5 金曜日の女は幸せだ。
5 金曜日の女は幸福だ
カフェ。土曜日の女が誰かを待っている。
金曜日の女がやってくる。
金曜日 なに、お店入っちゃってたの。
土曜日 そうそ、ごめんね。
金曜日 だいじょぶ。
土曜日 なんかいつも電話してるけどさ、ひさしぶりじゃない、うちら。
金曜日 バーベキューいつだったけ。
土曜日 去年。
金曜日 のいつ?
土曜日 秋かなあ。
金曜日 じゃ半年か。
土曜日 それ以上でしょ。
金曜日 そっかそっか。ま、旦那さんもお忙しそうですしなによりです。
土曜日 なにそれ。
金曜日 課長さん。
土曜日 あ、それ。
金曜日 いいんじゃないの、順風満帆。
土曜日 全然。お給料上がってないし。
金曜日 あなたの国の通貨はうちの百円が一円みたいなもんだから。
土曜日 国って。
金曜日 そう、国。なんていうか、あなたのうちって、入るのに資格がいるのよ。
土曜日 なんの例え。
金曜日 例えじゃなくて。雑誌みたいなかんじっていうか、生活感ないのよ。タレントのブログみたいで。
土曜日 タレントじゃないですけど。
金曜日 わかってる。なんていうか、ブラウン管の向こうにいるかんじ。みんなが羨むような、手が届きそうで届かない、そんなかんじよ。いいねが千件くらいついてて。
土曜日 フェイスブックしてないけど。
金曜日 架空のフェイスブック。
土曜日 わけわかんない。
金曜日 わかんないのはこっちよ。あんた、結婚してからいきなりなにかが変わったのよね。
土曜日 どうしたの、なんかあった?
金曜日 どうもないよ。冴えない旦那と生意気な娘に振り回されてる毎日ですよ。
土曜日 幸せそうね。
金曜日 娘がガリ勉で張り合いがないけど。
土曜日 いいじゃない。
金曜日 もっとこうさ、母娘二人でお買い物したりさ、友達みたいな親子、みたいのしたいんだけどね。
土曜日 親に似ないで真面目ですこと。
金曜日 わたしも真面目です。
土曜日 大学入ってすぐデキ婚したくせに。
金曜日 あー、そこついてくるか。
土曜日 しかもアキちゃん生まれるまで会ってくれなかったじゃない。わたし憧れてたんだよね、友達の出産した病院に行く、とか。
金曜日 どういう憧れだよ。
土曜日 いいじゃない、そういうの、なんか幸せで。あたし友達少ないからさあ、あんたくらいしかそういうことできる人いなかったもん。
金曜日 それはそれは、親友認定していただき光栄です。
土曜日 うむ、よきにはからえ。
空疎な笑い。
土曜日 ねえ、わたしたち、ちゃんと結婚しているように見える?
金曜日 ちゃんとって、結婚してるでしょうに。
土曜日 そうだけどね。
金曜日 してるしてる。そうとう幸せそうだよ。旦那わりとかっこいいし、羨ましい。
土曜日 あんた昔からあの人のことかっこいいかっこいいって騒ぐけど、別に普通でしょ。なんていうか普通より鈍臭いかんじじゃない。
金曜日 見慣れすぎてるんだかあんたの美意識が高いんだかわかんないけど、あんたにゃもったいないくらいにいい男でしょ。
土曜日 そうか。
金曜日 なに真剣な顔してんのよ。
土曜日 実はね。
金曜日 ない。
土曜日 近いから、顔。
金曜日 なになに。
土曜日 なんか、モテるみたい。
金曜日 はい?
土曜日 旦那。
金曜日 のろけか。
土曜日 違う違う。
金曜日 浮気心配してんの。
土曜日 まあ、別に心配はしてないけど。
金曜日 しないでしょ、別に。こんな美人の嫁がいて、なおかつ浮気とか。漫画じゃあるまいし。
土曜日 お世辞でもありがたくいただきます。
金曜日 お世辞なんかいったっけ。あ、美人て部分? 訂正しとくわ。
土曜日 なんだよ。
空疎な笑い。
土曜日 って、あの子いってたのよ。
突然、土曜日の女のマンション。隅で男がネクタイを外している。
あの男 キヨちゃん。
土曜日 そ、キヨ曰く、達観してそうなんだって。
金曜日 (テーブルにまだいる)あんたたち、まったく生活感ないじゃない。
あの男 生活してるよなあ。
土曜日 息はしてるね。
あの男 呼吸と生活違うだろ。
土曜日 生きてるし、ごはん食べてるし。
あの男 うんこも。
土曜日 トイレの便座上げっぱなしだったよ、朝。
あの男 悪い。
金曜日 なんだかあんたたち、すごく幸せそうなんだよね。でもそれが、ずるい、とかにくったらしいってかんじでもないの。ただ、あー幸せそうだなーって。なんか別の世界の住人だなあ、って見えるの。
土曜日 (金曜日の女に向かって)わかんないけど。
あの男 なにが。
土曜日 幸せってなんなんだろうね。
あの男 すごいな、なんかスケールでかいな。
土曜日 女にモテると幸せ?
あの男 なんだよいきなり。
土曜日 男の人が女にモテて嬉しいのと、女が男にモテてうれしいのとは、なにか違う気がするんだよね。
あの男 モテたの?
土曜日 魚屋さんにおまけしてもらった。
あの男 モテたな。
土曜日 でしょ。
あの男 気分よかった?
土曜日 別に。ラッキーっていうか。
あの男 男だってそんなもんでしょ。
土曜日 そう?
あの男 男とか女とかじゃなくて、人によるんじゃない。すっげえ嬉しいって思うやつもいれば、やばい、って焦るやつもいるでしょ。
土曜日 やばい?
あの男 好かれちゃってどうしよう、みたいな。
土曜日 あなたはどうなの?
あの男 どうって。
土曜日 女の子にモテてモテて困っちゃう?
あの男 うーん、嬉し怖い。
土曜日 若者ぶって。
あの男 こんな言葉、若者は使わないよ。
土曜日 若さが抜けきらないおじさんがいいそう。
あの男 若いっちゃ若いし、おじさんといえばおじさん。
土曜日 中途半端ね。
あの男 肉は腐りかけがうまい、というのは男にもあてはまるんじゃないかね。
土曜日 わたしあなたと同い年なんですけど(と尻を叩く)。
あの男 と、思いたい。
土曜日 つまり、モテたい。
あの男 困るもんでもないでしょ。
金曜日 でもさ、毎日慌ただしくて、自分自身にかまけることもできなくって、たまにイライラしちゃうんだけど、生きてるってかんじがするのよね、あたし。たまに、あ〜幸せだな、って思うときがある。人のために尽くすっていうか。自分のことばかり考えてちゃだめなのよね。変なの、あたしとしたことが。あんたたちはさ、広告の世界に生きてるみたいで。偽物、って意味じゃないのよ。でもなんていうか、違う気がする。これただ単に羨ましいからなだけかも。うん、そうだ。いいなあ。羨ましい。あれ、なんかいま、わたし、すごい素直だ。うん。羨ましいんだ、これ。
土曜日 明日、おかあさんのうち、何時にいく?
あの男 庭の雑草むしってくれっていってたしなあ。
土曜日 昼前?
あの男 んー、そうだな。
土曜日 わかった。
音楽。『Can’t Sleep,Can’t Eat,I’m Sick』
いつのまにか、舞台上にすべての女たちがおり、男を見ている。だが、うまく輪郭をつかむことができず、女たちの視線は、惑う。
闇。
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