第4話



「あぁ……死ぬかと思った」


 ぼんやりとした視界に溜め息を吐きつつ、俺はグッタリと寝転がっていた。

 全身に染み渡った激しい痛み。今ではソレが、この身体に馴染むために必要なことだったとを理解できる。


 天空神の持っていた記憶を『知識』という形で受け継いだことで、知ろうと思えば其処から情報を引き出すことが出来るからだ。


 その為、先程の叫びたく成るような痛みの理由もちゃんと調べがついた。

 だけど、言っておけよ! 『死ぬほど痛いぞ』くらいさ!!


 因みに記憶を受け継ぐ―――ではなく知識として吸収しているのは、神と人間の存在の仕方が違うからだろう。

 精々100年程度しか生きない人間が、2000年を『ちょっと長い』で済ませてしまう様な神の記憶を完全に受け入れられる訳がないだろう?

 そんなモノを人間の脳細胞に刻み込んだら良くて発狂、悪くて神経が焼ききれて廃人になってしまうよ。


 だから何というか……頭の中に辞書が有るような、そんな感じだ。しかも長大で長過ぎるうえに、順不同で整理がされていない辞書。

 調べようと思えば調べられるのだろうが、ソレをするには非常に面倒という代物である。

 ウェブ検索みたいな機能がついていれば楽なのにな。

 知識ソレを使うことで先程の痛みも理解は出来たのだが、同化する前に説明の一つくらいしろよ。なぁ?


 だが無事に同化が済んだことで、先程までの自分との違いも良く解る。

 有名なバトル漫画に出てくる緑色の宇宙人が、同族と合体を果たした際に声を上げて興奮していたが、その気持も今の俺には理解が出来てしまう。

 ソレほどまでに力が漲っているのだ。


 言ってしまえば神人類しんじんるいとなったとも言える。


「――あぁ、くそ。しかし頭が少しフラフラするな」


 意識が飛んでいたことと関係があるのか、何やら声が妙に頭の中で反響するようにも感じる。

 なんなんだ、この状態は?


 軽く頭を抑えようと手を伸ばす……が


「……なんだ、この手は?」


 視界に映った自分の手? に、俺は思わず疑問を口にした。

 いや、何も酷く変形をしたとか、観るも無残なほどにタダレたとかではない。

 あー、いや、ある意味では観るも無残な状態と言えるのかもしれないが。


「鎧、なのか?」


 手首を返し、可能な限り自身の手を隈無く見た感想がソレだった。上手く説明しようとしても言葉が出ない。其処にはまるで鎧の手甲を身に着けたような手が有ったのだ。

 とは言え、本物の鎧のように無骨なものではなく、もう少しシャープな物だが。


「え? なんで、俺はこんな……何がどうなってる?」


 確認するように反対側の腕を見てみれば、どうやら右も左も同じような状態に成っているようである。

 それどころか、脚も身体も……


「おいおいおい……っ! どういう事だ?」


 訳が分からない。

 立ち上がった俺は川辺りへと移動し、其処に流れる水を覗き込むようにする。


「……メタル系ヒーロー?」


 其処に映っていたのは普段から見慣れた俺の顔ではなく、アニメや特撮にでも出てきそうなメタルボディの姿であった。

 メカメカしいデザインをしているので、バッタ系改造人間というよりも特殊装備装着型の宇宙刑事か?

 ……いや、其処まで無骨なデザインじゃないか。フォルムとしてはかなりシャープで動物的な感覚を受ける。

 身体の関節部分はパーツがスライドするように成って可動域を広げてるのか? いやぁ、上手く出来てるなぁ。

 しかも、目の部分はバイザーではなくデュアルアイとは……。デザイン担当は天空神の奴なのだろうか? だとしたら良いセンスだと褒めてやりた所だ。


 もっとも、


「なんで、こんな格好をしてるんだ俺は?」


 といった疑問は残る。

 あぁ、クソ。

 また調べなくちゃならないのか?

