第3話



 さて、天空神とやらが言うには、奴はこの世界では既に忘れ去られつつある旧き神であるらしい。

 嘗ては最高神として存在していたのだが、人々の記憶から次第に忘れ去られていき、今ではその力を殆ど失ったというのだ。

 神とやらは信仰を糧に生きる存在モノであるらしく、ソレが薄れると徐々に弱っていくということで、


「誰にも祈ってもらえない状況で、お腹が空いて今にも死にかけていると」

『うむ。まぁ、そういうことに成るが。妙に悪意を感じるな表現だな』


 ソレは神の考えすぎだろう。だが、今にも死にそうっていうことだけは理解が出来た。人間もボッチだと寂しくて死んじゃったりするからな。

 その辺りは神様も同じなのかもしれない。


「けど、最高神だったって言うことは、結構な数の信者が居て力を奮ってたんだろ? 俺一人の適当な祈りだけでも喋れる程度に回復するって、結構お手軽なのか?」

『それが不思議な事では有る。我はてっきり、人生の数十年を我に祈ることに費やしたような聖職者きょうしんしゃが数百人単位の生贄を捧げた上で祈りを捧げたのかとばかり思ったのだが……』

「生贄って……」


 何とも物騒な話だ。そりゃ、俺だって命を糧にしたことがないなんて言わないが、それでも面と向かって生贄なんて考えをしたことは無い。

 さっき迄は少しだけ同情していたが、天空神こいつが生贄を欲しがるタイプの神なら考えを改める必要が有るな。


『いや。我に限らず生贄という工程を踏むことで、生命の持つ魂が良質な糧になりやすいのだ。取り分け人間の魂はな。だが人の世では生贄という手法は忌避される。後々の自身への風評を考えるのであれば十分な信仰が有る状態でわざわざ選択する方法モノではないな』


 成る程。まぁ、そりゃそうだな。まともに頭の回る奴なら、自分の名前に良くない噂がつく方が後々に厄介だと解るだろうからな。

 しかしソレを考えると、今のコイツはそういった外聞を気にする余裕もなかったくらいに弱っていたってことか。

 神ってだけで、何でも思いのままって訳でもないんだな。


「でもそうなると尚更、俺の祈りなんかで其処までの効果があったのが理解出来ないんだけど?」

『……うむ。恐らくは、お前と我の親和性が異常な程に高いのだろう。天空神にして最高神たる我と、コレ程迄に高い親和性を持つことを末代まで誇るが良い』


 死にかけていた奴と親和性――要は『似てる』とか言われても、正直嬉しくも何ともない。

 しかもこのままだと、俺がその末代になりそうだし。


「あ、それじゃあ、祈りを捧げて力が回復するなら、俺が何度も祈れば力を回復させることが出来るってことだよな?」

『うむ?』

「そうすれば、神の奇跡みたいなのを起こして、俺をココから出すってことも―――」

『ソレは無理だ』

「なんでっ!?」


 折角思い浮かんだ妙案を、奴はアッサリと否定してくる。

 あんなので喋れるくらいに回復するなら、俺が何度も祈れば神様らしいことだって出来る様になるんじゃないのか?


『今現在も貴様からの祈りの力が我に注がれているからこそ、こうして会話が成立しているのだ。貴様が今以上に信心深く、我を崇め奉り誠心誠意に心を込めて祈るというのなら不可能でも無いが……無理であろう?」


 確かに、ソレは無理だ。

 そもそも俺は、お国柄も有るが信心深いほうじゃない。

 今更、神に本気で祈るなんてのは出来そうにない。


「じゃあ、結局……俺は此処で死ぬってことなのか」

『むぅ、どうした人の子よ? 今にも死にそうな雰囲気だな?』


 今にも死にそうだったやつに言われたくない。

 が、俺は少しばかり心が参っている。

 愚痴を零すつもりで、俺は天空神に対して泣き言を吐露するのであった。

 結果、


『―――むぅ。それは何と言うべきか……運が悪かったな?』

「運が悪いで済ませるなよ……」


 一通り話をした後に言われた台詞がソレであった。

 天空神の奴が言うには、俺は所謂『神隠し』に有ってしまったらしい。

 本来ならば繋がることすら稀な確率で、別の場所へと通じるトンネルが現れることが在るらしい。

 つまり瞬間的にだが、俺の家の玄関とこの世界の平原が繋がってしまったというのだ。

 で、一歩踏み出してしまった俺は違う世界にコンニチワ。

 繋がったトンネルも一瞬なので無くなって、俺だけが下車して置いてけぼりとなった訳である。


 神隠しが解らない? ソレついては独自に調べてくれ。


『しかし、確かにこのままでは貴様は死ぬな。人間は我等と違って燃費が悪い』

「…………ッ」

『今しがた調べてみたが、今現在この場所から抜けるための出入り口は存在しないな。いつの間にか埋められていたようであるな。どうりで此処2千年程、誰一人して信者が来なかったわけだ』

