第3話 真実の糸

僕達はカランに勝利した。手にしたのは、僅かな人生ポイントだ。それだけ、まだ低いレベルの大会なのだろう。もうひとつ手に入れたものは、ハルキとウサコが少し仲良くなれたことだ。しかし大きな問題となるのは、このロボ戦士って金がゲット出来ないことだよ。武器を作ろうにも部品が必要となる。そして、部品も残り少ない。

僕の武器屋に依頼が送られてきた。設計図を完成させてくれ、というオーダーメイドだ。これまで断ってきたのだが、懲りずに三度目の依頼だ。依頼者の名はどこにも記されていないが、凄まじい性能を誇る武器の設計図を送ってくる。パワーですら、僕の作った設計図を上回る。

差出人によると、この設計図には大きな『欠陥』があると記されている。僕にはそれが何か見当もつかない。パワー、バランス、持ちやすさなどあらゆる面で優れている上、回数を重ねる度に設計図は改良されているのだ。はっきり言って、僕の実力では完成させることは出来まい。さらに、僕は自分で一から理想の武器を作りたいのだよ。差出人は誰だ? それよりも気になるのは、僕の武器屋に何故こだわるかということ。他の優秀な武器屋に頼めばいいじゃん。

僕はもっと武器の研究がしたいのだが、ハルキから集合の連絡が入る。どうやら次の試合が決まったらしい。僕は気持ちを切り替え、二人のところへ向かう。ウサコが大体の状況を説明する。

「次は厄介だぜ。ココログループの失敗作、ユキノが中心となるチームだ」

ハルキは、もう少し詳しく説明を補足する。

「『黒い毒』というスキルを持ったトカゲから抽出したスキルを、子供達に植え付ける。ユキノは、その初めての成功者にして失敗作と言われる人物だ。その実験に成功したのは、たったの三人だ。ユキノとやらは、身体能力が低いという、ロボ戦士としては大きな欠陥を持つ。女性であったということもあるが、それは格闘技においては言い訳にもならない。トップにはなれないってことさ。しかしそれは、上位に食い込めるかの話であって、俺達を相手にするぐらいなら十分過ぎる能力だ」

ユキノとねえ。僕は、かつて近所に住んでいた少女ユキノを思い出していた。僕を何故か『兄さん』と呼ぶ少女だ。しかし、ユキノなんてありふれた名は、いくらでもあるさ。同一人物ではないと考えるのが妥当なところ。十二歳だったっけ。そんな小さな少女が戦う訳ないだろう。

そして、また特訓が始まる。チームユキノの試合を見ていると。ロボットから黒い霧のようなものが出てくる。これが、スキル『黒い毒』というものらしい。これを見る限り、合体は余り使わないスタイルだな。

ハルキが作戦を練る。

「チームユキノは、黒い毒を機能させるため、合体を得意としない。黒い毒は、ドーピングみたいなものだ。体力の消耗が、使用者とそれを受けた者、共に激しい。合体すれば頭数が減るため、ユキノの実力を引き出せないからだ」

ウサコがハルキに問う。

「そんなことは知っている。問題は、その打開策だろう」

「うむ。それはチームユキノのスタミナ切れを狙う。激しく動き、黒い毒で強化された攻撃をしのぐ。相手の動きが鈍ったら、たたみかけろ!」

と、ハルキは考えているようだ。ハルキも、この作戦がそんなに上手くいくとは思っていないという表情だ。それだけチームユキノは強い、と予想される。

特訓を繰り返しているうちに、試合の日は近づいてくる。僕が武器のことを忘れそうになるほど、ハルキとウサコは敵チームを警戒していた。リンクシステムに素早く適応した僕だが、それは虹のカラーとやらということは何度も聞いた。よく解っていないが、僕はそれ以外つまり戦略の幅を広げることでしか、このチームに貢献出来ていないのだ。武器もダメ、地力も低い。それでもハルキは三人を合流させた。何時かユメを掴むために。

ひとつ見えないものがあるとすれば、ハルキはロボ戦士として何を目的にしているかということだ。勝利への執念は、遊びの域を超えている、ロボバトルには、まだ見えない人生ポイントだけではないものが、動いているのかも知れない。ハルキもウサコも目的をはっきりと僕に伝えてはいない。それは多分、今がその時ではないと解釈しよう。二人を不快にする可能性もあるからな。

そして、ロボバトルの開始時間が近づいてくる。あれがチームユキノ……。ユキノのロボットは、スリムなな体型をしているな。機動力と火力に重点を置き、防御面はチームメンバーが補うといったところか。試合五分前。ユキノがつぶやく。

「兄……様?」

よく解らないが、戦いが始まる。ユキノの動きが鈍い。ウサコとハルキが少し驚いて言う。

「黒い毒の切れが悪い。理由は解らんがチャンスだ!」

ウサコとハルキは、怒涛の攻めを見せる。ウサコの能力が弱体化する。それを活かすハルキの戦略。僕も微力ながら攻めまくる。こちらも合体はしない。そんなことをしたら、スタミナ切れが僕達に訪れることは明白だもんなあ。

