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踊れ!文芸部SS 「フェスティバルPR編」

 半袖を着る人が目立ちだした休日。渋谷のとあるスタジオでは、ぎこちない笑顔でカメラの前に立つ男たちがいた。
「せーのっ、高校生! パフォーマンスフェスティバル! にせんにじゅうよん!」
 無理やりにはしゃいだ振りをしているのは、渡・小林・津川・高橋・赤木・和田の六名である。
「きたる! 八月十六日!」
 小林は作り笑いの限界らしく、喉をひくつかせていた。
「野外音楽堂で開催されます!」
 いつもより声が高めの渡もまた、眉間に溝が深く刻まれている。
「夏の高校生の祭典、パフォフェス!」
 津川は余裕の表情だった。 
「僕ら私立一高校文芸部も」
 高橋はといえば、緊張して挙動不審で、目が虚ろだ。
「参加決定しましたーっ!」
 赤木がやけくそ気味にいうと、周りもがむしゃらに拍手する。
「僕らはこの、ペンライトを使ったパフォーマンスをします!」
 和田がペンライトを震えながら折り、光らせる。
「それってオタ」
 すかさず小林が棒読みでいうと、
「おっと! あとは見てのお楽しみ!」
 赤木が小林の口を手で塞ぐ、嘘くさい演技をした。
「チケット、発売中です! いえ〜い!」
 と隠していたペンライトを全員が掲げた。
 全員笑顔だが、それはもう無理やり笑顔の仮面を被せられているようなものだった。
「カット……二分後に、もう一回いってみようか」

