第5話



「オラーーーッ!!」


 自分の上に降り注いだ岩盤の数々をその手で次々と破壊し、見事に生還を果たした―――いや、ごめんなさい。

 嘘です。


 本当は一度埋もれました。

 岩盤の数々に押しつぶされて、そりゃあもう駄目かと思ったよ。

 けれど、まぁ、アレだ。


 軽く力を込めるだけで石を握りつぶしちゃうよう俺だよ?

 全力で動けば抜け出すくらいは分けないだろう、と。まぁそう考えて拳や蹴りやらを振るった訳ですよ。


 そうしたらこう、無事に抜け出すことに成功したってわけだ。

 ……まぁ、その過程で天空神とやらの最後の神殿は、二度と陽の光を浴びることがない程に瓦礫の下に埋まってしまったわけなんだが。


 あぁ、しかし


「陽の光を浴びるってのが、こんなにも気持ちの良いものだったとは」


 ポッカリと空いた大穴の上に広がる青空。

 そして差し込むように降り注ぐ陽の光に、俺はちょっとした感動を覚えていた。

 いや、メタルボディに紫外線が降り注いでるだけなんだけどさ。



 それに、だ。

 この状態ならさっきのように空を飛んでも突き刺さら―――じゃない。

 空を飛べばこの場所からの脱出も出来るはずだ。


「よーし。今度こそ……っ」


 口にしながら慎重に宙へと浮かび、そして空を見るようにしながら意識を集中する。

 背部と足元から先程も聞いた耳に残る高温が聞こえるが、今度は上手くやってみせる。


「行くぞ―――ぉおおおおおおおおおおお!? は、はやいぃいいいいいいい!!!」


 急激な加速に驚きながら、俺は魂の叫びを口にして空を駆ける。


 と、しかし何だ?

 加速に依るGは感じいているのに、その影響を殆ど感じない。

 アレだよ。

 ジェットコースターとかに乗った時の、腹の奥がキュッと成るような感覚。

 それどころか平衡感覚にも異常はなく、自分の状態を把握することが出来ている。


 ……これも神の力の一端ということなのか?


 と、


「あっという間に空高く、か。さっき迄俺が埋もれていた穴……いや、瓦礫があんなに小さく」


 調整をしながら空中で静止した俺は、寒風吹きすさぶ大空で腕を組みながら今後について考えることにした。

 いや、だって異世界だよ?

 意味分かんないだろ?


 そもそも天空神の記憶ってのだって基本的にはヤツの主観でしかなく、そのうえ2000年以上更新されてないから役に立たないモノが多くて使えないし。

 だいたいこの世界の人間じゃない俺が、生活基盤も何もない状態でどうしろって云うんだよ?

 アレか? 冒険者にでも成って神の力を使って大型モンスターでも狩って、『スーパールーキ』だとか『特別昇格』だとかのテンプレでもしろってか?


 ………いや、そもそも『こんな格好』してる人間が冒険者とかなれんの?

今の俺ってば生身じゃなくてキラッキラのメタルヒーローみたいな格好してんだけど。


 ちょっと想像してみるか。


 薄暗い建物。其処には鎧姿の者やローブを着込んだ者など、雑多な服装をしている者達で溢れかえっていた。

 性別や種族に一貫性はなく、共通点が有るとすればソレはただ一つ。

 皆が一様にギラついた目をしているということだけだった。

 彼等はそう、冒険者と呼ばれる者たちである。


 そんな中、彼等が集う冒険者ギルドの入り口を仕切る扉が無遠慮に開かれた。


 其の音に敏感に反応する冒険者たち。

 視線を向けると其処には―――


「冒険者になりに来た、メタルヒーローです!」


 くぐもった声で声を発しながらサムズアップを決める、異形のマスクマンが1人。

 陽光を反射してきらめく姿。

 其の姿は周囲と比べて余りにも異彩を放っていた。


 ………いやぁ、ちょっと無理がないかな?

 異彩を放ちすぎだろ。


 無い無い。

 俺に冒険者とか無理だよ。

 基本的に冒険をしないで温々ぬくぬくと今までの人生を歩んできたっていうのに、いきなり冒険しろとか無いわ。

 そもそも、普通の生活の中でどうやったら冒険が出来るようなスキルが身につくってのよ?