 頭の中の辞書に呼び掛け、今の状態に成っている理由を『予想』する。

 言っただろ。すごく面倒だって。


 神というのは研究者じゃなくて、力のある『何か』なんだ。

 その為、人間の学者とは違って理論も理屈も関係なく諸々をすっ飛ばす。

 結果だけが其処に有るようなものなんだよ。

 そんな神の知識だ。国語辞典のように調べようとしても中々に正確な答えには辿り着けない。

 数々の記憶の中からソレらしい事柄を拾い集め、『恐らくはこうだろう』といった予測を立てるしか無いのである。


 あぁ……面倒くさい。


 そして

 10分――30分――1時間と、腕を組んだり座り込んだり横になったりしながら悩んだ結果、コレは神の力を行使しやすい形に変身したのだろうと結論づけた。


 太陽系第三惑星地球に数多く生息している貧弱ボーイの1人でしか無い俺が、神と同化したからといって何でもかんでも出来るのか?

 いや、出来るわけ無いだろ。


「まぁ、だからこその変身なんだろうが。あー…」


 どの程度のことが出来るのか?

 残念ながらサッパリ把握できない。

 試しに、と、足元に転がっている石を拾い上げて握りしめてみる。


「あれ? この感じなら」


 バギリッ!!


 と、ほんの少し力を込めると石は粉々に砕け散ってしまった。

 思わず「おー……」なんて口にするが、凄いと思うと同時に『こんな格好をしていて大したこと無かったら地獄だもんなぁ』といった感想も思い浮かぶ。

 主に羞恥心で。


 ついでに、軽めに跳躍をしてみると、赤い帽子の配管工くらいにピョインと軽々に身体を浮かせてしまった。

 どうやら色々と、今の俺の身体能力は冗談みたいに成っているらしい。


「―――だが、コレだけ身体が強化されてるならアソコから出ることも出来るか?」


 そう言いながら向けた視線の先は、天井にある穴である。

 外からの光が漏れていることから外に通じているのは確かだろうが、利用することは物理的に不可能だった出入り口だ。


「今なら本気でジャンプすれば、もしかして―――」


 なんて、簡単に考えたのが間違いだった。

 なんだかんだで、俺は結構浮かれてたんだろう。


「せーのっ!」


 勢い良く足に力を込め、一気に解放した俺は


「―――うおぉおおおおおおお!? こぇえええええええッ!!??」


 弾丸の様に飛び上がり、凄まじい速度で地面から天井に向かって飛び跳ねる。

 昔乗った事がある、テーマパークのアトラクションが確かこんな感じで―――あーッ! 怖いぃッ!!


「けど、コレなら届―――かないィッ!?」


 もう少しという所で失速し、俺の手は宙を掴むようにバタバタと動くだけだ。

 当然、何も掴めなければ身体は重力に引かれて落ちていく。

 しかも空中でバランスを崩し、背中から地面に真っ逆さまである。


 オイオイ、巫山戯んなよっ!

 神の力だぞ? ソレを手に入れておきながら―――いや、それにしては色々と使い勝手が悪くて悩んだりもしてる訳だが、それでも神の力でって……


「うぉおおおおお!? シートベルトをくれぇえええええ!!!」


 大声を叫びながら落下する俺は、バタバタと手を動かしながら空中で藻掻く。

 無意味だと理解しながらも、何かせずにはいられない。

 アレだよ! 溺れる者は何とやらって奴だ!

 まぁ、掴む藁すら無い状態なんですけどーーーーーーっ!!!


「うぉおう!? 今度なんだっ!?」


 突如ガクン! とムチウチにでも成るんじゃないかといった衝撃が走った。

 其の刺激に驚きながら周囲を見れば、いつの間にか落下が終わっている。


 いや、別に地面に墜落して落下が終わったとかじゃなくてね、それだったら流石に『ドカァアアンッ!!』なんて効果音が付いて回るだろ?


「浮い……てる?」


 ふわふわと、覚束ないような感覚では有るが身体が宙へと浮いていた。

 龍の玉的な物語には空を飛ぶキャラクターが多数登場しているが、もしかしてそういった感じで俺も飛んでいるんだろうか?

 修行もしてないのに舞○術を覚えちゃったのかっ!?


