前方に、土曜日の女と男。


土曜日 ほら、行くよ。

あの男 ああ。

土曜日 これ持って。(紙袋を男に渡す)

あの男 そんな気張って作らなくてもいいのに。どっかスーパーで惣菜でも買って、

土曜日 そういうもんじゃないの。

あの男 どういうもんだよ。

土曜日 プライドの問題よ。

あの男 プライド。こえーな。

土曜日 男にはわからないそういうものがあるの。

あの男 なんかさ、母さんのとこ行くときのお前って。

土曜日 なに。

あの男 戦地にいくってかんじ。


 土曜日、笑う。


あの男 なんだよ、怖いな。

土曜日 そう、これは戦いよ。

あの男 なんの戦いだよ。

土曜日 強いていえば、今度の戦は長篠の戦いってとこかしら。

あの男 どっちが織田信長なわけ。

土曜日 結果次第。

あの男 桶狭間の戦いもあったの。

土曜日 あったわ。

あの男 いつだよそれ。

土曜日 忘れた。


 間。


あの男 今日、行くのよそうか。

土曜日 どうして?

あの男 なんとなく。

土曜日 なんとなくじゃ、理由にはならないわ。


 背後では火曜日の女と金曜日の女がやってくる。


あの男 なんか、変な夢をみた。

土曜日 どんな。

あの男 俺のことをみんながよってたかってああだこうだいってるんだよ。

土曜日 疲れてるの?

あの男 いや、なんか変な夢でさ。みんながみんな俺のことをああだこうだいってるんだけど、俺のことをいっているようには見えない。みんな、自分自身のことをいってるみたいな、そんな夢だった。

土曜日 それで。

あの男 それだけ。……なんでそんなこと俺しゃべってるんだろ。

土曜日 あなたは馬鹿よ。(笑おうとしてつい泣き顔になる)


 静かな時間。


土曜日 わたしたちのこと誰も助けてくれないのよ。

あの男 助ける?

土曜日 だからわたしは覚悟を決めたの。隣の部屋の女の子が、紙風船を投げ込むこともない。

あの男 なんの話?

土曜日 誰かのものになるって決めたとき、自分が誰のものにもなれないって知るの。

あの男 ……。

土曜日 わたしは、あなたがどれだけ空っぽでも、好きよ。

あの男 ……。

土曜日 わたし、あなたのお腹のなかにはいって、生まれ直したい。

あの男 ……。

土曜日 それがだめなら、あなたをわたしのお腹のなかにいれて産んであげたい。

あの男 わけわからん。

土曜日 だってわたしがわかってないもの。

あの男 そうか。

土曜日 そう、わからないから、行こう。

あの男 うん。


 男、下を向き、震えている。

 土曜日の女は覗き込み、目を舐める。


土曜日 男の人の涙って、ショウガみたいな味がするのね。


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情事のない日曜日 キタハラ @kitahararara

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