4 木曜日の女は勉強しなくてはいけない。

4 木曜日の女は勉強しなくてはいけない


 金曜日の女が電話をしている。隔てられた場所で、木曜日の女が机に向かっている。


金曜日 そうなのよ、それでね、ヨガ教室で隣になった人が、ヒロくんと知り合いだっていうの。ていうか勤め先が同じで。すごいよねえ、そういう偶然っていうか、あるんだよね、うん。あの人社交性あるっていうか。えーそうよ、だって週末くらいはねえ、休んでもらわなくっちゃ。ちょっと、それいいすぎ。


 木曜日の女、参考書を閉じる。


金曜日 あー、あるよね、そういうとこあるよね、わかるわかる。でもどこもおんなじだよそんなの。アキもねえ、会いたがってたけどねえ、でもやっぱりねえ、お願いできないでしょ、そういうのさすがに。だって管理職でしょ。カチョーシマヒロム。なんか語呂わるくないそれ。カチョーに家庭教師頼むってのもねえ。なんか悪いよ。


 木曜日の女、再び参考書をひらく。が、集中できない。


金曜日 あー、うん、じゃあそういうかんじで。うん、じゃあ、いつものとこで。はい、はい。


 電話を切る金曜日の女


金曜日 アキちゃん、スコーン食べない?


 返事がない。


金曜日 アキちゃーん。


 木曜日の女のいる場所へ向かう金曜日の女。


木曜日 ノックしてよ。

金曜日 ごめんなさいねえ。はかどってる?

木曜日 ……。

金曜日 ヒロムくん、課長になったんだって。

木曜日 違うでしょ。

金曜日 なにが。

木曜日 課長補佐だよ。

金曜日 ヒロムくんに会ったの?

木曜日 スコーン、いいや。

金曜日 あんたたち仲いいもんねえ。ママの知らないところで会ってたんだ。

木曜日 会ってない。

金曜日 嘘。おっしゃいよ。いつ会ったの?

木曜日 ……昨日。

金曜日 ああ、帰り遅かったのはそれか。なんで内緒にしたの。

木曜日 別にいいじゃない。

金曜日 よくないですよー。そういうの。わたしたちは隠し事しちゃいけないの。そういう決まりだったでしょ。

木曜日 ……。

金曜日 聞いてるの?(髪をつかむ)

木曜日 ……。

金曜日 アキちゃんだけは隠し事しちゃいけない約束でしょう。

木曜日 ……いたい。

金曜日 なに? 聞こえません。

木曜日 いたい!


 金曜日の女、髪をはなす。


金曜日 なんなの、どうしたの。

木曜日 ……。

金曜日 なんでそんな顔をしているの。

木曜日 ……おばあちゃんに似ているから。

金曜日 は?

木曜日 わたしがおばちゃんに似ているからですか。

金曜日 似てないわ。

木曜日 おばあちゃんに似ているからわたしのことが嫌いで、パパがよその女のところにいってしまったから、ヒロくんのことが好きなんですか。

金曜日 ちょっと、なにいってんのよ。おかしいよ、アキちゃん。


 金曜日の女、木曜日の女を叩く。


木曜日 わたしは道具じゃない。

金曜日 なにをいっているの。

木曜日 わたしはママの思い通りに動かないといけないわけですか。

金曜日 あー、もう、ちょっとやめて。ママ混乱しちゃうでしょ。なにがいいたいの。なんの不満があるっていうのよ、いってごらんなさい。

木曜日 いつもいっているよ。わたしを叩かないで。パパがいなくなったのを隠してごまかすのをやめて。

金曜日 パパは仕事で、

木曜日 パパに会ったよ、先週。

金曜日 ……。

木曜日 女の人に子供ができたんだって。でも、ママが離婚してくれないんだって。

金曜日 ……。

木曜日 一緒に住まないかっていわれた。

金曜日 (声にならないうめき)

木曜日 でも、断った。

金曜日 (うめく)

木曜日 わたし、大学に行ったら、一人暮らしするから。東京からずっと遠いところに行く。

金曜日 アキちゃん。

木曜日 だから、わたし勉強しなくちゃ、


 金曜日の女、木曜日の女を椅子から引きずりおろす。


金曜日 なんだって。

木曜日 だから、

金曜日 なにいってんの、あんた。

木曜日 いたい……。

金曜日 (馬乗りになり)……あんたは、昔から勝手に泣き喚いて、自分の思い通りにならないと、すぐ……。あんたって子は……。

木曜日 いてえんだよ!


 金曜日の女を突き飛ばす、木曜日の女。


金曜日 ひどい、ひどいじゃないのこんなの。

木曜日 もうやめようよ、ママ。

金曜日 おかしい、絶対おかしい。こんなこと。

木曜日 わたし、昨日女の人を殺したの。

金曜日 おかしい、わたしは……。

木曜日 女の人に、首をしめて、っていわれて。わたし、したの。女の人が動かなくなって、わたし、逃げちゃったの。殺して、っていわれたんだよ。その人、疲れちゃったっていってて、すごく静かに泣いてて。


 金曜日の女はなにも聞いていない。


木曜日 なんでママは、なにも聞いてくれないの。


 間。


木曜日 嘘だよ。殺してなんかないよ。


 間。


木曜日 怖くなって逃げたんだよ。でも、あの人、わたしがいなくなってから自分で……、死んじゃってたら、どうしよう。ねえ、ママ。

金曜日 (立ち上がり)あなたは、嘘つきだから。

木曜日 ママ。

金曜日 あなたは、昔から嘘ばかりついていたから。だからわたしは、恥ずかしくて恥ずかしくて。

木曜日 ママ。

金曜日 みんな嘘つきだから。

木曜日 ママだって……。

金曜日 わたしがいったいなにをしたっていうの? ねえ。わたし悪くないでしょ。悪くないよね。

木曜日 一番嘘つきなの、ママじゃん。


 間。


木曜日 ヒロくんが好きだったんでしょ。

金曜日 なにをいってるの。

木曜日 パパより。

金曜日 バカバカしい。

木曜日 あの人は、ママが思うような人じゃないんだよ。

金曜日 ママの親友の旦那さんの悪口はいわないでちょうだい。お勉強だって教わってきたでしょ。

木曜日 あの人は、穴があいてる。

金曜日 穴?

木曜日 誰だって無理なんだよ。あの穴は。なにも届かないの。ぜんぶすり抜けちゃうの。

金曜日 (鼻で笑って)なにがわかるっていうのよ。

木曜日 わたしのこと、ママそっくりっていってたよ。あの人。

金曜日 ……。

木曜日 おばあちゃんそっくりの、ブスのわたしにそっくりだって、いってたよ。

金曜日 嘘よ。

木曜日 ずっとママはいったでしょ。ブスだブスだ、汚いって。そんなわたしは、ママにそっくりなんだって。

金曜日 似てないわよ。

木曜日 そっくりだって、若い頃に。

金曜日 似てるわけないでしょ。

木曜日 (首を振る)ママ。

金曜日 だって、あんたは、ママの子じゃないもの。


 チャイムの音。


金曜日 パパの、浮気相手の子供だもの。


 チャイムの音。


金曜日 あんたに、嘘がどうこういわれても、わたしは、つき通すわよ。勝手に野垂れ死ぬなりなんなりすればいい。

木曜日 ママ。

金曜日 パパのところに行きなさい。さっさと。


チャイムの音。


金曜日 なんなのよ、こんな時間に……。

木曜日 警察。

金曜日 なにいってんの、あんた、頭おかしいんじゃないの。


 暗転。

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