ユキノは茫然と独り言を続ける。

「私は一人の少年に出会った。あの日彼は、何を見ていたのだろう? 弟達は失敗作と呼ばれ、檻の中で生き続ける。自分の価値を見出だすことすら許されなくて……。黒い毒のエキスは私達を蝕んだ。ねえ、兄様。針の穴を通す糸を探しているの? 何万回と繰り返しても、糸は通らない」

僕はチャンスとみて、リーダーのユキノを狙う。一瞬、ユキノはひるんだ。いける! しかし、相手は強い。僕が弱いだけかも知れない。こちらの攻撃は、見切られたのか。ユキノは僕に向かい問いかける。

「少年よ、針に糸も通せない不器用な、そして私の大切な兄様。出会った日のことを覚えていますか? 兄様は、まるで弟達と同じ瞳のようだった。その目に映るものを、私は知らないのです。そして、知りたいのです。兄様はまるで空気のように、当たり前に誰からも相手にされていなかった。それは通りすぎる人波と同じような扱いだった」

僕は、全く予想していなかった訳ではないが、驚く。

「あのユキノか。僕が見ていたもの? それは望む未来が狭くなっていくこと。そんな乾いた、例えるなら狭い世界に落とした見つかることのない巨大な的さ」

僕のバカみたいな話を。真剣に聞くユキノ。

「そうだったのですね。大きな的は、視界に映り続けているからこそ見たくなかった。それはきっと、生き生きとした自分自身を想像出来ないから。手に出来ないから大きい。もし私がその狭い世界に降り立ったなら、見つける自信があります。兄様に求めたオーダーメイドの設計図に足りないのは、私という糸を通すことが出来るパートナーですよ」

「何! あの設計図はユキノが作ったものか!」

驚いたというより、ユキノにそれほどの才能があったことに、嫉妬しているのだろう。

確かに僕は不器用だ。針の穴に糸を通せないという表現も、しっくりきやがる。ユキノは、二人なら設計図を完成出来ると言っているのかよ。『欠陥』とは何なんだ? 僕には、トップクラスの設計図にみえる。ユキノのロボットから迷いが消えたぞ。

「私は戦えるのですよ、兄様。あなたは戦う理由を持たない。黒い毒の力を見せて差し上げます」

「僕は理由を持っている。それが何かは知らない。だが、そう言い切れる。何故なら実際戦っているからだ!」

ハルキが言う。

「なあ、ウサコ。ここはアメに任せよう。例え敗北したとしてもだ。どうやらあの二人、訳ありだぜ。ここを乗り越えればアメは成長する」

ウサコは頷いて言う。

「そうだねえ、私が持っている糸でアメは満足するってこと、たっぷり教えてやらねえとな。あの勘違い少女ユキノにな」

ハルキが大袈裟に笑う。

「ウサコ針に糸を通せるのかよ、少なくとも、俺は見たことがない」

「何だと! 二人して糸の道筋を眺めるだけってか。まあいい。リンクシステム起動! 今回、アメはボスに集中してもらう」

と、ウサコ。ハルキとウサコが、チームユキノのメンバーを圧倒する。僕も負けてはいられない。例え知り合いが相手でもな。黒い毒は強力だが、体力の消費はでかい。

ハルキの言ったことは、間違っていなかった。ユキノは僕との戦いに拘るあまり、周りが見えていないぜ。僕は卑怯にもそれを逆手にとる。負ける気はないぞ、ユキノ。ユキノは疲労で動きが鈍っている。

ユキノは僕に、最後の一撃を繰り出す。

「ねえ、兄様。迷子の私に手を差しのべて下さい。その手には、兄様を助ける百の方法を熟知した私がいます。私は、ココログループから脱退しますからね。拾ったことを後悔はさせません。リンクシステム最大ですから」

その一撃には力はない。僕は軽く受け止めた。ハルキが呆れて言う。

「厄介な迷子だな。黒い毒は、弱点にもなりかねない。まあ俺の言う通りにしていれば、戦力になるだろう」

ウサコも歓迎する。

「真実の糸を操れるのは、私だけだぞ、アメ。ユキノも解っているな」

「ウサギ人間が器用とは、思えないですけど」

と、ユキノ。 ウサコはニッコリ。

「信じるかどうかは、キサマ次第だ。勝手にするがいい」

ユキノの反応が早い。

「おっ、このリンクカラーは、兄様の好みということですか? くっ、真似なんて出来ない。ウサコさん、この時間のずれをひっくり返して見せましょう」

「アホらしい」

と、ハルキ。

「僕もそう思う」

思い出してみると、アホらしいやりとりしかしてないぞ。

この戦いに意味があったのかは、自信が持てないけど……。うるさいヤツが、また一人増えたぜ。次の試合も大事だが、僕は武器屋が本業だぞ。こいつら、それを忘れてないか。僕は笑っている。鉄火面と呼ばれていたのは遠い記憶。思い出したくないことも、ユキノと出会った日も何時か遠くへ。さらば、かつてのワールド。




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