「2000年間も気が付かなかったのよ」

『神からすれば、『ちょっと長いな』といった程度であるからな』


 何とも間の抜けた話だが、出口がないと言うのは俺にとっては死刑の宣告に等しい言葉だった。

 しかも水は有るが食料は無いといった状況で、徐々に飢えて餓死をするという、想像しても楽しくはない宣告である。

 あぁ、気持ちが下降方向にスパイラル気味に落下する。

 自殺をしたいとは思わないが、苦しむくらいなら楽にしてくれってなりそうで怖い。


『そう悲観をするな人の子よ。お前は実に運が良いぞ』

「いや、こんな状況に陥ってる時点で運が良いとは言えないでしょうが」

『いいや。確実に運は良い。どうだ、我と取り引きをせぬか?』

「は? 取引?」


 ガクッと項垂れていると、奴は『これ、妙案』とでも言いたげに問い掛けてきた。

 やはり妙に人間臭い奴である。

 だが、言っている言葉の意味は理解不能だ。なにを言ってるんだ、コイツは。


『つまりだ。人の子よ。我と合一せぬか?』

「……なんだって?」

『合一せぬかと』

「そうじゃなくて、どういう意味?」

『合体せぬか?』

「は?」

『我と一心同体となり、現人神あらひとがみとならぬか?』


 漸くなにを言っているのか理解が出来たけど、なんでそうなるの?色々と話しが飛躍しすぎて意味が解らないんだけど。

 と、顰めっ面を浮かべた俺に、奴はとつとつと語りだすのだった。


『簡単な話だ。貴様はこのままでは飢えて死ぬ。我もこのまま貴様が死ねば信仰不足で存在そのものが消えてしまう。ならば貴様と合一を果たすことで、御互いの必要とするモノを補おうと言っているのだ。確かに今の我には奇跡を起こすほどの力もないが、貴様と合一を果たし肉体を得れば多少なりとも力を振るうことも出来るであろうよ』


 要は、死にかけてる今の状態では何もしてやれないが、俺と合体することで多少は元気になるので力が使えるということか。


「じゃあ合体することで、俺は此処から出る方法を得ることが出来て―――」

『我は貴様が死ぬまでの間、生き長らえることが出来る。そのうえ、お前が我の名を世界中に知らしめれば後々も安泰に成るという―――おぉ、素晴らしい、一挙両得というやつではないか』


 ……恐らくは後半部分の方が奴にとってのメインなのだろうが、しかし内容自体は悪くはない。

 寧ろ自分の助かる確率が出てくるだけ有り難い。


「けど、それって大丈夫なのか? お前に体を乗っ取られたりするんじゃ……」

『失敬な物言いであるが、今は許そう。そして安心するが良い。貴様という器に我が混ざるだけのことよ。貴様の持っている意識や人格には何ら影響は出はすまい』

「本当か? 嘘だったら本気で呪うぞ?」

『疑り深いな貴様は。最強にして最大の力を与えようというのだ、伏して受け入れよ』


 死にかけてた奴が『最強』とか言っても、全然信憑性の欠片もないんだが。

 しかし、コレほどまでに疑い深い俺が神との親和性が高いってのはどんな皮肉なんだろうか? 世の中の宗教家の人に申し訳ない気持ちになってしまうよ。


「……分かった。俺は何をしたら良いんだ?」

『この神殿の中央に力点が有る。貴様は其処に手を重ねるだけで良い』


 神殿って……。まぁ、神が祀られていたのなら神殿とは呼べるのかもしれないが。

 中央って言うと、足元の魔法陣の真ん中ってことだろうか?

 俺は言われるままに光の中心点に手を置く。


『良かろう。ではコレより貴様に我の全てを授けよう。この日この時をもって、貴様が天空神ボルヴァーグである―――』

「―――っ!?」


 と、奴の声が聞こえた瞬間、足元の魔法陣が一際強く輝いた。

 眩しさに目を瞑ったのとほぼ同時に、何かが手の平から流れ込んでくる。

 身体の中にお湯が流れていくと言った表現がピタリと来そうな、そんな感覚だ。


 しかし、その感覚もほんの数秒ほど。

 足元の魔法陣も光を失ってただの地面へと姿を変える。


「なんだ。……神と同化するって言ってもたいしたことはない―――」


 ドクンッ!


「ぇッ!?」


 苦笑を浮かべて強がりを口にしようとした瞬間、胸の奥、心臓とは別の何かが動き出した。

 だがソレは内側から膨張するように体の中をジワジワと侵食し、中身を削り、抉る様に広がっていった。

 コレは何だ? 痛みが酷く、広がっていくっ!


「―――ぐぁ……ぐぅ」


 入り込んだ何かが身体の中で暴れている。血管や筋肉や骨の間に何かが差し込まれていくような痛みを全身に感じるッ。

 駄目だ。こんなのは立っていられない。

 苦しい。痛い!痛い!痛いっ!!


「ぐぁああああああああああああっ!!」


 絶叫するような一度目の叫びを上げた後、何度痛みによる悲鳴を上げたか解らない。

 のたうち回り、地面を掻き毟り、力任せに大地を叩く。

 落ちているチョットした鋭利な石を見つけては、体の内側から走る痛みを誤魔化そうと自身の体を傷つけるような自傷行為迄してしまった。

 だがそんなことでは収まらない。抑えられなかった。

 只々苦しい。自身の内側から膨張を続ける何かが、身体の中で収まりどころを探そうと全身を刺激し続けていたからだ。


 どれ程の時間をそうしているのか解らない。

 ほんの1~2分程度なのか、30分は経ったのか定かではないが、やがて体力の低下によって声をだすことも出来なくなり、痛みに反応する気力さえも無くなってきた頃……俺は意識を失ったのであった。


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