 自分の頭を叩きながら、カメラを回していた男がくたびれ果てていった。
 その後ろでは、大会のPRを担当している倉橋由佳子と、さきほどの高校生たちの担任、西河が、彼らを見守っていた。
 ……たった三十秒たらずの動画、何回やってんのよ。
 由佳子は舌打ちしないように、口をしっかり閉じていた。
 そもそもまずあのでかい二人、いつまでたっても笑わないし、そもそもカメラの前に立ったときに「笑いたくもないのに笑えるか」とか散々ごねていたし。三船敏郎かなんかか。
「おい、しっかりやれや」
 小林が渡にいった。
「お前こそビビってんじゃねえぞコラ」
 渡もまた、対抗する。
 そんな光景を、由佳子は呆れて眺めていた。
「いやあすみません」
 隣にいる、付き添いでやってきた西河が、恐縮げにいった。
「いえいえ、引率大変ですね」
 自分が高校生のとき、こんなに幼稚だったろうか? そんなことを由佳子は考えていた。
「いやあ、それほどでも」
 と西河がにやつく。
 ところでなんでこの人、ずっとわたしのことをジロジロ見ているんだろう。
 そんなふうに思われていることなど気づかず、西河は愛想良く頷いた。
 西河タイチ、彼女いない歴は大学卒業から更新中であった。
 この人美人だな。彼氏いるのかな。でもこういう仕事に燃えているタイプの女性は、恋愛関係は割と薄いってネット記事で読んだような。
 西河は久しぶりに異性、しかも、どストライクの相手と言葉を交わすことができて、舞い上がっていた。
「でもすごいですね」
 由佳子がいった。
「はい?」
「この時代にスマホ禁止の学校なんて。みんなカメラ慣れしてないっていうか」
 無意識のうちに嫌味を言ってしまい、由佳子は慌てた。
 だが、西河はまったく気づいていない。笑ってごまかす姿に、見惚れていた。
 素敵だ。松たか子さんに似ているなあ、いつの時代の松さんかなあ。
「ああ、僕がいたときはスマホが出始めたあたりで、そこまで不便でもなかったですけどねえ」
「先生もご出身なんですか?」
「はい」
「そうなんですね」
 自分の通っていた高校に赴任するなんて、どれだけ母校に対する愛が溢れているのやら。にしてもなぜ照れる? と由佳子はにやけっぱなしの西河に呆れた。
 HEROの頃かな、いいなあ。
 西河はなんとか由佳子と連絡先の交換ができないか、と思案していた。
「ところで、去年三茶のイベントで踊っていたコ」
 由佳子は、彼らがやってきてからずっと疑問だったことを口にした。
「ああ。真ん中にいる小林ですか」
「じゃなくてほかにも」
「川地と沢本」
「今日は?」
「今回はメディア選抜メンバーといいますか。まあ全員可愛い奴らですが、とくに目に優しい面々を揃えてきました」
 西河が自慢げにいった。
「川地くん、でもあのコ、目立ちますよね」
 応募書類だけでは彼らは即落とされるところだった。去年三軒茶屋で、偶然に由佳子がパフォーマンスを見て、拾い上げたのだ。
「まあ発案者ですしね」
「ではあのコが中心になって……」
「今は脇に回ってますけどね」
「へえ」
 あの時受けた勢いが、このマンネリ気味になっている大会の、起爆剤になる。由佳子はそう思っていた。
由佳子は喉がからんだ。スタジオは寒い上に埃っぽい。朝からずっといるので、喉に潤いが足りない。
「あのー、ところで、もしよろしければライン交換」
 西河が意を決したところで、
「のど飴どうぞ」
 いつのまにか津川が二人の前に立っていた。
「なんだよ、みんなのところに戻れ」
 西河が手で払うのを気にせず、津川は由佳子にのど飴を渡した。
「プロポリス入りです。今日はありがとうございます。あと大会に向けての想いを手紙に書いたんで。読んでください」
 津川はキャラクターの絵柄がついた封筒を由佳子に渡した。
「ありがとう」
 由佳子が微笑むのを見て、西河は恨めしげに唾を飲みこんだ。そして津川を睨んだ。
 こいつめ、自分がちょっとばかり顔のいいDKであることを十全に利用して、人懐っこい年下アピールかよ。
 津川が西河のほうを向き、笑いかけた。
 西河は、津川が頭のなかで考えていることを勝手に想像した。
『これはとんだ上玉だ。セカンド中年童貞にはもったいない』
 多分当たっている。津川のその余裕の笑顔は挑戦というより勝利宣言だ。
 津川と西河が無言のまま笑顔でメンチを切り合った。謎の戦いが勃発しようとしていた。
「収録遅れてるんだから、戻れよ」
 西河がないに等しい威厳を無理やり引きずりだして、言った。
「はい」
 じゃあまた、と津川は由佳子に笑いかけて、皆の元へと小走りで戻っていった。
 西河は、忌々しげにその背中を見ていた。あいつ、年上好きだからな。こういう女性が餌食になってしまうのを避けねばならん。
「素敵ですね」
 由佳子は嬉しそうに封をあけた。
 おい感動してるよ。どうせ媚びたこと書いてるくせに。と西河は教え子の策略を苦々しく思った。
「手紙でって、いまどきクラシックでいいですね」
 にこやかに手紙を読んでいる由佳子の横顔を覗きながら、この人と絶対にお近づきになりたい、と西河は思った。
「そういえば、アピール文に『自分を超える、世界を変える』って書いてありましたね」
 由佳子は便箋から目を離さずに言った。
「ぼくが生徒たちを煽るときにいうやつです。ぼくはね、わりと人間ってすごいもんだなあと思ってます」
 由佳子が手紙から目を離し、西河のほうを向いた。
 西河はどきどきしながら、続けた。
「今日、なんの飯を食うか、その選択だけで、未来は知らぬ間に変わるんです。それって、すごいことじゃないですか。でもみんな自分がちっぽけだって思ってるでしょ? 自分は無力で、なにも世の中に影響を与えていないって思っている。何も変わらないなら無理しないでいいって思っている。楽にうまく生きることを教えるのが学校なのかもしれません。でもね、うまくやるって、最近つまんないなって。なんてね。まあとにかく、自分たちは本当はすごいんだ、まったりしてんじゃねえ、熱中できるものを見つけたら、突き詰めろって、そう言いたくってね。なんかずれまくってるなあ、つまり」
 落ち着け俺。松さん(由佳子である)の前だからって!
「はい」
 由佳子は西河の話がうまく理解できないながらも、熱心な教師なんだな、と見直していた。
 じっと見つめられ、そうだ、ロンバケのときの松さんだ、と思いつつ勢いに任せ、ラインを、と口走りそうになったとき、生徒たちがやってきた。
「なんだよ」
「オッケーでたよ」
 和田が一仕事終えたと言わんばかりに首と肩を回した。
「顎がいてえ」
 渡の顔は引き攣ったままだ。
「薄っぺらく笑っていたからじゃねえのか」
 小林が鼻で笑った。
「あんだとコラ」
「やるかコラ」
「いちゃつくなって」
 高橋が割って入って二人を止めた。
「お疲れさまでした」
 由佳子が西河に礼をした。
「あ」
 生徒たちを前にして、ライン交換しましょうなんて、さすがに言えない。
「本番楽しみにしてますね」
 由佳子が言ったとき、
「お待たせえ」
 宝田がスタジオに入ってきた。
「きみ、遅刻よ。前の収録が長引いたからいいけど」
 由佳子が咎めても、
「だったらとくに問題ないでしょ、ユカちゃん」
 宝田は、まったく悪びれなかった。
「いいけど……。次はないわよ」
「ほーい」
 そのやりとりを、西河は恨めしげに眺めていた。
 サングラスなんぞかけて、芸能人のつもりか、しかも、松さん(由佳子である)に向かって、気安くユカちゃん、だと?
 憤っている西河の隣で、津川は目を細めた。
 さすがだな、あいつ。あの歳で完璧に、お堅いタイプの扱いを熟知している。
 そして西河がふてくされたように唇を尖らしていた。
「先生、まだチャンスはある。いまは抑えて」
 津川は西河のシャツを引っ張った。
「なんのことだよ」
 西河はそっぽを向いた。これではどっちが年上なのかわからない。
「あれ、あの子は今日きていないの。川ナントカくん」
 宝田があたりを嘘くさくキョロキョロ見回した。
「川地のこと?」
 代表して赤木が言った。
「そうそうカワダくん」
 こいつ馬鹿にしてやがる。男たちは瞬時に理解した。
「今日はいねえよ」
 小林が睨みつけた。
「カワノくんに楽しみにしとくよって、伝えといて」
 宝田は口笛を吹きながら収録に向かっていった。
 イチ高メンバーがぐだぐだと帰りの支度をしている間に、宝田は一発OKとなり、さっさと去っていった。
 駅へ向かう道で、誰かが「先生、ラーメン食べよー」と声をかけると、西河は怒鳴った。
「即稽古! クソが! 世界を変えろ! 自分を変えてみろっ!」
 通りすがりの通行人たちが、癇癪を起こす西河を不審げにじろじろと眺めていた。

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