 ―――って、いやいや、流石にそんな訳がない。

 コレはアレだ、きっと、さっきから言ってる神のよく解からん力の一つだろ。

 それが証拠に、俺には『気』がどうしたとか『魔力』がどうしたとかさっぱり分からないからな。


 落ちたくない―――って思ったからこんな風に浮いてるんだろ。きっと。

 だからこう、移動したいって思えばもしかしたら


「おぉ! 動くぞ!」


 コレならば天井に向かって、一気に飛ぶようにすればアノ穴までひとっ飛びだな。


「……え?」


 そう。

 飛ぶようにすればなんて考えた瞬間、背中やら脹脛やらから何か『キュイーン』なんて音が聞こえ始めた。

 オイ、絶対なにか良くないことが起こる音だろコレぇ!?


「ちょっ待―――」


 ガゴォオオオオンッ!!!


「…………」


 ―――な? 激突したらこういう風に効果音が付くもんなんだよ。うん。

 ただ残念なことに、俺が今どんな状態なのかを自分で確認することは出来ないけどな。


 何せ頭が天井の岩肌に突き刺さっているからだ。

 恐らくは天井からだら~んと首から下の身体が垂れ下がった、酷いデザインのオブジェに成っているんだろう。

 パラパラと舞い落ちる岩肌の破片をアクセントにして、な。


 って阿呆なこと考えてる場合じゃないっ!


「………………っ!!」


 頭が突き刺さった状態から何とか復帰をしようと藻掻くが、バタバタと手足を動かすだけで少しも上手くはいかない。

 頭の突き刺さっている周辺に手を当てて引き抜こうともしてみるが、それでも足場が無いせいか上手くいかないのだ。


「………っ! ……………ッ!!」


 因みに呻くような声しか聞こえてないと思うが、突っ込んだ頭の方では凄い大声で叫んでるんだ。


 『ちくしょうっ!』とか、『巫山戯んな!』とか、『こんな天井に頭突っ込んでウネウネしてるのが神様!?』とか、『必殺技とか持ってねぇのかっ!!』とかな。


 ただ最後の必殺技云々に関しては『あ』と思ったよ。

 そもそも宙に浮いた時もそうだ。

 俺は力の使い方が良く解っていないだけで、何かしらの事が出来るはずなんだよッ!!


 だから、えーっと……必殺技だ!


 何かこう、首の上の岩盤ごと一気に吹き飛ばせるような必殺技を―――って、なんだ今度は?

 胸の辺りがガシャンガシャン動いてるんだけど?


「…………ッ!?」


 何事か―っ!?

 と叫んだ瞬間天井の岩肌は吹き飛んだ。

 そして重力に引かれて再び落下していってる訳だが、今は浮遊感よりも胸元から出てる眩しいレーザー光線みたいな物のほうが気になって仕方がないっ!!!


 何だ何だっ!?

 舞○術の次はかめ○め波を覚えたのか俺はよぉ!!


 ………あ、いや、か○はめ波は手から出すから、胸から出てるコレは違うか。


 って、言ってる場合じゃないなっ!


 そんな言ってる傍からレーザーが天井を破壊して周囲の岩肌を破壊して、とにかく周り中をブッ壊しまくってるよ!?

 地面に着地した後もアッチ向いてもコッチ向いて破壊光線が出っぱなしだよッ!!


「止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれぇぇぇぇぇいーーー―っ!!」


 慌てながら情けないくらいに何度も叫んで居ると徐々に胸元のレーザーの光が弱まっていき、ユックリとしぼむようにしながら消えていってくれた。

 だが其のせいで周りは土煙に包まれて視界は最悪。


 其のうえ、キラキラとしていた岩肌はグダグダに砕けて戦場の爆心地のようである。


「消えた……消えたけど……。何だってこんな疲れることが次々と」


 体力の方は不思議と問題ないのだが、精神的にキツイ。

 あぁ、ホラ。ちょっと目眩がするし。

 単に脳味噌の糖分エネルギーが切れただけかもしれないが、ソレはそれで問題が―――


「え? 天井?」


 不意に暗くなった視界の光量を不思議に思い、空を見上げて見た。

 しかし天井が吹き飛んで広々とした青空が見えるなんてことはなく、落下してきて直撃寸前の大岩なのであった。


「おぉおおおいっ!!!」


 立て続けに起きている俺の不運な状況。

 あまりといえば余りの仕打ち、きっと映像化して一般公開すれば世界中が涙することだろうよ。



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