 俺なんて四頭身くらいのガキの頃にキャンプに行ったことが有るくらいだよ?

 しかも飯盒炊飯も出来ないくらいの、バリバリのサバイバル初心者だからね。


「この世界って、高卒資格者が有利に働ける場所って無いのかね?」


 無いんだろうけどさ。

 あぁ、もう兎に角、人の居る所に行ってから考えよう。

 何か、こう、レーダー的なものって無いのかな?

 コレだけメタメタしい格好してるんだから、少しくらい有っても良いんじゃないかって気がするんだけど。


「―――うぉっ。何だこれ? 情報がやたらと頭に入ってくる……ッ」


 本当にレーダー機能のような物が搭載されているのか、頭の中に周囲の地形や動植物の有無まで次々と浮かび上がってくる。

 あたたたた!

 こんな一気に情報を頭に入れられたら辛いっての!


 止め止め!

 コレ以上の情報は良いよ!


 あぁクソ!

 頭痛がしてきたうえに頭が少しボーっとする。


 けど、御蔭で人間らしい反応が有ることも解った。

 ごちゃごちゃと集まってる集団が居たから、きっとアレが人間の居る方角だろう。


 この程度の距離なら、今の俺ならば本当にひとっ飛びで行けるさ。

 本当にひとっ飛びで………。

 ひとっ飛びで人間の居る場所に―――


「―――なんだか、人は人でも亜人代表のゴブリンさんが大勢居るんだけど?」


 今現在も上空で待機している俺の眼下にはちょいと開けた森の空き地。

 そして其処には数十を超えるゴブリンの集団と、それらに囲まれるようにしている二人の女の子が居た。


 俺は想像外の光景に息を呑み、ゆっくりと地面に降下すると物陰に隠れながら様子を窺うことにする。


 見た所だが、どうやら御嬢さん方はゴブリンと戦って居たようで、周囲には彼女達の装備品のような剣やら鎧やらが打ち捨ててある。

 何で打ち捨ててあるわけ? 見ればあの子達の服って所々破られてるし………あぁ、成る程。

 ゴブリンって一応は雌もいるけど、他の種族の『メス』と交尾して子孫を増やしたりもするのね。

 んで子孫増えたり違う種族が産まれたりとする、と。

 天空神の記憶が初めて役に立った気がするよ。


 しかし、だ。

 ということはだよ?

 なに、このまま放置しておくと、ドキッ18禁な展開! が待ってるってことか。


 でも俺、異種族姦ってのはちょっとなぁ……。

 2Dの画像だって萎えるのに、ソレがリアル描写になる訳でしょ。

 流石に嫌悪感しか沸かないわぁ。


「助けられるな助けたいけど……俺、子供の時に喧嘩したことが有るくらいなんだよな」


 マトモに握り拳を握ったこともない俺が、妙な力を手に入れたからといって戦えるのだろうか?

 それ以前にゴブリンの見た目には生理的嫌悪感を感じてしまい、背筋がゾクゾクとしてしまう。


 もっとも、洞窟の中でぶっ放したレーザーでも撃てば倒すことくらいは出来そうだが、その場合は女の子たちも漏れ無く巻き添えに成ること請け合いだろう。


 あー、もう、どうするかなぁ。


 ―――と、首を捻った瞬間


「―――あ」


 ………ヤバイ、女の子達と目が合った。

 何やら口をパクパクとさせて―――怯えてるのか?

 俺のことを見て? まぁ、確かにこんな変化格好した奴が上空から見ていたら、混乱はするよな。


 だが、そんな女の子たちの心情の機微なんてのはゴブリンには関係がないらしく、汚らしい涎を垂れ流しながらジワジワと二人に向かって躙り寄って行く。


 詳しく良く解るなって?

