6 土曜日の女はぼんやりしてしまう。

6 土曜日の女はぼんやりしてしまう

 

 日曜日の女の家、居間。男が寝っ転がっている。テレビを観ているらしい。


日曜日 ちょっと。

あの男 んー。

日曜日 庭。

あの男 あー。

日曜日 草むしりしてくれないなら、別にこなくてもいいのに。

あの男 なんかここくると眠くなるんだよなあ。

日曜日 だらしない。

あの男 だらしなくたっていいじゃない。

日曜日 そんなことだとね、ハナエさんに見捨てられるわよ。うちに戻ってきたりしないでよ。

あの男 見捨てられやしないよ。

日曜日 ほう。

あの男 ハナエは俺のこと大好きだから。

日曜日 自信満々ね。あんたって昔からそうだったよねえ。たいして受験勉強しなかったのに、第二志望は受かったし。剣道部も準優勝しちゃうし。ハナエさんの前に付き合ってた女の子は……、

あの男 準ミス。

日曜日 うまく世渡りしていくのよねえ。

あの男 してないよ。

日曜日 そーお?

あの男 早稲田いきたかったし、優勝したかったし。

日曜日 会社は志望通りだったじゃない。

あの男 編集じゃなくて営業部ですけど。

日曜日 あんた調子いいからね、そっちの方が向いてたってことでしょ。課長にもなったわけだし。

あの男 課長補佐。

日曜日 同じようなもんでしょ。課長ってついてるし。

あの男 じゃあ、それでいいけど。

日曜日 張り合いないわねえ。


 土曜日の女。


土曜日 ゴミ袋どこに置いたらいいですか。

日曜日 ああ、ごめんなさい。どこに置いておいてもいいのよ。(男に)ほら、あんたなに奥さんにやらせてんの、あんたがしなさい。

あの男 あとでやるよ。

日曜日 ほんとにもう。

土曜日 実家に帰ってほっとしたんだと思いますよ。少し寝かせてあげてください。

日曜日 ハナエさん、甘やかしちゃダメ。わたしね、この子甘やかして育てたーっていまになって後悔してんのよ。

土曜日 毎晩遅くまで働いているんですから。

日曜日 男なんだから、そのくらい……。あらやだ、寝てる。(顔を近づけて)。

土曜日 わかるんですか。

日曜日 この子ね、寝てるとき眉間が寄って三本筋がくっきりでるの。

土曜日 ああ。

日曜日 ほら、子供の頃からそうなの。寝てるのになんでそんな苦しそうな顔してるんだろって、いつも思うのよねえ。

土曜日 面白いですね。

日曜日 でしょ。本人わかってないから、寝たふりしてるときは筋深くないから。

土曜日 わたし、いたずらしたくなるときあるんです。

日曜日 いたずら?

土曜日 この筋に、爪楊枝はさめるんじゃないかな、って。

日曜日 (爆笑)ハナエさん!

土曜日 すみません。

日曜日 面白い。

土曜日 え。

日曜日 待ってて、爪楊枝もってくるから。

土曜日 あんまり面白くないですよ。

日曜日 なんで。

土曜日 わりと簡単にはさめちゃうから。

日曜日 やったんだ。

土曜日 すみません。

日曜日 ふふ……、ハナエさんってわりとすごいわよね。だってしないでしょ、実際に寝てるときに爪楊枝とか。

土曜日 もしかしてできるんじゃないかなって、お箸のっけようとしたこともあります。

日曜日 どうだった?

土曜日 だめでした。

日曜日 そりゃそうだ。(立ち上がる)

土曜日 お箸、無理ですよ。

日曜日 違う違う。(と、去る)

土曜日 (男に)ねえ、あなた。

あの男 (普通に)なんだよ。

土曜日 この家にくると、すごくぼんやりする。

あの男 (普通に)どうして。

土曜日 あなたは、毎週わたしをここに連れてくる。そしてあなたは寝てしまう。おかあさんとわたしは、あなたのことばかり話すの。わたしたちの生活と、あなたの昔が、あまりにも遠すぎて、なんだかぐらぐらするときがある。

あの男 (普通に)遠くもなにも、俺は俺だよ。

土曜日 わたしと一緒に暮らすことで、あなたは一度なにかをぷっつり切ったんじゃない。そう思うことがあるの。でも、あなたはわたしとの暮らしに疲れてしまって、この家に休みにくる。そして、

あの男 (普通に)そして?

土曜日 どこかで別の女と会っている。


 無音。


土曜日 わたし、あなたがよそでいろんな女の人たちと他愛もない会話をしていることを想像するのよ。あなたのことを女たちは好きで。ほら、キヨのところのアキちゃんみたいに。アキちゃん、あなたのことすごく慕ってるでしょう。筒抜けでしょう。キヨだって……。ねえ、そういうとき、わたしはどんな顔をしているんだろうって思うの。だから、あなたが別の女と楽しそうに話しているのを想像して、鏡を見たりする。

あの男 (普通に)どんな顔してるの。

土曜日 見たこともないような顔。


 無音。


土曜日 自分とは思えないような顔。三十年生きてきて、見たこともない、別人の顔。鏡に映った自分が、わたしとは思えなくて、思わず、はじめまして、って声をかけそうになった。それからは、その女のことを想像するの。あなたはその女と街中で偶然出会う。店で働いていたり、あなたはお客で、タバコを売ったりするのね。水商売していたり、売春婦とか、うんと年下になってたり、あるいはその女はわたしの友達で、知らないところで何かが起きたりね。

あの男 (普通に)おかしいよ。

土曜日 そうね。わたし、なんでそんなこと考えるようになったのかな。意味わかんないわ。ただ、わたし以外のわたしが、あなたと偶然出会い直せないかなって思うことがあるのよ。


 無音。


土曜日 なんてね。


 男を思い切りつねる。


あの男 いってえ。

土曜日 ほら、そろそろ草むしり。

あの男 お前容赦ないな。

土曜日 わたし、一袋作ったから、あなた残り全部やってよ。

あの男 まじかよ。(立ち上がる)


 日曜日の女。


日曜日 あら、起きたの。

あの男 起こされた。

土曜日 草むしりするそうです。

日曜日 いいわよ、来週で。それよりあんた、ほら(と座り、自分の膝を叩く)。

あの男 なんだよ、もう。(といって何事もなかったかのように膝枕の姿勢)。

日曜日 通販で買ったのよ、これ。

土曜日 なんですか、それ。

日曜日 これ、すっごい耳垢とれるんだって。先っぽがなんかこう……とれそうでしょ。

土曜日 へえ。

あの男 実験台かよ。

日曜日 昨日届いたばかりだから、アマゾン。

あの男 昨日ほじくったからもうないよ。

日曜日 普通のじゃないから。もっとこう奥の方までぐいっととれるはずだから。

あの男 嘘だろ。

日曜日 ほんとほんと。


 耳かきをする親子。


土曜日 お母さんとわたしは、似ている。


 しばらく親子の他愛のないやりとりを見る、土曜日の女。


土曜日 共通点は、この人のことを。


 間。


土曜日 違う部分は、血の濃さくらいかもしれない。


 間。寝転がる、土曜日の女。


土曜日 わたし、いまどんな顔をしているんだろ。


 土曜日の女、仰向けになる。


土曜日 あなたは一生見ることはない顔。


 無音。


土曜日 かわいそう。


 無音。


土曜日 わたし?


 闇。

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