7 日曜日の女より愛をこめて。

7 日曜日の女より愛をこめて。


 ある事務所。パイプ椅子に座ってうなだれている、月曜日の女。


日曜日 (入ってきて)店長さんとんでくるから。


 間。


日曜日 あれね、毎週この時間店長会議みたいのがあって、で、駆けつけてくるから。でもねえ、会議の場所、汐留なのよ。遠いのよ……。


 月曜日の女はなにかを握りしめている。


日曜日 悪いんだけど、それ。

月曜日 あ……。


 握っていた右手を開くと、無残な形となったガム。


日曜日 さすがにこれは、売れないわねえ。ぺしゃんこ。

月曜日 あの。

日曜日 はい。

月曜日 初めてなんです。こんな……。

日曜日 万引き。

月曜日 はい。

日曜日 そんなこといわれてもねえ。わたしにはどうすることもできないから。

月曜日 お代は払いますから。

日曜日 そうはいってもねえ、見つけたのわたしじゃなくて万引きGメンの杉浦さんだから。

月曜日 本当に万引きGメンっているんですね……。

日曜日 ああ、本当じゃないのよ。

月曜日 え。

日曜日 あの人、近所で定年退職して暇だから勝手にうろついてんの。

月曜日 本物じゃないんですか。

日曜日 うん。こんな小さなスーパーでそんなテレビみたいな人、ねえ。

月曜日 じゃあ見逃してください。

日曜日 いや無理、それは無理。

月曜日 ほんとうにわたし、どうしてこんなことしちゃったのか。自分でもぜんぜんわかんなくて。わたし、なんかもう、最近おかしくて。生きてるような気もしなくて、レジにいてもぼーっとしちゃって、仕事する気も起きなくて、お客さんに怒鳴られたり、もう……。

日曜日 お店やさんで働いてるの?

月曜日 コンビニで。

日曜日 コンビニにもガム売ってるでしょうに。

月曜日 すみません。

日曜日 いっちゃあなんだけど、自分のお店で万引きすればよかったのに。

月曜日 そんなことしたらクビです。

日曜日 だからってよそでしないでよ。

月曜日 はい。


 間。


月曜日 ああ、なんだか、いつもはガムなんて買わないんです。ほんと、最後にガム噛んだの何年ぶりだろうってくらいなんですけど、なんだかガム噛みたいなって、そんな気分になって。レジで並んでいたんですけど、二人前にいたんです。なんだか、待ってる時間も惜しいくらいで。なんか息苦しくなってきて。そばにある棚を壊してやりたいって。

日曜日 あら怖い。

月曜日 ……自分のなかにこんな暴力的なものがあるなんてびっくりして、ああ、このまま待ってたらわたし、この店壊しちゃうって。だから出なくちゃ、ここ、って。ガム持ったまま。

日曜日 で、そこを杉浦さんに捕まった。


 月曜日の女、頷く。


日曜日 あんなに素早い動きをして、しかもがっつり組み伏せて。あのおじいさんにあんなパワーがあるとは思わなかったわ。

月曜日 かなり痛かったです。プロレス技みたいのかけられて。

日曜日 あまりのことにしばらく止めなくてごめんね。

月曜日 いえ、これは罰なんです。

日曜日 罰?

月曜日 なんでもないです。

日曜日 人生いろいろあるし、わけは聞かないけど……。あのね、あなたまだ若いじゃない。

月曜日 若くないです。

日曜日 若作りじゃない。

月曜日 そうでもないです。

日曜日 うーん、なんかキャッチボールできないわね会話。いや、してるのかな、これ。

月曜日 すみません……。

日曜日 ううん、いいの。あのね、あなた、いろいろあるかもしれないけどね、絶対に忘れちゃいけないのはね、お天道さまが見てるからね。絶対に、人を悲しませるようなことをしちゃだめよ。あなたが盗みを……ガムひとつだからってしたら、お店の人は怒るでしょ? わかるわね。でね、ご家族もお友達も恋人もね、それは悲しみますよ。だってそんなことになるまで追い詰めたのは周りの責任なんだって、思うわよ。


 月曜日、うなだれる。


日曜日 わかるね。お天道さまじゃなくてもね、まわりのみんなを悲しませるようなことしちゃだめ。わたしはね、息子がいるんだけどね、なんていうか自由に育てたらひょうひょうとしちゃって、そのわりにぼんやりしてるっていうかね、なんだかとらえどころのない子になっちゃったんだけど、いえ、それは関係なくてね、でも片親で育てたから、あら、なんだかどんどん話それてっちゃうわね、とにかくね、そういう風にいったの。

月曜日 (泣きながら)わかんないです。

日曜日 とにかく、人を悲しませるようなことをしちゃだめだ、って!


 月曜日の女、泣く。


日曜日 わわ、ごめんなさい。なんだかわたしすごい語尾がきつかったよね、ごめんね。

月曜日 違うんです、わたし、頼れる人、いなくて。友達もいないし、家族からもわたし、厄介者で、仕事も、最近、お金間違っちゃったりとか、もうこのままだと、生きていけない、強くいなくちゃって、ずっと、ひとりなんだろうから、だから、ちゃんとしなくちゃ、って、思うんですけど、わたし、もう、どうしたら、いいのかわかんなくて、

日曜日 なにいってんの、ひとりじゃないわよ。あなたかわいい顔してるじゃない。なんか、こう、京人形みたいな感じ? 由緒正しい? 古風? 山口小夜子ちょっと、あーわりと、ふっくらさせたみたいな。

月曜日 誰ですかその人……。

日曜日 わからない? ちょっと待って。(スマートフォンを取り出して)最近変えたばかりなんだけど、入力が……難しいのよね。や…ま…、

月曜日 別に検索しないでいいですから。

日曜日 そう?

月曜日 わたし、店長さんいらっしゃるの待ってますから。罪、償いますから。

日曜日 そんな大げさな……。いいわよ。店長にはわたしが適当にいっとくから、帰りなさい。

月曜日 でも……。

日曜日 いいの。わかった。

月曜日 はい?

日曜日 わたしたち、お友達になりましょう。

月曜日 え、わかんないです。

日曜日 なにかあったときおしゃべりしましょう。ライン? しましょう。

月曜日 そんな……。

日曜日 だめ? じゃあ共犯者ってことでどう。

月曜日 共犯。

日曜日 そう、あなたを逃したわたしも、あなたと共犯。

月曜日 そんな、いいですいいです。

日曜日 決めた。

月曜日 本当にいいですから。

日曜日 気にしなさんな、だからね、自分を責めないでもいいわよ。半分こしましょ。半分、あなたのそのモヤっとしたの、もらうから。

月曜日 そんなだめですよ、そんな。

日曜日 もう決めたから。

月曜日 はい……。

日曜日 とりあえず、店の前で張ってる杉浦さんの目をどうやって……。


 月曜日の女、無言。


日曜日 どうしたの。

月曜日 ありがとうございます。このご恩は一生忘れません。

日曜日 時代劇みたいな子ね……。もしよかったら、誰か呼ぼうか。

月曜日 だったら……。お願いがあるんです。

日曜日 はい。

月曜日 東京公論社のシマヒロムさんを呼んでください……。

日曜日 え。

月曜日 ファミマの女ですって、いってもらえばわかると思います。

日曜日 なんで?


 唐突に、闇。

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