情事のない日曜日

キタハラ

1 月曜日の女は罵られる。

「女たちは語りたがっている。しかし、語るためには、対象が必要だ。例えば、彼女たちにとって都合のいい、手の届かない男に、恋をしたりすることで」


1 月曜日の女は罵られる。


 夕方。月曜日の女のアパート。茶ぶ台がある。みずぼらしいもので溢れかえっている部屋。どれもこれも安い、ちゃちなものばかりだ。スーツ姿の火曜日の女は部屋中を物珍しげに見回している。月曜日の女は野暮ったい主婦のような格好だ。


月曜日 あの、お座りになってください。

火曜日 どこに?

月曜日 ……。


 月曜日の女は座布団をだす。


火曜日 ああ、どうもどうも。


 おそるおそる座布団に座る。


月曜日 お茶、いりますか。

火曜日 いりません。

月曜日 ……。

火曜日 ここ、素敵ね。

月曜日 嫌味でしょうか、それ。

火曜日 なんで? そういう捉え方ってどうなのかな。わたしは素直にいったつもりだけど。

月曜日 すみません。

火曜日 わたしの家ね、一度破産して、夜逃げしたことがあるんですよ。

月曜日 ……。

火曜日 見えませんか? わたし。父親が破産して夜逃げした一家の娘に。

月曜日 いえ……。

火曜日 よかった。わたし、そういう匂い、っていうか、影、を消すことばかり考えていたの。

月曜日 かげ。

火曜日 (たばこを取り出し)そういう過去の後ろめたいこと? なんていうのかなあ、自分の人生って、見方次第なところがあるじゃない? 学校でいじめられてたことを、ずーっと大人になっても引きずってる人とかいるでしょ。そういう風になりたくなかったっていうか。外見だけどうとかするってだけじゃなくて、メンタルもそう、やっぱり変えていかないとあれでしょう。わかるかなあ。夜逃げっていうか父のしでかしたことはわたしとは関係ないけど。親のそういうのまで子供が背負うのもねえ。

月曜日 わかるような気がします。

火曜日 そーお? (じろじろ眺めながら)あなた、おいくつ?

月曜日 三十です。

火曜日 あ、タメよわたしたち。

月曜日 お若いですね。

火曜日 あなたが老けてるのよ。


 間。


火曜日 この部屋、あなたのすべてがあらわれてるわね。

月曜日 ……。

火曜日 少女趣味で、雑で、なんか埃っぽくて。カーテン、洗ったことある?

月曜日 なんなんですか。

火曜日 ちまちましたものばかりね、ここ。あなた、サンリオ好きなのね? でも一つに絞れない。わたしも好きよ、これ。ぽむぽむプリン。山田花子も好きっていってたわよね、芸人の。

月曜日 知りません。

火曜日 あー、あんまテレビは観なかった? うちね、一戸建てで、庭があって、自分の部屋もあったのよ。犬を飼ってた。柴犬で、プリンて名前だった。でもね、ぜんぶ失った。久しぶりにきたわ、阿佐ヶ谷。逃げてきたの、一家四人で。全員の布団を敷くこともできなくて、タオルケットにくるまってたわ。そんななのにね、父親が、テレビをすぐに買ってきたの。お金もまったくないっていうのに。親戚に頭を下げてやっと部屋を借りたっていうのに。テレビがなかったらなにしたらいいかわかんないだろ、って。わたしたち軽蔑したわ。テレビを買うなら、捨ててきたプリンを……って。父親はずっとテレビを観ていた。

月曜日 ……。

火曜日 次第に部屋にものが増えていった。母親がせっせと百均で買ってきて。なにもかもがダサくて。安っぽいものが増えていって、父親はテレビを見続けていて。これまでの生活っていうのは全部うそなんだってわかった。しゃれた家具も、居心地のいい雑誌に載っているような空間も、あれは全部うそで、うそをつきとおすにはお金と余裕が必要だった。わたしはそのとき思ったのよ。美しいものには、努力が必要なんだって。そして忍耐力もいるんだって。

月曜日 あの……。

火曜日 え。

月曜日 なにしにこられたんですか。

火曜日 ああ。なんだろう。この部屋はいろいろ思い出しちゃう。そうね、そんなこと関係ないわよね。あの人のこと、好きなの?


 間。


火曜日 どうなの?

