第8話 客人は一人だけ
コーチはユキノを見た。
「ユキノだったな。大切な兄様とやらは、真実の糸に引かれていく。それは何処に在るか、もう気がついているのではないか? それとも、まだ自分にあると心を誤魔化すか」
ユキノは笑顔で言う。
「まだ、あきらめていませんよ。私の持つ糸は、針の穴を通すだけのもの。器用に何でもそこそここなせる。そんな糸です。兄様にはそれこそが必要だって、私にはそれしか無いって解っています。その糸が、切れる寸前であることもね。真実の糸は、不器用だけど強く引っ張る力強さ。それでも、私は兄様の先に続く道しか見ません」
コーチとユキノは、僕の話をしているらしい。しかし、意味が解らん。僕は話についていけない。だが、ウサコとユキノのどちらか一人が、僕から離れていく。そう感じる会話に思えたんだ。寂しいって、僕は思ってしまった。ぼっちだったから。仲間だと思えるから。
コーチはつぶやく、ユキノの耳元で。
「ユキノは客人ではないのだよ」
「えっ?」
これまたよく解らん表現をするコーチだ。客人ねえ。僕は確かに待っていたんだ、強い引力をな。客人という表現はよく解らないけど、僕も、ウサコの持つ『道連れの部屋』と似たものを、心に持っている気がする。道連れではないと思うけれど。それはきっと、共存するための部屋だ。くたばりはしない。僕達四人で生きる。
かつてウサコが言った、プライバシーに踏み込んでいい一つだけの部屋。いつまで経っても踏み込めない。資格がない。ウサコは僕を招待してくれないんだ。コーチはこちらへと歩いてくる。
「アメとウサコの二人には、人生ポイントについてのアドバイスをする。時間のある時に来い」
「ああ」
と、僕とウサコはとりあえず従っておく。時間のある時とは何時だか知らんけど……。
ウサコはコーチを呼び止める。
「待ってくれ、アカリコーチ! 私には触れないのか?」
コーチは真面目な表情を作った。
「残念なことに、私は客人ではないのだよ。やろうと思えば『道連れの部屋』とやらに私は強引に入れる。だが、ウサコには嫌われるなあ。結果的にね。ウサコよ、客人は一人なのだろう? それが『答え』だ。真実の糸を持つと、ウサコは自分で言ったらしいではないか。引っ張れ、引っ張り続けろ!」
ウサコは、曇った瞳で言う。
「私には解らないよ……」
そして、特訓の日々が続く。次の試合相手は、チームカワノ。コーチとハルキは格下と言っていたが、油断はしないぞ。だが、新しい武器のテストにはぴったりだ。格下ということはな。アカリコーチのメディカルの腕は、思ったほどではなかった。しかし、無いよりはずっといい。
しかし、アカリコーチは何時も傍にいる訳ではない。他のチームの指導も行っている。時間がある時ってのは、コーチも含まれていたということだ。だから、僕とウサコは人生ポイントのアドバイスをまだ受けていないぞ。試合が近い。
そして、チームカワノとの戦いが始まる。カワノはメンバーに指示を送る。
「格上相手でも、本気でいくぞ。相手の出方を見て、次の試合の糧としろ!」
「カワノよ、勝ちにいくつもりだ」
と、メンバーの一人。油断したら実力差をひっくり返されるかもな。
チームリーダーは僕だが、実質ハルキの指示でチームアメは動く。黒い毒をユキノが使う。とりあえず合体無しで何処までやれるか、という指示が来た。リンクシステムによるものだ。タイムラグはない。いける!
