第9話
「身分証もお金も無いなら言ってよ!」
怒ったような言葉をミィナから頂き、俺はゴメンと頭を下げた。
詰め所に連行された俺を救ってくれたのはアマゾネスな格好をしているミィナとアイーシャだった。
犯罪者のように連行される俺をポカンとしながら見送った後、再起動を果たして追い駆けてきてくれたのだ。
なんでも身分証が無い場合は『入場税』成るものを払うことで街へ入ることが許されるらしいのだが、日本円の硬貨とお札しか持ち合わせていない俺は言ってしまえば無一文。
代わりに払ってくれたのが、ミィナとアイーシャである。
「まぁ、それほど高い金額じゃないから良いけどね。私達はカナデに命を助けられた訳だし、それを考えれば御返しとしては少なすぎるくらいよ」
「でもカナデ君。一応は冒険者登録をして、身分証の代わりにしておいたほうが良いと思うよ? これから先、身分証って有ると無いとじゃ便利さも違うから」
どういった場面で必要になるのかいまいち解らないが、しかし地球に居るときもレンタルDVDの会員カードを作るには身分証が必要だったからなぁ。
あくまでも身分証を入手するという名目でなら、冒険者とやらになっておくのも良いかもしれない。
「それにして―――異国情緒が満載って感じだな」
と、俺は夕刻の通りを歩きながら視線を彷徨わせる。
ワイワイがやがやと猥雑に聞こえる営みの音を聞きながら、周囲に広がる街並みを見て感動をしていた。
現代日本のコンクリートで作られた鉄筋の街とは違い、木造、石作り、漆喰、煉瓦と各種多様な作りの建築物が並んでいるからだ。
そして、そんな街中を忙しなく行き来している人々も映画やらでも見たことが有るような中世風な街衣装を身に纏っている。
ミィナ達もアマゾネスな格好になる前はファンタジー的な格好をしていたし、周囲の街並み全ても『THE・ファンタジー』とでもいう様子である。
これで感動しないほうがどうかしている。
しかも周囲の人々に視線を向けると
「なんだか、色々な人達が居るんだな」
と、言うことに気がついた。
ミィナ達と同じ人間の他に、耳の長い憧れのエルフ族。酒樽のような体型をした力強い肉体のドワーフ族。
夢と希望の詰まった獣人系では犬、猫、兎、狐、狸等と多種多様に居る。
この辺りは物語としては良く聞くが、実際に目にすると感動モノである。
獣耳と尻尾が生えただけのタイプも居るが、人狼のような二足歩行をする犬や猫といった風体の奴らも居る。
色々なパターンの種族が視界に入り、ワクワクと言った気持ちが収まることを知らない。
あ、アッチの獣人さんと目があった。
笑顔を浮かべて手を振ってみる。
……舌打ちの後に睨まれた。
「カナデは他の種族を見たことがないの?」
「あぁ、うん。直接見たのは初めてだな」
天空神の記憶と照らし合わせることで目にする人達がどんな種族なのかは解ったが、だからといって俺が直接に見たモノではないからな。
写真付きの図鑑を見たようなもんだ。
なので、こうして眺めて見ているだけで結構興奮してしまう。
一応言っておくが興味があるって意味での興奮だ。
「あ、二人はコレからどうするんだ?」
「私達はギルドに行って、今回討伐したゴブリンの報奨金を貰ってくるつもり」
「今回は結構儲かったもんねぇ。ホラ」
言いながら、アイーシャが手にしていた袋から歪な形をした耳を取り出した。
数珠つなぎに成るように紐で括り付けられているモノで……正直、見た目はカナリ悪い。
「イキナリそんな物を出さないでくれ。色々と迷惑だろ」
「ちゃんと消臭魔法を使ってあるから大丈夫よ」
「そういう問題じゃなくて、見た目の問題だ。後は俺のグロ耐性の問題。
街の往来で、俺にキラキラした液体をぶち撒けさせたいなら大成功だけどな」
どういう原理なのか良く解らないが、消臭魔法なるモノのお陰で無造作に袋に詰まっているゴブリンの耳は無臭である。
生活魔法と呼ばれる物の一つらしいが、正直そういった便利な魔法が有るから文明が進歩しないんじゃないか?と、そう思う。
因みに今のは此処に来るまでの間にアイーシャに教わった内容だ。
と、どうやら俺の発した脅し文句が聞いたらしく、ミィナはゴブリンの耳を仕舞ってくれた。
「カナデの方はこれからどうするのよ? 着の身着のままって感じだし、実際文無しだから宿をとる事も出来ないでしょ?」
「あー、うん。取りあえずは仕事を探さないとな」
「じゃあ、やっぱり冒険者ギルドに行かないといけませんね。何かしらの仕事を探すなら、それが一番手っ取り早いですよ」
「俺、荒事は苦手なんだけど」
「ゴブリンを素手で殴り殺してた人が何言ってるの?」
アレは不可抗力というやつだ。
その場のノリと流れで、戦わなければならない状況になったに過ぎない。
そもそも変身していたからこそのパフォーマンスである。
今だって直ぐに戦えって言われたら、流石にちょっと困るぞ。
あぁ、それにしても、神様と同化しても今までの感覚が抜けないな。
俺って小市民だ。
スタスタと道を行く二人に遅れないように付いて歩くと、途中で二人は服屋に寄っていた。
流石に今の格好のまま街中を歩き回るつもりは無いようで、ミィナはショートパンツとシャツを、アイーシャはゆったりとしたローブを買って着替えたようだ。
アマゾネス装備のままでも俺は良かったんだが、口に出すのは憚られるな。
着替えたことで足取りが軽快になった二人の案内に従って暫く歩くと、程なくして大きな建物へと到着した。
「これが冒険者ギルド、か」
見るからに雰囲気の有りそうなその建物に、思わずゴクリと唾を飲んだ。
もっとも、中に入ると思ったよりも人の数は少ない。
建物の中にはチラホラと人影が見えて、まずは全身鎧姿のおっさん。
ローブ姿のおっさん。
軽鎧姿のおっさん。
街人風の格好をしたおっさん。
どういう訳か『おっさん』ばかりが其処に居た。
いや、一応は俺よりも若そうな連中もそこそこに居たんだが、全体的にはおっさんの比率が非常に多い。
くっ、何だか解らんが凄い場所だな、冒険者ギルドってのはっ!?