月曜日 なんのことをいっているのかさっぱりわかりません。

火曜日 昨日おしゃべりしてたじゃない、新宿のドトールで。

月曜日 ……。

火曜日 あなたは月曜日お休みかもしれないけど、あの人は働いているのよ。営業の途中だったでしょう? それなのに、せっかくあったんだからお茶でもとか、なんだか練習してたみたいなぎこちない口ぶりで。見ているこっちが緊張しちゃった。

月曜日 なんで知ってるんですか。

火曜日 見たから、新宿で。あなた目立ってたわよ。どんくさい格好だったから。まあ新宿歩いてるやつってたいがいどんくさいんだけど、どんくささのステージが一つ上いってるじゃない、あなた。

月曜日 ……。

火曜日 いやわかるんですけどね。うちらみたいな年ってさあ、どんな格好したらいいか悩むことあるじゃない。だれお手本にしたらいいのよ、って部分あるじゃない。まああなた、雑誌とか読んでそうもない感じだけどさ。

月曜日 ずっと見てたんですか?

火曜日 あなたがそうとう頑張ってねばってたのが不憫でたまらなかったわ。それよりもかわいそうだったのはあの人だった。笑顔でいるのも努力が必要なのよ? あなた世間のこと知らないでしょ。こういう部屋でだれにも相手にされないお姫様みたいな暮らししてたら。お姫様はファミマでバイトしないと思うけど。あ、似合ってたわよ、制服。いいかんじに薄汚れてて。でもバイト先、家から近くない? 歩いてすぐのとこだと、呼び出されたりしちゃうでしょ。

月曜日 なんで知ってるんですか。

火曜日 見たから。ていうかしばらく見張ってた。わたし探偵になろうかな。ガルエージェンシーとかってどうなのかな、知ってる?

月曜日 知りません。

火曜日 あのコンビニに毎週あの人が来るのよね。爽健美茶とマルボロライト買うのよね。御得意先が近くにいくつもあるからね。ねえ、あなたがあの人とどうなるとか、思っちゃいないよね? すごくかわいそうだったわ。あなたみたいな人とドトールに入って。別に話すこともないしね。趣味だってあわないわよ。あなた、山登りとかしないでしょ。

月曜日 しません……。

火曜日 そうよねえ、そういう顔じゃないわよねえ。なんか全体的にぼんやりしてるっていうの? 輪郭が。自分から逃げてて甘やかしたかんじ。

月曜日 山登りと自分を甘やかすのって関係あるんですか。

火曜日 はあ? 

月曜日 すみません。

火曜日 ねえ、今日あの人きた?

月曜日 ……。

火曜日 ファミマに。変な気持ち悪いおばさんに粘着されたら、そりゃこなくなるよねえ。

月曜日 ……きましたよ。

火曜日 え?

月曜日 見張ってなかったんですか? 今日、きましたよ。いつもと同じように、爽健美茶とマルボロライト買いましたよ。

火曜日 へえ。

月曜日 昨日はどうも、っていってましたよ。

火曜日 ほお。

月曜日 もういいですか。

火曜日 なんで?

月曜日 なんでって、別にわたしはあの人とどうにかなろうなんて思ってないです。

火曜日 でもオナニーはした?

月曜日 はい?

火曜日 したんだ?

月曜日 なにいってるんですか、あなた。出て行ってください。

火曜日 あー、したんだ。そうだよねえ。するよねえ、男日照りだもんね。

月曜日 いいからもう出て行ってくださいよ。

火曜日 気持ちわるい。

月曜日 ……。

火曜日 ねえ、あの人がどういう会社に勤めてるかとか、結婚してるのか、とかそういうの興味あるでしょ。ドトールじゃ聞かなかったけど。

月曜日 出て行って。

火曜日 そういうの知らないほうがズリネタにはもってこいか。

月曜日 なんなんですかあなた。

火曜日 ただあんたみたいなババアが嫌いなだけだよ。


 火曜日の女が立ち上がる。


月曜日 ひどいことをいうために、人の部屋に押しかけてきたんですか。

火曜日 強いていえば、あんたみたいな人間が心底嫌いなだけ。どんなにひどいことをしてやっても許されそうな顔、あんたしてるよ。毎日コンビニの廃棄食って生きてるからかなあ。なんだろう。この部屋から出ていったとき、わたし、十年くらい前に味わった気分になりそう。女が泣いている、狭いアパートから出て行くのね、それで、真っ赤な夕方で。わたしはどこにでもいけるようなごたいそうな気持ちになるの。わかる?

月曜日 出て行け。

火曜日 そうあの女はいった。そして素直に出て行った。わたしは何者でもなくなってしまう。それが悲しいのか嬉しいのかわからなかった。でも一つだけわかっていたことは、もう決して振り返ることはないだろう、ってことだった。そういう心持ちしか、わたしには持ち物がなかった。


 月曜日の女は睨みつけ、火曜日の女は口を歪める。

 暗転。

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