 良く見たいと思ったら、視界がズームに成ったんだよ。


『い、いや――いやあーーーっ!!』『助けて! 誰か助けて!! お願いよぉおおッ!!』


 大きな声で助けを求める二人が言っている『誰か』と言うのは、恐らくは半分くらい俺のことを言っているのだろう。

 自分で言うのも何だが、俺みたいな怪しい格好をした上空に居る人物が助けてくれるなんて普通は考えない………と思う。


 だからきっと二人の言葉には奇跡的に俺が良い人であることを願うと言った意味もあるのだろう。


 良かったな、本当に。

 俺が最低限のラインを持った善人で。


「今、行くっ」


 意を決して戦うことを選択しようじゃないか。

 大丈夫だ、今の俺の身体は瓦礫の下敷きになっても擦り傷一つ付かないハードボディ。

 ワックスも要らないような鏡面仕上げの装甲なんだからなっ。


 周囲の注目を一身に集めながら、上空から急降下するようにしながら注目の渦へと突き進む。

 そして


 ズドォオンっ!!

 と、自分でも少し驚く様な音を立てて地面に着地をした。

 装甲の内側では心臓がバクバクと鳴っているが、それを表に出さないように気を付けつつ背後に位置している女の子たちに声を掛ける。


「………あぁ、その、なんだ。大丈夫か?」


 首を傾げながら聞くと、女の子たちは一瞬だけビクッと身体を震わせた。

 近くで見れば服の破れ方が妙にエロティックに感じるような斬られ方をしている。

 ゴブリンの奴等め、良い仕事をしやがる。

 胸だの太腿だのが上手い具合にチラチラと―――あーいや、ソレだけこの子達がピンチだったってことだ。


 だって言うのに


「……助けて、くれるの? 変な格好の人」


 って、開口一番に言ってきた台詞がコレですよ。


「誰が変な格好の人だ。お前ら本当に助けて貰いたいって思ってのか」


 はぁ―――と溜め息を吐きつつ、相手に向かって視線を向ける。


「ヒッ!?」

「なんなの其の怯え方とか! 仮にも助けに来た相手にすることか!? ………まぁ確かに、俺はちょっとは妙な格好してるかもしれないけど」

「あ、自覚は有るんだ」

「言い方ってもんが有るだろ!」


 大体だな、一般人の俺がこうしてなけなしの勇気を振り絞ってやって来たっていうのに、もっとこう、あるだろ? もっと暖かく出迎えてくれよ。


「だいたい俺だってな、この短い時間でアレコレと理解不能なことばかりが起きて、正直頭が一杯一杯なんだよ。

 けどな、それでも懸命なんとか適応しようと頑張ってるんだ。

 本当は部屋の隅っこで毛布を被りながら、スマホいじってヨーチューブとか見たいくらいなんだよ、俺は」

「すま……なんですって?」

「それでも、そういった欲求に耐えながら必死に頑張ろうって奮起してるんだ。なのにお前らときたら、やれ見た目どうしたとか言って助けに来た俺の心を抉ろうとしやがる」

「いや、だってソレは……自分だって変な格好って―――」

「人間正直なのは悪いことじゃないが、せめてもう少しオブラートに包んでだな」

「……オブラートってなに?」


 オブラートも知らんのか?

 全くファンタジーな異世界ってのはこれだから。

 しかし、コレだけ語ってもこの二人の反応は俺の求めるものには至らない。

 無事に助けられたら、料金でも請求してやろうか?


「あ?」


 と、不意に女の子の片割れが何かに気が付いたように声を漏らした。

 ソレに続くように、もう一人の子も同じように「あっ!」なんて言ってくる。

 何があったんだ? と考えて俺は首を傾げた。


「うん?―――」


 ガンッ!!


 瞬間、後頭部に衝撃が走る。

 その後も続けて、ガン! ガン! ゴツン! カン! ガン!といった具合に衝撃が走っていく。


 俺は表情を顰めながら、突如背後から襲ってきた衝撃の正体を突き止めようと片膝を付きながら背後へと振り向く。

 すると其処には武器を構えて俺に向かって何度も、何度も得物を振り下ろすゴブリン達が居た。

 ―――あぁ、それはそうだ。

 生き死にが掛かっている場面で、俺は何をしていたんだ………

 無防備な背中を晒して………


 

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