• 現代ドラマ
  • ホラー

踊れ!文芸部SS 「フェスティバル応募編」

 がらんとした夜のオフィスで一人、ある女性が動画を見ていた。画面では高校生が調子に乗ってしゃべっている。
「しょうもない餓鬼のイキリ語りに、公開一時間で即十万再生か」
 観終わって、彼女はため息をついた。
 動画のタイトルは『宝田ハヤトのバッグの中身大公開!』。
 仕事でなかったら絶対観ない。
 それにしてもこの動画、まったく意味がわからない。なんだか全部の語尾に、カッコ笑いがくっついている気がするんだけれど、気のせいだろうか。
 こんな薄っぺらいやつ、なんでみんなきゃあきゃあ騒ぐのか。
 だが、大人側からしたら、その人気を利用させてもらう。いや、あやかろうとしている、か。
 さきほど動画で「使っている香水はディオールのソヴァージュ」とかぬかしていたクソガキは、秋から彼女の会社のイメージキャラクターとなる予定だった。
 インフルエンサー高校生こと宝田ハヤトは、あらゆるSNSを駆使して自己表現、というか自分のルックスを世界に垂れ流していた。たしかに格好いい。だが見え見えで鼻につく。宝田はその恵まれたルックスと陽キャぶりで、ファンの心を掴んでいた。大手芸能事務所からも声がかかっているらしい。
 書類を見ると、未成年だというのにすでに複数の案件をこなしている。今回サカエグループが開催するフェスティバルでも、主催側から宝田にオファーしたらしい。つまり、シード枠というやつだ。
 一度顔を合わせたが、とにかく調子のいい餓鬼んちょだった。
「ユカちゃん、ライン交換しましょうよ」
 と言われ、おい待て、お前にユカちゃん呼ばわりされる筋合いはないよ、と顔を引き攣らせてしまった。
 その様子を見て宝田は笑顔で、
「じゃ、次に会えたら、運命ってことで! そのときしましょ」
 と引いたんだか押してるんだかわからんことをぬかした。
「こんなでいいのかしら」
 彼女は肩を回した。今回、夏のパフォーマンスフェスティバルの広報をすることになった。
 やはり客を呼べる参加者が優先だ。
 だが、それでいいのか?
 彼女はスマホを確認した。返信はない。
 いまから自分がしようとしていることに、背中を押してほしかった。

 昨日、会議に参加したとき、わかりきっている報告に飽きて、応募者リストのPDFを眺めているときだった。
 ある高校の名前が目に留まった。
 彼女のアパートの近所にある男子校だった。
 経歴には、三茶ふれあいコンサート出場、とだけあった。珍しくSNSはなし。実績がほぼゼロだからだろうか。その代わりに自己PRは改行なしで四千文字あった。正直、その熱量に怖気付いて、読むのに、ちょっと勇気がいった。
 そして、音を消して、応募動画を観た。
「あっ!」
 彼女は思いだして、声をあげた。秋に三軒茶屋のフリーステージで踊っていた高校生たちだ。ちょうど通りがかったときに、彼女はステージを見ていた。音楽が始まり、サイリウムが光ったとき、なぜだろう。どきりとした。なにかすごいものが始まる。そんな気迫が伝わったのだ。でも、一瞬だけで、どんどんぐだぐだになっていたけど。
「倉橋さん、どうされましたか?」
 司会者が彼女の名前を呼んだ。
「すみません」
 彼女は慌てて動画を止め、頭を下げた。
 会議が終わりかけたとき、彼女は思い切って、
「でも、こういう子たちも入れてみたら面白いかもしれませんね」
 と共有した。
 周囲の反応は芳しくなかった。
「もう決まりかけていますから」
 遠くで誰かが苦言を呈した。
「でも、なんだかみんな、キラキラしているんですけど似たような感じばかりじゃないですか」
 彼女が言うと、
「それはダメなことですか? このコンテストはサカエのイメージ戦略でもあるんですよ」
 そう真顔できっぱり言われたらぐうの根も出ない。
 素人がしゃしゃってくんな、と言っているように聞こえた。
 会議を終え、動画を観返した。
 男の子たち三人が、すごい形相でサイリウムを振り回している。場所に見覚えがあった。世田谷公園だった。

 彼女は会社の帰り、公園に寄ってみた。
 噴水前で、光が動いていた。
「ぜんぜんできないよ〜」
 三人のなかで一番ふっくらしている男の子が地面に座りこんだ。
「サワもん、お前だから自主練しろと」
 背の高い男の子が言った。
「まあまあ。もう一度みんなでゆっくりおさらいしよ」
 そして一人がへたりこむ子を起き上がらせる。
「さんはい、いちにーさんし……」
 カウントしながら彼らは再び振りを始めた。
 彼女はそれを、じっと見ていた。
 何度目かのあとで、ぴたりと揃ったときだ。三人がお互いを見合って、大喜びしだした。
 彼らは特別なんかじゃない。なのに、なぜだろう。
 妙に胸が震えた。
 このままでは、彼らは誰にも見つからない。
 違う。
 わたしは、見つけてしまった。

「帰るか」
 彼女はPCの電源を消した。
 そのとき、スマホが震えた。彼女が師匠と仰ぐ老人からだった。
『倉橋さん、おひさしぶりです。動画観ました。ぼくには彼らの踊りのよしあしはわかりませんが、真剣さは伝わりました。チェーホフの戯曲にこんなセリフがあります。『真剣なものだけが美しい』と。あなたがいいと思ったなら、彼らは美しい。自分がいいと思ったものを、広める義務が、受け取ったものにはある、とぼくは思いますよ。』
「森さん」
 彼女はラインを閉じ、そして窓のほうを向いて頭を下げた。窓の先に、かつて働いていた五反田がある。
 反対されても、ゴリ押ししてやろうと決めた。
 ぜったいに、無難に綺麗に済まそうとするオッサンどもを捩じ伏せてやる。そうでなかったら、なにも変わらない。
 私立一高校文芸部。
 あのときの三茶のコンサートから成長してくれているでしょうね。そうじゃなかったら承知しないんだから。絶対に面白いものを見せてちょうだい。
 由佳子は立ち上がった。
「よっ!」
 ボールペンを持って、さっき見たパフォーマンスを真似てぐるりと腕をまわしてみた。デスクワークのおかげですっかり訛っている。身体中からポキポキと音が鳴った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『踊れ!文芸部』
2024年11月18日発売!

気になってくださった方は…
カクヨムネクストに掲載されています。

https://kakuyomu.jp/works/16818093076932921834

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する