「何を怯えてるのか知らないけど、今は時間的に『一仕事終えて解散』って人達が多いってだけだからね? 大体は朝の内に依頼を受けて、夕方頃には帰って来て解散しちゃうから」
「そうなのか? じゃあ、此処に居るオッサン達も仕事を終えた連中ってことか」
「そうよ。まぁ、冒険者の年齢は上を見たらキリがないからね。それでも10代から20代も大勢居るわよ」
「でも、そういった若い年齢の人達は大抵が薬草集めとかの初心者用の簡単な仕事か、弱い魔物なんかの討伐するような依頼を選ぶことが多いですからね。今の時間は大抵仕事上がりですよ」
若い年齢って、お前らも俺より若いじゃないか。
ミィナ15歳、アイーシャ14歳だろ。対してカナデくん19歳だぞ?
……うーん、それを考えるとミィナはアイーシャよりも歳上なのに色々と出るべき所が引っ込んでる様な気がする。クレバス?
ん? そうか。今の理論に当てはめると、若いからコイツラはゴブリン退治なんてしてたのか。
まぁ、アレと戦うのが派手かどうかは別問題だろうが。
「それじゃあアイーシャ、私が換金してくるからアンタはカナデのこと案内してあげたら?」
「そうですね。今のうちにカナデ君も冒険者登録を済ませちゃいましょう」
「あ、やっぱりやるの」
「やっておいた方が良いですよぉ。その方が仕事の斡旋もして貰いやすいですから」
薬草集めとかなら、現物を見ながらだったら俺にも出来るだろうか?
なにせ自慢じゃないが、俺が知ってる花は『ひまわり』と『朝顔』と『バラ』の3つだけだからな。
植物の正確な形を覚えられる自信はないぞ。
桜? アレは花って言うよりも樹だろ。
「カナデは戦闘能力は高いのに、どういう訳か体力が無いものね。でも、それなら最初は体力が付きそうな仕事をすれば良いのよ」
「体力が付きそうなって……。冒険者って、戦ったり薬草集めが仕事じゃないの?」
「……カナデ君の中での冒険者がどうなってるのか気になる」
「ま、仕事の種類はいっぱい有るわ。それこそ本当にいっぱいね。解りやすい冒険者っぽい仕事だけじゃなくて、街の中で出来るような雑用みたいな仕事も多いわ」
「そう、なの?」
首を傾げる俺に二人は『付いて来て』と言いながら歩いていく。
着いた先はやたらと大きな掲示板の前である。
「普通の依頼はこういった掲示板に張り出してあって、えぇっと―――あった」
貼り付けられてる神をミィナが剥がすと、其処には見たことのない文字で
『倉庫整理。5時間、5000リル』
と書かれていた。
コレって冒険者の仕事なんだろうか?
「冒険者って、何でも屋さんみたいな所があるからね。こういった雑用系の仕事が結構ギルドに張り出されてるのよ」
「私達も最初の頃は良くやりましたよねぇ」
懐かしむようにしみじみと言っているが、俺としてはこの二人は討伐系の仕事は早かったんじゃないかと思える。
もっとも、話していた内容を考えるにそっち系の方が儲けは良いようだが。
とは言え、5000リルというのが高いのか安いのか良く分からん。
いや、高いって事はないんだろうけどさ。常識的に考えて。
「でも、適当に掴んだヤツだけど、この手の仕事はカナデには丁度良いんじゃない? 体力なんてのは動いていればその内に付くし。倉庫整理は1に体力2に体力だから」
「そうですね。助けて貰っておいてこういうのも何ですけど―――流石に私達はカナデ君を養う気はないですし。
カナデ君が独り立ちするにも、体力を付けるのが一番の方法でしょう」
「うっ……」
確かにそうだ。
この二人は善意で此処まで連れてきて説明までしてくれたってだけで、保護者って訳じゃない。
天空神の記憶も全て見た訳じゃないから何とも言えないが、恐らくは元の世界に帰れる可能性は低いのだろう。
この世界で生きていく為には、やはり最低限は動ける身体が必要だ。
「ゴメン、二人共。何だか甘えてたと思う」
「良いよ気にしないで。まぁ、カナデは急に知らない場所で目覚めて右も左も分からないって状態だったんでしょ?
私達も助けられた恩が有るし、コレくらいはね」
命を助けられたんだから、相応のことはしろ―――と考えなくもないのだが、しかし俺の居た国での感覚を此処で適用するのは少し違うような気もするしな。
それに、実際この二人にあまり迷惑を掛けるべきでもないと思ってるのも事実だ。
街に着くまでの間も、街に入るときもそうだけど、随分と格好悪い所を見せてるからなぁ。
「それじゃ、私は行ってくるわね」
「はーい。いってらっしゃい~」
「任せなさい。色つけて貰ってくるからね」
こういう所で受け取る賞金を『
と、思いながらも俺は意気揚々と進んでいくミィナをアイーシャと一緒に見送った。
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