僕は自慢の剣を降り下ろす。あっさりかわされた。だが、ハルキの目的は誘導だ。ハルキがユキノ特製のロングビームを放つ。これが広範囲に展開され、複数の敵を捉えた。
「こんなのデータに無かった」
と、チームカワノ。だがカワノはリンクシステムを応用し、合体の指示を出す。四身合体かよ。
アカリコーチは今日の試合を見ている。試合前に、ロボバトル自体は専門ではないと、指示をくれなかった。ハルキの指示で、こちらは三身合体。黒い毒担当のユキノは含まれない。タイムラグは僕にはほとんどないが、ウサコには結構あったらしい。ウサコが教えてくれたんだ。
ハルキが一言。
「アメよ。一撃で仕留めろ」
「僕の武器を使うのか?」
と、僕は戸惑う。しかしウサコは。
「私とハルキでバックアップする。アメ、叩き込め! これもアカリコーチの言っていた仲間効果だ」
「ラジャー」
と、僕。僕は剣を振り上げる。
カワノはそれをかわす体勢で言う。
「ナメてるのか。モーションがでかい。余裕でかわすぞ、みんな!」
そうはさせるかよ。ユキノが僕をのせる。
「武器の勝負、これで決まりますかねえ」
ユキノに負けないぞ、武器の勝負。モーションはでかいが、ハルキとウサコの命中率をナメんなよ。そっちこそな。その一撃は凄まじく、本当に合体ロボを砕いた。
「僕の勝ちだ、ユキノ」
「それは違うな」
と、何故かハルキが言う。ちっ、やはり総合力で判断すると、ユキノの武器の方が好評だった。近いうちに逆転するぞ、僕。自分に僕は言い聞かせる。
決着は着いた。圧勝だな。ウサコが手招きする。そうか、アカリコーチのいる今が、アドバイスを聞くチャンスだな。ユキノとハルキは先にお休みルームへと向かった。アカリコーチは呆れる。
「試合直後に来るとは、それほどの実力差があったということ。余裕だったな。試合内容は私の専門ではないので、何も言えないぞ」
ウサコはコーチに向かって言う。
「アドバイスは必要ないのではないか?」
コーチは予想していた。
「やはりウサコは、私と出会う少し前ぐらいに、人生ポイントを使いきっていたか。その後の試合でも、『同じもの』に使ったのだな」
同じものとか言われても、僕には伝わっていない。しかし、アカリコーチは優秀なコーチなのだろう。他のコーチを知らないので、はっきりとは言えないけど。ウサコの何処を見て、あれだけの判断力を発揮しているのだ? 僕には無理だ。凄いぞ、コーチ。
ウサコも驚いている。
「もうバレたか」
コーチはアドバイス(?)を開始する。
「バレたとは、隠していたつもりなのか、ウサコ。そうではないだろう。まあ、これは重要ではないので置いておく。ウサコが人生ポイントの多くをつぎ込んだのは、虹のカラーへの『対応力』だな。大体その辺りの時期に、ウサコとアメに大きな影響を与えることがあった。恐らくアメがウサコに、『道連れにしろ』とでも言ったのだろう。その時働いたのは、ウサコがアメを道連れではなく共に行こうという考え。想いとも言えるぞ。真実の糸とは、アメを道連れの部屋へ招待するための準備に使うものだ」
僕は話に食いつく。
「時期は整いつつあると、ウサコ」
ウサコは怒った。
「勝手なことを言うな、コーチ」
僕の能力に対応しようとウサコはしているのか。そう考えると、僕はチームアメとして生き残り、やはりウサコの気遣いに応え返さないとな。
コーチはこちらをジロリと見る。
「アメは武器屋を続けるのか?」
僕は答える。
「当然だ。今までそうやって生きて来たんだよ」
コーチは首肯く。
「うむ。ならば、アメは人生ポイントを何に使う? 器用さか、力強さか。それとも、戦闘能力のいずれかか?」
僕は、コーチの言っていることを整理する。つまりは直訳すると、武器や能力か、大ダメージを与えるための戦闘能力に注ぎ込むかだ。しかしこの場合、コーチはそんなことを言っていない。よく思い出すと、ウサコの客人は一人と、コーチは言っていた。そうか。コーチは客人の一人に選ばれるための能力を高めるか、自分自身のユメに人生ポイントを注ぎ込むかを聞いている。もちろん、どちらが正解というものではないのだろう。しかし、ウサコの客人は一人だけ。どういう理屈かは知らないけど。
僕は、そこまでウサコを想っているのだろうか? 自分のことなのに、よく解らないぞ。真実の糸とは何なのか僕は解っていないが、それを使ってウサコは準備を進めているらしい。
僕はコーチにハッキリと告げた。
「僕はユメを追い続ける。もしそれでウサコの客人に選ばれなければ、僕の人生はその程度だったということだ!」
ウサコは僕にタックルしながら言った。
「アメよ、覚悟しておけ。私の真実の糸はしつこくそして力強い。この引力から逃れられはしない」
「青春だねえ」
と、お茶を飲みながらコーチは言った。
「そんなんじゃねぇ」
と、僕とウサコ。まあ、どう転がるか? 僕とウサコが共に進むのなら、何時か答えは出るさ。
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